映画専門家レビュー一覧

  • 胸騒ぎのシチリア

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      いきなりフルヌードのティルダ・スウィントン。やたらハイテンションのレイフ・ファインズ。アラン・ドロン主演「太陽が知っている」のリメイクだが、世界的ロック・シンガーのヒロインが声帯手術後で殆ど声が出ないという新たな設定がアクセントを与えている。ストーリーは基本的にオリジナルをなぞっているのだが、登場人物の重要度のバランスを変更したのが成功しているとは思えない。個人的にはダコタ・ジョンソンの魅力がいまひとつ。ローリング・ストーンズ愛の映画でもある。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      序盤のほうで休暇中の男女の時間に割って入るようにスマートフォンの着信音が鳴るところがある。一瞬自分の電源を切り忘れたかと焦るほどに、今の社会では誰もが一度は耳にしたことがあるだろうお馴染みの音が、劇中ではとんでもない異物であるような違和感を覚える。この使い方が上手い。太陽が明るく美しく輝くほど不穏な空気はじわじわと広がり、プールでの肉弾戦は音楽のつけ方を含めてかなりの名シーン。ダコタ・ジョンソンのファム・ファタールぶりにも痺れる。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      「太陽が知っている」のリメイクだが新しい意匠をこらし斬新な作品になっている。ティルダ・スウィントンは喉の手術直後で声のでないロックスター、お忍びで若い恋人とヴァカンスを楽しんでいるところへ、元彼のカリスマ音楽プロデューサーが現われる。レイフ・ファインズはこのエネルギーの塊のような饒舌な快楽主義者を怪演に近い迫力で演じ場面をさらう。二人の競演は見ものだ。奇妙な再会が次第に不穏な雰囲気になり不条理的な殺人に至る上出来な犯罪メロドラマだ。

  • 幸福のアリバイ Picture

    • 映画評論家

      北川れい子

      人生の節目を5話形式で描いているが、味違いの小ぶりのダンゴの串刺しをチビチビ食べているみたいで、何ひとつ、腹にも心にも溜まらない。5話ともコメディーのつもりのようだが、1話20分ほどでオチまで描こうとするからか、キャラが形式的で、どのパートも薄っぺら。特にシラケたのは5話目の“結婚”で、エキストラの数はそれなりに賑々しいが、ハナシもテンポも間のびして、笑うに笑えない。男のハナシが目立つのは、男の方が節目にこだわるからか。脚本も監督も何をしたかったの!?

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      試写案内の日時題名のみを薄目で確認し予備的情報をまったく入れず映画を観る術を完成させているのでこのオムニバスの主題が“写真”だと鑑賞の途中で気づく。これは私のオツムが平均以下なことを示すだろうが、一観客として幸福な観かたができた。警察やミステリの専門用語“アリバイ”、この不在証明という概念を人生の幸福について用い、小道具に写真を使う発想に感心。藤原竜也をギャグ化したが如き山崎樹範の芝居が笑える。役者が皆良い。非リアルのフィクション志向も偉い。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      報道写真や芸術写真の類いを除けば、“写真”は思い出を記録し、記憶に留めるためのものである。現在進行形の物語において“写真”は、過去を視覚化したものとなるが、同時に“写真”は、思い出そのものでもある。本作はオムニバス形式をとっているが、“写真”という共通のモチーフを用いることで、思い出や記憶・記録のあり方を笑いで梱包しながら多角的に考察してみせている。願わくば「見合い」と「結婚」のエピソードで挟み込んだ構成にした方がよかったのではないかとも思う。

