映画専門家レビュー一覧
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彼女はなぜ、猿を逃したか?
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文筆家
和泉萌香
自分が起こした事件を挑発的に切り取られ、誹謗中傷に晒された女。事実のねじ曲げなどのメディア批判を含みながら、世間の存在はあくまでも場外に、物語はキャメラがあちらこちらに配置された灰色の迷路のような囲われた場所で、個人の「生き直し」が展開される。二転三転したのちに空はひらけてゆき、高揚感ある青春映画の様相をみせるも、ギミック倒しで強引な印象が拭えず。映画監督の自己弁護にも聞こえる台詞も悪目立ち。
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フランス文学者
谷昌親
事件を起こした少女と映画監督志望の少年、少女を取材するルポライターの女と映像関係の仕事をしているその夫、この二組の男女の関係が、現在と過去、現実と映像のあいだを往還しつつ徐々に明らかになっていく過程はスリリングだ。しかし、パズルのピースをうまく散りばめ、現代的な意匠をほどこすことに注意が向き過ぎていて、人物も作品世界もただ画面の表層を流れていく。少女が見た朝焼けや少年が森の中で撮影した少女の姿の前で、もっと立ちどまってみるべきだったのではないか。
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映画評論家
吉田広明
動物園の猿を女子高生が逃がした事件を報じた記事がフェイクなのか真実なのかを巡る話なのかと思って見ていると、互いに矛盾というか整合性の取れない映像が重なってきて、見る者が疑心暗鬼に捉われる。事件の真相の不確定性が、映像そのものの不確定性にすり替わってくる。合わせ鏡のシーンがあるが、これがこの作品の中心紋ということになる。ただ、入れ子構造を繰り返しているため、どれも本気で受け取れなくなり、ラストの高校生たちの瑞々しい場面も眉唾で見てしまうのが残念だ。
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マッチング
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ライター、編集
岡本敦史
マッチングアプリ利用者を標的とした連続殺人事件をめぐるサスペンスミステリーというアイデアは秀逸。ブライダル業界で働きながら私生活では恋愛への興味が薄い主人公を、土屋太鳳が現代に即したリアリティをもって演じ、非常に好感が持てる。だが、物語が進むにつれて紋切り型でない場面を探すほうが難しくなり、しかも途中から別の因縁話がメインになって、マッチングアプリも関係なくなる。ちゃんとタイトル通りに主題と四つに組み合えば、企画も主演俳優も生きたのに。
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映画評論家
北川れい子
内田英治監督の、観客を驚かせ、引っ張り回そうとする魂胆がミエミエのホラー系ミステリーで、ここまでエグいと逆に笑いたくなる。俳優陣も乱暴な脚本と演出に闇雲に役を演じているかのよう。マッチングアプリでの出会いが転がって、親の因果が子に及び、という新派悲劇寄りの血腥い復讐劇。マッチングアプリはあくまでも復讐の火種なのが意外と言えば意外か。冒頭の「アプリ婚連続殺人事件」が恐怖の賑やかし的なのも、内田監督ならではの観客サービスってわけ。
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映画評論家
吉田伊知郎
角川ホラーとしてはVHSや携帯に較べるとマッチングアプリでは普遍性に欠ける。運営会社が個人情報を覗き見しているなら意図的に結びつけたりしそうだが。アプリ婚連続猟奇殺人も見た目の派手さと裏腹に、それをどう仕立てたかは描かれず。この監督は前作「サイレントラブ」と同じく安易にフラッシュバックを多用しすぎで、そこで帳尻を合わせようとする。土屋太鳳は善戦。普通のドラマよりも異常な状況へ生真面目に立ち向かう演技の方が映える。佐久間は役の難易度が高すぎた。
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ネクスト・ゴール・ウィンズ
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
