映画専門家レビュー一覧
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僕たちは希望という名の列車に乗った
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批評家、映像作家
金子遊
89年のベルリンの壁崩壊から30年を契機にいろいろ研究していたところで、実話を基にしたタイムリーな映画を拝見。戦後のドイツは東西に分かれたが、壁の建設はずっと後年の61年になってからのこと。本作では、若者が祖父のお墓参りを口実に西側のベルリンへ遊びに行ったり、抑圧的な体制側に抵抗した高校生たちが少人数にわかれて西側に亡命したり、壁ができる前の市民の往来が描かれる。社会主義に対する世代間の認識のちがいを基にしたドラマも見応えがあり、大変勉強になった。
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映画評論家
きさらぎ尚
これが(社会主義)国家の実相だと言ってしまえばそれまでだが、ハンガリー動乱で犠牲になった市民に黙?を捧げた高校生の、その僅か2分間の行為が国を敵に回す事態になるとは!? しかも実話だというし、その後の人生を左右される大ごとにまで発展したのだからなんとも恐ろしい。友情と信頼関係、あるいは家族の事情など。クラウメ監督の、十代の若者たち個々人の反抗、そして決断に至るまでの「理由」の、サスペンスを孕ませた見せ方がうまい。青春ドラマとしても優れている。
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映画系文筆業
奈々村久生
「戦後ドイツ」と一言で言ってもその時期や場所によって事情は少しずつ異なってくる。本作で描かれたのはベルリンの壁ができる前、共産主義の理想に邁進する東ドイツの姿だ。明度と彩度を抑えた不穏な街並みに反し、高い教育を受け将来を嘱望される若者たちの瑞々しい情熱が、その後のドイツの行方を占う若さと未来を象徴しているようだ。民主主義を体現する彼らの闘いの眩しいこと。そこには中心となる二人の青年・テオとクルトの対照的な美しさも一役買っていることは言うまでもない。
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リトル・フォレスト 春夏秋冬
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批評家、映像作家
金子遊
還暦をすぎたら自分の畑を持ちたいとひそかに思っている。化学肥料や放射性物質による汚染を心配することなく、野菜の滋味を堪能したいからだ。石原さとみばりの美少女であるキム・テリは、田舎に帰ってきて『ソトコト』のような田舎暮らしを満喫しているように見えるが、それなりにリアリティとの葛藤もある。落ち込んだときに彼女が手づくりでつくる蒸し餅、マッコリ、激辛のトッポッキなどの素朴な韓国料理がとてもおいしそう。国内ではなく韓国で畑を持つべきなのか悩ましい……。
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映画評論家
きさらぎ尚
自然・食・暮らしなど、人と不可分の関係にあるこれらを題材にした物語は、いろんな国や地域でローカライズが可能だと、今更ながら思った。韓国の四季をベースにした今回は、畑を耕して苗を植え、収穫した農作物を料理したり、干し柿を作ったり。詩情豊か、かつ全篇の美しい映像は和み効果抜群。反面、就職に恋愛、何ひとつうまくいかない都会暮らしに疲れたヒロインが、田舎に戻って始めた美味しく美しい生活、こうもすんなりいくのだろうかと、突っ込みたくなる気持ちも少し。
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映画系文筆業
奈々村久生
原作漫画はもとより、橋本愛主演で映画化された日本版のスタイルをほぼ踏襲している印象。その上で登場する料理やお酒のレシピは餅やマッコリ、トッポッキなど韓国のものを採り入れ、驚くほど違和感なくリメイクしている。やや曖昧すぎるきらいのある三角関係や、家を出ていったヒロインの母親の描写も過度な補足説明は控えられ、どちらかというと要素を詰め込むほうが得意な韓国映画としてはかなり異色と言える。三浦貴大が演じた青年役のリュ・ジュニョルがいい仕事をしている。
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レプリカズ
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翻訳家
篠儀直子
