映画専門家レビュー一覧
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世宗大王 星を追う者たち
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ライター
石村加奈
人間社会では、頭を上げると叱られるほど、身分の低いチャン・ヨンシル(チェ・ミンシク)と、見下げてばかりの王・世宗(ハン・ソッキュ)。身分は違えど、同じく天を仰ぎ見るのが大好きな、二人の友情がほのぼのと描かれる。ヨンシルの緊張をボディタッチで解こうとする王と天才の天然っぷりという、二人のキャラクターの明るさが、映画のトーンを作っている。わかってはいたけれど、最後は二人の名演に泣かされてしまった。ホ・ジノ監督の時間のとらえ方は、相変わらずやさしい。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
朝鮮王朝第4代国王・世宗の実録書に記された「?英実は、製作した王の輿が行幸中に壊れたため尋問を受けた」というたった一文から生まれた物語だが、その王の輿大破事件から始まり、二重の回想形式で綴られる。世宗と科学者の?英実が行なった天体観測機器などの発明とハングルの創製、それを良しとしない明の圧力、明に媚びる大臣らの策略。冒頭の事件の謎を最後まで引っ張り、その?末を二人の格差を超えた友情、朝鮮王朝の未来への希望と重ねる構成の巧みさが深い余韻を残す。
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パヴァロッティ 太陽のテノール
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
食と女性と家族をこよなく愛するイタリア人男性の類型的イメージそのままの素朴な人柄と、神の祝福について想いを巡らさずにはいられない圧倒的才能が、矛盾することなく共存しているパヴァロッティその人の魅力。その大らかさ故に彼が目指した、アートとコマーシャリズムの両立。死後に作られた作品ということで素材は限られているわけだが、ロン・ハワードらしい衒いのなさと題材との相性の良さもあって、音楽家のドキュメンタリーとしては出色の仕上がりとなっている。
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ライター
石村加奈
ブラジルで撮影されたプライベート映像(世界初公開)から始まる本作。鳥のさえずりはまるでパヴァロッティを祝福しているようだ。パヴァロッティの歌唱と彼の人生を重ね合わせた、編集の巧さは、全篇に行き届いている。圧巻は〈誰も寝てはならぬ〉だ。ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴとともにローマ・カラカラ浴場のステージで歌った時(90年)の、輝かしい表情。晩年、オペラへの情熱を取り戻してからの迫力の歌声。全盛期の美声とは異なるが、その声は、愛に満ちていた!
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
ロン・ハワードが以前制作した「ザ・ビートルズ」もそうだったが、近年の音楽ドキュメンタリーは、リズムに合わせるようにテロップや画の繋ぎのエフェクトに力を入れる傾向がある。しかし本作は、オペラとの親和性が低いという判断からか、その手法がほぼない。それも含めたシンプルな構成は、パヴァロッティの天才性、世界の捉え方、そしてオペラの魅力をより正確に伝えていた。全くオペラに馴染みがなかったが、観終わって彼のCDを買ってしまった。
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マイルス・デイヴィス クールの誕生
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
冒頭にクレジットは挿入されるものの、第三者による本人を真似たあの特徴的なしゃがれ声のナレーションで進行していくことに強い違和感を覚えた。こうしたトリックは対象へのリスペクト的にも観客へのモラル的にもご法度なのではないか。作品自体はマイルスのキャリアを簡潔に網羅していて、先行するドキュメンタリー作品やフィクション作品と比べても入門篇としてはよくできている。ただ、半年前からNetflixで配信されている作品であることは言っておくべきだろう。
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ライター
石村加奈
