映画専門家レビュー一覧
-
カウントダウン(2019)
-
映画評論家
小野寺系
若者の死そのものを娯楽として昇華させたスリラーの傑作「ファイナル・デスティネーション」の内容を、携帯アプリを題材に焼き直しただけに見える設定。それだけに新味のあるアイディアがいろいろと必要になってくるはずだが、これまでのヒット映画で見たような表現が続くオリジナリティの無さにがっかりしてしまった。セクハラ問題を解決しようとする要素は、メインである携帯アプリの恐怖との繋がりが希薄だと感じられ、時流に乗ろうとするような安易な扱いとなってしまっている。
-
映画評論家
きさらぎ尚
いきなり重箱の隅をほじくるのは気が引けるが、死期を告知するこのアプリは、DLした人の余命をどうやってプログラミングしたのだろうか。余命の長短はDLする人の中で無作為に決めるのだろうか。アナログ人間を自認する身には、不思議が多々。加えてスマホ画面の数字を見ながら迫りくる死への恐怖心と闘うのかと思いきや、驚くことにバケモノとの闘いだったことも。が、今どきの若者の集団ホラー心理をうまく取り込んだとは言えるかも。続篇の製作を匂わせているが、もう十分。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
スマホアプリというアイテムはそれほど重要ではなく、死に追い掛け回されるという物語の骨子は「ファイナル・デスティネーション」シリーズのそれで、概念であるはずの「死」を「悪魔」という実体で描いてしまうのはせっかくの哲学的テーマを安易なスプラッタでマスキングしてしまっているようにも感じるが、大オチはなかなかに技が利いているし、「聖書はアメコミだ!」と嘯くマッド神父が、ある種発明ともいえるキャラだったこともあり、全体的にはかなり面白く観ることができた。
-
-
スペシャルズ! 政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話
-
映画評論家
小野寺系
二つの社会問題を相乗的な取り組みによって改善する。そんな実際の試みを反映した、自閉症の少年とドロップアウトした青年の交流を主軸に置いた脚本が良くできている。なかでも、少年の行動が奇妙に思えるのは、むしろ周囲の無理解にあるのではという、劇中の発言には考えさせられる。一方で、施設に対する法的な問題への指摘を、現実を無視した不当なものであるとする主張は、少し行き過ぎのようにも感じる。撮影や演技など総じて質が高い作品だけに、多角的な見方も欲しいところ。
-
映画評論家
きさらぎ尚
赤字の無認可施設と、社会からはみ出した者を社会復帰させる団体。運営者はともに実在の人物だそうで、誰もができることではない高い志とその立派な行いには頭がさがる。子どもたちの幸せよりも法律を優先するのか。これを主題に、役所側や病院スタッフの心情も盛り込みながら、施設や団体を維持すべく体当たりで奮闘する二人を軸に据えた演出は快調。以前、O・ナカシュは言っていた。「絶対に嘘はつかずに現実をありのまま描きたい」と。社会問題をユーモアでえぐるスタイルは健在だ。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
公的施設から見放された重度自閉症患者をただひたすら心と信念だけでケアする社会的にはアウトロー集団である無認可支援団体の日々はまさに戦争であり、恋もプライベートもすべて投げうった闘いの果てに望むものは金や名誉、あまつさえ感謝の言葉ですらなく、ただひとつ患者の笑顔であるという彼ら支援者を同じ人間として誇りに思うし、ラストシーケンスで滂沱の涙の海に突き落とされた自分に本作を映画として冷静に評することなどできるはずもなく、さすれば満点をつけるほかない。
-
-
マイ・バッハ 不屈のピアニスト
-
映画評論家
小野寺系
