映画専門家レビュー一覧

  • ジャスト6.5 闘いの証

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      まるで『歌舞伎町24時』の臨場感。ドキュメンタリー風なスピード感と、浅めの情感描写を滑走していくテンポ感が心地良い。犯罪抑制の啓蒙的な立場でもあるのだが、娯楽の域を保持。イランでの逮捕~留置~取り調べ~裁判~実刑の過程は、日本とはまるで異なりスピーディで、それはこの映画の展開の速度とも重なる。日本でお馴染みのカンヌで活躍しているイラン系映像作家たちとは、全く異なる趣向が新鮮だ。敢えて深みのある感情や哲学、割り切れない犯罪者の精神構造などは回避。

    • フリーライター

      藤木TDC

      異国趣味の強い個性的警察映画。緊張感が持続する撮影編集はヨーロッパ映画に近く、イラン娯楽映画の技術進化を示す。一方で刑事と犯人の比重が時々切り替わりどっちが主人公か戸惑うし、刑事アクション、警察・司法腐敗の実録告発、麻薬犯罪抑止の啓発などに趣意が拡散して一貫性を欠く印象も。イラン製男性活劇に興味のある私はその渾沌とした質感を地域性や独自性として面白がれるが、万人向けではなさそう。むさ苦しい中年ヒゲ男しか登場しないので、ヒゲ男愛好者はたまらんだろう。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      緻密に描かれつつも大胆で疾走感のある社会派映画。無駄をそぎ落としてなお溢れる会話の中で、特に警察内での尋問シーンがイラン映画らしく得体が知れなくてイイ。麻薬密売関係者が正直な回答を避けるため、言い逃れをする際の無駄に感情表現を挟まない態度は、クライマックスでの死を巡る動揺を鮮烈に際立たせる。巨漢の男たちを使ったシーンも監督の余裕が見えるよう。好調な時期のシドニー・ルメット作品のような雰囲気とクオリティ。ラストカットもなんとも心がざわつく。

  • 越年 Lovers

    • フリーライター

      須永貴子

      台北から、自分に好意を寄せる男性のいるクアラルンプールへ。東京から、初恋の女性がいる故郷・山形へ。台湾のどこかから、母の遺品整理のために海辺の故郷へ。転地はドラマが生まれやすい上、ラジカセやネガフィルムなど郷愁を誘う仕掛けが満載で、作り手の策に警戒心が芽生える。3篇とも役者とロケーションがとてもチャーミングだが、それらに甘え過ぎていて、編集がかったるい。「こんな恋があってもいい」という惹句を借りるなら、「こんな映画があってもいい」けれど。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      岡本かの子の原作、台湾の女性監督というだけで凄く興味をそそられる。かの子はあの岡本太郎のお母さん。『老妓抄』は、何度も読もうとして未だに読めず、本棚に立てたままだ。台湾、日本、マレーシア。それぞれの恋愛模様が、それぞれの土地の景色と絶妙にマッチしていて、まるで一つの絵画のようでもある。熱情をうまく包み込むような静かなタッチ。ことさら技をひけらかさず、着実に映画を織り込んでいる。ある種の気品が感じられた。この監督は穏やかに勝利している。

    • 映画評論家

      吉田広明

      岡本かの子原作というが、岡本の中でも一番あっさりした寸劇程度の作品をあえて選んでオムニバス短篇集のタイトルにしていること自体がどこか取り違えているのではと危惧を抱かせる。日常のふとした細部から人間の業を引き出してくる岡本の凄みはかけらもなく、パステルカラーの淡い色彩の中で、すれ違っていた男女が、何らの葛藤もなく最終的には何となくうまくいくという能天気。文学と映画は別物ではあるのだが、わざわざ本の表紙まで映してこれでは岡本も浮かばれない。

