映画専門家レビュー一覧
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誰がために憲法はある
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
私自身は護憲派。カジュアルに。本作主旨に賛同。ナチュラルに。大東亜戦争と称した戦争での敗北がどれだけ日本にとってデカかったか。それを体験したひとたちの皮膚感覚を通してそのことを追体験することが旧作日本映画を観ることには含まれる。それを長年積み重ねてきたためにいまの日本国憲法に価値を認めてきた。渡辺美佐子はじめ本作に登場する方々の活動を風化に抗う闘いだと思った。日色ともゑが語る宇野重吉の判断基準“そこに正義があるかどうか”、には感銘を受けた。
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映画評論家
松崎健夫
憲法を擬人化した「憲法くん」(18)。ドキュメンタリーを添えることで、短篇を長篇にするアイディアは、興行のありかたにも一石を投じている。「確かに、私にはアメリカの血が流れています」あるいは「私がリストラされるかも?」という台詞は、ユーモアをもって世相を斬ってみせているだけでなく、反対意見に対する牽制をも実践している点が秀逸。時が過ぎ、記憶が薄れ、年号も替わり、忘れ去られてしまうことへの危惧。いつしかこのユーモアさえも通じなくなることへ不安を覚える。
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山懐(やまふところ)に抱かれて
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映画評論家
北川れい子
夫婦と子ども7人の一家を20年以上も取材した記録といえば「五島のトラさん」が思い出される。うどん業のトラさんの子どもたちも幼い頃から家業を手伝っていた。が岩手の山中で酪農を営むこの一家の子どもたち7人は、両親と同等の働き手として大自然と格闘する。プレハブにランプ生活の厳しい暮らしからスタートした取材は、成長した子どもたちの離反、独立まで記録、どの子どもの生き方も応援せずにはいられない。頑固な父親の無念の涙も。地元ローカル局の丹念な取材に脱帽。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
本作を観て、かつてこの欄で紹介した長崎五島列島の大家族を二十二年間追ったテレビ長崎のドキュメンタリー「五島のトラさん」を連想。長期取材と素材の圧縮還元提示というテレビ→映画ドキュ。本作の吉塚公雄氏は理想の酪農を実現させた物心ふたつの意味での開拓者。家族を労働力としてしまった面もあるがその是非はジャッジできない。彼は子どもに人並みの娯楽を与えてやれぬと泣くが、そのようなこともなんとかやってみながら、それは本質的な子育てでもないと実感する私には。
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映画評論家
松崎健夫
石川啄木は「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり」と詠んだが、人生や暮らしは、利潤や効率だけではないのではないか? と思わせ、我が手をぢっと見るに至る。厳しい自然に不便な生活、そして資金難。なぜ人は“そこ”で暮らす必要があるのか? と疑問を抱かせながら、それでも“そこ”で生活する意味をこの映画は提示する。そして、働くことの意味を考え、大企業の論理のみに寄り添った“働き方改革”など、くそくらえ! とも思わせるのだ。悔し涙の数だけ、人は強くなる。
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パパは奮闘中!
