映画専門家レビュー一覧

  • 背徳の王宮

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      原題の漢語を〈姦臣〉というこの映画は、要するに韓国のむかしの権力者が、国じゅうから美女たちを集め、性の奴隷にしようと姦臣たちが調教する話なので、きわどいかっこうをした女たちが、オイル・サーディンの缶詰のいわしみたいに詰めこまれている。だがストーリーは予想がつくし、たいしたことはないので、見ていて間がもたない。権力者もその地位をねらう者たちなど入り乱れる登場人物に真の正義はひとりもいない。つまり、女体ヌードだらけだがエロティシズムが無いのだ。

    • 映画ライター

      中西愛子

      王の色欲を満たすため、全国から集められた1万人の美女。官能の秘技やらを教えこまれるスポ根・ミュージカル仕立て(?)の描写は、思わず笑ってしまう珍シーンだが、そんなあっけらかんとした面白さがあるかと思えば、濃厚なグロさが恐怖を煽る。女優陣が身体を張って、暴君の権力にぶつかっていく姿にはしたたかさと切なさが漲り、後味としては、朝鮮の歴史的恥部を客観的に見つめようとする監督のフェミニズム精神を感じる。王と女の間で揺れる家臣チュ・ジフンが悩ましかった。

    • 映画批評

      萩野亮

      李朝時代に実在した色情狂の暴君をモデルにしているということで、日本映画でいうなら「エロ将軍と二十一人の愛妾」(72)みたいなお話である(違う)。このような歴史上の恥部は喜劇として笑い飛ばしてしまったほうが健全だと思うのだが、本作はいかにも大作的な長尺と冗長な演出の連続で、画面中の女が荘厳に膣圧を競っているさまなどまったく辟易した。政治陰謀劇と刀剣活劇と艶笑喜劇をパンソリでまとめるのはどうしたって無理がある。これも鈴木則文に撮ってほしかったよ。

  • つむぐもの

    • 映画評論家

      上島春彦

      今回のは四本全部いいが、これは物語構築のハードルが高過ぎて多少失敗しており星は減らさざるを得ない。でも見どころは多く必見作。善意の固まりではあるが無能ぞろいの日本人達を一人の韓国人少女が天然のパワーで圧して、全て最後は上手くいくという「いい話」でよかったのに。それを微妙なところで避けたため、和紙職人の息子夫婦ととりわけ孫の極悪ぶりが際立つ結果となっている。笑顔だけが取り柄の無能な日本人、吉岡里帆の意識改革には成功したわけだからそれで十分なのか。

    • 映画評論家

      北川れい子

      乱暴でふてくされたキム・コッピの描写からスタートするせいか、彼女を狂言回しにした日本の高齢者介護と越前和紙のアピール映画の印象が。むろん、介護する側にも、される側にもそれぞれの人生があるのだから、頑固な和紙職人の介護をすることになるキム・コッピ側から描いても決して不自然ではないが、一石三鳥狙いとでも言うか、妙に情緒的八方美人映画で終わっているような。ことばが通じないキム・コッピが、ほとんど研修も受けずに介護の現場に就くというのもいささか乱暴。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      石倉三郎が絶品。こんな抑制された繊細な演技を見せてくれるとは思わなかったと言えば失礼だが、「岸辺の旅」の小松政夫と同じく、喜劇も悲劇も大仰なものから背中と無表情で語る芝居まで何でも出来る俳優なのだ。つまらなさそうに飯を食い、黙々と作業する顔など石倉の年輪が映画を豊かにさせる。言葉も通じないキム・コッピに与える仕事が問題になりそうなぐらい理不尽なのは置くとして、石倉が安易に和解したり、心を開くようなベタな描写を拒絶した30歳新鋭監督の意気は支持。

  • リリーのすべて

    • 映画監督、映画評論

      筒井武文

      自己のなかに、リリーという人格があることを発見した夫。女装から女になることに進むのだが、エディ・レッドメインが真実らしさを追求すればするほど、映画らしさと調和して、実話をなぞっているとしか見えなくなる。選択の自由のない脚本を律儀に画にしていく監督の力量の所為なのだが。それは冒頭でモンタージュされる風景が、ラストで画家の内面の風景の絵解きとなる図式を一歩も超えないことと同じだろう。もっとも理解ある妻を演じるアリシア・ヴィキャンデルはいい。