実在の天才的なピアノ演奏家が障害を乗り越えていく伝記的な物語だが、自分自身の欲望にまかせた行動が不幸を招き才能を腐らせてしまうという解釈が感情移入を阻んでしまう。ならばチェット・ベイカーを題材とした映画「マイ・フーリッシュ・ハート」のような破滅的な内容にすれば良いのだが、本作の主人公は再起してしまうので、感情を揺り動かされるポイントを見つけづらい。意味を持たないエピソードの積み重ねが人生だとはいえ、あえて描くのなら何か統一した描き方が必要では。
-
映画評論家
きさらぎ尚
ブラジル人ピアニストの幼少期からデビュー、注目を集めた20代から困難に見舞われたたその後を過不足のないエピソードで繋いでいる。J・C・マルティンスその人の人物像はそこそこ描けているが、彼を取り巻く人物、例えば妻のキャラクター(と周辺の女性たち)に深みがないせいだろうか、物語はさらっとしてやや平板。C・イーストウッドが映画化を希望していたそうで、結果論だが彼のバージョンを見たい気がする。劇中の音源がすべてマルティンスの演奏。これに★ひとつ。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
天才ピアニスト、マルティンスの音楽という魔物にとりつかれた狂気の人生を描いた本作、よくぞこれだけ詰め込んだと感心するほどに内容がギチギチに詰まっているうえ、全てマルティンス本人の演奏音源が使用されているという演奏シーンも観ごたえ聴きごたえ充分なのだが、演出は彼の精神状態や生命力に呼応しているが故に均質さに欠き、青年期の弾けるような面白さが最後まで続かず、物語が進むにつれ音楽家伝記モノ特有の落ち着いた雰囲気に寄っていくのが少々飽き足りなくもある。
-
-
ソニア ナチスの女スパイ
-
非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
ドイツ占領下時で実在したノルウェー女優でありスパイ。「他人を演じる才能」が女優であることとスパイ活動を同義に定義される。女優とは「職業」なのか「生き様」なのか。全ての職業に該当する問いである。ナチズムを善悪の領域に回収するのではなく、ある条件下では誰にでも起こりうる例のようだ。家族のためにスパイ活動に身を投じたのではあるが、「演じる」ことへの悦楽もあったのではないか。地下政治活動、ナチ、夫婦、女優。「職業」の従事の隙間に人間性が顔を出す。
-
フリーライター
藤木TDC
ロマンチック・サスペンスの体だが、女性が素人スパイとして働かされる緊張感がなく物足りない。また当時のノルウェーのレジスタンス多発や主人公が演じたナチス・プロパガンダの実物、戦後の彼女の人生などの場面がなく、歴史実話の重厚感に不足する。いっぽう手練れの女優がナチス将校と若いイケメン外交官をさばけた感じに二股不倫する展開はハーレクインロマンス風味、撮影と美術が上品かつ淫靡でメロドラマを見たい人はそれなりに酔える。そこはオッサンの私もニヤニヤした。
-
映画評論家
真魚八重子
良くも悪くもなんの引っかかりも心に生まれない作品だ。まだ稚拙さがインパクトになっている失敗作や駄作のほうが見応えはあって、本作のように抑揚もなく話が流れていくだけの映画は、生ぬるくてつらい。ナチスに侵入する二重スパイという、いくらでもサスペンスフルになり得る出来事が茫洋と演出され、ぼやけた顔立ちの俳優陣が特にはっちゃけるわけでもなく淡々と芝居を繰り広げる。ただ全体に語りすぎないさじ加減は利いていて、ラスト辺りは大人の冷静さがある。
-
-
ミッドウェイ(2019)
-
映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「ダンケルク」や「1917」の時代(本作のアメリカ公開は19年)に、ハリウッド大作のバジェット規模で、CGでの空中戦(それ自体はよく出来ているが)や戦勝国の軍人とその家族のベタなメロドラマを描いた戦争映画の企画がスルスルと通ったことに驚かされる。技術的に一定の水準に満たない作品以外に★一つはつけないようにしているが、本作の★一つはその企画の謎としか思えない鈍感さに対して。今さらエメリッヒ作品に多くのことは求めはしないが、それにしても。
-
ライター
石村加奈
