映画専門家レビュー一覧
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分断の歴史 朝鮮半島100年の記憶
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映画評論家
真魚八重子
正統派ドキュメンタリーで強面な感触もあるが、朝鮮の複雑な歴史をダイジェストで学べる。強権を持つ複数の国の意向によって、国が南北に分けられる理不尽さ。分断されてからそれぞれの道のりを経て、南北で異なった個性を得ていく過程を観ることができる。インタビューが可能だった人間と、対外的な装いを持つ北朝鮮の独特さを考えると、逆にこの映画によって本当に真実を知ることができたのか、疑いが芽生えてきてもどかしい。隣国の背景を知る足掛かりとしてまとまっている。
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エポックのアトリエ 菅谷晋一がつくるレコードジャケット
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映画評論家
北川れい子
シンプルで親しみやすい図版。色使いも新鮮で愛嬌がある。菅谷晋一のことは今回、初めて知った。そのアトリエでの手作業をじっくり追いながら、彼と近しい関係にあるザ・クロマニヨンズのメンバーや、音楽関係者などに菅谷の世界を取材しているのだが、デザインや業界のことなど門外漢のこちらが観ても面白く、教わることも多々。南部監督の演出もさりげなく遊んでいて、スタジオの椅子に座って1人ずつ語るザ・クロマニヨンズの画像が菅谷的デザインを連想させるのも粋。
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編集者、ライター
佐野亨
昨年もっとも感銘を受けた広瀬奈々子監督の「つつんで、ひらいて」同様、菅谷晋一という創作者のことばと仕事ぶりをストイックにとらえていくことで、その表現の根本にあるコミュニケーション(人と人、人とことば、人と音楽のあいだでの)の思想を浮かび上がらせていく。ただし、「つつんで~」があくまで菊地信義の生活動線に沿って構成されていたのに対して、こちらは著名人・関係者へのインタビューをふんだんにちりばめた、より饒舌なつくり。どちらがよいかは好みだが。
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詩人、映画監督
福間健二
菅谷晋一の人と仕事、実に魅力的だ。同時代にこういう人がいて、こういうことをやっている。それを知った。とてもうれしい。南部監督がどの程度まで意識していたかはわからないが、デザイン論としてもここには発見がある。かつて映画が発展したときにそれまでの芸術に対してどれをも含みうることを誇ったのと同じような可能性と位置を、いまデザインは手に入れた。それが暗示的に語られ、画作りにもデザインの力が活用されている。題材的にそうでなければ困るが、音楽もいい。
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大コメ騒動
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フリーライター
須永貴子
教科書で学んだ「米騒動」を、女たちが起こしていたとは知らなかった。学があって思慮深く、前へ出るタイプではない主人公を、井上真央がへの字口で好演。役柄も芝居も献身的だから、彼女がぎこちなく笑うラストショットに爽やかなカタルシスがある。日本の歴史を変えた102年前の民衆運動を、ポップなコメディに仕立てた本作で、作り手は声高なメッセージを叫んだりはしていない。しかし、日本社会がずっと直面している諸問題を解決するヒントと、我々へのエールが感じ取れる。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
タイトルはどうなのか。それだけ聞いたら、ドキュメンタリーだと思ってしまう。こういう題材を映画化にこぎつけただけでもご立派。なら、タイトルで引き付けて出来るだけ多くの人に見てもらいたい。倒幕の志士たちがテロとはったりで江戸をぶっ壊して作った明治日本のDNAは好戦の昭和日本へ受け継がれていく。その挟間、つかの間の晴れ間のような大正は、江戸が蘇ったかのよう。米騒動は江戸の百姓一揆を思わせる。暴動じゃなく、騒動なのだ。おっかさんたちは本当によくやりました。
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映画評論家
吉田広明
