映画専門家レビュー一覧

  • アウェイデイズ

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      おそらく配給のSPACE SHOWER FILMSに英国北部ユースカルチャーの好事家がいるのだろう。70年代前半のクラブカルチャーを描いた昨年公開の「ノーザン・ソウル」に続いて掘り出された本作は、70年代後半のフーリガンライフを描いた一篇。08年製作と微妙に古い作品ではあるが、ノスタルジーに溺れることなく、ちゃんと一度突き放した上で、基本的にロクでもないフーリガンの集団心理と、ポストパンクに共振する少年たちの鬱屈を描いている。作劇面では、音楽の力に頼りすぎだが。

    • ライター

      石村加奈

      なつかしい作風だと感じていたら(ゴッドン役のスティーヴン・グレアムが若くて、驚いた)、11年前のイギリス映画だった。エンドロール曲〈Insight〉のJoy Divisionはじめ劇中で流れる音楽が、シーンに奥行きをもたらす。出会って間もないエルヴィスとカーティが海辺で話すシーンの〈Just for a Moment〉(Ultravox)が印象的。少年たちの閉塞感とは対照的な「空は広い」というみずみずしい台詞と呼応している。主人公カーティを演じたニッキー・ベルは岡田健史に似た色気あり。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      79年マージーサイド、フーリガンのオシャレ版(?)〈カジュアルズ〉の世界を舞台にした青春譚だが、どの時代、どの地域でも、地元の“族”は、多くの孤独な男子が初めて関わる家族以上に深い関係のコミュニティで、大半は共有する暴力だけで繋がっている。本作は、それに違和感を抱くメンバーのエルヴィスと族への憧れを持つカーティス、音楽で繋がった二人を軸に、暴力と性にまみれたホモソーシャルな愛憎関係を描いている。そのディテールが生み出す痛み、焦燥感は本物だった。

  • 薬の神じゃない!

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      中国武漢で発生したとされる新型コロナウイルス。中国政府の様々な公式発表は到底信頼できない。劇中でも政府が認めたものだけが正規となり、それ以外は偽物という定義。内容ではなく政府による認証がすべて。だから政府が発表したものには偽物や嘘は絶対にない。国家からしてそういう定義なのだ。しかし血の通う国民はすべて都合よく定義には収まらない。どの組織にもはみ出す者は必ずおり、その人間が少しずつ社会を変えていくのだ。国家ではなく国民の幸福を優先する姿勢。

    • フリーライター

      藤木TDC

      インド製ジェネリック薬=インジェネがモチーフの映画は珍しい。グレーゾーン商品だが日本国内にもED治療薬や発毛促進薬のインジェネは出回り、購入経験者にインドの知財特許事情やアンチ派からの粗悪品説はおなじみ。それでも安いし効くから手を出すのだ。医療保険制度の手厚い日本ではインジェネを選ぶ必要性が低く、関心のない人々に本作の核心は理解しにくいかもしれない。映画は人物造形に味があり快調だが、インジェネ問題を脇に置くとステレオタイプな人情喜劇の域を出ない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      医療費の問題は各国様々だが、日本でも概算医療費の上昇化が進んでおり、薬の認可の不合理さは他人事ではない。実話を基にした本作は医薬品を巡って、ダイレクトに人間の選別の原因となる貧富の差に触れる。経済力のない人間の藁をもすがる思いの描写は細かい。ただ映画的には非常に地味な作りで、単調さは否めない。やさぐれた青年が主人公に心を許した後の展開なども月並みだし、バスを見送って人々が手を合わせるカットも安易に流れていて、もう少し個性的な演出が欲しい。

