映画専門家レビュー一覧

  • 皆さま、ごきげんよう

    • 映画ライター

      中西愛子

      イオセリアーニ、若返ったのではないか? 何よりもまずそんな意表を突いた衝撃が走る。しばらく彼の作品に漂っていた深い酩酊感が薄まって、「素敵な歌と舟はゆく」(99)の頃の、曲線のように優雅に群像を紡ぐ長回しが、人間にまつわるさまざまなエピソードを魅惑的に浮かび上がらせ、結び、循環させていく。凡人には見えない角度から、彼は日常や世界の真実を照らしてくれる。80歳を過ぎてなお、このタフで緻密で品性があり楽しい作風は一体……。映画作家の闘志に改めてシビレた。

  • 幸せなひとりぼっち

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      スウェーデンで大ヒットを記録した作品。59歳にしては老け顔の主人公が失業を機に亡き妻のもとに旅立つべくやたらと自殺未遂を繰り返す序盤はブラックでシニカルな雰囲気もあるが、次第にヒューマンな湿り気が映画を支配してゆく。はっきり言ってまったく好みのタイプの話ではないが、ワールドワイドにウケる内容であることは確か(あちこちでリメイクされそう)。回想シーンでの妻(イーダ・エングウォル)がすこぶる魅力的。主演男優ロルフ・ラスゴードの重々しい声と語りも良い。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      北国の猫はその極寒に耐えうるべく分厚く膨らんだ毛をまとっている。もはや元のサイズがわからないほど膨張している猫も少なくない。スウェーデン映画である本作でも、その例に漏れずもこもことした毛皮で着膨れた猫が、意外にも人なつこく人間たちのそばをついて回るのが可愛い。最愛の妻との思い出や隣人たちとのふれ合いが頑固老人の心を徐々にほぐしていく様が丁寧に語られるが、その中に動物が一匹加わっただけで、心の動きも見え方も大きく前進する。動物は偉大だ。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      不機嫌で、口うるさく、切れやすい独居老人は最近身辺にも多いが、主人公のオーヴェもその一人だ。フラッシュバックで彼の生涯が語られるので、老人映画であると同時に、一人のスエーデン人の自伝映画としても興味深い。幼い日の父の想い出、最愛の妻との出会いと死、そして今、新しい隣人ペルシャ人の主婦――お腹の大きい良きサマリア人と頑迷な老人の奇妙な交流が始まる。とかく邪魔者あつかいされがちな高齢者や移民に対する温かいエールのような映画だ。

  • ヒトラーの忘れもの

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      デンマークの戦後処理の恥部というべき出来事を真っ向から描いた作品。どういう物語なのかは開始まもなく判明する。これは辛いだろうな、と覚悟したがやはり非常に辛かった。暴力や死傷をリアル過ぎるほどリアルに描写するのはデンマーク映画の特徴なんだろうか(レフンもそうだし)。しかしその結果、目を背けるべきでないことから目を背けないという真摯な倫理的姿勢が画面に宿る。主演のローラン・ムラが素晴らしい。彼の憮然とした表情の刻々の変化が希望の微かな欠片を表現している。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      出色は少年兵による少女救出のシーン。何もわからず地雷原に入ってしまった近所の少女を助けるべく、少年が手前の地雷を一つ一つ取り除きながらたどり着くまでの間、逆の方向から別の少年が無謀にも地雷原に踏み込んで少女の元に寄り添い、救出までの時間を共にすごしてやる。痛ましいシーンなのに、真っ直ぐに少女の元へ歩み寄った少年の神々しさは忘れられない。実はその少年も地雷で兄を亡くしている。ラストは夢なのだろうがそれこそが映画にできる唯一の救済だ。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      デンマークは大戦中ドイツに侵略され、支配されていたのでナチに対する怨念は深いが、この映画は一連の反ナチ映画とは大きく異なる。デンマーク当局は地雷の撤去に捕虜のナチスの少年兵を使う。まだあどけなさの抜けない彼らに課せられた労働の非人道的な残虐さはアウシュヴィッツに匹敵する。十一人いた少年達が一人また一人と爆死してゆき最後は四人になるが、その緊迫感はすさまじい。隠された自国の恥ずべき歴史を正面から取り上げた企画が素晴らしく、少年達の演技は心に残る。