    • 映画監督

      内藤誠

      性別違和の主人公エディ・レッドメインのメイクと衣裳がどの場面も秀逸で、エディの描いている風景画も心に残る。とりわけ絵画はラストシーンで有効に使われていて、演出の巧さである。コペンハーゲン、パリ、ドレスデンと、背景にも格調があって印象的。実話に基づく映画だけれども、エディを愛し続ける妻アリシア・ヴィキャンデルが作品中で描く人物画と同じく、線の太い女性を演じきっているので、医学がまだ進歩していない時代に性別適合手術に赴く物語を不自然には思わせない。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      本作の白眉は、性別適合手術を受けて男性から女性になった本人と同じかそれ以上に、受けとめる妻の描写に力点を置いたこと。あるいはそう見えるのもアリシア・ヴィキャンデルの演技の成せる業かもしれない。男性として好きになり必要とした相手が女性になるのはつらい。でも人としては変わらず愛している。それと向き合う彼女の物語は新鮮かつ濃密だ。それだけにラストの急展開はやや強引で、完全に彼女視点にしてもよかったのではと思ったぐらい。親友のハンスがいい奴すぎて泣ける。

  • Mr.ホームズ 名探偵最後の事件

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      敗戦直後の一九四七年の日本に現れるホームズは93歳という設定。原爆被災の広島には樹木が倒れず多く残っているのが変に見える。真田広之が登場するなど、老境の名探偵を過去の事件や記憶が複雑に追ってくるのだが。そうした謎解きの部分よりも、引退先のサセックスの田舎で養蜂業にひたる彼と下宿の女主人とその息子の少年との三人の関係描写が味わい深い。彼が六個の石のあいだにひざまづく左上の空に、昼間の細い三日月を一瞬だけ示す画面は、忘れ難い印象を残す。

    • 映画ライター

      中西愛子

      ワトソンが出てこない晩年のホームズの物語。田舎で隠居生活を送るホームズは、引退を決意した30年前の事件の記憶を手繰り寄せていた。鋭い知性と観察力、直截的な物言いが魅力の名探偵は、若い婦人の奇怪な行動を推理した時、大きな失敗をしたのだった。事実を突きつけるだけでは解決できないこと。最晩年の彼は何かを学ぶ。イアン・マッケランが見事。後半、“セルフィッシュ!”と自らに吐き捨てる姿に泣けた。家政婦役のローラ・リニーもいい。新たな角度から見たホームズ譚。

    • 映画批評

      萩野亮

      ホームズのような虚構内人物も年端をかさね、老いて「終活」をはじめる時代がきたのか。「高齢化社会の想像力」という語が思わずうかんだ。シャーロキアンへの目くばせもさることながら、ふたつの時代を演じ分けるイアン・マッケランがさすがの貫祿。こちらも背筋がのびる。サセックスの海辺の田園風景も絵画的で美しいが、作品としては回想場面を挿入する手ぎわがどうもスマートでない。蜂・手袋・山椒など、記憶のカギとなる物の存在がいまひとつ息づいてこないのが惜しいところ。

  • エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)

    • 評論家

      上野昻志

      見所は、まず、タイトルが示している通りのエヴェレストの山嶺の壮麗さと、雪のなかで、目を開いたまま凍り付いている阿部寛の顔である。ローマ人に扮しても違和感のなかった阿部寛は、ここで、ネパールに住み着いた天才クライマーを演じているが、その大柄の体躯と髭面が目立つぐらいで、自然に溶け込んでいる。そんな彼を追って、エヴェレスト山中に入るのは、山岳カメラマンの岡田准一だが、ここで気になるのは、撮ることに固執していた彼が、途中でカメラを捨てたことだ。何故なのか?