  • キング・オブ・シーヴズ

    • 映画評論家

      小野寺系

      25億円相当の財宝を盗み出した老窃盗団の実話を、マイケル・ケインはじめベテラン俳優たちが演じるという企画がいい。ロバート・レッドフォードの「さらば愛しきアウトロー」同様に、「ミニミニ大作戦」など俳優たちの過去作のシーンが挿入されるのも楽しい。その上で郷愁に溺れ過ぎず、窃盗団の面々をひたすら強欲に描いているドライな演出にもリアリティがあって良いが、その反面、人物像に奥行きがなく、独立した映画としては共感する部分が見出せないまま物語が進行してしまう。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      お年寄り+若者一人による集団強盗を題材にしたこの映画は、クライム・サスペンスを楽しむというよりは、若者を除く老人の人生の重みと歳を取ることの悲哀に、むしろ見応えがある。キング・オブ・シーヴスと呼ばれるほどのスキルとは対照的に、肉体に老化がありありしているのが面白い。耳が遠かったり、肝心な時に睡魔に襲われたり。強盗には致命的な現象に、歳が近いので共感するも、犯罪ドラマとしての緊迫感が今ひとつ。それでもベテラン俳優の豪華共演が醸す風格に★一つ進呈。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      ヨボヨボのロートル窃盗団が金庫破りをするという実話ベースのプロットは面白いし、耳が遠くて仲間の合図を聞き逃したり、見張り中に居眠りこいてしまうなどというお年寄りあるあるも笑えるのだが、6人もいるジイさんたちのキャラ立てと計画の全容の説明がまだ中途半端な段階で最大の見せ場であろうミッションシーンに突入してしまう構成には疑問を感じてしまったし、折り返し以降で描かれる事件後の物語もいまひとつ切れ味が鈍く、せっかくの素材をさばき損ねている印象を受けた。

  • 聖なる犯罪者

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      閉塞空間の物語ではなく、ジャン・バルジャンばりの過去を忘却する振りの物語でもない。中心不在の宙吊りにされた村の「事件」は、本弄される主人公の「心」そのもので、神秘であると同時に限りなく凡庸だ。美しすぎる光に満ち溢れている全篇は、神はどこにでも存在するし、不在でもあると語りかける。ポーランドらしいミニマルで完成度の高い脚本とカメラワーク。劇中の登場人物にとって我々観客自体が、「神」の存在だとしたら、「神」とは我々を覗き見る不在の鑑賞者なのか。

    • フリーライター

      藤木TDC

      ポーランド人監督ヤン・コマサはDVDで見られる「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」もNetflixの「ヘイター」もとても面白く注目すべき才能だが、本作は肩に力が入った感じ、お行儀よい映画祭向け映画でやや退屈だ。他作は派手な見せ場があるエンタメ寄り映画なので、本作をコマサ監督の標準と考えないほうがいい。実話ベースだから仕方ないが、逸脱ない展開から突如ギョッとする結末が訪れるのは、あまりにステレオタイプな脚本に対する監督の鬱憤が炸裂したようにもとれる。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      実話の映画化とはいえ、どんな職業だろうと勉強や資格などの必要な工程をすっ飛ばし、ラクして騙るのは許し難いので、そもそも設定で拒否反応が出てしまった。趣旨と異なる感想だろうが、ときに愚直さも必要かと思うので。犯罪者と神父の組み合わせが意味ありげに見えるだけで、じつのところただ短絡的な犯行に基づく出来事だ。「神父ごっこ」ができるのも、悔い改めていないから恥じずに嘘をつけるのだし、最後に主人公がカメラを真正面から見つめるしぐさも傲慢に感じる。

  • ズーム/見えない参加者

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      「リング」のビデオテープを例に挙げるまでもなく、ホラーはメディアの進化と共に歩んできた。そう考えると、ズーム・ホラーの登場はまさに必然であり、それ以上に、これまで無数のホラー映画が描いてきたパンデミック社会が本当に到来してしまった現在は絶好の機会でもある。しかし、本作で評価できるのはそのスピーディーな製作体制だけ。個々の描写に関しては、近年量産されてきたフェイスブック・ホラーから後退さえしている。最初から霊媒師が出てきてズッコケた。

    • ライター

      石村加奈

      ロブ・サヴェッジ監督、スタッフ、出演者が一度も接触することなく、全篇Zoomで撮影された、2020年ならではの意欲作。“交霊会”という、インターネットならではの恐怖を煽った着眼点は面白いが(脚本もサヴェッジ監督による)、大勢の観客と一緒に大きなスクリーンで観るよりも、ひとりでPC鑑賞した方が断然、臨場感や恐怖度が増すモチーフであるのが悩ましいところだ。本篇終了後に流れる、約5分間のリハーサル映像は蛇足。ここが見どころだなんて、くやしいではないか!?

