映画専門家レビュー一覧

  • ストックホルム・ケース

    • フリーライター

      藤木TDC

      銀行強盗映画にしてはテレビ並みに健全で、E・ホークの演技も奇矯とはいえ目を瞠る域でもなく、かといってリアリズムに徹したわけでもなく、劇場で見て充実を得る内容とまでは。また基づく実際の事件は違っても、どうしても「狼たちの午後」を意識してしまい、予算を縮小してお上品に改変したリメイクの印象も。ストックホルム症候群の不可解な心理も、私はB級犯罪映画や成人映画に用いられたそれを見過ぎているせいか新味は感じず、正直この映画の興行価値はよく分からない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ストックホルム症候群を奇妙な心理状態とみなして撮るか、人質解放のための交渉術をパニックスリラー的に撮るかなど、視点が色々考えられる題材において、いささか退屈な設定に落ち着いたのがもったいない。被害者の人間心理として真っ当な生存戦略であるのを、こんな極端な場で出会った男女のほのかな惹かれ合いにしても別にいいのだが、慎みのベールでもう一歩踏み込まない。中盤以降に動き出す、警察や首相を悪人に仕立てた三つ巴の犯罪ドラマのほうが盛り上がる。

  • トルーマン・カポーティ 真実のテープ

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      奇しくもカポーティが亡くなった1984年に録音された数々の証言が約40年ぶりに発掘。そして数々の美しい古写真に肉声が重ねられ、NYとその時代性が炙り出されていく。一際目力の強い少年の写真は証言で一気に生気を帯びてくる。現在NYはコロナで死都に変貌しつつある。自分が愛する者を「小説」で死刑や自殺に追い込んでいく屈折した愛の形は、愛情と軽蔑が入り乱れ倒錯しているが、NYらしい。都市と出来事を肉声と写真とで再考察する内容は、記憶という業を考えさせられる。

    • フリーライター

      藤木TDC

      「三島由紀夫VS東大全共闘」同様、すでに書籍(G・プリンプトンによる伝記)にある内容の映像付き要約だが、映画「カポーティ」と重なる要素は少なく、焦点は遺作『叶えられた祈り』にある。カポーティ本人の動く姿がたっぷり見られ、彼が主催した舞踏会や通ったディスコ(スタジオ54、R・フィリップ主演映画「54」の舞台)の映像も登場し旨味濃厚。60年代に政治と係わらなかったアメリカ人作家の存在意義を今日的に問い直す。未読ならきっと『叶えられた祈り』が読みたくなる。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ネタ元の人が面白ければ逸話も多くて、下手な撮り方をしなければそこそこ観られる作品に仕上がる。それにカポーティほどお騒がせな著名人となると、写真だけでなく映像資料も豊富に残っている。だがインパクトがあって映える画像となると、結局見慣れた写真ばかりになってしまうのはありがちな注意点だ。奇行、麻薬、虚言癖のどれをとっても見聞きしたことのある話で、新ネタがない時に作るドキュメントとはなんだろうと思う。安易なドキュメンタリーの量産は続く。

  • 私たちの青春、台湾

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      記憶に残るひまわり革命など台湾の青く初々しい学生運動が内部から描かれる。監督のモノローグとともに、ふたりのリーダーが頭角を現し、神格化され次第に挫折に至る過程。最終的には「社会運動」も「ドキュメンタリー」も「私(監督)」も、無力で役立たずだと肩を落とす。しかしその題材を自分ごととして撮らざるを得ないその意思そのもの、監督自身が映り込む。これは華々しい社会変革こそ起こさないが、明らかにドキュメンタリー作品として成功であることは間違いない。