序盤、監督招聘の話を聞いた選手のひとりが「白人の救世主はごめんだ」と言う。実際この映画はその後、「白人の救世主」の話にはならないよう細心の注意を払うだろう。救われるのはサモアの人々ではなく、白人監督のほうなのだ。サモアの自然と文化、サッカー協会会長らと並び、彼の心をとりわけ解きほぐすのが「第三の性」を持つ選手。男女間だけでなく、白人文化と現地文化のあいだも往来して垣根を取り払う。星の数は抑え気味にしてますが、楽しくて愛らしくてとても励まされる映画。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
「ジョジョ・ラビット」のタイカ・ワイティティ監督による、サモアの世界最弱サッカーチームがW杯予選で起こした奇跡の実話の映画化。設定としては「がんばれ!ベアーズ」と同じ熱血コーチによる弱小チーム成功話だが、南の島ならではの脱力したムードで描く。「ジョジョ?」でそのギミック力を誇ったワイティティはカメラと編集のアンサンブルで観客を引っ張ろうとするのだが、どうもあざとさとギャグのベタさが鼻につく。スポーツ系ギャグなら「アメトーーク!」運動神経悪い芸人の方が面白い。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
米領サモアの最弱サッカーチームの実話で爽快な逆転劇。新コーチ役、ファスベンダーのシリアスな佇まいとチームメンバーのおおらかな芝居にギャップがあり、名優ファスベンダーが浮いていて演出の狙いだとしても違和感。ジョークの数々や初めと終わりにカメオ出演する監督のコメディアンぶりに、笑いを強要されているような感覚に陥ってしまった。勝ち負けよりも大切なのは楽しむことという天真爛漫なテーマをそのまま体現した作風に、軽快さと軽薄さを行き来する危うさも感じた。
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ハンテッド 狩られる夜
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文筆業
奈々村久生
冒頭の裏切りとスタートダッシュに身を乗り出したもののそれがほぼピーク。登場人物の限られたワンシチュエーションものは、脚本のアイディアに俳優と演出の力量も最大限に問われるが、いずれも不足が顕著。セリフを聞いていれば、コロナ禍における対策をはじめ社会への抗議が詰め込まれているのは理解するが、無線の声が届ける一方的な主張ではヤフコメの域を出ない。あるいはそれこそ顔なき世論のメタファーかと仮定しても、だとしたらその後の展開は決定的に間違っている。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
血まみれ地獄絵の一夜だと思ってたら(そうなのだが)社会派だった。しかも「エイリアン」だった。舞台は未来の宇宙じゃなく現在、だが我々の現在はあの時代からしたら恐怖の未来なのだ。宇宙の怪物じゃなく同国民と、会話してるのに話が通じない分断。マザー・エイリアンじゃなく主人公が、子を産むべきと追い込まれてる(妊婦がひどい目にあう話ではない)。冒頭でがっかりさせられた「エイリアン3」より、きっと続篇はないこっちのほうがいい。少女のジャージーの柄のことも考えさせられた。
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映画評論家
真魚八重子
顔のわからぬ大量殺人鬼に襲われる物語で、相手は凄腕のスナイパー。とにかく強すぎて、主人公の製薬会社社員のアリスは、ガソリンスタンドから動けない。不倫が彼らを引き合わせた契機の一つで、犯人は共和党支持者で反ワクチンの、戦争にも行った男で妻に不倫をされたという特徴がある。そしてアリスはワクチンを扱う会社の社員で不倫中というのが、犯人を刺激した部分だ。ほぼ二人劇で間延びもするが、顔が見えないというのは、犯人を特定の人間に落とし込まないことになり、曖昧さが尾を引く。
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コヴェナント/約束の救出
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映画監督
清原惟
はじめはアメリカの視点に立ちすぎていると思い、ゲーム的な戦闘シーンや、タリバンの人々を動物扱いする米兵にうんざりしながら観ていたが、最後には米兵と米軍に雇われた数多くのアフガン人通訳の絆の話だったとわかる。しかし、彼らと米兵の話は決して美談で終わるものではない。与えられるはずの永住権ももらえず、米軍撤退後に、彼らは殺されたり逃げ隠れたりすることとなった事実が明かされる。米軍が正義の名のもとに行ったことへの批評的な目線があったのはよかった。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