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批評家、映像作家
金子遊
フランス語圏のアフリカへ旅行にいったのでフランス語がマイブーム。ときどき聞き取れる会話があると何だか嬉しい。パパがネット通販会社の倉庫で現場責任者という設定も、労働組合の活動にのめりこみ、妻や家庭へのケアが疎かになっていたという状況も、現代社会でいかにもありそうで共鳴できる。渋い家族ドラマになりそうなところを、全篇にわたって手持ちカメラを使い、エスタブリッシング・ショットを省略し大胆に場面転換しているおかげで演出のキレが良く、テンポ良く見れる。
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映画評論家
きさらぎ尚
確かにパパは奮闘する。朝、子供を起こして着替えに食事、その他の育児に家事に仕事も。70年代から80年代、自立のために家庭を捨てる妻を題材にした作品が量産され、すでに半世紀近くが経つが、この映画のポイントは不満を溜め込んでいた妻が、理由を夫に告げずに黙って去ったこと。夫婦の事情はそれぞれで、さてこの場合は……。答えを観客に委ねた点に意味がある。なのに、劇中に描かれる仕事などの社会問題が抜け、父親の家事・育児問題に矮小化した印象を受ける邦題に違和感も。
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映画系文筆業
奈々村久生
ロマン・デュリスをはじめ役者陣と子供たちの好演によって、家を出た妻も含め、どの立場の者にも目配せの効いた良作になっている。でも、と思う。これがもし男女逆だったら、ドラマとして成立しただろうか。ある日突然夫が出て行き、残された妻が一人で仕事に家事に育児に奮闘したとしても、どこかで当然だとみなされてしまうのではないか。人としてこなす質量は同じなのに、だ。そして、母親の奮闘だけでは消費されるに足るドラマにはなりにくいという現実自体が大きな課題でもある。
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リアム16歳、はじめての学校
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批評家、映像作家
金子遊
このような作品のレビューを書くとき、いつも困ってしまう。カナダ映画だが、ほぼハリウッドの職人スタッフが作ったようなフラットなライティングで、カメラの存在を感じさせない自然なフレーミングとカット割りであり、演出的な特徴を指摘できない。だからといって駄作ではなく、むしろ凡百のラブコメよりも示唆に富んだウェルメイドな母子ドラマといえる。ならば俳優論でいくか、自宅教育という本作のテーマに寄せて書くか、と迷っていたところで、早くも字数は尽きていた……。
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映画評論家
きさらぎ尚
シチュエーションも人物のキャラも極端であるが、今の学校にしろ家庭にしろ、子どもを取り巻く難題の数々を思えば、これもあり。息子を守りたいから16歳まで自宅で英才教育を授ける一方で、大麻の規制緩和を唱える議員関連のジョークを、マリファナを吸いながら言う母は面白い。初めての学校生活を経験するリアムも、周囲に言動をヘンだと思われても、同調しないところが当を得ている。祖母の存在が◎。学校制度や社会システムや母子関係などのポイントを、笑わせながら見せる佳作。
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映画系文筆業
奈々村久生
自宅教育育ちならではのリアムの世間知らずな純粋さや奔放な振る舞い、それゆえのユニークな言動が、愛すべきキャラクターとして描かれているのだが、肯定的な目線が強すぎる。高校に通い他者を知ることで葛藤が芽生えても、親元を離れた子供や社会に出た若者が直面するそれに比べてはるかに浅く、等身大の人間の経験というよりお花畑レベル。リアムに輪をかけて問題なのが母親のクレアだ。思春期の反抗は教えられてするものではないし、それが描写として笑えないのは致命的だった。
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ピア まちをつなぐもの
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評論家
上野昻志
大学病院勤めの医師が、病気になった父親のあとを継いで、しぶしぶ町医者になり、往診では上から目線の医師ぶりを発揮してケアマネとぶつかった段階で、あ、この男もいずれ地域医療の大切さを知って、患者第一に変わるなと予想がつき、物語はまさに、その通りに展開していくので驚きはないが、にもかかわらず、在宅医療の連携については勉強になり、再発したがん患者の終末につきそうところでは、思わず涙をこぼしてしまったので、★一つおまけしないわけにはいかなくなった。
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映画評論家
上島春彦