エメリッヒ監督が、ドイツ人の責任感をもって描いたミッドウェイ海戦。20年かけた渾身作は「戦争は伝染する」という冒頭のメッセージから、最後の「海は全てを覚えている」まで、冷徹な視点で、報われない戦争を描く。真珠湾で、若い米軍兵士が目にする阿鼻叫喚の地獄図が圧巻だ。彼が体感した死への恐怖が画面から迫ってくる。仲間を信じ奇跡を祈る、祖国への愛が、傷つけられた仲間の復讐心を煽り、敵軍への想像力を失わせていく不条理。浅野忠信らのキャスティングは独特で新鮮だ。
-
映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
第二次世界大戦前夜、東京での山本五十六と後のアメリカ軍情報主任参謀・レイトンの対話から始まるので、双方の視点から描かれるミッドウェイ海戦を期待したが、やはりアメリカ側の英雄譚的展開が軸で、日本側は(敬意は感じるが)付け足された印象。戦艦、艦上機はリアルに再現、戦闘はエメリッヒ印なスペクタクルで、情報を巡る攻防戦としては物足りなかった。多数の実在の人物、実際の出来事を描いているが、コンパクトにまとめた過ぎた感もあり、あと30分長くても良かった。
-
-
ひびきあうせかい RESONANCE
-
映画評論家
北川れい子
歌は祈りだ、と誰かが言っていたが、讃美歌やゴスペルソングを持ち出すまでもなく、歌は宗教と深く結びついている。音楽家・青柳拓次が始めたという“サークル・ヴォイス”活動も、かなり宗教的な匂いがして、私にはどうも馴染めない。例えばドイツだったか、画廊風のスタジオに集まった親子連れたちに、あなたたちはここに、等の指図をして円陣を組ませ、彼らにギターとスキャットの曲を延々と歌わせるくだり。一つの手法として面白くなくはないが、歌ぐらい勝手に歌いたい。
-
編集者、ライター
佐野亨
まずことわっておかねばならないのは、評者はこの作品を視聴用のリンクをもらい自宅のパソコンで観たということだ。これだけでこの映画の価値は半減する。そして、音と映像への没入を奪われたぶん、ミニマムな人間の動きに意識が向いた。聴衆が一人もマスクをしていない狭い会場で演奏する青柳拓次。誕生日を迎えた娘を祝うためにハッピーバースデイを歌う人々。ミュンヘンのハウススタジオでリハーサル前に朝食をとるホッホツァイツカペレの面々。それらの風景に自然と涙が出た。
-
詩人、映画監督
福間健二
青柳拓次の最近の音楽活動を知らなかった。祖父、母、そして彼へと受け継がれてきたものがあることについても本作で初めて知った。どうだろう。「Circle Voice」のプロジェクトはとても興味深いが、その音楽と人、もうひとつヴィヴィッドに迫ってこない気がした。田中監督、まず内輪から入りすぎている。そして編集の呼吸が浅く、ライヴの音の持続を十分に体感させてくれない。この世を去った人とこれから生まれてくる人に語りかける言葉が最初と最後に。ズバリ、現在が足りない。
-
-
それはまるで人間のように
-
映画評論家
川口敦子
「ブレードランナー」の創造者に対するレプリカントの造反、愛憎を思いっきりリアルな日常生活の中で描いたら――とかいつまんでしまったのでは身も蓋もないだろうが、半径数メートル的身近な暮らしのまざまざとした感触の紡ぎ方、演じ方、それを究める程にひっそりとそこに埋め込まれた違和の肌触りが冴えてくる。そんな世界を怜悧に差し出しみつめる手際にそつはないがそれ以上に迫りくるものもない。橋本監督の独特の世界、特集上映でまとめて見るとまた違って見えてくるかも。
-
編集者、ライター
佐野亨
ぼんやりとした表情、鈍麻する身体、その一挙手一投足に現代的な孤独を映し出そうとする視線にまず好感をもった。どんな力も独りよがりでは「人間のような」ものにしかなりえず、他者との共生のなかで受け入れられ、また相手を受け入れることで初めて生き始める「人間なるもの」の優しさ、美しさ。不器用を茶化さず、戯画化されたキャラクターではなく息をする人間にじっくり寄り添う温かな演出に心から拍手を送りたくなり、橋本根大監督の名前を頭に刻み込んだ。
-