  • あざみさんのこと 誰でもない恋人たちの風景 vol.2

    • フリーライター

      須永貴子

      元カレとのセックスシーンでは、ノイズのような奇怪な劇伴が徐々に大きくなり、二人の身心 のズレと、セックスという行為が他者から見るといかに滑稽であるかが浮き彫りになる。ある人物は、見知らぬ女の喘ぎ声を聞いて、自殺をするのがアホらしくなったと白状する。セックスを通して生と死を描く数多の映画に比べて、本作は主人公とセックスを美化しない視点が魅力。主人公に純粋な愛情をぶつける男を演じる奥野瑛太が、熱量派だと思っていたら、とんでもない技巧派になっていた。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      あざみさんは漂流している。どこに流されていくかもわからず、時々岩や流木にぶつかるみたいにセックスをする。シナリオワークブック『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』を書いたシド・フィールドは、「主人公には目的がなければならない」と言う。目的があるから行動し、それを阻むものが出てきてドラマが生まれる。あざみさんの目的はなんだろう。それがよくわからず、観る人の心も漂流する。ノダくんとの話に集約していれば傑作になったかも、とふと思った。

    • 映画評論家

      吉田広明

      あざみさんという名前にふさわしく、ザラザラした感じのヒロインの造形。年上の彼氏との間が、「二人でいるのに片思い」ですれ違い、鏡でしか視線が合わなかったり、逆に夢で彼の自殺を救ったら、実際に知らぬ間に留守電で救っていたり、すれ違っているような、いないような微妙な関係、これではもやもやしても仕様がない。しかしこの不透明感こそが生きているという感触であるように思われ、愚直に彼女を愛する男の登場によって事態を分かりやすくするのは若干惜しい気がする。

  • わたしは金正男(キム・ジョンナム)を殺してない

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      クアラルンプール空港ロビーで起きた北朝鮮最高指導者の兄金正男の暗殺。日本では容疑者二人の逮捕が大々的に報道されて以来あまり話題に上らなかった。誰もが主役で情報発信源になれるSNS時代。「国家」という最も大文字の存在と「一般国民」という最も小さな存在が、同じ空間で異次元に共存する瞬間があったとしたら。世界中で報道されたニュースや映像は、何を語り何が語られないのか。ネットが世界中を覆うのと相似形にコロナ情報に覆われている現在、情報の本質とは?

    • フリーライター

      藤木TDC

      金正男暗殺事件は日本ではすでに充分詳しく報道されていて、この映画に驚くような新事実の発見はないが、事件の全体像を簡素にまとめ、復習として104分飽きずに見られる。また日本では報道されない元被告女性の釈放後の姿があるのは新鮮だ。金正男の政治的利用価値についてもっと踏み込んでいれば私好みだった。全篇に不安や感涙を煽る情緒的BGMをかぶせすぎなのはテレビ的で嫌い。映像ソースの多くが監視カメラ画像という点から現代社会の大衆監視システムの恐さに気づく。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      金正男の死は、珍しく暗殺の瞬間の映像が残った毒殺事件であり、異母兄弟の骨肉の争いが、世界中へ報道されるに決まっているのに堂々と行われたのが衝撃だった。実行犯である若い女性二人の逮捕後の展開は知らなかったので、ゲスな表現だがまずは好奇心が満たされた。コンパクトに無駄なくまとめられており退屈しない出来だ。一風変わった裁判劇としても面白い。海外で拘留されていた人自身に責任を問うSNSの風潮など、日本と変わらない光景に改めて性悪説を感じる。

  • 星の子

    • 映画評論家

      北川れい子

      成長期に両親を否定する。否定とまでは言わないまでも、両親のようにはなりたくない。ふつうによくあること――。そんなふつうなことを、奇妙な宗教にハマった両親を持つ少女の立場から描いているが、正直、設定からしてかなりムリヤリ感が強く、何やら小賢しい。といってもさして大きな事件やドラマが描かれるわけでもなく、要はそんな両親を受け入れられるか、という話。宗教絡みの水のエピソードも作為的で、ただの水道水に入れ替えるおじさんも何だかね。結局、愛さえあれば?

