映画専門家レビュー一覧

  • バンコクナイツ

    • 映画評論家

      松崎健夫

      タイにおける〈都会〉と〈地方〉を考察してみせる本作は示唆に富んでいる。その一例は、PTSDを負い、彷徨い続けるオザワに見出せる。元自衛隊員の彼は、どうやらPKO活動に参加していたらしい。銃を購入し、愛する娼婦を救おうとする姿は、自ずと「タクシードライバー」(76)のトラヴィスと重なる。しかし当のオザワは、殴り込みをかけることもなければ、銃をぶっ放すこともない。銃を所持しても発砲しない。それは、専守防衛を唱える〈日本〉そのものにも見えるのだ。

  • アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      ミルグラムの実験は確かに「アイヒマン・テスト」とも呼ばれるのだが、邦題はちょっと狙い過ぎじゃないかなあ(原題は「Experimenter」)。邦訳もある『服従の心理』に詳しく述べられた社会心理学史上の重大な実験の?末を中心に、ミルグラムの特異な業績と人生を描いた伝記映画。主演ピーター・サースガードが「カメラ=観客」に向かって自らナレーションするという変わった趣向。妻役はウィノナ・ライダー。紹介としてはよく出来ているが、ミルグラム自身の心の闇には届かなかったかも。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      服従心理実験の追求としては客観性が薄すぎる。突然カメラ目線で喋り出したり書き割りのような背景を使った演出も、特に面白いとは思えなかった。そうした手法を使って劇中のミルグラムが自分の実験の正当性を訴えれば訴えるほど、逆説的に浮かび上がってくるのは、正当性(がないとは言わないが)を信じるがゆえの彼の狂気であるが、それは意図されたものだったかどうか。『ER』のグリーン先生ことアンソニー・エドワーズが被験者で出てくるのが気になって仕方なかった。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ホロコーストに衝撃を受けたユダヤ人の社会心理学者が、人間は他人に対する残虐行為をどこまで許容できるかという実験を行なう。その描写は詳細をきわめ面白い。多分に小劇場演劇的な映画だ。アイク、ケネディの時代に行なわれたこの実験の学問的価値や人間の残虐行為の抑制にどれだけ有効かは私には判らないが、ベトナム戦争、アフリカの民族抗争、パレスチナ紛争など人間の蛮行は世界中でその後も絶えることなく続いている。世界の政治的指導者をこの実験の被験者にしてみたい。

  • クリミナル 2人の記憶を持つ男

    • 翻訳家

      篠儀直子

      面白い映画であると同時に興味深いのは、CIAとテロリストとロシアが奪い合うハッカーがどこかスノーデンっぽいことと、途中までCIAの描き方が否定的なこと。O・ストーンは自分で言うほど孤軍奮闘ではないのかも。でもその線で考えるとこのラストは日和ったとも言える。K・コスナーが「パーフェクト・ワールド」を彷彿とさせる味わいを時折にじませ、「氷の処刑人」で渋い演出を見せたA・ヴロメンが今回は華やかさも獲得。しかしこの監督、変な車を走らせるのが好きですね。

    • 映画監督

      内藤誠

      ヴェテラン勢揃いで、まずCIAのロンドン支局長ゲイリー・オールドマンがとんでもない計画を立てる。トミー・リー・ジョーンズの脳外科医に依頼して、死んだ仲間の記憶を生きた男の脳に移植、記憶の内容を知ろうとする。残酷な手術を受ける男が極悪囚人のケヴィンで、優しい男と暴力的人間の二重人格を熱演。頭脳の手術により、人間が容易に変わるものなら、犯罪者すべてに手術をすればいいのにと思っているうちに娯楽的アクションが始まり、核爆発阻止の物語は吹っ飛んでしまった。

    • ライター

      平田裕介

      “記憶移植もの”を“ジェイソン・ボーン”シリーズ風味で仕上げてみました。そんなノリだが、亡き敏腕工作員の記憶を移植されるK・コスナーが前頭葉の損傷が原因で善悪の判断ができぬ死刑囚というのが妙味。コイツの向こう見ずぶりと工作員が培ってきた経験と能力が融合されて、無双感はなはだしくなっていくのが痛快だ。延髄にある記憶移植の手術跡から血をタラタラと垂らしながら、出会う人間にいちいち毒づき、殴りかかり、銃をぶっ放すブルータルなコスナーに新たな可能性を感じた。