有能な研究医が大学病院を辞め実家の町医者を継ぐ。終末医療や高齢者医療など地域の問題に根差した作りで、それが彼をプロフェッショナルに成長させるための具体的な試練になっている。この手の修業物は私の好みで星も伸びる。最初、彼の態度は一見不遜にも思えるが、彼なりの合理性からの行動だというのも観客にだけは分かる。彼の常識が一つ一つ打ち砕かれていく過程が秀逸。薬漬けの患者さんの件をかつての同級生の薬剤師に相談に行くあたりから物語がてきぱき流れ、とても良い。
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映画評論家
吉田伊知郎
協力協賛に並ぶ医療関係のクレジットを見ると、古めかしいドラマとお涙頂戴が相場の在宅医療啓蒙映画かと思いそうになるが、きっちりと作り込まれたドラマを感情過多にならず、抑制された演出で手堅く見せる監督の手腕を感じさせる。若手医師細田の無機質な雰囲気が程よく、ケアマネの松本の突っ込み芝居を上手く受けたり、受け流したりする演技の配置も絶妙。それにしても、在宅介護で大量の薬を飲まされている父を見ていると、今やこんなテーマは他人事ではない身近さを覚える。
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センターライン
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評論家
上野昻志
自動運転を制御するAIのMACO2がかわいい。とくに、その機械的な眼の動き。対する吉見茉莉奈扮する新人の女性検事が、型通りやたら気負っているのは狙いだろうけど、彼女の名を読み違えたりするMACO2とのやりとりが面白い。それと、ここまで発達したAIは、殺人容疑で起訴されることもあるという発想がいい。仮に死刑判決が出たら、どうなるのかと考えてしまう。後半の、弁護士の攻勢に対して、検事側が反証していくあたりの展開は、もう少しじっくり見せて欲しかったが。
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映画評論家
上島春彦
アシモフの「ロボット三原則」は遠くなりにけり。という超低予算SFである。ロボットの殺意を立証できるか、というコンセプトなのだ。見過ごされてもおかしくなかったロボット犯罪が、主人公の女性検事の勝手な都合で裁判沙汰になる喜劇仕立ての発端から快調。物語が始まった時点で既に亡くなっている女科学者のキャラが鍵だが、これ以上は言えない。いわば女フランケンシュタイン博士だね。近未来なのだが現在とも言い得る、絶妙な設定のおかげで物語に引き込まれる。続篇を期待。
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映画評論家
吉田伊知郎
現実の進歩を見れば、近未来の人工知能をめぐる裁判劇にも妙なリアリティを感じさせる。だが、HALを出すまでもなく、映画の側に現実が寄せてきたことを思うと、人工知能の心というテーマは既視感があるだけに、スケールの大きくなる話を低予算で巧みにまとめあげた点以外は新味もなく面白がれず。アトムのロボット法のような人間への従属や差別される者、あるいは敬意を持って対等に扱われるというようなルールがあれば良かったが、劇中のAIは雑に扱われているだけに見える。
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主戦場
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ライター
石村加奈
映画を“主戦場”に選んだミキ・デザキ監督のアイデアは素晴らしい。スクリーンと向き合う私たちが戦場に立つ覚悟で本作を観れば、慰安婦問題が一筋縄に解決しない理由がよくわかる。同時に今の社会には、自称歴史学者同様、自称政治家や自称ジャーナリストの多いことよ! 彼らの物言いに、他者を知る努力を放棄し、自分の思ったことをそのまま、一方的に主張する行為は暴力であると思い知る。軽薄な言葉を乱用する社会に、私たちは生きている。自戒を込めて、無知もまた暴力である。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
日本国内の言論はすっかり萎縮状況が固定してしまっており、従軍慰安婦問題を正面から取り上げる作品が国内から登場するとは思えない。その意味で本作は昨夏に公開されたフランス資本の「国家主義の誘惑」と似たような位置づけだ。両作に共通するのは、欧米主導による日本問題の顕在化戦術であり、「外圧」ゆえに余計な忖度がなく、言わば帰国子女の転校生のような豪気さが画面に充満する。また、当事者(元慰安婦)そっちのけでコメントをカットバックする逆説的手法も興味深い。
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脚本家
北里宇一郎
いま、これを描かねばという想いに溢れて。慰安婦問題。日韓の主張が食い違い、評者たちの言い分も相反する。ネットも含め、そのほとんどが感情的なやりとりで。だからこそ、このドキュメントは重い。あらゆる人たちの発言に耳を傾け、その反対意見の論者に語らせる。歴史資料でロジカルに。監督は在米の日系2世。それゆえか視点が客観的。決して情に溺れない。あくまでも理性で問題を捉えていく。だから本質を突いて鋭い。元慰安婦たちは変わらず被害者であるという指摘が沁みて。
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