映画専門家レビュー一覧

  • ヒプノシス レコードジャケットの美学

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      あんなにかっこいいジャケット群について語るのだから、この映画のルック自体もヒップでクールでなければならないが、意表を突くオープニングからの数分間で、そこは軽くクリア。でもジャケットデザインそのものというよりは、デザイナー集団「ヒプノシス」の物語が主題。彼らがジャケットを手掛けたバンドも数多く登場し、なかでもつながりの深かったピンク・フロイドとの関係は、この映画の第二の軸となる。シド・バレットの離脱とヒプノシスの解体が重ねられるエンディングにはこちらもしんみり。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      ピンク・フロイド、レッド・ツェッペリンなど70年代ロックの名盤のジャケットを数多く手がけたデザイン・アート集団「ヒプノシス」のドキュメンタリー。ロックの歴史に残るイメージ・メイキングの裏側が余すところなく語られ、その大胆さや破天荒さに感嘆。さらにヒプノシス二人の青春物語としての甘さも苦さも描き、その結末に涙腺がゆるむ。写真家であり映画監督でもあるアントン・コービンならではの美意識もうまく化学反応している。

  • ダム・マネー ウォール街を狙え!

    • 映画監督

      清原惟

      実際にあった株取引に関する事件を基にした作品。個人の物語としてだけではなく、社会そのものを描こうとしている姿勢に胸が熱くなる。コロナ禍での事件ということもあり、当時の雰囲気を色濃く捉えていて、自分自身の感じていた感覚も思い出してしまった。たくさんの名もなき個人投資家たちを、映像で実際に見せていく手法も印象的だったし、何人かの投資家たちのそれぞれのエピソードにも、短いながら引き込まれる。もちろん、数々の名演をしてきたポール・ダノ演じる主人公も最高。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      コロナの最中に起きた実話の映画化。一人の会社員のドン・キホーテ的な旗振りでSNSに集結した数多の小投資家が倒産寸前のゲーム会社の株を買いまくり、ウォール街を牛耳る悪辣な大手ヘッジファンドに一泡吹かせる痛快篇だ。テーマはイマ風だが、マス・ヒステリアの恐怖もたっぷりと盛り込まれ、往年のフランク・キャプラが撮っても全くおかしくない。絶えざる幻滅と貧困に喘ぐ大衆にとっての敗者復活戦はSNS上の狂騒的なマネー・ゲームにしかない。そんな諦念も感じられる。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      2020〜21年。ヘッジファンドの空売り勢に一泡吹かせた小口個人投資家たちの反撃騒動の映画化。2009年の金融危機に大学を卒業した主人公の呼びかけに賭けたその他大勢の労働者のマスク姿。彼らとは対照的にマスクしない既得権益層たちへの階級闘争が閉塞感を打破する。映画らしい視覚的な感慨もあった。ステイホーム下の心細げな光景の数々が、将来に不安を抱える人々の心象風景になっていたからだ。好感触の役者陣と理性的な演出に貫かれたエンタテインメント。

  • 熱のあとに

    • 文筆家

      和泉萌香

      その事件が起こった当時「一度は私たちも考えてもやらなかったことを、彼女は“やった”」というつぶやきを見た。映画は、どうであれその行為をやったという驚愕のあと、愛のあり方を問う女と、彼女の檻となった男の姿を描き、若いふたりの愛の問答は少々おかしくなってしまうほどに痛切なもので、絶対的なものを求める女の、仮死状態の生へのひとつの決着の物語としても成立している。妻のキャラクターは蛇足な気も。山本監督は本作が商業デビュー作とのことで次作も楽しみ。

    • フランス文学者

      谷昌親

      かなり衝撃的なシーンから始まるだけに、そこで描かれる事件へと至る過程に遡るかと思いきや、逆に、「六年後」の字幕が出て驚かされた。つまり、タイトルにあるとおり、「熱のあと」が描かれるのであり、「まえ」ではない。そしてだからこそ、不可解とも思えるような展開もそれなりに成り立ってくる。不条理劇的なエピソードやせりふ回しにはやや辟易させられるものの、随所にユーモアもふりまきながら、階段、霧の湖、刃物、猟銃といった映画的装置を始動させる作品なのである。

