映画専門家レビュー一覧
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静かな雨
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映画評論家
吉田広明
短期記憶を失った恋人と、何度も同じ始まりを繰り返す男。「何回目だかのファーストキス」めいた設定だが、ドラマチックなメロドラマにせず、淡々と描いているのは好感持てるものの、大事なのは今なのだ、とばかり「“今”の輝き」を「美しい映像とサウンドで描き出す」(プレスより)映画本篇は少々退屈。記憶とは何かを、無論答えなど出ないだろうが、考えようとしていない。映画はモノを考える術であるのだし、映画に必要なのは出来事、であって、美しい映像やサウンドなど過ぎた贅沢なのだ。
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ハスラーズ
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
2000年直前に歌舞伎町でトップレス女性とドラァグクイーンの大バコの雇われママをしていた。「傷ついた人間は、人を傷つける」。まさにこのセリフを実感していた。そして人は誰もが歪な多面体で、良い面もあれば邪悪な面も併せ持つ。邪悪な面で接すれば、相手の邪悪な面が現れ、良心を持って接すれば、相手の良心が自ずと立ち現れる。良い人間も悪い人間もいないのだ。そしてどの時代も都会では肌の色の様々な女性が逞しく生き抜き、腕力で毛皮の皮膚を勝ち取っていくのだ。
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フリーライター
藤木TDC
序盤、ストリップクラブシーンでの五十路ジェニファー・ロペスの巨尻ポールダンスには不覚にも硬直してしまい、しんぼたまらず★5。中盤以降の実録部分、独立愚連隊と化したダンサーたちが客に直営業して眠剤仕込みボッたくる件は被害者があまりに楽しそうだし、女たちも切羽詰まって見えず犯罪の再現として弱い。金額は小さいが私にも似た経験があり憤慨より「あったな~こういう時代」と懐かしみニヤニヤ。映画とはいえ犯罪でそんな悦な気分にさせるのは失敗だろうと減★2。
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映画評論家
真魚八重子
弱者側からの痛快な犯罪劇で、些細な綻びから始まる切ないシスターフッドの崩壊の物語として面白く観られるが、どこかずっと様々な非対称性が頭に引っかかる。デートドラッグで騙される男性は自業自得という設定は、現実の性差別もあるし、演出の流れでそう見えるようになってはいるものの、果たして受容していいものなのか。シングルマザーの必死さと、買い物に明け暮れる享楽性などの相反や倫理の抵触が気になる。C・ウーとJ・ロペスのバランスの良さには魅了された。
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グッドライアー 偽りのゲーム
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ライター
石村加奈
H・ミレンとI・マッケラン、芸達者な二人の、巧妙な騙し合いに、まんまと乗せられてしまった。デートで「イングロリアス・バスターズ」(09)を観たり、ノーセックスだけど、キッチンで恋人の髪を切ってあげるという甘やかな行為など、ちょっとした違和感もすべて計算ずくだったとは! 能面のようなミレンの顔を思い返すと、改めて震撼。すっかり騙されて“ああ、面白かった”とは終わらないところが“オトナ”のライアー・ゲームたる所以か。人に歴史あり、後味はたいそう苦い。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
イアン・マッケラン扮する詐欺師の老人が、ネットで出会った世間知らずの資産家の老女を騙す、という構造で物語は進むが、老女をヘレン・ミレンが演じている時点で、なんとなく展開は読める(日本版予告篇はミレンを軸とした内容だが……)。予測はできるが最後までスリリングなのは、やはり2人の裏の裏まで計算され尽くした巧妙な演技テクニックとそのアプローチの違う組み合わせの妙だろう。前半のユーモラスなやりとりのほのぼの感に騙され、ラストは心底ゾッとした。
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ファンシー
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フリーライター
須永貴子
90年代の原作を、90年代風の語り口で、まったくアップデートせずに2020年に公開する意義を教えてほしい。原作では人間の世界に存在しているペンギンの詩人を、生身の人間が演じている。それは映画的な改良ではなく、ファンタジーという要素を便利使いする改悪だろう。エロスへの向き合い方も抽出方法も中途半端。アウトローのキャラクターと、山本直樹の看板を借りたお色気シーンで観客が満足すると思っているとしたら、それは映画をバカにしすぎでは?