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」「タロウのバカ」「MOTHERマザー」と、子と親(親と子ではなく)の関係を描くことに執着してきた大森立嗣。新興宗教を信仰する両親とその子という題材は、ともすればワイドショー的な好奇の対象にされかねないが、親という存在を絶対化して信じるといういとなみそれじたいが宗教のようなものである、という真理を大森はきちんと踏まえている。だから彼の映画は他人事に堕さない。芦田愛菜もよいが、蒔田彩珠が素晴らしい。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      実在しそうな、へんな水を売る宗教の信者となった父母を演じる永瀬と原田。こういう役で生きのびていくのかと、ちょっとさびしくなったが、覚悟を感じさせる「らしさ」だ。蒔田、大友、黒木、高良の助演陣も、それぞれ危うさの出し方に見るべきものが。主人公ちひろを演じる芦田愛菜はこの役なら感じさせたい天使性がもうひとつ。でも、どうしたらよかったのか。大森監督、勇気ある決断だったろうか。何が正しいかを観客に押しつけない。必然的になのか、だれをも救おうとしない作品。

  • 望み

    • フリーライター

      須永貴子

      切り出しナイフとともに行方不明になった息子は、殺人事件の加害者なのか? それとも被害者としてすでに死亡しているのか? 真相が曖昧な状態が続くことで、胃が痛くなるような緊張感が伝わってくるが、それは原作と俳優の力だろう。ニュースバリューのある事件にハイエナのように群がる報道陣や、空気のコンセンサスが取れた途端に始まる嫌がらせなど、“世間”の描き方があまりにもステレオタイプで既視感の嵐。手堅くまとめてはいるが、映画としての新鮮味や輝きがない。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      原作は読んでいた。映画になるだろうと思っていて、期待もしていた。監督も脚本家も押しも押されぬ名人。大人の対応をしているなと思った。コンプライアンス的にもハナマルだろう。同級生殺人事件に長男が関わっているらしいが、詳細はわからない。息子が被害者であっても殺人者であってほしくはないと望む父親と殺人者であっても生きていてほしいと望む母親。二人の望みがぶつかり火花を散らし、夫婦に決定的な亀裂が走る……ことはなかった。いい映画だとは思うんだが……。

    • 映画評論家

      吉田広明

      本作の作劇の肝は、行方不明の息子が加害者なのか被害者なのか分からない宙づりの時間にある。そこに世間の悪意が入り込み、母親の心の隙を狙ってジャーナリストが介入、父母の間を分断する展開も生じる。凶器かもしれなかったナイフを父が発見し、そこから彼が息子の無罪を確信、その途端に事態は急激に変化を迎えるのだが、ナイフのありかに意外性もなく、この発見を遅らせていることに映画の肝があるとなると、一緒に発見されたメモで感動させるのも目眩ましに見えてくる。

  • 実りゆく

    • 映画評論家

      北川れい子

      素朴、純朴、かなりまっとうで等身大の成長物語ではあるけれども、お笑い芸人を目指す主人公のお笑いが、まったく笑えないのはどうなの? ふだんは父のりんご園を手伝い、週末になると東京のお笑いライブのステージに立つ主人公。メイン舞台は長野の松川町で、主産業はりんご。主人公がお笑いにこだわる理由がいささかお涙チョーダイなのはともかく、リンゴ園かお笑いかの二者択一ドラマとしての悩み方もゆるく……あ、これ二者択一ドラマではないか。にしてももっと笑いを!!

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      夢を追う息子とそれに反対する父親の諍いを軸に、全面協力を買って出てくれた松川町のローカル性を賛美しつつ、どれほどいがみ合っても家族の絆は強固なものだというこれが2020年の映画かという結末に落とし込むまでの87分。凡庸でもしかるべき抑制があれば醜悪には陥るまいが、大人も子どももギャーギャー喚くばかりでうんざり。後で知ったが、発端は存在しない映画の予告編大賞のためにつくられた予告篇らしい。結局、それ以上にアイデアが膨らまなかったということか。

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