    • 映画評論家

      吉田広明

      主演の橋本、木竜二人を狂わせ、登場人物の全員がその人を中心に回っているホストをほとんど出さず、ブラックボックス化しているために、愛とは何なのかという映画の主題に対する作り手の結論が不明瞭になってしまっている。描かないことによって映画の世界が深まるわけでは決してなく、単に逃げているように見える。これだけの役者を使っていても、彼らの存在感だけでその欠を埋められるものではない。新人であればこそ、雰囲気で逃げずに核心部分に真っ向から臨んでもらいたかった。

  • サイレントラブ

    • ライター、編集

      岡本敦史

      キャストもスタッフも一流どころが揃っているが、中身は度肝を抜くほど古くさい。洗脳かと思うほど何度も繰り返される「住む世界が違う」というセリフも含め、いまどき格差社会をこんな類型的に描くことに驚く。かといって古典的メロドラマを突き詰めるかと思いきや、過剰な暴力シーンがアンバランスに盛り込まれたりするのは、やはり北野武オマージュ? これだけ確信犯なら何を言っても馬耳東風かもしれないが、いろいろかなぐり捨てた代わりに何を達成したのかさっぱり理解できない。

    • 映画評論家

      北川れい子

      メロドラマやラブストーリーにはルールなし。とは言えここまで嘘っぽいといささかゲンナリしてくる。喉の怪我で声をなくし、今は音大で雑用をしている若者が、交通事故で視力を失った音大生のために「街の灯」のチャップリンのように、あるいは何度も映画化されている谷崎潤一郎の「春琴抄」の丁稚のように、自分を無にして尽くしましたとさ。さすが周辺のエピソードには今風な要素を盛り込んでいるが、少女漫画だって扱わないような話を臆面もなくやっている内田監督、いい度胸。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      目の不自由な浜辺を、声を失くした山田が密かに助けていたという設定は良いが、ステレオタイプな障がい者描写を忌避した結果、見えない・喋れないという部分がおざなりに。山田が声を失くした理由は安易なフラッシュバックではなく、浜辺がある段階で知るべきではなかったか。音楽が久石譲ということもあり、描写面でも北野武の影がチラついてしまうが、「アナログ」がどの時点で謎を明かすか計算されていたことを思えば、本作の後半の展開は台詞で説明してばかりで釈然とせず。

  • コット、はじまりの夏

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      愛された実感を持ったことのない9歳の少女が、遠い親戚にあたる夫妻の家でひと夏を過ごすうちに、生きる喜びを見出していく、となると類似作品はこれまでたくさんある気がするけれど、口数の少ない彼女を見守るうちに、彼女が何を感じているのか、内側で何が起きているのかがひしひしと伝わる丁寧な演出。夫妻のうち、温かい妻との交流もいいが、最初コットにどう接したらいいのかわからずにいた夫が、やがて打ち解けていく過程が心にしみる。コットの疾走は、感情の覚醒そのもの。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      アイルランドの田舎町を舞台に、9歳の少女が夏休みを遠い親戚夫婦に預けられ、そこで自分の居場所を見つけていく。アイルランド語映画として歴代最高の興行収入を記録した本作は、現代の都市生活者にとって一服の清涼剤となるような大自然と少女のピュアな生活を丁寧に描く。しかし私のようなひねくれ者にはあまりにもひねりのない展開に逆にイライラ。誰もが好感を持つ「少女、動物、大自然」は映画作家としては禁じ手なのではと思う自分は都会とダークな作家映画に毒されすぎか?