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
毛色の変わった映画だ。彫師の郵便屋、ペンギンなりすましの詩人、その詩人の嫁になりに来る少女、この三人を軸に、変な人間たちが変なことをやらかしていく。彫師の勤める郵便局の局長からして変だ。副業として風俗嬢の斡旋をしている。舞台はとある地方の温泉町。変な人たちに裏社会の面々も加わって、陰惨な殺しが展開されていく。コーエン兄弟の映画を日本でやるとこんな風になるんだろうか。昨今の卒業式の来賓挨拶のような味のないメジャー系映画は、もう持て余し気味である。
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映画評論家
吉田広明
強面の郵便配達にして彫物師と、人間関係を恐れる潔癖症のナイーヴな詩人。どんな泥船に乗っているとしても、その泥船でどんな旅をするのかが大事だ、という父の遺言をモットーにする彫物師が周囲の人に影響を与えてゆく。サングラスと制服、ゴーグルとフードの類似が示すように、二人は実は同類=分身であり、彫物師もナイーヴな核を鎧で覆っている。これこそハードボイルドの神髄。決定的に変わったわけではない、が、何かは変わった、しかし日常は続く、程度の何気ない終わりもよい。
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グリンゴ 最強の悪運男
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映画評論家
小野寺系
邦画では、パリなどを舞台にしているのに日本人キャストばかりで占められ、現地の登場人物がそれほど活躍しないという一種の“観光映画”と呼べる作品ジャンルというのがあるけれど、本作のようにアメリカ映画にも同様の傾向の作品がある。主演のデイヴィッド・オイェロウォはじめ出演者が豪華なため退屈せずに見ていられるが、不運に見舞われるだけの主人公に肩入れする理由が見つけづらいのが大きな難点。メキシコでアメリカ人たちが狂騒する様子をただ無心で眺めていた。
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映画評論家
きさらぎ尚
友人、会社、妻のすべてに裏切られた男が腹いせに一世一代の偽装誘拐を企てるこの映画、クライム・コメディと言ったらいいのだろうか、面白くしようという意気込みが存分に伝わってくるわりにストーリーはやや平板に終始。それもそのはず、登場人物は強欲な人間ばかりなので結局メリハリが乏しく、物語の軸であったはずの主人公のリベンジ計画が脆弱になり、惜しい。S・セロンの、目立って毒々しく赤いボリュームのある唇が、漱石が『草枕』で深山椿を形容した妖女と重なった。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
幾層にも積み重ねられたエピソードがラストに向かって収束してゆき、最後に全てがぶつかり合う興奮を味わうタイプの娯楽映画で、狙いは分かるし、かなり強引なドンデン返しの連続もこの世界観の中ではプラスに作用しているようにも思えるが、中盤までの展開が結構グチャついていて、登場人物の数ももう少し整理してもらえないと自分のような頭の回転のトロい観客が物語に入っていくことは難しく、恥ずかしながら置いてきぼりを食らって理解出来ない部分があったことを告白したい。
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プロジェクト・グーテンベルク 贋札王
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
P・クロソウスキーは名前や肉体を持つ人間のことを「生きる貨幣」と定義し、それを「偽造通貨」のように流通させ、貨幣制度や婚姻制度を転覆させようとした。この世に生まれ出ない蠢くファンタスムを無限に反復させ、そのオリジナルは喪失していく。この作品の中では原型と複製の問題が、絵画、紙幣、犯罪、人間というメディアを使って重層的に語られる。取調室で証言することで、物語は動き出す。モデルが存在しない抽象画のように、現在では語られる事実の存在性が希薄。
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フリーライター
藤木TDC