これまたBムービー的題材だけど、装いは最先端科学。とはいえそれが説得力増大につながっているかはまた別問題。前半部分の面白さはむしろ、家族がいない理由をどう取り繕うかとか、電源をどう確保するかとかにある。ところが後半、物語的に重要と思われる部分がなぜかはしょられていて、突然の方向転換に戸惑うばかり。さらに、スリルが最高に盛り上がるはずの部分での、演出の生ぬるさにはびっくり仰天。シリアスにやってもそうでなくても、もっと面白くできたはずの映画なのだが。
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映画監督
内藤誠
基本的にはフランケンシュタインの物語だが、神経科学が発達している現代、キアヌ・リーヴスが倫理の壁を越える暴走をしても、とりわけ異常な人間像には見えない。研究所の上司ジョン・オーティスが金儲けの目的で医療開発企業をやっている設定にし、キアヌ・リーヴスは家族愛のためにクローン人間を作る学者にしているからだ。われわれも日常的に使用している機械に対して、好きなものと嫌いなものがあるので、主人公がロボットやクローン人間に感情移入する娯楽作品も成立する。
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ライター
平田裕介
科学の発展と倫理観のせめぎ合いを大きなテーマにしているはずだが、科学者キアヌは妻子のクローン製造を秒で即決。物語的にも誅罰的にもクローン妻子になんらかの悪しき変調が起きていいものだが、それもナシ。とにかくすべてがイージー。しかもクローン製造よりも、死んだ妻子に代わってキアヌが欠席・欠勤の連絡、メールの返信、SNSのコメント応対するほうを難儀に描くあたりは笑うしかない。キアヌ・リーヴスは出演作のムラがありまくる俳優だが、これは明らかに残念なほう。
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コンフィデンスマンJP ロマンス編
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映画評論家
北川れい子
一に長澤まさみ。二に香港ロケ。三、四がなくて五に消化の良さ――。大風呂敷を広げての騒々しい騙し合いごっこだが、ドラマ版(未見です)ですでに定着しているらしい主要キャラをコマにした展開は、誰がどう騙し騙されようが、痛くも痒くもなく、おまけにスリルもない。で楽しんだのは“変顔”の大盤振舞をする長澤まさみ。スタアならではの自信と余裕がたっぷりあり、特にラストのクレジットのあとのサービス映像(!?)には大爆笑。にしても“溜め”がない脚本、演出の慌ただしさよ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
テレビばっかり観てたらバカになる。本欄の短評一作品あたりの字数ならこれを十三回繰り返せる。それだけでいいような気もする。テレビばっか観てたらバカになる。バカになるのは楽しいし悪いことでもないと思うけど、このバカベクトルは結構ヤバイんじゃないだろうか。日本人の物事の面白がり方、捉え方がドメスティックすぎて異なる文化から見たら本当に馬鹿かつスケールが小さく、恥ずかしい。ひとを、世界を、バカにしちゃいかんのが映画だと思う。役者は皆可愛かったです。
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映画評論家
松崎健夫
テレビドラマ版の雛型を忠実に踏襲した本作を、純粋に“映画”として評価すべきか?ということに関しては些かの疑問がある。それでも気持ちよく騙されてしまうほど、この“映画”は面白い。奇しくもリンゴ・ラムへの追悼となったオマージュ、細部まで配慮が行き届いた美術、さらには、冒頭のPOVにいつの間にか俯瞰的視点を持たせることで「今あなたが見ているものは本物ですか?」と既に問いかけている仕掛けなど、「楽しめれば御託や突っ込みはいらない!」と思わせるほど痛快だ。
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コレット
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批評家、映像作家
金子遊
19世紀末が舞台だが、夫婦のあり方の実験を描いた物語として鮮烈な印象を受けた。田舎娘がパリで暮らす小説家の若妻になるところから、ブルジョワの女性を夫婦共通の愛人として持ち、夫は若い女性に走り、コレットは性同一性障害をもつ女性と同性愛の関係になる。そのような形ではあっても、ゴーストライターとして夫のために小説を書き続けることが、この夫婦にとっての家庭生活であり、「子ども」を持つことを意味していたというセリフで泣いた。夫婦の形に決まりなどないのだ。
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映画評論家
きさらぎ尚
