映画専門家レビュー一覧

  • 戦雲(いくさふむ)

    • 文筆家

      和泉萌香

      棄民亡国、の四文字がぴったりな国だ。三上監督もおっしゃる通り、喜怒哀楽の真ん中の二文字、怒と哀ばかりが胸を占める。「こうやって、私たちを疲れさせようとしている」……。住民の方々の反対、抵抗運動のあと、淡々と画面に現れる数年後の数字。繰り返される叫びの圧殺。だが、よく簡単に「絶望」と言ってしまう私は自分を恥じた。映画に登場する方々の声、皆の祈りが、この2時間が過ぎたあとも、さらにつらなり、さらに大きな祈りにするために、広く上映されることを切望する。

    • フランス文学者

      谷昌親

      沖縄の厳しい状況は、それなりに理解しているつもりでいたが、「戦雲」を観ると愕然としてしまう。南西諸島に次々と自衛隊の基地が作られ、ミサイル配備が着々と進んでいるのだ。沖縄の植民地化にほかならず、同時に、日本そのものがいつのまにか臨戦態勢に置かれている……。三上智恵監督の執念を感じさせる取材の結晶だが、基地問題ばかりでなく、与那国島でのカジキ漁など、南西諸島に住む人びとの日々を描くことで、このドキュメンタリー映画に作品としての厚みももたらしている。

    • 映画評論家

      吉田広明

      台湾有事を口実に着々と軍事基地化されていく沖縄、南西諸島の現状報告。既成事実で住民を疲弊させる自衛隊=政府、住民投票さえなかったことにして追従する地方議会。実際の有事に備え隊員用シェルターは用意するが、住民避難は保証しない。この島々の住民を守れない/守る気がないとは、つまり日本国民を守れない/守る気はないということだろう。「もしトラ」になれば米は棄日、梯子を外されて矢面に立たされた日本国の棄民は現実化する。思想なき国防が招く末路を考えさせる一作。

  • 青春ジャック 止められるか、俺たちを2

    • ライター、編集

      岡本敦史

      前作とは比べものにならないくらい面白かった。そりゃあ井上監督自身の青春時代を描いてもいるのだから、記憶も鮮明で生き生きとしているし、実在の人物描写にも遠慮がない。何より半分コメディであるところが楽しく、それぞれに苦い現実と格闘する人々の悲哀を引き立たせてもいる。若松孝二監督の「微妙な時期」を伝えるドラマも興味深く、シネマスコーレ誕生記としても貴重。井浦新扮する若松監督はもはや寅さんのようで、いくらでもシリーズ化可能だ。次はぜひ90年代篇を!

    • 映画評論家

      北川れい子

      正直に言えば、ここで描かれているあれこれの実話は、わざわざ映画にするまでもない極私的な回想録である。いったい誰が監督/脚本・井上淳一の若き日の葛藤を知りたい? 誰が名古屋のミニシアター支配人の人生を覗いてみたい? そして人騒がせな仕掛人、若松孝二監督のこととか。いくら80年代という時代がポイントだとはいえ、しょせん“映画”という井の中に足を掬われた蛙たちが飛んだり跳ねたりしているに過ぎない。と思いつつ、この作品の一途さに嫉妬を感じ、どうしたアタシ。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      若松孝二が映画館を作り、支配人と共闘するシネマスコーレ・パラダイスが観たいのであって井上淳一の自伝が観たいわけではない。終盤も蛇足でしかない。井上監督も承知だろう。だが、それでも自らを劇中に投入することでしか映画にならないと見極めたことが出色の青春映画を生んだ。若き日の自身を醒めた目で描く筆致は若松や映画との距離を描く際にも発揮される。小さな映画だが、シネマスコーレを活用し、井浦&東出、杉田&芋生が大きな存在感を見せることで豊かな広がりを見せる。