  • エルストリー1976 新たなる希望が生まれた街

      • 翻訳家

        篠儀直子

        一〇二分の映画のうち、「スター・ウォーズ」製作時のことが語られるのは二〇分ほど。ごく小さな役で出演した人々(例外はダース・ベイダーの「中の人」だったD・プラウズ)の、この映画の前の人生、あとの人生が、本人たちの証言で語られる。コンベンションをめぐる話のくだりがいちばん印象的だが、一方で、エキストラ同然だった人たちもほとんどはプロの俳優であり、イギリス映画界で俳優として生きるというのがどういうことか、そのサンプルをいくつか見ているかのようでもある。

      • 映画監督

        内藤誠

        「スターウォーズ エピソード4」の内容も知らず、コスチュームやヘッドギアのかげで顔も知られずに演じていたという男女俳優の軌跡を追うドキュメンタリー映画だから、カルトなファンなら見たくなる企画。大ヒット作品とはいえ、誰しもダース・ベイダーをデイヴィット・プラウズという役者で覚えているわけではないので、全篇に溢れる人生の哀歓を知ると、映画や演劇を志す人に見せて、業界の厳しさや覚悟を知ってもらいたくもなる。出演者たちが、作品と家族を愛しているのがいい。

      • ライター

        平田裕介

        一発屋ならぬ一着屋ともいうべき者たちの波瀾万丈な物語。それを期待したいところだが、ほとんどの者が「SW」出演はあくまで人生の通過点だと考え、謹厳実直に生きている。そこを浮き上がらせるのが本作の狙いだろうが、そんなもんだろうと思えるし、個々が語る「SW」裏話もいまさら驚くほどのものでもない。とはいえ、ダース・ベイダー=デイヴィッド・プラウズがダントツで稼ぐなど、コンヴェンションにおけるキャラ的ヒエラルキーが劇中そのままになっているのは興味深い。

    • 海賊とよばれた男

      • 映画評論家

        北川れい子

        山っ気が多い勝負師のような商売人の成功譚といったら身もフタもないか。確かに主人公が戦後日本の復興に果たした役割は大きいのだろうが、映画の主人公として付き合うには観ているこちらの心に触れるものがほとんどなく、岡田准一の演技も人間的なスケール感不足。それに商売人が商売のためにあれこれ仕掛けるのは当然のことだし。美術やロケ地など、時代の再現は頑張っているようだが、主人公のイケイケ的な行動を追うだけではない描写もほしかった。体育会系好きにはいいかも。

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        岡田准一、すごい。本作は彼の主演作でしばしば生じる、短躯であることの逆説的な優位が最も発揮された作品。立派すぎる体格の登場人物を岡田が見上げる姿勢をとりながら態度は上から目線で叱責するとき、ますます主人公のカリスマ性は強調され、またそれは旧世代日本人の体格時代考証に合っていない役者が非難されているようにも見える。ただ、直接批判がタブーで責任不問の存在である主人公の人物像はクソ。結果、天皇制や日本人の心性への批判を忍ばせていてそこは良い、かな。

      • 映画評論家

        松崎健夫

        この映画の岡田准一は凄い。何が凄いのかと言うと、劇中で基本的に“年老いている”からである。つまり、実年齢よりも年上の役であるだけでなく、殆どの場面で何らかの特殊メイクを施し“年老いている”のだ。例えるなら、宇宙人やモンスターの類いを演じるため特殊メイクを施す、あるいはジョニー・デップが海賊やハサミ男を演じるため素顔を隠すことに限りなく近い。彼は果敢に“老い”を演じているが、観客がそのことを望んでいるか否か?なんてことはお構いなし。役者の鑑である。

    • 変態だ

      • 映画評論家

        北川れい子

        赤塚不二夫『天才バカボン』のパパの口ぐせは“それで(これで)いいのだ”だった。「変態だ」も、当然それでいいのだ。かくて原作・脚本のみうらじゅんも、初監督の安齋肇も。生温い公序良俗など一切無視して彼らなりの変態まっしぐら、その潔さはアッパレだ。まあね、ロックとロープ(SM用)の密なる関係は不明だが、痛さと寒さをドッキングさせた雪山での狂態はハンパではなく、全裸で演じる前野健太と月船さららに、座布団ならぬ毛布を2、3枚、投げてあげたい。禁・良識人!?

