映画専門家レビュー一覧
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12日の殺人
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映画批評・編集
渡部幻
「事件にとりつかれることがあります。理由はわからないが、事件が頭から離れなくなり……」「のみ込まれる?」「あるいは“壊される”。中から蝕まれる」。男と女の溝に迫る未解決事件ミステリ。16年の実話に着想を得て、よく書かれ、演出され、丁寧に演じられている。ドミニク・モル監督は「悪なき殺人」も優秀だったが、今度はさらに上質だ。女性殺しを捜査するフランスの刑事たちが男性ばかりであったことに着目しており、沈着な主人公の葛藤を伝えた主演のバスティアン・ブイヨンの無表情がいい。
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ビニールハウス
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映画監督
清原惟
ビニールハウスに住むというのが、「半地下」のことを思い出したり、韓国の賃貸事情について思い巡らせられた。途中までは、主人公の女性のメンタルヘルスの問題や、盲目の認知症の老人との関わりなど、スリリングな心理描写に惹きこまれたが、人が死んでから、グロテスクで既視感のある映画的展開になっていき、もうこういうのはいいかなと思ってしまった。それまでの時間も、すべてこの展開のためのものに感じてしまう。人の不幸を見て喜ぶ感覚が、自分にはわからないからかもしれない。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
かつてイ・チャンドンの秀作「バーニング 劇場版」では荒涼たる田園地帯に点在するビニールハウスの光景が何とも形容しがたい寂寥を感じさせた。だが、本作ではさらに韓国の格差社会の暗喩としてのその存在が徹底化、象徴化されて描かれる。疲弊したヒロインに巣くう絶えざる自己懲罰の衝動と少年院にいる息子への溺愛、そして著しく根拠を欠いた彼女の夢想が無惨に打ち砕かれるさまを、映画は時には仮借なきまでにリアルに、時には詩的で幻想的なビジョンをもってあぶり出している。
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映画批評・編集
渡部幻
冒頭のビニールハウスでイ・チャンドン「バーニング 劇場版」を、続く母と息子の対話場面で黒沢清「CURE」を連想。いきなり今でも有名な別の何かに似ていたため、この新鋭の志に軽く失望したが、これから始まるドラマの悪夢的なトーンを予告する役割を担わせたのだろう。事実、訪問介護士と貧困を背景とする社会的孤立の物語は雪だるま式に悪化する。キム・ソヒョンの芝居に緊張感があり、イ・ソルヒは脚本と編集も兼ねることで重く憂鬱なリズムとテンポを維持している。少し硬いが意欲作だとは思う。
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映画 マイホームヒーロー
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ライター、編集
岡本敦史
ごく普通の小市民が悪の才能に目覚めたり、壮絶な代償を払いながら人間的に解放されたりする(まあ要するに「ブレイキング・バッド」的な)話に、いきそうでいかない状態がこんなにツラいとは。終始「まとも」な主人公のドラマがとにかく退屈。本来のポテンシャルを発揮することのない佐々木蔵之介を黙って眺め続けるフラストレーションは、静かに、ボディブローのように効いてくる。その空白を埋めるかのような津田健次郎の怪演も、演出側がただ漫然と放任するだけでは生きようがない。
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映画評論家
北川れい子
家族のためなら殺しまで! ドラマ版は知らずに観たが、冒頭でそのいきさつをザックリ語っているので、フムフム。とはいえ、オモチャ会社のサラリーマンでミステリーを書いている主人公が、その過去の殺人が原因で半グレ相手にピンチの連続という本作、まるで他人がムキになっているゲームを遠くから眺めているようで痛くも痒くもない。気を持たせるのが狙いらしい間延びした演出も手の内がミエミエ。主人公の妻が、あなたも家族の一人、私も何か、という台詞には同感したが。
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映画評論家
吉田伊知郎
TVシリーズは未見ながら、そこから7年後に設定されていることもあり、戸惑うことなく入り込める。かつての殺人が露見しかけた佐々木が、敵からの復讐と刑事となった娘との関係を軸に描く古典的な作劇も飽きさせない。善悪双方の役が似合う佐々木の個性が生かされ、ご都合主義やわかりやすい伏線回収も不満にならず。問題は津田健次郎の敵キャラで、新しい学校のリーダーズみたいに首をクネクネ動かしながら悪態をつく芝居が成立するような作りではないだけに、いささか悪目立ち。