21世紀の今も世に性差別は尽きるまじ。19世紀となるとなおのこと。『フランケンシュタイン』のメアリー・シェリー、この映画のコレット。女性が自分の名前で作品を発表することの困難さには嘆息。けれどそればかりが主題ではない。コレットが著した物語に勝るとも劣らないくらいにドラマチックな同性も含めた恋愛遍歴や結婚歴を、この前半生の伝記映画では描ききれていないと、ちょっぴり感じる。コレットのどんなところをドラマにしたかったのか。監督の明確な意図を感じたかった。
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映画系文筆業
奈々村久生
作品選びに演者のポリシーやテーマを強く感じられる俳優がいる。キーラ・ナイトレイもその一人。本作の彼女は、夫との共犯めいた関係から、男性の理想を反映したミューズやアイコン役を引き受ける時代を経て、同性愛や前衛パフォーマンスという形で人として昇華する。女性の解放や平等を訴える作品は昨今の「#MeToo」運動の盛り上がりもあって後を絶たないが、それは同時にこの問題がいまだ未解決であることを意味する。これらが一日も早く愚かな過去の古典になることを切に望む。
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初恋 お父さん、チビがいなくなりました
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評論家
上野昻志
話し相手は、黒猫のチビしかいない。そんな孤独な老女を演じる倍賞千恵子さんが素敵! 彼女を見ているうちに、ふと、「みな殺しの霊歌」の孤独な少女を想い出す。賑やかな家族に囲まれたさくらより。それに対して、家では、風呂、飯、寝るとしか言わない団塊世代の男のなれの果てを演じる藤竜也の亭主は、設定とはいえ、かなり分が悪い。最終的に、無神経ではなく、たんに自分の気持を伝えられない不器用な男だったとわかるのだが、そこに到るまでの微妙なニュアンスが欲しかった。
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映画評論家
上島春彦
画面サイズと色調の変化で映画史をたどる感じが楽しい。人物の入れ替わりを身振りの同調で納得させる演出も上手い。韓流スターそっくりの若者の件もいい。だが肝心の部分が説明不足。旦那さんは何故、奥さんのかつての同僚とお茶を飲む仲になったのか、その現場をどうして奥さんは見てしまったのか。星由里子さんの都合で撮影できなかったのか、謎だ。チビが死期を悟って自分から消えたのだ、と勘違いする藤竜也が鍵なのだが構成が今一つ。彼の体調不良を最初から押し出すべきだった。
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映画評論家
吉田伊知郎
松竹・日活・東宝と言いたくなる俳優たちを揃えつつ、そこに充足した回顧的な老人映画ではなく、現代に相応しい老々夫婦の映画になっている。猫の行方不明を軸に老年夫婦のちょっとした危機を淡々と描く無駄な描写のないシンプルな作りが心地いい。インディペンデント映画では先輩格の藤竜也の方が柔軟自在に演じ、倍賞千恵子は撮影所的演技が目立つが声の良さはやはり魅了される。雨の中を走り、猫を探すという晩年の黒澤明的描写を小林聖太郎が軽やかに撮っているのが好ましい。
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RBG 最強の85才
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ライター
石村加奈
「淑女であれ、自立せよ」という母の教えを忠実に守った娘は、学生結婚し、長年連れ添った夫のフェミニズムの理由を「自分に満足しているから、女性の才能に脅威を感じない」と分析する冷静さを具えるとともに、法服の襟に女性らしい趣向を凝らすレディに成長した。時にオペラで心を潤しながら、怒りなどの不毛な感情に流されることなく、着実にステップアップした彼女の人生は、夫との出会い以外も概ね幸運に恵まれていたのだろう。だからこそトランプへの失言(本音?)がチャーミング。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
R・B・ギンズバーグ判事を本作がポップアイコンに仕立てた意図は明らかだろう。このリベラル派ユダヤ人女性が体現するのは、米国が対外的に本来発信したい格好いい米国である。このところリベラルな米国製ドキュメンタリーが盛んに公開される理由は、現実がその真逆だから。憂慮すべき政治状況にノーを言うプロパガンダは必要であり、制作され続けるべきだとは思う。しかし本作のプロパガンダ性が現大統領のふざけたツイッターを真に凌駕し得ているか、そこは一考の余地がある。
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