映画専門家レビュー一覧

  • 宮松と山下

    • 映画評論家

      北川れい子

      うわっ、鮮やか、おみごと、後を引く面白さ。瓦屋根の冒頭からそれに続く数シーンの種と仕掛けは、大袈裟ではなく、名マジシャンのトリックのように颯爽としていて、しかも当然大真面目。エキストラをしている宮松を種、おっと軸にして、その撮影場面を、映画でよく使われる“夢オチ”つまり主人公の妄想、幻想ふうにつなげているのだが、監督集団〈5月〉の方々の語り口、実に素晴らしい。ロープウェイの場面も効果的。宮松が山下になってからの香川照之のゆれる表情に降参。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      そうじゃない。以前この欄で役者をやっている若者の群像劇を評したときにも感じた。出番がないとか、端役であるとかいう彼らが茫洋としているのは認識の誤りというか、そうでなく水面下で足掻く者をしか私は認めぬ。そして香川照之氏。かつて足掻いていた。熱かった。静ドン、黒沢清Vシネの彼を忘れない。だが驕ったか。スコセッシ「沈黙」を降ろされてからやり直した、亡くなるまでの隆大介氏は素晴しかった。香川氏もまた戻って足掻けばいい。ここではないあの場所で。

  • ある男

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      劇中の講演で太田昌国が「死刑を肯定する人は、犯罪を犯した人は変われないと思っているから」と言う。だから殺してしまえというわけだ。人は変われるか。人を規定するものは何か。人は属性から自由になれるか。本作はそんな文学的テーマを見事に映画に翻案している。程も品も良い。ただそれ故に伝わらないもどかしさもある。在日三世の弁護士の民族的苦悩を深掘りしないと、あのオチは変われない重さを相対化するだけではないか。「千夜、一夜」と同じじゃないか。気取らずに行こうよ。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      愛した夫が事故死した後、別人だったと判明する。戸籍交換という題材から現代社会のさまざまな矛盾を浮き彫りにする平野啓一郎の小説を石川慶が映画化した。平野は1975年生まれ、石川は77年生まれで、脚本の向井康介、撮影の近藤龍人も同世代。自己同一性の揺らぎという現代文学の重要な主題を、この世代が極めてクリアにとらえている点が面白かった。脚本にも、演出にも、画面にも、60年代の日本映画のようなどろどろしたところがない。それがこの世代のリアルなのだろう。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      経歴を偽っていた男性の死がもたらす、彼が築きたかった家庭と逃れられない血縁をめぐる愛憎劇としては、オーソドックスなミステリーの興趣が光る。それに並行する、自らの半生も重ねて真相究明に前のめりになる弁護士のドラマは、地に足つかない妻やその両親の描写の粗さなどに伴い、彼が夢見た理想の生活も、直面している現実との落差に対する苦悩や葛藤さえも、浅薄に映る。その結果、“Xとは自分自身ではないか”という哲学的な問答まで、空中分解してしまったように感じた。

  • 愚か者のブルース

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      シナリオを勉強している人は、こういうことをやってはダメという見本として、この映画を観た方がいい。行動原理の分からぬ登場人物、あるようでない主旋律、全体に寄与しないシーン、すべて台詞による説明、なのに肝心なことが何も書いていない。いつかどこかで観た映画のパッチワーク。思うに任せず、場当たり的にしか生きられない人を描くなら、それ相応の手があるはず。同じ主演、同じストリップ劇場を舞台にした「彼女は夢で踊る」には遠く及ばず。横山雄二、役者としてはいい。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      若き日に傑作を手がけながら、そのプライドと恐怖心ゆえに、ずっと映画を撮れないままで時が過ぎ、今では風俗嬢のヒモになっているしがない中年の映画監督。その心情が横山雄二の脚本と加藤雅也の演技によってありありと描き出されている。舞台である広島のストリップ劇場と歓楽街がいい味を出していて、横山や佐々木心音ら劇場で生きる人々の哀歓が懐かしい。夢を語って女の気を引く中年監督のふがいなさ、だらしなさ、あせり、あきらめ、開き直り。どれも生々しい。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      “監督”と呼ばれるたびに、自尊心と劣等感とのあいだで引き裂かれ、ますます現場から遠ざかってしまう一発屋のしょぼくれた姿に、不遇に迷う幾多の人びとのイメージが重なり、胸がうずく。見境なく痴情に溺れる、いささか古風な趣の男女の悶着の狂乱の渦中で、公私混同を拒みプロ意識を貫く孤高のストリッパー役の佐々木心音が、凜々しく輝く。既視感を覚えるエンディングに、滅びの美学への自己陶酔にも似たシンパシーが透けて見え、気持ちは分からなくもないが、興醒めする。