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      コットが草に覆われているファーストショットでまず胸を鷲掴みにされた。単調にもなりかねないシンプルでミニマルな物語だが、コットと親戚夫婦が心を通わしてゆくひとつひとつの描写が丁寧に紡がれており、繊細な刺繍のような趣き。草花の囁き、木漏れ日、波紋、日々の生活で何気なく目にする自然の美しさを掬い上げ、五感に訴えかけてくる。互いが真にかけがえのない存在であると示唆するラストシーンが格別に素晴らしい。「わたしの叔父さん」にも通じる北欧系オーガニックフィルム。

  • 哀れなるものたち

    • 文筆業

      奈々村久生

      作家性というのは世相にとらわれないからこそ作家性たりえるのであり、その意味で伝統芸能に近い。本作では女性の自立が寓話的に描かれているが、この題材が寓話で描かれることで最も説得力を持てたのは、おそらく少し前の時代になる。そういう意味ではランティモスの作家性を最優先に楽しむのがベストな見方と言えるだろう。ただそれは、先日SNLで全裸ニューヨーク清掃コントまで披露したエマ・ストーンの思い切った献身なしに成立しなかったのは間違いない。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      いろんな映画や漫画にいろんなフランケンシュタインの女怪物や、いろんなエマニエル夫人の旅やいろんなフェミニズムが登場したけど、こんな生まれかたのセックスモンスターやこんなフェミニストは見たことない。ランティモス作品でいちばんわかりやすかったが、驚くべきことにわかりやすさが面白さをそこなってない。哀れなる者とは誕生して科学医療のお世話になりセックスしたりしなかったり愛されたり愛されなかったりしつつ死ぬ我々のことだ。エマ・ストーンは市川実日子そっくりだ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      製作にも名を連ねるエマ・ストーンが、本作で企図したことの明瞭さ、強い意志を考えると胸が打たれる。女性は男性の「俺が教えてやる」という姿勢が嫌いだ。政治的にも、性的にも、知的にも女性は主体性を持って学習し、判断力を身につけていく。そういった女性に恋した男たちは、彼女が思い通りに動かず苛々する。原作と違い、主人公のベラが社会主義をシスターフッド的な関係の女性から学ぶのも、今の時勢に合わせての変更だろう。撮影、音楽、美術のすべてが抜かりなく独創的。

  • サウンド・オブ・サイレンス(2023)

    • 文筆業

      奈々村久生

      「クワイエット・プレイス」(18)の設定に「透明人間」(20)の要素を取り入れたような一本。ホラー的な映像表現に関しては脅かしに徹した感があり、ヒロインやその家族の物語を生かしたプレーになっているとは言い難く、両者を連動させる演出の腕が望ましい。ただ、最後のエピローグ的なくだりにはジャンル映画やシリーズものにつながる可能性を持った展開があり、描写の新しさも見られたため、そのシークエンスだけを追求して発展させても面白かったのではないかと思う。 

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      怖い場面は生理的には怖かったけど、なんかよくわかんなかったな……。主人公は事件に巻き込まれる前からある問題を抱えてて、怪異現象との対決でそれと向きあわざるをえなくなる王道パターン。呪いの正体も非常に今日的で、それはいいんだけど、どうにも展開が雑でトラウマの治癒もあっさりしすぎ。ラストには過去の亡霊より現実のほうが怖かった的なドンデン返しを期待したが、それはなく、新しい〇〇が妙に長い尺かけて〇〇したのは完全に蛇足なのでは。それとも続篇の序章だったのか。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      壊れたラジオの中にいる幽霊の話である。勝手に出てくることはなく、壊れたラジオを修理して電流が通ったら現れるという、非常に稀有な霊だ。普通、そんな幽霊は廃品回収とともに消えそうだが、たまたま修理好きの父親が直したから、霊が出てきてしまうという、突飛な条件の霊だった。だったら、また壊して焼くなりすればいいだけじゃないだろうか。幽霊の見せ方の怖さは「回転」や「ヘレディタリー/継承」で学べるのに、編集が粗くぷつっと急に物質的な霊が登場するシーンも興醒め。

961 - 980件表示/全11455件

今日は映画何の日?

注目記事