  • 変な家

    • ライター、編集

      岡本敦史

      部屋の間取りという無機質な平面図から立ち上がる、不可解な禍々しさを描いた前半は本気で怖い。森田芳光作品みたいな佐藤二朗のエキセントリックな芝居もすこぶる楽しい。ただ、幽霊は出さないというシバリのせいか(それはそれで心意気や良し)、後半はデタラメな因習ホラーになり、悪ふざけに走るのが残念。ご都合主義的な「展開のための展開」が重なりすぎると、遊びに付き合う意欲もなくす。根岸季衣の大暴走もちともったいなく、もう少し丁寧に作ってもバチは当たらないと思った。

    • 映画評論家

      北川れい子

      YouTubeで話題になった動画の映画化だそうで、試写時に渡された作品資料の中に、その動画のQRコードがあり、つい観てしまった。シンプルなだけに動画の方が想像力を掻き立てその間取りまで点検したり。が映画版はクセのある人物たちや、不可解なエピソードを盛り込み過ぎて何が何やら、途中で飽きてくる。“この家は殺人のための殺人代行の家だ”なんて台詞があるが、政治やスパイ絡みのミステリじゃあるまいし。監督は『世にも奇妙な物語』の演出家、本作もその路線に近い。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      YouTube特有の面白さが映画にできるかと訝しみながら観ると、見事に怪奇伝記ミステリへと拡張されている。間取りを自在に作り出す映画ならではの美術セットが駆使されるだけに、実は映画との相性が良かったことに気づく。石坂浩二も登場する後半はまさかの横溝正史的世界へ突入。謎解き役・佐藤二朗の四角い顔が渥美清に似ていることもあり、いっそう松竹版「八つ墓村」へ接近していく予想外の展開を愉しむ。登場と同時に川栄であることを忘却させる薄幸のヒロインも印象的。

  • デューン 砂の惑星PART2

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      第1部は作品世界の説明だけで終わった感があるが、話もスペクタクルもほんとうに面白くなるのはここから。巨大砂虫と対決する重要シーンに興奮。熱愛する「ボーダーライン」のときは気づかなかったけれど、その後持ち上がった「もしやヴィルヌーヴはアクションが撮れないのでは」という不安が、今回少しだけ払拭されたかも。もちろんプロダクションデザインは今回も必見。「予言」に翻弄され、苦悩する主人公をティモシー・シャラメが熱演するほか、これでもかという豪華キャストにもびっくり。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による同名SF小説映画化の続篇。ハルコンネン家の陰謀により一族を滅ぼされたアトレイデス家の後継者ポールが砂漠の民と共に反撃する。今回は少年ポールの成長譚という側面が強く、繊細華奢なシャラメとシリアスなヴィルヌーヴの化学反応が、壮大なSF大作に精緻な美学とシェイクスピア演劇のような格調高きドラマ性を導入することに成功した。至高の映画館体験をアップデートする、21世紀の超大作映画のベンチマークになる記念碑的傑作。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      この手の叙事詩はどれも似たようなものだろうと高を括っていたが、緻密なアートディレクション、ハイレベルなVFX、類をみない世界観に終始目を奪われた。人物の心の機微も丁寧に掬いとっており、主人公ポールが心に従うか運命に従うかで葛藤し、カリスマ指導者へと変貌していく過程は見応えがあった。演じるシャラメはますます覚醒。モノクロの使い方も良い。宗教、権力闘争、資源枯渇など普遍的な問題がちりばめられた重層的なストーリーなので、パート1を見てからの鑑賞がおすすめ。

  • RED SHOES/レッド・シューズ(2023)