“ジャズの帝王”と呼ばれたマイルスの素顔に迫ったドキュメンタリー。50年も音楽業界の最先端に君臨したマイルスについて、功績を讃えるのではなく、「大好きだ」と微笑むクインシー・ジョーンズのやさしい笑顔が素敵だ。“帝王”というよりは、ジャズという範疇に押し込められることなく、自分の音楽を自由に演奏することにこだわった、クールな人生哲学が垣間見えてくる。『カインド・オブ・ブルー』の収録曲〈フラメンコ・スケッチ〉の使いどころに、監督のマイルスへの愛を感じる。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
マイルスの豊富な本人映像、スチール、当時の演奏、多くの関係者(元恋人たち、仲間、近所の住人、邪険に扱われたA・シェップまで)のコメントを織り交ぜて、彼自身のナレーションでその生涯を振り返るのだが、当然その声は本人ではなく似た口調で俳優が行なっている。これが良い。関係者のほとんどが自然とマイルスのマネを交えながら彼について語るのも良い。愛と客観性のバランスが取れた構成が素晴らしく、長年のファンは満足するだろうし、マイルスの入門篇としても最高。
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mid 90s ミッドナインティーズ
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映画評論家
小野寺系
ジョナ・ヒルの自伝的要素を反映したという物語が、90年代インディーズ映画の要素を煎じ詰めたような、ストリートカルチャーの郷愁的イメージで表現されるのが大変快いが、あまりにも“きれい過ぎる”のでは。当時ジョナ・ヒル少年が見たのはダウンタウンの少年たちのきらめく上澄みであり、本作の内容は、彼がそこまでしかコミュニティに参加できなかった証左であるように感じられる。今後公開されるドキュメンタリー「行き止まりの世界に生まれて」で、この不備を補完したい。
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映画評論家
きさらぎ尚
スケボー少年の青春は、A24のブランド・イメージらしいタッチの、不安定さと成長の苦悩。家庭への幻滅、認められたくてちょっと背伸びをする、憧れの仲間に入れてもらえたときの嬉しさ。その彼らも親がリッチだったり、貧困だったり等々、問題があり、このあたり関係性の捉え方はうまい。主人公を苦しめるマッチョな兄役のL・ヘッジスの存在感も◎。小道具で90年代という時代色を出しているが、振り返ればいつの時代も、男の子も女の子も、青春前期は結構悩ましい年頃ですね。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
個人的には少し苦手なアメリカン不良カルチャーてんこ盛りで、主人公の少年は13歳で酒、煙草、ドラッグ、セックスを覚えてしまったらこの先の人生面白くなかろうに……などと余計な心配をしながら観たのだが、16㎜フィルムで撮られたスタンダードサイズの画とポップミュージックでマスキングしたイイ感じに軽薄なサウンドデザインは90年代の空気を見事に捉えており、時節柄この映画を家のモニタで観ざるをえなかった無念は大きく、皆様方は是非劇場で堪能して頂きたく思う。
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キスカム! COME ON,KISS ME AGAIN!
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映画評論家
川口敦子
埠頭。海。波。ブルーのカーディガンの寂しげな面差しの娘。そんな情景だけを抜き出すとなかなか素敵だったりもする。あるいは「男勝りの美人カメラマン」役の人気女性誌モデル嬢の伸びやかな肢体と演技もそこだけ見ればちょっと魅力的だ。自分以外の存在を好きになるとはどういうことか――と上映前の挨拶で述懐した監督がロマンチック・コメディの衣の向こうでめざしたテーマも興味深いと思うのだが、全体像としては生煮えの感が否めない。恋人たちと共に映画も走って欲しい。
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編集者、ライター
佐野亨
おそらくはさまざまな経済的思惑が絡み合って出発したのであろう企画を、お膳立てのうえに胡坐をかかず、たくらみをもって良質のロマンティック・コメディに仕立てた松本花奈監督の手腕、みごとだ。オフィスやバー、人物が交差する街角といった空間のなかで情感の高まりを表現する演出の手つきは、評者が偏愛する80年代ハリウッド・ロマコメにも通じる。ダイアローグもいいな、と思ったら、脚本はウディ・アレンを敬愛し、古舘伊知郎のライブも手がけたリンリン(林賢一)。納得。
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詩人、映画監督
福間健二