  • この世界の片隅に

    • 評論家

      上野昻志

      なによりもアニメーションの力を感じる。むろんCGでも、昭和十九年当時の呉の街並みを再現することは可能だろうが、本作の手で描かれたそれにはかなわない。つまり、描くという行為の厚みが、この世界を生かしているのだ。それは、北條すずをはじめとする人物造形についてもいえよう。すずに、これ以外ないと思わせる声=語りで生命を吹き込んだのんもエラい! かくして、世界の片隅で生きる一人の平凡な女性の戦中から戦後への暮らしが、普遍的な輝きを帯びて浮かび上がる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      最初の方に県産業奨励館のぴかぴかな姿が出てくるだけで胸が痛むが、呉がまだ干潟だった頃のお使い風景から始まり、ああそういう映画なんだ、と胸をなでおろす感じもある。実は原作を読んでない。水彩画的な画面のタッチと主人公の絵心がマッチして、極上の効果。日常への妖怪出現がありがちな気がしたが、終わってみると納得、さすがな構成力である。原作からそうなのだろうが、無駄なまでにおっかない義姉の存在がめちゃくちゃ効いていて儲け役、もちろんのんちゃんの声優も大健闘。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      戦中が特別なのではなく、戦前も戦後も継続した時間にすぎないという忘却された自明の理を個人の視点から見事に映しだす。「マイマイ新子と千年の魔法」で草木や川に精気を漲らせた様に、今度は身体から匂い立つ色気や性が豊かに漂う。爆撃にもアニメならではの息吹がもたらされ、柔らかなタッチながら日常の中の戦争を実感させる。元号を省いた数字のみ表記、玉音放送の新録音など固定化したイメージの再考も素晴らしい。のんも予想外に好演。「火垂るの墓」と双璧の秀作が誕生。

  • ミュージアム

    • 評論家

      上野昻志

      同じ監督の「秘密」よりすっきりしている。話の基本線が、あれほど持って回っていないから。それにしても、殺しのヴィジュアルが厚化粧というか、盛り過ぎ。これは、原作からきているのかもしれないが、それに留まらず最近の日本映画のある種の傾向のように思う。シンプルな骨組みで見せきるのが難しいので、ヴィジュアルやオーバーな表情でカバーするというような。まあ、カエル男のマスクなどは面白いし、“泣き”の妻夫木が、顔をあそこまで作り込んでいるのには感心したけれど。

    • 映画評論家

      上島春彦

      この監督の前作もそうだったが、画面が強烈なのに脚本が弱い。原作によりかかっているようだ。捨てるべき細部がいっぱい残ってる感じ。ラストのとんちきジャーナリストとか、少年のトラウマを暗示する液晶画面描写とか、海老殻症の患者がラーメン屋で大暴れしたり(話せば分かるだろうよ)とか。要らないね、どれも。「セブン」のダメなところを全部集約した映画だから、「セブン」ファンなら評価するだろう。その上ミスリーディング(意図的な話の逸脱)は上手く、残虐趣向もばっちり。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      また「羊たちの沈黙」+「セブン」かよ! もう20年だよ。韓国ノワールを横目にこんなヌルいサイコサスペンスでいいのか。カエル男も記号でしかなく、不気味な触覚感も皆無。その素顔と言えば特殊メイクで凶悪な外面を作っても狂気を感じさせず、猟奇殺人犯がクラシックを流しながら「これがボクの作品だ!」と叫ぶ紋切り型の描写に終始。舞台を犯人宅に移した後半は、主人公が再会を夢見る家族の幻影に「寂しい思いをさせてゴメン」と土下座したり回想が入ったりとこれまた冗長。

  • 弁護人

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      朴正熙独裁政権下の拷問を扱った作品としていつも思い出すのは「ペパーミント・キャンディー」だが、あの哀切きわまりない名作と打って変わり、暗い時代をF・キャプラばりのコメディ舞台へ転化してみせるのだから、やはり韓国映画は依然として進化をやめていない。貧乏脱出にしか興味のないソン・ガンホ扮する高卒弁護士が、拷問を受けた思想犯の弁護を引き受けたのをきっかけに、社会正義に目覚めていく。学のない田舎者が正義に目覚め、やがて大事を成す。まさにキャプラだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      つい三十年ほど前まで韓国は軍事政権だったんだよなあ。弁護士時代の盧武鉉(元大統領)が、大学生の冤罪を晴らすために奮闘する裁判劇。演出は山本薩夫を思い起こす政治講談調。韓国映画の情の濃さが、ここでは時代の非情を際立たせている。劣勢だった弁護士が反撃に転じる場面の、躍るようなキャメラ・ワークの昂奮。裁判長、検事、軍人など悪役陣の憎々しさぶりも(型通りとはいえ)当時の政権の怖さと手強さを彷彿させて。ソン・ガンホ巧演。主人公の過去の回想はなくもがな?