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ゴールド・ボーイ
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ライター、編集
岡本敦史
本来なら「岡田将生のとんでもない悪人ぶりに目を見張る犯罪映画の快作」ぐらいの最小限の予備知識で劇場に走ってほしい映画である。10代のキャスト陣からもプロフェッショナルな芝居を引き出す手腕はさすが金子修介監督で、特に羽村仁成が不敵でイイ。完全犯罪にどんでん返しも盛り込んだ欲張りな内容ゆえ、多少強引な部分もあるが、「このためだったか!」と思わせるラストはやっぱり気持ちいい。金子監督がこういう意欲的な娯楽作をどしどし撮れるのが健全な映画界の姿であろう。
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映画評論家
北川れい子
気色悪さを楽しむ映画と言えるかも。ルーツはさしずめ、アメリカの傑作サイコスリラー「悪い種子」(56年)? 一見愛らしい少女が、冷酷で狡知に長けた殺人鬼だったという話。本作では数字が得意の優等生少年がそのキャラで、仲間と殺人事件を目撃、その犯人を脅迫しようとして逆にさらなる犯罪に加担、その上、仲間を裏切っての二転三転。何やら韓国のこってりしたクライム・サスペンスの雰囲気も。童顔の羽村仁成の何食わぬ顔がスリリングで北村一輝も江口洋介もまったく形無し 。
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映画評論家
吉田伊知郎
ここ10年は金子修介の手腕を生かすには映画のスケール不足を感じることが多かったが、犯罪ジュブナイルの本作で久々に本領発揮。大人たちの大きな物語を片方で描きつつ、少年少女の描写に魅せられる。殊に羽村と星乃が手を繋いで走る瞬間が忘れ難く、金子映画のヒロインベストを星乃が更新する姿を好ましく眺める。岡田の悪辣な存在も見事に映えさせるが、一方で残虐描写は韓国映画と言わないまでも、ヒリヒリする痛みが欲しい。微温的にとどまるため終盤の展開は物足りなくなる。
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PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~
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文筆家
和泉萌香
今回のレビュー4作品はどれも都心部から離れた土地が舞台で、本作は徳島の港町を舞台に、自転車に乗った高校生たちが爽やかに海のそばを駆け抜ける。勝ち負けではなく、得手不得手、できるできない、自分の力ではどうにもならないことがたくさん溢れている世界に生きる少年たちが、互いには干渉しすぎることなくたった一つのことに取り組む姿の描写に加え、eスポーツ会社の大人たちが語るメッセージは、子ども時代を子どもとして過ごさせる優しさに溢れている。
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フランス文学者
谷昌親
観る前は、eスポーツがテーマで映画としてどれだけ成り立つのかと不安視していたが、なかなか見ごたえのある作品になっている。青春映画で力を発揮する古厩監督の演出のたまものであることはまちがいないが、実話の映画化というこの作品で、主要な人物となる高専生3人の絶妙のバランス、そしてなによりも彼らが生活の場としている徳島の風景が魅力的だ。少年たちがそれぞれに問題を抱えながら過ごす日々が、海辺にある小さな町の風景のなかでこそ生き生きとしたものになっていく。
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映画評論家
吉田広明
優秀だがいつも一人で行動する三年生と、金髪で一見チャラ男だが心優しい二年生を中心に、「仲間」となった彼らがeスポーツに臨む。部活ものの定番ではあるが、個性がバラバラな三人がまとまってゆく過程の背後に、容易に片付かないそれぞれの家庭が抱える問題や、外国人、障害者など多様な参加者たちの描写をさりげなく挟んで世界に奥行きを与え、決して説明的にならず、しかし紋切り型の友情物語、スポーツ物語の多幸的終局を控える慎ましさが好ましい。さすがベテラン監督。
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DOGMAN ドッグマン
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
