映画専門家レビュー一覧
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ワン・モア・ライフ!
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映画評論家
小野寺系
ディケンズの「クリスマス・キャロル」や、「素晴らしき哉、人生!」のイタリア版といえるコメディ。設定の不備や荒唐無稽な内容を、ユーモアで軽やかに処理しているところが楽しく、イタリアの下町に生きる、ちょっと伊達な男性の人生を体験できる内容も味わい深い。一方で、生きる価値が家族や女性関係など、他者とのつながりのみに集中していることで、内容が冗長になっている面もあるように思える。雰囲気が良い作品だけに、もう二、三転くらいの展開を用意して欲しかった。
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映画評論家
きさらぎ尚
題材そのものは目新しいものではなく、ルビッチやキャプラの名作が浮かぶが、D・ルケッティのこの映画は着想が面白い。“たら・れば”と人生を悔やむのは詮ないことではあり、オマケにもらった92分間で何ができるか。限られた時間内で主人公のやることはともかく、その92分間をリアルタイムで演出したという監督の手法に興味が向くが、結果は予想以上に普通の家族ドラマだった。やはり最後は妻や子どもとの絆か。イタリア映画らしい陽気さはあるが、もう少し弾けることを期待していた。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
スムージーが寿命に及ぼす効果を計算していなかったという天国の役場のミスにより92分だけ下界に戻ることを許されたって設定、死因が交通事故ならスムージー関係なくないか? などということをいちいち気にしてはいけないと開始早々に察するも、回想と妄想を恣意的に混在させた時制の乱暴な扱いはタイムリミット物のウマ味を逃す悪手にしか思えないし、映画のテーマらしきものがようやく終盤で顔を出したと思いきや唐突に荒れ球気味のオチを投げられ、なんだか煙に巻かれた気分。
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フィールズ・グッド・マン
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
トランプ政権時代に見かけたカエルのペペ。裏にはこんな物語があったとは。ドーキンスが唱えたミームとして説明されているが、SNS時代のイメージの誤用は、強度を持った像が合わせ鏡の中で歪められ、無限に増殖していくシミュラクル理論そのものだ。そして原形は終いには消失していってしまう。ぺぺが誤用されてしまった理由には、明確で迷いのない線描にもかかわらず、その表情や心情が読み取り難いことが挙げられるかも知れない。それはデジタル変換社会と無関係ではあるまい。
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フリーライター
藤木TDC
無邪気な漫画キャラがネット上でアレンジされ拡散し政治化する過程を追う着眼点は斬新で刺激的だ。何も考えてなかったキャラ作者はある日突然、社会問題化した責任を負わされる。その深刻さはすべてのSNS使用者にとって他人事ではない。ただ、情報提示は細密だが、本質の「なぜ幼稚なアイコンが政治化するか」の分析はない。小気味良さを感じさせる結末も根本は悪い利用と表裏一体で、ポピュリズムがはまりやすい落とし穴だ。監督がそこに無自覚っぽい点に批評性の脆弱を感じた。
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映画評論家
真魚八重子
自身の漫画がネットミームとしてオルタナ右翼に乱用される不本意さ。本作はネットで無断使用されるキャラを通し、最近の無慈悲なネット民の存在を再認識させる。ネットという集合体のうねりが炎上となって政治家の進退を決めたり、問題を起こした有名人の運命を握ったりする時代に、我々みんなが困惑している。その渦中を捉えた本作では、まだ的確な対処法も決まっていない社会の後手ぶりが浮き彫りとなる。極端な状況が続く現時点の記録として良いし、類似作品の呼び水になれば。
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ビバリウム
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