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      コロナ禍でロックダウン中、Zoomでの複数対話をPC画面上のみで描く。使い古された「交霊」と「POVモキュメンタリー」をあの“閉鎖的だけど繋がってはいる状況”に上手く組み込んでいる。家のPCで観たのだが、決定的なシーン直後、無人の室内だけが延々映し出されている映像が続く。演出と思って数分間観ていたが何も起こらない。スマホに変えると続きが観れた。今まで配信試写でこんなことはなかったので、心底ゾッとした。それも含めて「今」の体験型ホラーだった。

  • 43年後のアイ・ラブ・ユー

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      アルツハイマーとシェイクスピア劇。そんな本作の二つのモチーフに対して個人的に距離を覚えたことを差し引いても、原案者と監督の手による脚本だけが作品を駆動させていることに居心地の悪さを感じた。画面からは舞台である「ロサンゼルスの郊外」らしさがちっとも伝わってこないし、主人公が乗る友人の車を外側からとらえたショットさえ一度もない。「アメリカの名優と映画を作る」のが監督の野心なのだろうが、アメリカで映画を撮ることにはもっと重みがあるはずだ。

    • ライター

      石村加奈

      甘いユリの香りに包まれて、ガーシュインの音色にのせて、リリィとダンスをするシーンや、43年後の別れのシーンより、年老いた二人が突然の雨にずぶ濡れになったベンチのシーンがみずみずしく印象的なのは、70歳のクロードの作為が及ばないせいだろうか。そういう意味では、クロードの孫娘タニア(セレナ・ケネディ)の存在が魅力的だった。少女の存在が、祖父の眩い記憶も、両親の愛の翳りも、そして自分の恋までをも(このしたたかさが若やいでいて素敵!)美しく浄化させていく。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      年老いた男が、アルツハイマーになった元恋人に自分との記憶を取り戻させるため自分もアルツハイマーのフリをする、というその設定からして“シェークスピア”。劇中、『ハムレット』と『冬物語』を巧みに引用することで、高齢者同士のシビアな恋愛ではなく、かつての恋人たちの記憶をめぐる再会として物語は展開され、ロマンティックにならざるを得ない。主人公が元演劇評論家で、なおかつブルース・ダーンが演じていることで、シニカルな要素も絶妙に加わり、甘すぎないのも良い。

  • 分断の歴史 朝鮮半島100年の記憶

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      我々日本人にとって戦後とは1945年以降だが、朝鮮半島はいまだに停戦状態。日本による植民地闘争において正反対の立場がここまで分断を生むとは。タブララーサを迎えたとき、人は何を欲するのか。歴史とは勝者が書き変えていくが、ひとつの出来事を全く別の物語で語ること。もはやこの半島では勝者も敗者も不在だ。ただただ辛酸を再度味わいたくはないとする決意か自尊心の維持だけだ。この断絶が消滅するとき、巨大な経済津波に襲われ、日本の戦後も終わるのかもしれない。

    • フリーライター

      藤木TDC

      朝鮮半島史になじみ薄い欧州人向けテレビ作品の前後篇一挙上映。戦後75年、南北分裂の激動を2時間に圧縮、かなり駆け足ゆえ半島史ビギナーは理解が難しそう。逆に現代史通に新たな発見はない。北朝鮮を仮想敵とする大前提がないのが日本的視点との差異で、金日成の意外な高評価、帰国事業や拉致問題のスルーなど興味深い独自性が。製作はNHK・BS1『BS世界のドキュメンタリー』でたびたび作品が放送される仏独共同テレビ局アルテ。NHKが意に沿わず買わなかった番組か?

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