かつて演じた様々なキャラクターと名場面を現在のチョウ・ユンファが再演し一作品に収納した大御所のセルフカバーベスト盤風……という視点で見れば一作品内によく収めたと誉めたくなるし、銃を手にしたユンファは今もとても美しい。一方でシナリオにしわ寄せがあり、散らかったプロットを時制錯綜でさらに混乱させ、展開も超スローで緊迫感欠如を補う大げさなBGMがかなりうるさい。別の有名作によく似た構成と謎解き含め散漫な内容だが、ご祝儀映画と割り切れるなら見る価値は。
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映画評論家
真魚八重子
監督・脚本のフェリックス・チョンの崩壊寸前な大風呂敷の広げ方に圧倒される。ものすごい振れ幅で、成立しているのかすら危ういギリギリな展開を、引っ張って面白く見せてしまう手腕に感心。チョウ・ユンファのこんな使い方があるのかという驚きもいい。面白い映画はリアリティがなくとも、違う次元や文脈で観客を魅了するのだという新たなセオリーを感じた。過去と現在の配分のめちゃくちゃさや、時間軸の巻き戻し方もえらいことをやっていて、特殊な感性の賜物だと思う。
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ロニートとエスティ 彼女たちの選択
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ライター
石村加奈
あるべきところで、音楽が鳴る喜びにあふれている。生徒たちの澄んだ歌声につられて、一緒に口ずさむエスティの笑顔。何年かぶりにロニートが足を踏み入れた実家の、息の詰まりそうな中、ラジオから流れてくる、あかるいポップス。ユダヤ教の理解の足りぬ筆者には、彼女たちが生きることを祝福されていると感じた。しかし深く心に残っているのは、再び故郷を離れる決心をし、きつく髪を結ぶロニートの横顔と、墓地でのラストカットだ。厳然としたカメラワークは、ダニー・コーエン。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
冒頭、ロンドン近郊のシナゴーグでラビが倒れる。その最後の説教は「人は自由意志を持っている。だが、選択は特権であり重荷である」という内容だった。そこから、NYに住むロニートのある一日が描写され、物語が進み始めるのだが、この流れ、その細部に、テーマの本質が垣間見える。主役である3人、そしてロニートの父親であるラビ、それぞれの人生が決して饒舌ではない誠実な演出から滲み出ていた。「自由」に縛られ、不自由を生きる者たちの選択、その解放と痛みが胸に迫る。
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愛国者に気をつけろ!鈴木邦男
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フリーライター
須永貴子
鈴木氏の生涯と思想信条の変遷に迫りつつ、「真の愛国心とは何か?」を問いかける、今の時代に観られるべき力作。80年代のサブカル界隈で、新右翼団体「一水会」代表だった鈴木氏の名前を頻繁に目にした理由が、本作を観てやっとわかった。彼は、自分の思想を主張するのではなく、異なる思想や意見を知るために、様々な論客と対話を重ねていたのだ。彼のこの対話型のスタンスこそが、対立と分断が進む現代日本において必要だというメッセージに大いに共感する。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
開高健の小説に、食味レポートをする男が全国の旨いものを食べ歩いた末に、真水に辿り着くというのがある。鈴木邦男の本を読むと、この人は真水に辿り着いたのだと思えた。その真水とは、知性も品性もある大人の日本人のほとんどが思っているであろうことである。「行動する右翼」が、様々な人生体験の果てに辿り着く、ごくまっとうな思想。その言説は感嘆もの。観れば、鈴木の交遊の幅の広さに改めて驚かされる。が、もっと鈴木の思索を追ってほしかった。
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映画評論家
吉田広明
一水会創設者の鈴木邦男のドキュメンタリー、外国からの視点を持った監督が日本の現状を題材としたということで「主戦場」を思い浮かべるが、論争的というよりは鈴木自身の個人的魅力(「年取ったハムスター」)の方がよく出た作品になった。とはいえ、愛国は、同じ考えの人だけで集まり、他の考えを持つ人を排除することではないとか、正義を振りかざす者への違和感とか、批判される精神がなくてはならないとか、今の日本の権力(とその擁護者)への痛烈な批判が込められている。
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