  • マン ・ダウン 戦士の約束

    • 翻訳家

      篠儀直子

      時系列を複雑化させ、いくつかの謎の探究へと観客を駆り立てる。こういう構成は、下手にやると謎が解けた途端に観客が興味を失ってしまう危険性があるが、一つ一つの画面の切り取り方が尋常ではない素晴らしさで、視線演出もきっちりやっていて、クライマックスの盛り上がりはもはや力業。独創的で魅力的な色彩設計の意味も、謎解きの過程でわかってくる。シャイア・ラブーフが、彼の力量と持ち味を完璧に活かした当たり役で必見。カウンセラー的役割を果たすG・オールドマンもいい。

    • 映画監督

      内藤誠

      アメリカ人の生活に憧れた時代も過ぎ去り、とりわけ9・11以後はテロとの闘いという正義の名のもと、イラクやアフガニスタンへ兵士として送りだされる者の周辺が辛い。イーストウッド「アメリカン・スナイパー」のヒーローは戦地から帰還し、PTSDを発症した男に殺されたのだが、シャイア・ラブーフが演じるこの映画の主人公も帰国後、ホームレスとなり、かつて愛したものにも妄想を描く。その描写が哀しく切ない。彼のカウンセリングをするゲイリー・オールドマンの対応がリアル。

    • ライター

      平田裕介

      その設定、展開、雰囲気から傑作「ジェイコブス・ラダー」やアン・ハサウェイの方の「パッセンジャーズ」みたいな“実は死んでいました”系のオチかと予想しつつ鑑賞。と思ったら、かなり意外な方向へと突き進み、イラク、アフガンからの米帰還兵が置かれた深刻な窮状をガツンと突きつけて幕を閉じる。その姿勢も実力派たちが繰り出す力演には魅せられるものの、主人公が目の当たりにする廃墟と化した故郷の町の造形がDVDスルーのチープなディストピアSFっぽくて少し萎えてしまった。

  • ラ・ラ・ランド

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      あまりの試写人気の過熱ぶりに正直引き気味で観たのだが、これを否定出来るほど私はヒネクレていない。始まって15秒で胸を鷲?みにされ、古典的かつ現代的なミュージカル映画としての佇まいに魅了され、主役二人の愛らしさに心躍らされる。そして驚くべきことに、この映画ではそれが最後まで持続するのである。ストーリーは観客の(よくない方向も含めた)予想を裏切ることはないし、特に斬新なことはひとつもやってない。にもかかわらず、この映画は奇跡と呼んでもいい輝きを放っている。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      デイミアン・チャゼルは導入が上手い。「セッション」の冒頭で教師と生徒はいきなり出会う。本作でもオープニングの高速道路の大渋滞から始まるカラフルなミュージカルシーンのつかみが圧倒的で、「ウイークエンド」以来ともいえる渋滞の名シーンになっている。本篇には当然ながらいろんなオマージュが捧げられているがドラマの構造は「シェルブールの雨傘」的。そしてエマ・ストーンの大きな目が語る正義は時に人を追いつめる。ゴズリングとの口論シーンでのエマの目はほとんどホラーだ。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      冒頭の渋滞した高速道路上で行なわれる集団ダンス・シーンは振り付け撮影も見事で、モダーンなミュージカルの開始を思わせるが、一転して、黄金時代のハリウッド・ミュージカルや古いジャズへのノスタルジックな憧憬に満ちたボーイ・ミーツ・ガールのドラマへと展開していく。あらゆるシーンに映画と音楽への敬愛の念が込められている。ゴズリングとE・ストーンはほぼ完璧に役をこなしている。二人のダンス・シーンはアステア・ロジャースへの見事なオマージュになっていて陶然とする。