葉山奨之の主人公も、彼が出向することになる会社「恋愛コンサル」も、結果オーライ的に憎めないところがある。設定と話、うまく作っているのだ。主張的なものを装うことなく余剰感もないことに好感をもった。ゴダールが撮らないと言ったキスの場面。当然たくさん出てくるが、どれも実にたいしたことない。やはり伝統がないのか。そうだとしても、本物のキスカム、本気のキスがドキュメンタリーで入らないのは惜しい。松本監督ならできたこと。チャンスを棒に振ったのはだれのせいか。
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マロナの幻想的な物語り
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
劇団イヌカレーの作風にも少し似た、背景の細部まで創意とギミックに溢れたアバンギャルドなアニメーションに加えて、終始饒舌にモノローグを続ける主人公の犬マロナ。かかっている手間や時間も、そして作品のナラティブそのもののも、どう考えても短篇のテンションなのに、それが90分以上も続くことにまず面食らう。犬と一緒に暮らしてきた立場からすると、犬の過度な擬人化については要所要所で疑義を挟みたくもなるのだが、それを言うのは野暮というものだろう。
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ライター
石村加奈
マロナ誕生の瞬間から、アニメーションならではの表現にワクワクする。曲芸師マノーレのしなやかな曲線の動きも、イシュトヴァンの年老いた母がパンケーキを焼く、軽快なシーンも、ソランジュ少女と出会った時の、あかるい黄色い世界も、表現の豊かさに魅了された。しかしマロナ(およびマロナを取り巻く人々)の人生は淋しい。振り返って、昔が楽しかったから(今が)淋しいのではないと気づくと、マロナが可愛いよりも可哀想で(敬礼するマロナに涙)、呑気な猫が羨ましく見える。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
一匹の犬が自分の人生(犬生?)の終わりにそれまでの物語を巻き戻し、自ら語って振り返るのだが、この声を担当するリジー・ブロシュレのハスキーヴォイスが良い。動物を飼ったことが一度でもある人間には沁みまくる言葉の数々。2Dと3Dを融合した前衛絵画的アニメーションの世界観、色彩感覚が素晴らしく、監督のめくるめくイマジネーションを忠実に具現化していて、その没入感が気持ち良い。しかし常に不穏な空気が漂っているのは、死と生の境界線を描いているからだろう。
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事故物件 恐い間取り
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映画評論家
北川れい子
これってどうなの? 劇中で起こる奇っ怪な現象よりも、それを目撃体験する主人公たちの恐怖演技の方がずっとリアルで生々しい、とは。特に死霊たちに囲まれた終盤の亀梨和也の絶叫演技!! 死霊たちよりこっちの方が気になって――。むろん、主人公たちの恐怖もホラー映画のポイントの一つではあるが、原作者だという芸人の存在も全く知らずに観た当方としては、原作者の分身である〈事後物件に住みます芸人〉もお騒がせキャラとしか思えず、なるほど派手に騒ぎまくるのも当然か。
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編集者、ライター
佐野亨
場所に憑く怨霊を題材とした新作ホラーとして、三宅唱「呪怨:呪いの家」を観たあとではいかにもぬるい。主人公がこの部屋に「住む」ことになるいきさつとそのバックボーンにこそ映画用脚色の幅があるように思うのだが、そこは段取りとして流されるだけで、結局、早々に幽霊側の因縁話で物語を進めざるをえなくなる。TV業界の内幕を丁寧に描写するあたりは現場フェチ・中田秀夫の本領が発揮されるところで、こちらの描写に比重を置いたほうがユニークなホラー映画になったのでは。
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詩人、映画監督
福間健二
話題性で、という企画。しかしその話題性がさもしく、題の「間取り」も肩透かし。テレビとその業界の軽薄な部分がどんなに社会を蝕んでいるか。原作の性格からしてそこに斬り込む批評性など望むべくもないが、中田監督だ。なにかあるのではと思ったが、まず恐怖シーンの作り方がお粗末。中田監督でこの程度なのかと悲しくなった。何を見るべきか。ファン心理もこめて言うと奈緒と江口のりこだ。ともに超能力的なものをもつ役。その能力をもっとポジティヴに活かしてもらいたかった。
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