「捜索者」を嚆矢とする数多の〈seek & sight〉のドラマにはどれも抗しがたい神話的な魅力がある。アフガニスタンを舞台にタリバンの武器倉庫を破壊する特命を帯びた米軍兵士とアフガン人通訳の抜き差しならぬ友情と自己犠牲の美徳を謳いあげた本作もその系譜にある。荒唐無稽スレスレの大胆で巧みに構築された手に汗握る奪還劇はカタルシスを与えるに十分だが、ラスト、米軍の撤退後、タリバンが実権を握ったアフガニスタンで起こった光景に思いを馳せると暗澹とならざる得ない。
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映画批評・編集
渡部幻
ガイ・リッチーが新境地の開拓に挑んだ佳作。“Guy Ritchie's The Covenant”の原題からその意気込みは伝わる。2018年のアフガニスタン。米国への移住ビザを約束された地元通訳と、彼に命を救われた米軍曹長。国家と政治を排除しきれない題材ではあるが、リッチーが語りたいのは立場を越えて個になる男同士の恩義の物語。もっとも、リッチーには新機軸でも、観客にもそうとは限らないが……。ジェイク・ギレンホールはやはり上手だが、寡黙な通訳のダール・サリムも印象に残る。
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落下の解剖学
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映画監督
清原惟
人間同士の関係性はとても複雑だということに、真正面から向き合った作品。裁判ものなので、最終的な勝ち負けは存在している。だけれども、人生において何が正しく間違っているかということは、本当の意味では判断できないということを思う。主人公である小説家の女性も、目の不自由なその息子も、弁護士も、みな忘れがたい顔をしている。素晴らしい演技を刻みつけられる場面があった。2時間半という時間が短く感じるほど、彼女たちの過ごしてきた人生の時間を想像させられる。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
かつてのシャーロット・ランプリングを思わせるザンドラ・ヒュラーの沈着な、しかし微妙に千変万化する表情に魅せられる。傲慢さ、悲嘆、諦念、幻滅、その内面で生起している感情を容易には看取させない貌と身振りを見つめているだけで飽くことがない。現場に唯一、居合わせた視覚障がいの息子の怯えと繊細さを際立たせる音響設計、緩慢に〈夫婦の崩壊〉の内実を浮かび上がらせる作劇も見事だ。ショパンのプレリュードがこれほど哀切かつメランコリックに響く映画も稀有ではないだろうか。
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映画批評・編集
渡部幻
フランスで夫殺害の罪に問われたドイツ人の妻を巡る法廷劇。フラッシュバックではなく、言葉で語られる事件の“解剖”に重点が置かれる。しかも舞台劇的ではなく映画的なのだ。夫妻はドイツ人とフランス人で、共通言語は英語。言語の目隠しが感情の目隠しとなって、関係の力学に軋みが生じる。夫婦喧嘩の感情的な暴発は「イン・ザ・ベッドルーム」「マリッジ・ストーリー」以来のリアリティ。ドイツ女優ザンドラ・ヒュラーが圧巻で、スワン・アルローら男優陣も卓越している。隅々まで緩みない映画表現。
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ボーはおそれている
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文筆業
奈々村久生
「ヘレディタリー/継承」から連綿と受け継がれる母性神話と生殖への徹底した懐疑。それこそがアリ・アスターの哲学であり、本作はその結実の一つを提示する。主人公ボーが直面するカオスは、映像から得られる情報以外には一切の説明を欠いており、これがドッキリだとすれば観る者はネタバラシをされないまま不安と焦燥を延々抱え続けることになる。だが理性を凌駕する圧倒的なイメージの力によって、家族というものの本質に逆説からたどり着いた結末が悲劇であるとは思わない。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
星10個。いまどき、こんな精神分析的な喜劇映画を作っていいのか。いいのです。母を愛しすぎてたり、親からひどい目にあって今でも親を憎んでいたり、親のせいで人を愛することも適切な距離をとることもできなくなって人生が滞ってる、すべての人のための映画だから。「へレディタリー/継承」の答え合わせでもあり、「へレディタリー」より怖い。往年の筒井康隆ファンも必見。ラース・フォン・トリアーのファンも必見。日本のSNS上の冗談概念〈全裸中年男性〉をホアキンが演じてるのにも感動。
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