  • 一週間フレンズ。

    • 評論家

      上野昻志

      で、今度は1週間で記憶を失ってしまう女の子に純情少年が恋するお話ですか。まあ、いいですけどね。要は、いまじゃ、なんらか障害がないと、恋愛モノは成立しないということなのだろう。それにしても、一週間でそれまでの記憶がなくなるとしたら、勉強の方はどうなるんだろう? と、気になるのだが、そんな心配はご無用、とにかく月曜日ごとに、記憶がリセットされた少女に、お友達になって下さい、交換日記しましょう、という少年の純情に肩入れして下さい、ということですな。ヤレヤレ。

    • 映画評論家

      上島春彦

      この手の「恋以前の恋」物語って大好きなのでひいきしてしまう。とりわけ彼の片思いが始まるきっかけとなる、電車のドア越しに本を放るシチュエーションが映画的に上手くいっているので評価したい。問題のアンリ・ミショー全集第一巻は色々災難であったが。本に落書きすんな、って本気で怒る人が沢山いるのだろうと今から心配。そういう小言がネット批評の大多数だからうんざりだ。最後に二人仲良く消しゴムで消す場面でも入れときゃ良かったのに。ランタン祭りと巨大ドミノもいい。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      例によって記憶障害が都合よく利用され、ヒロインは月曜になると学校の記憶だけ失う。日常生活にかなりの不自由や周囲の誤解が生じるのに学校が放置とは不可解。過去の記憶が刺激されると倒れることもある娘に携帯すら持たさない両親は同級生との交換日記にも難色を示すばかりか、日々の記録を残すよう指導するでもなく、無理解も甚だしい。思いを寄せる男たちが恋愛にしか興味がなく記憶を補う役目を担おうという気概すらない。蔭のある表情が魅力の川口が活きる役ではあったが。

  • 熊野から ロマネスク

    • 評論家

      上野昻志

      確かに、監督の中にある文学に拘った意欲的な作品ではある。だから、登場人物のモノローグや『死者の書』の朗読に比重がかけられ、画面構成には力点を置かない、というか、言葉のつながりでわかるだろう、と腹を括った作りだ。むろん、そういう映画があってもいいとは思うが、それにしても、人物が出てくれば、並んで話をするか、向き合って話をするか、一人で遠くを見つめるか、というショット中心では、物語そのものが動かない。また、録音の関係か肝腎の言葉がくぐもって聞こえる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      このところ必要があって『死者の書』を読んでいたのだが、折口が推敲して構成を変えていたとは知らなかった。変更により死者の甦りの生々しさが出たのだ。この一連の企画は見た時はスルーしてしまっても、後続する作品で新たな意味が付与されたりして侮れない。急逝した能役者の件とか、一人で歩いている時に死んだ友人が共にいるのに気づいた件など。記録映画というよりシネ・エッセイに近いか。物語としてはすれ違いの恋というか、すれ違うことで恋に思えてしまう勘違いの面白さ。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      ドキュメンタリーの中にフィクションが入っているなら兎も角、教授と生徒などが登場するドラマが大半を占める作品としては、同じ鈴木一博撮影でも設定も含めて共通項がある福間健二監督作のように女性たちを輝かせてくれるなり、土地の風景の中に流れる風を感じさせてくれるなりすれば魅力を感じたのだが。ドキュメンタリー部分が持つ力、とりわけ新宮のお燈祭りでの石段を転げ落ちる男たちの荒々しさを捉えたショットが持つ力強さなどに比べれば、フィクション部分が総じて低調。

  • ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      「逆行」が擬似ドキュメント風なら、こちらは逆にフィクションまがいのドキュメンタリーだ。冒頭で主人公のウィーナー氏がインタビューの合間に見せる鬱勃たる表情を見た瞬間、「え、これ劇映画だったの?」と、思わず手元の紙資料を見直してしまった。それほどこのウィーナーという人物はフィクショナルな存在だ。SNSへの2度にわたる猥褻写真の誤投稿によって、2度も政治生命を絶たれるという馬鹿げた事件。大統領選のトランプ勝利が民主党の敵失だという説を裏づける内容だ。

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