    • フリーライター

      藤木TDC

      意地悪な見方をすれば、出演者と監督の挫折が映画を面白くした。台湾学生の革命ごっこにも見える無邪気な政治闘争に混じった監督は、国を動かす歴史のダイナミズムに巻き込まれる。ひとときの全能感とあっけない理想の頓挫。その瞬間にしか撮れない記録は青くさく、若い女性監督ゆえの感傷も濃いが、そこにむせかえる「青春」の匂いと「映画」の成立がある。香港の民主活動家・黄之鋒がたびたび登場(周庭も一瞬)。ひまわり運動は雨傘革命に強く影響し世界を揺らしたのだと知った。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      学園祭などで参加者から「楽しかった」と興奮気味に繰り返されても、何がどのように起きて楽しかったのかという客観的理由を説明されないと、状況が把握できないものだ。本作は渦中でカメラを回していた人間にとって、雑多な感覚として正直なのはわかるが、2時間の映画として立ち会うのはきつい。監督の「私」の語りが、時折登場人物である博芸の行動のような編集だったり、現場の中心人物たちへ微妙な感情的介入をしたりするのも、混乱を招いてわかりづらくしている。

  • 罪の声

    • 映画評論家

      北川れい子

      無数にある情報と、隠された真実。立場が異なる2人を主人公にして、未解決のまま時効となった35年前の〈劇場型犯罪〉事件を今につなげるこの作品、娯楽映画として上々の面白さで、ついのめり込んで観た。むろん、塩田武士の原作の力が大きいのだが、半端ない数の登場人物をパズルのピースのようにえり分けて、さらに回想とエピソードでフォローする脚本が達者で、土井監督の演出も丁寧。中盤で出会う主人公たちのさりげない友情もいい。事件の背景に時代への怒りがあるのも痛烈。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      現代個性派図鑑のごとき証言者の面々に近頃の日本映画では珍しい「顔」の説得力を実感する。が、顔の象徴性が最大の効力を発揮するのは後半、宇崎竜童と梶芽衣子の横顔がジャンプカットで重ね合わされる瞬間だ。そして宇崎の口から「闘争」ということばが語られ、歴史が呼び出される。その歴史への執着が引き起こした悲劇――死者はいないと思われた事件のほんとうの貌――が徐々に胸に迫るが、過剰な説明台詞と余韻に乏しい画作りが災いして大傑作になりそこねているのが残念。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      あと一時間というところで時計を見た。そこまでは、題材は特異でもルーティンでこなしている感じだった。そのあと畳み込まれるように、原作、野木亜紀子の脚本、そして土井監督が突きつけようとしているものが鮮明に出て、愕然とした。社会への怒り、抗議、ウップンばらしが、判断力のない存在を巻き込む。許されていいのか。それこそ化石度高い世代の内側からは出せなかった問いだ。巻き込まれた子どもたちの物語。痛切だ。なじみの顔が次々に登場するなかで特筆すべきは宇野祥平。

  • ザ・ハント

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      娯楽と社会、政治問題を一見練った脚本で料理をしているようだが、浅くて哲学が感じられない。ヒラリー・スワンクという実力のあるしかし不運な女優が、いかなる役にも挑戦するという野心があるとは思えない。百歩譲って暴力や不条理を正面から描く意思があるわけでもなく、それでいて過激。過激な描写をするために浅い社会問題を担保として用意しているのか。純粋に視覚暴力を描くのであれば、それなりの責任を持つべきだ。過去の多くの名作を解釈しての結果のようだが浅い。

    • フリーライター

      藤木TDC

      残酷な人間狩りが主題で開巻からどんどん人が死ぬものの基本はコメディ。しかも欧米政治のアクチュアルやポリコレをネタにする意識高い系ギャグで、脚注的要素を予習すればより楽しめる。嫌味な選良趣味も感じるが、そこにC級スリラーをインテリに鑑賞させる悪巧みがあり、真剣に語ること自体が風刺のメタ映画なのだろう。ま、そのキモが観客に届くかどうか。ラストは突然女の肉弾戦になるがこれも政治的比喩?映画館の入場料に見合うかといえば、DVDか配信で観賞が相応。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      不謹慎だが、始まってすぐに(景気の良い映画だなあ)とニマニマしてしまった。富裕層の人間が中流以下の人々をハンティングするという、映画業界では定期的に現れるテーマで、別に啓蒙目的といった意識は感じない。ただ大量の武器が出てきて、一気呵成に様々な方法で人が殺されるだけ。でも仮想だし戦争映画と何が違うのかとも思うので、悪趣味だとわきまえて楽しめばいい作品だ。冒頭のリレー形式の展開は斬新で見事。この手の映画に整合性を求める気もない。

  • ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      製作のゴースト・ハウス・ピクチャーズは2004年の清水崇監督によるハリウッド版「THE JUON/呪怨」からスタートした会社で、近年は「ドント・ブリーズ」などのヒットも出しているが、どうしてそんな社のオリジンにかかわる大事なフランチャイズを、こんな生煮えのかたちでリブートしてしまったのだろうか。ニコラス・ペッシェは前作の「ピアッシング」もそうだったようにすべてのシーンを不穏さで塗りたくってしまう困った監督で、根本的にホラー映画の監督に向いてない。

    • ライター

      石村加奈

      事件の舞台となる幽霊屋敷の劇的なおどろおどろしさ! 血しぶきを浴びたステンドグラスの模様がドクロに見えたりもして!? しかし、夫の死という現実から気を紛らわすべく、先輩刑事の忠告も聞かず、連鎖する殺人事件にのめり込んでいく主人公・マルドゥーン刑事のキャラクターがふんわりしすぎて、没入感を損ねている。守るべき息子をわざわざ屋敷の前まで連れて行ったり、禁煙をやめてしまったりと、甘い設定にアンドレア・ライズボローのクール・ビューティが台無し。勿体ない。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      東京の“ある家”からアメリカの“ある家”に「呪い」が持ち込まれ、それに感染し連鎖していく3家族の悲劇。3つの時系列を同時進行で描くのだが、ジョン・チョーなど演技巧者が多数出演しているのもあり、それぞれの家族のドラマは余韻を残す。しかし謎を追求する刑事側の行動に「?」が多く、サスペンスとして広がるはずの構成がうまく機能していない。ホラーとしても既視感ある展開で、配信中のドラマ版「呪怨」が疑似実録物という新たな角度から構築していただけに、残念。

  • ウルフウォーカー

    • 映画評論家

      小野寺系

      カートゥーン・サルーンの、ケルト3部作完結篇にあたる。他の作品同様、シンプルなシナリオで伝説を描いているので、やや単調な印象を持ったし、今回はとくに分かりやすい悪役の登場によって勧善懲悪の価値観に収斂し過ぎてしまっている。多様性など現代的な問題がテーマとなっているが、同スタジオの「ブレッドウィナー」の方により切実さを感じた。とはいえ3DCG全盛の時代に、平面的な絵のレイヤーを幾重にも重ねることで新しい映像世界を作り上げているところは素晴らしい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      アニメを見るときテーマやストーリーに引けを取らないくらいに、CGIなどを含めた技術に関心がいき、高度な先端技術を駆使していればいるほど完成度が高いといつの間にか感じていた自分の錯覚を、この映画は気づかせる。色彩の美しさに細やかな描線が、人の呼吸に合う動きをしている。画面の中で美しい映像が躍動するファンタジー&アドベンチャーは、もちろん美しいだけに終わらない。特に後半、人の絆や自然と人間の関係など、いま大切にしたいことを優しい画面が語りかけてくる。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      時にパースが歪むデフォルメされた絵柄は可愛らしさと不気味さが同居を果たし、動きが滅法リアルな鷹、カマボコみたいな愛くるしい羊、本作の主人公である狼と、動物がみな素晴らしく、物語もファンタジックな展開の中に親子愛や人間の傲慢さへの警鐘、勢いあるアクション等が美しく配置されており、アートと娯楽の両方面から完成度の高いアニメーションであることは間違いないが、野暮を承知で書くと人間VS狼の対立構造において映画が狼サイドに肩入れしすぎなのではないかとも。

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