  • 戦地で生まれた奇跡のレバノンワイン

    • 映画評論家

      上島春彦

      タイトルそのままのコンセプトだが、思えば凄いことではないか。奇跡というのは時にあまりにさりげないものだ、と嘆息するしかない。戦時下であろうがビジネスはビジネス。ワインを作り続ける人々は当たり前のように美味しさを追求する。どこもかしこも戦時下みたいになってしまった世の中だからこそ、貴い。などと力みかえる我々をかえって嘲弄するかのように、淡々とワインが流通していく。考えてみればこの数千年の間、特に中東ではそうやってワインが醸されてきたのであった。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      前号でもワインのドキュメンタリーを取り上げたと思ったら、今秋はなんと同テーマの映画が5作以上も上映されるらしい。前号の「ソウル・オブ・ワイン」と本作はまったく趣向が異なる。「ソウル?」は「印象派の監督なので、頭で理解するのではなく、映像を見て心で感じ取る作品づくりが信条」なのに対し、本作は論理的。哲学や思想をさまざまな立場の人間に矢継ぎ早に語らせてゆく。社会と文化によって醸成されるワインを、政治と絡めてスリリングに描いてゆく手つきが見事。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      前号の「ソウル・オブ・ワイン」につづくワインもの。だがこちらはそれほど牧歌的な内容ではなく、紀元前三千年頃にはすでに中東で流通し、人類の定住化にも大きな影響をもたらしたとされるワインの歴史とその頃から常に戦火につつまれてきたワインの名産地であるレバノンの歴史がいくぶんいびつな形で対比され、語られる。どうしようもない歴史の流れに直面したとき、ワインでも飲んで己の無力さを笑い飛ばすことくらいしか我々に出来ることはないのかと思うと複雑な気分にもなる。

  • ザリガニの鳴くところ

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      結末は良いが、事件を冒頭に持ってきて謎を強調したことでオチありきの映画になってしまった点はいただけない。時系列順の語りでは観客がついてこないと不安を感じたゆえの選択にも思えるが、前フリとして機能するならば、原告側をひたすら平板な悪役として描く裁判場面の緊張感のなさが正当化されるというわけではないだろう。また、単に美しいものとして捉えられる自然描写にも疑問が残る。沼や湿地、そこに暮らす生き物たちの不気味さや恐ろしさを無視しない道もあったのでは。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      湿地に住む娘のロマンスと街の住民たちによる偏見や差別、殺人事件の真相を探るミステリ、そして湿地帯の清々しい自然描写など、そのどれもが丁寧に綴られている。そしてその根底にあるのは、自然を愛でながら征服しようとする文明側の暴力や矛盾だろう。それらは最終的に悲劇として、湿地の娘に襲い掛かる。一見、それら文明側に対して、自然の無垢さや純真さを称揚する映画にも見えるが、そこに止まらず正当な野蛮さをもって抵抗するデイジー・エドガー=ジョーンズが良い。