情報ゼロの状態で観始めて、ベタとキッチュが混ざった雰囲気に困惑しつつ観ていたら、監督がリュック・ベッソンだと最後にわかってなぜか納得。異常な成育環境のなかで犬と特殊な関係を結ぶだけでなく、演劇に魅せられたり、異性装の歌姫として人気を博したりしつつ、一貫して神の存在に憑かれている主人公の物語は盛りこみすぎな気もするが、はぐれ者や異常性格の役でいまや地位を確立した感のある(?)C・L・ジョーンズに不思議な魅力がある。あと、わんこ好きは観るといいのかも。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
父親から虐待を受けて犬小屋で育った男がドッグトレーナーとなり、女装してドラァグクィーンとしての活動と訓練された犬を使った盗みを生業とする中で、犯罪組織に目をつけられてしまう。リュック・ベッソンの脚本・監督によるこの犯罪映画は、彼の持つ美学性とバイオレンス性が久々に幸福な結婚をした快作。主演ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのブチ切れた怪演も相まって、「ああ、ベッソンが帰ってきた」と嬉しくなる。ただ、悪役があまりに弱く、それほどハラハラしないのが玉にキズ。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
黒人の精神科医が聞き手となり、10数匹もの犬と生活するダグラスの半生を辿る。犬小屋に数年間閉じ込められ、下半身不随となった虐待サバイバーであるダグラスの生い立ちがあまりに壮絶。後半、犬を使って犯罪に手を染めるナンセンスな飛躍に戸惑いつつも、賢い犬たちを愛でながらの鑑賞は私のような愛犬家にはたまらない。犬やドラァグクイーンなど、出てくるモチーフすべてがビジュアル先行に思えて、深みを感じられず。気怠く熱演するケイレブの色気が作品に重厚感を与えている。
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愛のゆくえ
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ライター、編集
岡本敦史
雪国のシビアな思春期ドラマとして始まったかと思えば、大島弓子の漫画『快速帆船』を思わせる展開になり、映画の質感が変幻していくところは面白い。少女の彷徨を幻想的に描く手つきは相米慎二っぽくもある。ただ、一つひとつのセグメントが撫でる程度で通りすぎていくので(特に後半以降)、漠然とした印象が終盤にかけて膨らみがち。監督の自伝的要素が色濃いそうだが、内省を突破する力強さも示してほしかった。主演の長澤樹のインパクトに対し、作品自体の力がもう少し届かない。
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映画評論家
北川れい子
重量感のある北海道の雪深い風景が、大都会で自ら迷子になった少女の支えになっている。自分はまだやっと片足が生えたばかりのおたまじゃくしだ、と呟くもどかしい14歳。雪国生まれの彼女が、母親の死で東京に住む父親に引きとられ、そこから逃げ出してのリアルな体験。その体験には、聖と俗、死、悪意と優しさ、アートに歴史とてんこ盛り、さらに故郷まで続く三途の川?まで登場する。いくつかパターン通りの場面もあるが、幻想をリアル化する宮嶋監督のセンスは素晴らしい。
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映画評論家
吉田伊知郎
新人監督らしい直情的でひたむきな作りには惹かれるが、類型的な設定や台詞に没入を阻害される。悪意の描写も図式的すぎる。監督自身の実体験が多く反映されているようだが、それを客観視する力があれば爆発的な傑作になっていた予感が漂う。終盤の非現実的な飛躍は魅せるものがあるだけに、そこへ至るまでの北海道の雪の冷たさや都会の孤独感の描写にこそ注力してほしかった。長澤樹の無表情は映画を象徴させる力があるだけに、もっと生かせるはず。魅力的な細部が零れ落ちている。
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水平線(2023)
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文筆家
和泉萌香
冒頭、ラジオが流れる走行シーンに思わず佐向大「夜を走る」を想起。撮影も同じ渡邉寿岳によるもので、夜から朝にかけての船上からの眺め、暗闇に揺らめく青い灯りなどをとらえるカメラが凜として素晴らしい。「夜を走る」は死体を出発点に男たちの物語が動き出すが、本作は不在を中心に男の車が悲しくもぐるぐるとさまよう。が、悪徳ジャーナリストやスナックに通う父親=主人公と台詞含め男性登場人物たちが、肝心の不在以上の虚しさと共に紋切り型かつ簡略化されているようにも。
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