    • 映画ライター

      中西愛子

      故・廬武鉉元大統領の弁護士時代を描いた社会派人間ドラマ。学歴もコネもない彼は、やがて身ひとつで税務弁護士にのし上がるが、ある事件をきっかけに人権弁護士へと転身する。1970年代後半から80年代にかけての韓国の空気がとてもよく出ているのではないか。後半は政治色が強まっていくが、当時の風俗史を辿れる点でもなかなか興味深い作品。主演のソン・ガンホは、俗物から硬派な弁護士になっていく変化を力強く体現。ただ、私は彼が持つ俗っぽさを偏愛しているのだよなぁ。

  • ホドロフスキーの虹泥棒

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      冒頭クレジットに故アレクサンドル・トローネルの名を発見した時、震えた。史上最も偉大な美術監督との時ならぬ邂逅で不意を打たれた。こんな椿事がいまだ起こりうるのだから、映画はやはり素晴らしい。ポーランドのグダニスクでロケし、古き良きロンドンに見立てつつ、アナクロとモダニティを自在に往来する美術・衣裳によって、時空を攪乱する。下水道に隠遁する貴族とがめついルンペンの切々たる友情を、珠玉のイギリス文学のごとく語る。金管によるバロック調の劇伴も絶品だ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      地下水道に棲む高等遊民がいて、地面の上下を自由自在に浮遊するコソ泥がいて、小人がいて巨人がいて、娼婦、乞食、偽盲人がいて、祭りがあってサーカスがあって――と出てくるものはこの監督の世界。だけどそれが整然と陳列された趣き。あの「ロレンス」の二人も、もうこの時は脂気が抜け、瑞々しさが薄れ、ならば熟練の演技を発揮かと思ったが、舞台の型からハミ出ぬ味気なさ。大詰めの冒険活劇調も、この監督の肌に合わぬチグハグさを感じて。う~ん、やはり野に置けホドロフスキー。

    • 映画ライター

      中西愛子

      ホドロフスキーが26年前にイギリスで撮った曰く付きの作品がついに日本初公開。作品の方向性を巡ってプロデューサーと揉めたようだが、街や地下道の贅沢なセット、渾身のモブシーンは圧巻だし、ディケンズ風感動作の中に、窮屈ではあってもホドロフスキーの毒は織り込まれていて、そんなバランスの悪さも含めて楽しめる。が、何より、ここ数年で立て続けに亡くなった3人の名優を偲びたい。円熟のオトゥールとシャリフが凛と楽しそうに芝居を交わす一幕を収めているだけでもお宝。

  • 湾生回家(わんせいかいか)

      • 映像演出、映画評論

        荻野洋一

        台湾で生まれ育った20万日本人子弟「湾生」の現在を追う。彼らの望郷の念は尋常ではなく、戦前戦中の台湾が極端に桃源郷と化している。名門の台北第一校女に通学した令夫人は自らを「異邦人」と位置付けていた。その自称は、植民地入植者の子弟という加害者としての立場に立脚しつつも、台湾の風土と友たちを慕い、戦後に帰国した日本を異郷と思わずにいられない無念さの表象であろう。作者は多分に親日的。殺伐たる現代極東情勢において、日台の奇妙な相互慰撫は洞察に値する。

      • 脚本家

        北里宇一郎

        戦時中、台湾で生まれ育った日本人たちの郷愁のドキュメント。今は年老いた者たちが彼の地が楽園だったと口を揃えて懐かしがる。台湾の人たちも、それを自分たちの喜びとして受け止める。いい話である。けど、日本に統治されていた時代のホンネも聞きたかった。戦後生まれの監督は、いろいろあったけど、もういいじゃないかという。その赦しが逆にこの映画の物足りなさとなって。日台双方から見た“戦時”を描いてほしかったのだが。もう十年、二十年前にこれが作られていたらと思う。

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