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      プロットが穴だらけなのはひどいが、カンパニー内や友人同士の信頼の大切さと、「踊らずにいられない」表現者の思いの切実さを描いているのがとてもいい。心情を語るような歌詞の曲に合わせて主人公らがモダンバレエを踊るので、「フットルース」的な青春疑似ミュージカルの趣も。本物の実力者がそろっているからダンスはみな素晴らしく、クライマックスの公演シーンは、撮り方の成否はともかく、パウエル&プレスバーガーの名作と並んでも恥じないものをという作り手の気概を感じる。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      オーストラリアの若きバレエダンサーの物語。姉の事故死のショックに立ち直れずバレエを引退した少女が、バレエ学校で清掃員として働きながらも夢を捨てきれず、再びバレエに取り組む。ほとんどC級少女漫画のような設定で脚本は0点に近いのだが、実際にバレエをやっている人たちをキャストしているだけに、バレエ・シーンは見事。俳優たちがバレリーナを演じた「ブラック・スワン」と比較するとバレエ・シーンの迫力が段違い。いっそ物語パートを省いたヴァージョンを見たい。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      トラウマと向き合い、自己表現を追求する物語は胸を打たれるものだが、本作は肉親の喪失や友人とのすれ違いが深く掘り下げられないまま、既視感満載なエピソードが次から次へと積み重なってゆくので、感情移入しにくい。現代的な側面を強調したいという意図のもと、クラシック音楽の合間に頻繁に流されるポップソングは、人物の感情に表層的に寄り添っているだけだ。とはいえ、バレリーナでもある主演のドハーティは憂いを帯びた表情が美しく、そのしなやかな筋肉のキレには息をのむ。

  • 薄氷の告発

    • 文筆業

      奈々村久生

      スポーツ界における師弟関係を利用した性加害が次々と明るみに出てくる中、そこに切り込んだ制作の心意気は買う。が、これは現在進行形で取り組まなければならない切実な問題であり、社会的な制裁が被害者個人の魂を救うとは限らない。それに対してこの脚本や演出はあまりにも事態を単純化しすぎており、被害者と加害者の人物造形や演出も、複雑な現実に対応するきめ細やかさを携えているとは言い難い。性犯罪がいかに一人の人間を破壊するのか、ラストはせめてもの誠意として受けとめたい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      現実の事件についてこういう話をすると「加害者を甘やかすな」と批判されることがあるのでこの映画についての話としてするけど、むろん第一に必要なのが被害者の心のケアであるのは当然として、同じくらい重要なのが加害側の心の治療だ。この映画の犯人はパワハラと性的暴行をしないでは生きてる実感がわかない〈死んだ魂〉の持ち主なので服役しながらカウンセリングを受ける義務があるし、この映画に登場する加害側の人間全員にも、あなたはじつは心の病気なのだと教えるべきだと思う。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      韓国スケーター界の、パワハラ、セクハラと脅迫の犯罪行為を取り扱った映画で、最悪の結果を想定したストーリーである。被害の経験者が、これから被害に遭うかもしれない状況の女性に対して、自分の過去を口にできず、茫漠とした説明しかできないのもわかる。そういった口が重くなる羞恥や苦痛も含めての加害行為なのだ。被害を立証する難しさや、加害者側が有利に立ち回りやすい案件であることも本作は証明する。日本の映画業界も同様の最悪の結果が続き、非常に腹立たしい。

  • 12日の殺人

    • 映画監督

      清原惟

      女性であることが理由で殺される、「フェミサイド」について取り扱った作品。刑事ものではあるが、事件の解決が主旋律というよりは、性別を理由に犯罪にあってしまうことや、女性が晒されている偏見や視線を中心にして事件を描いている。女性だけでなく、男社会である警察内部も描くことで、男性の考え方も相対化している。捜査する刑事たちの個人的な悩みを丁寧に描く姿勢もよかった。男性たちが成し遂げたことは、自転車で山に行けたことくらいなのが、現実という感じがした。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      往年のシャブロルがスモールタウンを舞台に撮った「肉屋」などのミステリの名作によく似た感触がある。若い女性の焼死体が発見され、被害者の奔放な男関係が露わになるも事件は迷宮入りに。捜査官ヨハンは容疑者も愚昧かつ謎だらけでと途方にくれるが、殺人という行為を人間存在の不可解さの証しと捉える視点が光る。時折、ヨハンが夜間、無人の競輪場を黙々と自転車で走行するショットが挿入されるが、彼自身が抱える不分明な闇を払拭しようとする捨て身のアクションのようでもある。

861 - 880件表示/全11455件

今日は映画何の日?

注目記事