金融危機前夜の住宅バブルと、古典的な地球侵略ものを結びつけるというアイデアはいい。それをシュールレアリスティックに表現したビジュアルのセンスもなかなか冴えている。ダブリンでグラフィックデザインを学んでいたという、監督のバックグラウンドにも納得。ただ、『世にも奇妙な物語』や『ブラック・ミラー』の一篇ならまだしも、そのワンアイデアだけで98分を押し切るには少々無策すぎたような。今後、長篇の構成力を身につけたら化けそうな監督ではある。
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ライター
石村加奈
観たことを後悔するくらい、怖かった。目を背けたくなるようなグロい描写があるわけではない。練られた脚本に怯えた。カッコーの托卵をモチーフに、エイリアンの子供を育てることで、彼らに侵略されていく若いカップルの変化が不気味なほど静かに描かれる。図らずも子供を助けたことを後悔するジェマを「君はいい人間だからだよ」と慰めるトムに、ファジーな人間味が現れる。子供と眺める雲に向かって吠えた時、ジェマは正気だったのか、既に侵略されていたのか。印象的なシーンだ。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
マグリットなヴィジュアル世界でカフカ的展開が延々続く。主人公カップルと謎の子供(ほぼこの3人しか出てこない)の関係性、その発狂寸前の均衡から徐々に滲み出る静かな絶望。“パッケージ化された幸せ”に潜むリアルな悪夢がじっとりと迫ってくる。その地球外生命体(?)による「ゼイリブ」とは似て非なる地球侵略の残酷さたるや。氾濫する情報に乗っているつもりが、いつの間にか踊らされている我々の滑稽さを痛感させられまくる、珍しくあまり笑えない不条理スリラー。
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NO CALL NO LIFE
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映画評論家
北川れい子
灯台、花火、ホタル、赤い傘、そして雨などをアクセントふうにちりばめた、重苦しい令和版の“青春残酷物語”。ホリプロ60周年の記念映画に、どうしてわざわざ、出自や状況に自虐的な男女高校生の話を企画したのか不明だが、主役の若い俳優たちをアピールするためだとしても、ちょっとイタダケない気も。いじめや、家庭内暴力、勝手な親に育てられた子供の話は、今や青春映画の定番でもあるが、主演2人の迷走、暴走は観ていて痛すぎツラすぎる。カメラワークには感心。
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編集者、ライター
佐野亨
孤独な魂が寄り合うことで起きる残酷な共鳴。この題材に井樫彩監督、適任と思った。主人公は「溶ける」の道田里羽や「真っ赤な星」の小松未来と同じく、心に埋めがたい欠落を抱えた少女だが、井樫監督は単にそのように設定されているからという前提から出発するのではなく、優希美青自身の内側から表出した言葉や表情をすくいとることでそれを表現してみせる。早坂伸のキャメラが、その微妙なうつろいとともに、孤独の投影としての風景をニューシネマ的な感度をもってとらえている。
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詩人、映画監督
福間健二
青春映画。どこかでナチュラルを大事にしてほしいが、優希美青演じるウミも、井上祐貴演じる春川も、犬飼貴丈演じる航佑も、虚構の人物となるのに精一杯で、存在感が希薄。「バカだし、ガキだし」の若さに夢を感じさせない。この作品だけの罪ではないが、メイクが全体に嘘っぽい。その上、アクションのつなぎがよくない箇所も。名手早坂伸のカメラで、井樫監督、意欲的な凝り方もときに見せるが、筋立て上の問題だけでなく、ウミと春川がヒロインとヒーローになる瞬間を逃している。
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国民の選択
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フリーライター
須永貴子
ド直球で「脱原発」を啓蒙する映画。登場人物の父親の、「間違った道だとわかっても変化せずに進み続け」て「安全よりも経済を選ぶ」キャラクターに、3・11以降不祥事を連発する、日本の現政権を蝕む病巣が凝縮されている。原発が日本に不要である理由を、「原発の危険性」と「代替エネルギーの可能性」の二本柱で説いていく。原発に関する膨大な情報が整理されていて、文字よりも映像で知識を得たい人にはおすすめだ。とはいえ、映像作品としての評価はまた別の話。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