登場人物の一人が、男が参加しないと世の中は変わらないとして女性の運動を貶めるが、それに対抗する論理が、女は子供を食わせねばならないから、では女たちの闘争が世の中を変えた理由には物足りない。米騒動の何がこれまでと違う運動だったのか、米騒動に対する新たな視点、踏み込みが足りず、単に史実を画に起こしただけで、富山県以外の人が見るに足る映画なのか疑問がある。説明的なフラッシュバック、クライマックスのアクションのチープさ、画に魅力がないのも難あり。
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おとなの事情 スマホをのぞいたら
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フリーライター
須永貴子
パーティーに参加した七人の関係性を観客に伏せたことで、彼らへの好奇心が持続。スマホ公開ゲームが各人の秘密を顕にし、パーティーが混沌を極めた末に、脛に傷持つ者同士がお互いを許し合い、なんだかんだでいい話に着地する。か弱いふりをしてゲームを提案し、他の六人を煽って追い込むゲームマスターの邪悪さを誰も追及しない。キャラクターのこの扱い方も、幕引きのぬるりとした優しさも非常に日本人(日本映画)的で、他国のリメイク版と比較してみたくなった。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
予備知識なく観ていたら、舞台劇の映画化なのかと思った。しゃれた設定で、岡田惠和さんはこういう脚本も書くんだなと興味深かった。が、2016年に日本でも公開されたイタリアの大ヒット映画のリメイクだそうだ。ワンシチュエーションドラマゆえに、どうしても舞台臭さは残る。だが、ささやかな一通のメールから夫の、妻の、友人の、娘の、父の、母のそれぞれの人生とその綻びが見えてきて、とても心地よく観させてくれる。加えて、俳優陣がいい味を出してくれている。
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映画評論家
吉田広明
日本版がどれだけオリジナルな点を有するのか、元を知らないので分からないが、いずれにせよ携帯をオープンにするのは使用者の誰にとっても危険な事態であることは疑いようがなく、それをあえてやろうとする筋立てには初めから無理がある、とはいえそれを言っては話が始まらない。怖いもの見たさということも人間にはある。秘密が暴かれるが、雨降って地固まる展開なのだろうな、とは予め想像がつき、そのTVドラマ風安定のパターナリズムが好きな人には面白いのだろう。
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チャンシルさんには福が多いね
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映画評論家
小野寺系
「はちどり」や「82年生まれ、キム・ジヨン」の監督たちに匹敵する才能がまたしても出現し、韓国女性監督のラッシュが凄まじいことになっている。このキム・チョヒ監督は、なかでもユーモア感覚に優れ、本作ではホン・サンス作品で製作の仕事をしていたという、監督本人をモデルにした主人公を通し、自虐的な描写の数々で笑わせる。映画づくりに全てを注ぎながら自分の手柄になっていないという積年の思いを本作にぶつけ、ここまでのものにしたのだから、天晴れと言う他はない。
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映画評論家
きさらぎ尚
邦題から想像して、主人公は福の神に愛されて多幸な人生を送っているかと思いきや、思わぬことから失業の身となった女性だった。好きな仕事に打ち込んでそこそこキャリアを積み、人生の重要なアラフォーという時期の試練を、自虐も含めて飄々と生きるキャラが爽やか。演じるカン・マルグムのいかにもナチュラル風な感情表現にも共感する。ユン・ヨジョンの大家さんはチャーミング。キム・ヨンミンの幽霊はご愛敬。韓国映画界に次々と登場する元気のよい女性監督から目が離せない。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
ホン・サンスのプロデューサーとして知られるキム・チョヒのデビュー作とのことだが、主人公の職業を映画監督にしがちなホン・サンスに対し本作の主人公は映画プロデューサーというのには苦笑が漏れるし、やたらディープフォーカスな画作りなど類似点は多く見られるものの、変なズームとかはしないし、イマジナリーフレンド(幽霊?)の似てないレスリー・チャンなどというふざけた要素をシームレスで日常に混ぜ込む手捌きは見事で、個人的にはホン・サンスよりも楽しくて好きだ。
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ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画
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映画評論家