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      ちゃんと出来てない映画ではないか。短?でマッチョという岡田准一にはトム・クルーズに対するのと似た好感を抱いている。ほとんど巨人族にしか見えない阿部寛と彼が並ぶ画が良く、クライマックスで阿部ちゃんが岡田くんの生命を救うべく彼を背負ったときに何ら不自然さがなかった(リュックぐらいに見えた)のには唸った。しかし、あの改心というか善性の発見みたいなもののためにはもっと前半で岡田氏を悪人として描くべきだ。あとタイアップのモンベルのロゴ見せが露骨すぎる。

    • 文筆業

      八幡橙

      岡田准一と阿部寛。二人の男の顔力そして眼力、その息詰まる戦いに気圧される。友情、という言葉では片付けられない、頂上に魅入られる男と男の生命を懸けた挑み。死を含め、さまざまな不安や恐怖、揺らぎを抱える人間という弱き存在が、圧倒的な自然の脅威に立ち向かう時、唯一武器となるのは、「気」の力なのだと思い知った。劇中、尾野真千子演じる涼子が口にする、「なぜ、そこまでして山に登らねばならないのか」という疑問の答えが、鑑賞中、初めてうっすら見えたような気がした。

  • 家族はつらいよ

    • 評論家

      上野昻志

      なんとまあ、饒舌な映画でしょう! 初めの電話からゴルフ場、飲み屋と、まあ、よく喋ること。蒼井優が、最後に「言葉です」というが、これは、どうでもいいことばかり喋らず、大切なことを言えという教訓だろうか? ともあれ、この饒舌は、寡黙な小津映画の対極にあるというしかない。だが、それにしても、小林稔侍の探偵が、調査対象の橋爪功の名前も写真も見ているはずなのに、相手が高校時代のテニス部でダブルスを組んだこともある男だと気づいていないのが、なんとも不思議だ。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      「東京家族」のパラレルワールド。同じキャストで喜劇で、という企画の発端が面白い。たしかに「東京家族」はほとんど山田洋次調喜劇になるところを堪えて、渋い映画にしているようなところがあった。本作のほうが、小津の呪縛があった「東京家族」より良いかも。二本立てで二段階で「東京物語」とバトったのか。あと「男はつらいよ」のシリーズ後ろのほう、“九十年代寅さん”で、吉岡秀隆の存在感が増していたときにありうる感じがした家族の映画、それがいまやっと現れている。

    • 文筆業

      八幡橙

      びくりとも揺るぎようのない、さすがの安定感。一人一人の個性際立つ“家族”という名のアンサンブル。不協和音奏で始める平田家の騒動を、徹頭徹尾前のめりで我がことのように見つめてしまったのは、実家の老いた両親が、映画の舞台のごく近隣で兄の一家と三世代同居しているためなのか。蒼井優のちょっとした表情にもグッときたが、「東京家族」とはまったく違う父親像を顔芸を駆使して熱演する橋爪功に脱帽。笑った後、家族のありがたさにちょっとしんみり。久々に“映画”を観た思い。

  • アーロと少年

    • 映画・漫画評論家

      小野耕世

      登場する恐竜一家がトウモロコシを栽培しているという意表をつく設定が笑わせる。恐竜と人類が共存した時代は無いが、ここで恐竜少年が出会う人間の幼児は恐竜より野性的なのも新鮮だ。なによりも原始アメリカの自然風景のCGによる描写が圧倒的な美しさで迫ってくる。この風景はディカプリオ主演の「レヴェナント:蘇えりし者」のすばらしい旧アメリカの自然描写に直結していると感じさせる。広い意味での家族愛を描いて泣かせる秀作。併映のインド系アニメ監督の短篇も傑作。

    • 映画ライター

      中西愛子

      恐竜夫婦が授かった3つの卵。一番大きな卵から、とても小さなアーロが生まれる(この時点で、ウルッ)。甘えん坊で何をやってもうまくいかない日々の中、人間の少年と出会い、ひょんなことから旅を共にする。家族、友情、冒険。王道の感動がたっぷり。驚いたのは、自然の描写。岩や水や木々のざわめきまで、どういう技術で再現しているかと思うほどリアル。何でもないシーンも面白く、モグラがポコポコ現れ増えていくところは傑作。お決まりのギャグながらも完璧で、さすがと唸る。

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