原発等エネルギー問題に関心がある人には、恰好の映画だ。学校とか公民館などで子供たちに見せるといい。とても勉強になるだろう。が、原発推進丸出しのお国が、許すはずもない。MGMの創始者の一人で、アメリカ映画の良心と言われたサミュエル・ゴールドウィンの言葉を思い起こす。「メッセージを送りたいなら、ウェスタン・ユニオンに電話して、電報を打てばいい」。観客にあからさまなメッセージを送ると、胡散臭く見えてしまう。映画は厄介なものなのだ。
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映画評論家
吉田広明
原発賛否の国民投票で、原発依存の町の町議の一家が周囲の人々から学び、家族や職場の仲間同士で議論してゆく過程を通して原発の非を知らしめる作品。フクシマ出身という個人的な理由を除いても原発には反対の身だが、原発の原理、資源の現状、電力会社が政府に優遇され、その金で町を原発依存に成り下がらせている実態、なぜ日本にこれだけ原発があるのかその原因など、漠然としか知らなかったことに関して勉強になった。とはいえ映画というよりは学習ビデオという方が実態に近い。
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漂流ポスト
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フリーライター
須永貴子
中学時代の回想シーンが美しく、喪失の悲しみが増幅した。彼女たちが埋めたタイムカプセルから出てきた、「将来のお互い」に宛てた手紙。震災の前日にガラケーに残された、消せないボイスメッセージ。これらを使い、過去とかつての未来である現在を鮮やかに行き来する。記憶の風化を恐れて前へ進めなかった主人公が、漂流ポストに実際に投函された手紙を読み上げ、喪失の悲しみを分かち合うクライマックスで、ドキュメンタリーとフィクションが、有機的に作用し合っている。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
東日本大震災のことは風化させることなく、ずっと心に留め続けておかなければならない。それはそうだが、それをモチーフにした映画をこうも数々見せられると、どうしても「またか」と不埒なことを思ってしまう。どうせなら漂流ポストのことをもっともっと教えてくれるようなものにしてほしかった。映画は「発見」である。「そうだっのたか」「まさか、それだったの?」みたいなことが欲しいのだ。とても丁寧に堅実に撮られていると思うが、どうしても既視感が付きまとってしまう。
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映画評論家
吉田広明
ガラケーに残された留守電、発見されて届けられたタイムカプセルの手紙。震災で亡くなった友達から自分に向けられた言葉たちに返そうとしても宛先はなく、声は空しく海に呑み込まれる。「風の電話」と似た話だが、あの作品が終わった地点から本作はさらに一歩を踏み出している。生き残ってしまった者たちから死者に向けられた言葉が、ポストを通じ誰かに受け止められ、シェアされることで空しい声を持つ生存者は救われるのだ。他者との関係性に開かれているこちらの方が一層深い。
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野球少女
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映画評論家
小野寺系
野球の女子選手の活躍を扱った作品に「野球狂の詩」や「MAJOR 2nd」があるが、それらが強調するアイドル的演出や性的な目線が、本作には全然ないというのが進歩的。厳しい現実のなかで闘う主人公だけに、落ち込んだ場面が多いのはつらいが、それでも性差を越えた野球選手としての気概やプライドを見せる場面は心を熱くさせる。スポ根作品としてはシンプルなつくりで新味はそれほどないものの、数少ないチャンスをものにしようとする投球勝負には手に汗握ることになるだろう。
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映画評論家
きさらぎ尚
まず性別を突き抜けて、夢の形を主題にした着想が良い。ヒロインは最初からプロ野球選手になる考えで、その夢の形はぶれない。その決意と潔さは実に爽快。演じるイ・ジュヨンの動作も主題に説得力をもたらす。母親と父親、コーチ、アイドルを目指す親友。これらの人物の個性も物語に調和と均衡を醸成する。スピード感とシャープさを終始失わない編集も評価したい。スポーツ映画でありつつ、社会性にも目配りがされ、架空の人物水原勇気の時代とは違い、ドラマが現実的だ。
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