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        テキトーな映画だがサイコーだ。自分も四十越えの子持ち。本作主題は痛いほどわかる。ロマンポルノリブートをも勝手に飛び越えて(つーかそもそも関係ないが)昔のピンク映画をやった・なってしまったようなもの。堂々主演の器であった前野健太と、顔はアイドルで身体は爆イヤラシイ白石茉莉奈の夫婦生活パートカラーに瞠目。他キャストも良し。クライマックスはリーアム・兄さんの「THE GREY 凍える太陽」のナックルを固めるシーンのパクリ。生きる意志。意味なく泣けた。

      • 映画評論家

        松崎健夫

        基本モノクロの本作は、濡れ場が〈パートカラー〉という手法をとっている。それは、かつてのピンク映画や洋ピン作品などの〈エロ映画〉の文脈として、みうらじゅん、安齋肇の御両人に対して、我々が勝手に作品へ望んでいるものでもある。雪の中で展開される阿鼻叫喚の愛憎劇は、墨絵の如く濃淡を際立たせ、「八甲田山」(77)の如き悲劇へと邁進。映画は、足元のカットではじまり、足元のカットで終わる。歩み始めてみたが、まだスタート地点に立っている。そんな感じもするのだ。

    • ヒッチコック/トリュフォー

      • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

        佐々木敦

        あの世紀の名著の映画化(?)ということで当然ながら身構えて観た。二人の対談時の録音が使用されているのが最大のポイント、というかそれありきの作品だが、ヒッチコック入門、トリュフォー入門としては及第点の出来(とか言うと叱られそうですが)。ラストの記念撮影には素直に感動したけれど、正直こういう有り難みに特化した作りはあまり好きではない。綺羅星のごときコメンテイター陣も顔見せの域を出ていない。フィンチャーの毅然とした姿勢、フランス勢の誠実な距離感には好感。

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        「めまい」をめぐる映画監督たちの見解の相違が面白い。フィンチャーは「愛の物語」だと言い、スコセッシは「筋がよくつかめない」という。妻にそっくりな女性の側のドラマに着目し「美しい変態映画」と形容したフィンチャーの感覚に痺れる。普通の人生を描くことには興味がない、徹底した娯楽主義とそれに基づいた作家性の融合という奇跡。50時間に及ぶという膨大なインタビュー音源を文字に起こしたのはトリュフォー本人だったのだろうか。でなければその担当者にも敬意を表したい。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        原作はインタビューによる作家論、作品論なので映像化により新たな発見があるわけではないが、多年にわたる愛読者にとってはヒッチコックとトリュフォーの元気に語り合う姿が見られるだけで感涙だ。新たに加えられたウェス・アンダーソン、オリヴィエ・アサイアスなどあまりヒッチコキアンと思えないような人たちのコメントが面白い。この映画はスクリーンで見るのもいいが、原作を手許に置き本作のDVDとヒッチ作品のDVDを交互に参照しながら観るのが正しい鑑賞法かも知れない。

    • RANMARU 神の舌を持つ男 酒蔵若旦那怪死事件の影に潜むテキサス男とボヘミアン女将、そして美人村医者を追い詰める謎のかごめかごめ老婆軍団と三賢者の村の呪いに2サスマニアwithミヤケンとゴッドタン、ベロンチョアドベンチャー!略して…蘭丸は二度死ぬ。鬼灯デスロード編

      • 評論家

        上野昻志

        笑えないんだよね。べつだん斜に構えているつもりはないんだが。たまに、佐藤二朗扮する宮澤寬治の突っ込みにクスッとなる時はあるのものの、思わず吹き出してしまうという具合にはならないのだ。何故なのか? 木村文乃のオーバーな演技も、そのように設定されたキャラだから、非難しようなどとは思わないが、これを笑うのはどんな人なのだろうと思ってしまう。水資源とか子殺しとか、話に工夫はしているのだが。まあ、アート映画ではないけれど、観客を選ぶ映画ではありますな。

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