小野寺系
女性科学者たちの多いプロジェクトチームが、独自のアイディアでロケットを打ち上げ火星探査機を飛ばすという、インド版「ドリーム」(16)のよう。打ち上げたロケットが地球を何日もかけて何周もスイングするダイナミックなシーンには心躍るものがあるが、そこに投じられた頑張りが、“国家のため”という価値観へと集約される描写があるのでは本末転倒ではないのか。インドの進歩的な姿をアピールするメッセージを発するようでありながら、同時に保守的な印象をも与えられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
宇宙ものといっても「アポロ13」の極限の緊張感、あるいは「ドリーム」の女性研究員たちのような闘いを繰り広げる必要はあるまい。なにしろ前作で生理用品の普及に奔走したA・クマール演じるチーム・リーダーの元に集結した女性たちは科学者というよりは、揃ってサリー姿も美しく“ごっこ遊び”の様相。メンバー紹介や科学者になった動機の披露、もちろんインド映画に特有の踊りもある。火星探査機の打ち上げに挑む研究開発のリアルな描写はほとんど見られないが、緩さが楽しい。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
実話ベースとはいえオモシロが過ぎるディテールは「そんなん絶対ウソやん!」の連続なのだが、科学的説明の簡素化が功を奏してロケット制作における苦難の具体は同ジャンルのリアリティ重視の映画よりも理解しやすく、「七人の侍」的構成でキャラ立ちもビンビン、インド映画にしては控えめな歌や踊りも箸休めには丁度よく、予算不足のなか創意工夫を積み重ね「ハリウッド宇宙映画の製作費より安い予算で」無人探索機を火星に送り込んだ彼らの雄姿に低予算映画監督として涙を流した。
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スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
上手に演技をこなす役者であればあるほど、それは「役」に徹する「偽物」だ。だとするとスタントは、役者の演技領域の外部に存する「本物」(=現実)を生きていることになる。代役であったはずの彼女たちこそが、劇中唯一無二のリアリティを獲得する。どんな職業でも長年一線を渡ってきた女性ならば誰でも、背景の社会構造や移り変わりと無関係ではいられない。しかし社会に翻弄される関係をよそに、スタント撮影中の彼女たちのあまりにも輝いている生の発露が眩しすぎた。
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フリーライター
藤木TDC
女性スタントの歴史と主張にスポットを当てる題材は派手で趣旨も明快。白人男性優位集団のハリウッドで裏方女性が地位を得てゆく過程は胸が熱くなる。一方で語りの内容を映像素材で対照する編集がうまく機能せず口述場面ばかり続き、近年のドキュメントにありがちな出演者の早口多弁を字幕が訳しきれない課題も残る。「女性ががんばってますよ!」一辺倒な構成にも不足感。P・ヴァーホーヴェンが出てるなら彼の男目線な辛辣発言がほしかった(未使用素材にたっぷりありそう)。
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映画評論家
真魚八重子
影武者ゆえに、裏方の中でも特にフィーチャーされずにきたスタントマンの、さらに女性に光を当てた着眼点が素晴らしい。最初期に女優自身がスタントをやっていたことや、女には危険だからと女装した男性にアクションがとって代わられる、極端な状況はフェミニズム的な問題の端的な現れ方だ。内容も多種の話題にわたっていて飽きない。老いて引退したスタントウーマンたちのインタビューが、ちょっと意外な楚々とした落ち着きと、刺激的なスタントへの郷愁が漲っていて胸を突かれる。
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ハッピー・バースデー 家族のいる時間
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
冒頭からロメールを彷彿する陽光は、普段バラバラな家族が母親の誕生日に一同が会するロメール風物語を紡ぐ。次男のロマンが映像、孫娘のエマが演劇、そしてこの映画自体が歌わないミュージカルの構造となっている。難破船から人魚が救出してくれる物語であるが、この一家もまた常に荒波に揉まれている。問題児の長女クレールは、家族を危機に直面させる嵐であり、救いだす人魚でもある。人間の喜怒哀楽の新鮮な表情を見事に並べ、まるでヌーヴェルキュイジーヌだが仏伝統料理だ。
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