    • 文筆業

      八幡橙

      湿地と沼の境、吹き抜ける風、揺れる木々、暮色の空に飛び交う鳥の影――。原作で微細に綴られる自然の描写をそのまま写し取ったかのような映像の力を何より感じた。極限まで一人で生き、それでも他者の助けを得て命を繋いだ少女が凝視した自然の、人間の、残酷さと包容。水の流れのようにすべてがタイトルへと辿り着くラスト。自然の奥の奥、人間がもっとも動物に近づく場所へ導かれたとき、本当にざわっと鳥肌が立った。一点、少女の描写にあと少しの野性味と個性があれば。

  • 少女(2017)

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      保身ありきで行動する教師や警察、同様に教室内での立場を敏感に感じ取って立ち回る生徒たちをめぐる、かつての少女漫画やメロドラマを思わせる過剰な演出は、所々くどいと感じなくもないが、規範を何よりも重んじる彼らにとって性的指向のブレがどう映るかを強調する点で決して悪くない。また、あえてしつこく葬式やリハビリの詳細を見せることにも、尺が延びるリスクと見合うだけの意義は感じられる。台詞に頼らず孤独や怒りを表現したヨンヒ役チョン・ヨビンの面構えも印象深い。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      女子生徒が失踪した。川へ身投げした可能性が高いが、遺体は見つかっていない。どうやらその生徒と惹かれあっていたもう一人の女子生徒が何かを知っているらしい。その女生徒を追いながら、学内の集団いじめや親や先生たちの無関心を描き出す。途中で生徒の死亡すらあっさりと認めはするが、最後までなにがどうして起こったのかを明確にすることはない。描かれたことすべてが彼女が死んだ理由でもあり、すべてが見当違いでもあるかのような本作の描く「わからなさ」が印象深い。

    • 文筆業

      八幡橙

      露悪的とも言えるほどに一切の綺麗事を許さない重たい空気が全篇を貫く。一人の少女の失踪を巡り、学校、家庭、警察がどう動き、どう捜索が進んでゆくかの描写が妙にリアルで生々しい。さらに、描かれる女子校の生態には、「女校怪談」シリーズ以上の恐怖を感じた。自分の罪悪感を人に擦り付けて生きる人間の醜悪さをひたすら抉る本作、女子校に置き換えた監督自身の体験が基と知り、未だ自ら昇華し切れぬ思いが鑑賞後のもやもやを生んだのではと推測。チョン・ヨビンの目に震えた。

  • ナイトライド 時間は嗤う

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      野外での車をフル活用したワンショットものという、ロックダウン下だからこそ可能になるような、これまでにない映画を撮ろうとする気概は伝わってくる。しかし、今後の人生を左右するはずの重要な一夜に、ほぼひっきりなしに電話で話し続けながら行動する主人公の姿は、さすがに説得力に欠ける。単調な画面が続くなかでもサスペンスを持続させようとする工夫だということはわかるが、観客を退屈させてはならないと意識しすぎでは。もう少し緩急を効かせる余裕が欲しかったところ。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ワンカット映画には、近年では「ボイリング・ポイント/沸騰」のように多くの情報量をまとめあげる技巧を誇るものと、可能な限りシンプルに、情報を削ぎ落としていくタイプものがあるようだ。ワンカットでドラッグ・ディーラーである主人公を写し続ける本作は、ほとんどが電話をかけながら車を運転している様子で構成されている。なるほど、このようにすればとても効率よく映画が撮れそうだ、と感心した。ただ、犯罪者なのになぜか英雄のように描かれる主人公は気になるところ。

    • 文筆業

      八幡橙

      94分のワンショット、とはいえ「ボイリング・ポイント」の醸す圧倒的な臨場感や流れゆくノンストップのスリルとはまったく異なる“静”の緊迫感が漂う。カメラはほぼ、車を運転する主人公を捉え続け、走る車内で次々繋がる電話のやりとりを核に物語は進む。視覚以上に耳に訴える構成ゆえ、各々脳内で映像を補う必要があり、そこに乗れるか否かが賛否の分かれ目か。ハリウッド・リメイクされたデンマークの「ギルティ」を思わせる、ラジオドラマや朗読劇風の味わいがじわじわ沁みる。

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