映画専門家レビュー一覧

  • BOLT

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      ディレクターズ・カンパニーは、メンバーの監督たちが交互に他のメンバーの監督のプロデューサーを務めた。プロデューサー/根岸吉太郎、脚本・監督/林海象。制作は二人が属している東北芸術工科大学。それだけでなんだか胸が熱くなってくる。ポスト東日本大震災をモチーフにした三つのエピソードは、どれも重く、ピリピリと辛い。テーマを真摯に見つめながら、渋いエンターテインメントにしている。野放図な無駄遣いの近頃の日本「メジャー」映画に比して、この映画の凝縮力は光っている。

    • 映画評論家

      吉田広明

      主人公が同一人物とすると、1と2で、フクシマ絡みで誰もがやりたがらないが誰かがやらねばならない仕事を引き受ける、人の穢れを受け止めるキリスト風の男が、3で人魚の肉を食った不老不死として実際にGod(タイヤのGoodyearの看板のoが一個抜ける)となり、永久機関を発明する、と解釈可能かと思うが、少し見えにくい。1はSF、2は人間ドラマ、3は寓話とテイストが違うのはいいのだが、物語の飛躍をエピソード間のつながりの弱さに負わせているのは逃げに見える。

  • ハッピー・オールド・イヤー

    • 映画評論家

      小野寺系

      “こんまり”に影響され、一念発起してミニマリストになろうという異色の人物が主人公で、家族の持ち物や人間までも切り捨てていくという行動は感情移入しにくいが、そこから次第に自分の感情のより戻しに逆襲される趣向が面白い。主人公の精神状態は絶えず移り変わるものの、それでも善人になるわけではない、複雑でリアリティある展開は人間の生き方そのもの。エリック・ロメールの教訓的な恋愛劇をも想起させるように、アートフィルムとしての雰囲気も持ち合わせた個性的な一作だ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      女性の凛とした顔、背筋の伸びた全身をゆっくりした動きでとらえるカメラ。インスタレーションを鑑賞しているような錯覚に囚われながらスタートした映画は、徐々に気配を変える。特にヒロインの元カレが登場して以降からの展開には、人の思いと物への記憶をめぐる容易ならざる物語が生む熱量が増す。物に宿っているのは、その物を捨てても残る記憶。幸せな記憶ばかりではない。言葉にならない心情が充ちる。余計なお世話だが、母親の大切な物まで処分するのは独善が過ぎるのでは。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      ひと昔前突如日本を席捲した断捨離という悪魔の思想もこの頃では以前ほど聞かなくなったと思いきや、短期間に「100日間のシンプルライフ」と本作が立て続けに公開されるという世界的シンプルライフブーム到来の足音に、未だ電子書籍に馴染めず本の山に囲まれて生活している自分は身を震わせるばかりですが、ミニマリスト心得を章立てて紹介する断捨離ワークショップ教則ドラマの態を取りつつ、その実アンチ断捨離の炎をひそかに燃やしているこの映画にはたいへん好感が持てます。

  • ニューヨーク 親切なロシア料理店

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      大都会が舞台の群像劇というスタイルが物語る役割はいささか古典的とも見えるが、良質な映像と音楽は秀逸。連想された画作りは、まさかのトルコのN・B・ジェイラン。このデンマーク・ドグマ95出身のシェルフィグ監督とは奇しくも同い年。教会の赦しの会や公の図書館、炊き出しの食堂、裁判所の吹き抜け、天使が佇んでいるような奇跡の光が印象的だ。高層ビル群の間の空き地に漏れ出したクラシック音楽が媒体となり、人々を結ぶ。光と音で充溢された「余白」の描写に脱帽。

    • フリーライター

      藤木TDC

      家出した母子、もと受刑者、孤独な独身者などネガティヴ要素を抱える男女(ただし美男美女)による「負け組」目線で描いたNYC舞台のトレンディドラマ。ご都合主義や不整合も感じるけれど、クラシカルな画風やゆったりした編集の「古き良き映画」タッチは中高年観客には悪くない感触だ。しかし結婚や恋愛から痛みを受けた者たちが、無反省に恋愛に回帰する結末は私には信じがたかった。私が男のせいか、ヒロインのDV夫にも少しは釈明させてほしいと思ったりも。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      個性派の良い役者を揃え、みんなそれらしいキャラを割り振られつつも、誰一人想像は超えず弾けないという無味。これは演出がこぢんまりしてしまっているからだろう。中心となる「夫のDVから息子二人を連れてニューヨークに逃げてきた人妻」という設定以上のものはなく、群像劇なのに役者のアンサンブルもほとんどないのは惜しい。それぞれの物語に厚みや魅力的な密度が欠けており、展開も緩慢で、各シークエンスの頭とお尻が間延びしているので無駄に尺を稼いでいる。

  • ブレスレス(2019)

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      「時間」と「代理」が何度も変奏される。溺れた妻の腕時計が外れた時間や娘の誕生日、昼寝のひととき、ガラス玉の落下の瞬間が永遠の宙吊りにされる。また陸に揚げられた魚はユハで、桟橋に並べられた花々は妻、誕生日に訪れる博物館はピアッシングルームとなり、妻の代わりにミストレス・モナが充てがわれる。「代理」によって人々は一時の安息を得ようとするが、現実の欠落は充足されない。物事が「代理」ではない「唯一無二」の存在になったとき、「愛」は完成するのだろうか。

    • フリーライター

      藤木TDC

      妻が早世し、娘のため貞潔を貫く昨今トレンドの父親像。その父がSMクラブにハマり見失った自己を取り戻す。風俗産業セラピーはロマンポルノなど日本映画によくあるモチーフで、そこに娘の視点を加えてホームドラマ化を試みた挑戦的企画だ。しかも拷問ホラー的演出まであり、観客は途方に暮れそう。ハッピーエンドにするため父と女王様の関係を無理矢理成就させてるが、バイトなのにつきまとわれて女王様も本音は迷惑だろう。気どった映像とボンデージ趣味が90年代風で古くさい。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      導入部は一秒一秒に集中力があり、魅惑的な焦点を持った映像と時間の過ぎ方に期待を抱いた。女の登場の仕方は怪物めいていて、主人公と不思議な通じ合いが生まれるのも、男女の出会いとしてセンシブルだ。しかし関係がSMに集約してしまうと矮小に感じてしまう。男が求めている意識を失うための窒息プレイにマゾヒズムは無関係に見えるが、その辺りがいささかはっきりしない。女王様にしては揺れ動く情動や戸惑いの理由、父と娘の関係の変化など、放置された逸話が気になる。

  • ヘルムート・ニュートンと12人の女たち

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      ドキュメンタリーにおいて、扱われている「題材」を語ることは出来ず、私たちが見ているのは、単なる「映像」作品だ。本作では、「映像」と「画像」の決して交わらない軌跡が描写される。説明過多の映像ドキュメンタリー作品としては平均的だが、その対立構造として「映像」が「画像」に敗北していき、初めて自らの存在意義を逆説的に獲得しているようである。ニュートンの欲望やある種の文化を暴くと同時に、ニュートンの作品を利用し、「映像」の本質を自己言及的に裸にしていく。

    • フリーライター

      藤木TDC

      懐かしやH・ニュートン。日本のヘアヌード解禁に多大な影響を与えたファッションフォトの巨匠のドキュメントはスキャンダラスなタイトルとは裏腹に、拍子抜けなほど明るく健康的。輸入写真集ブームだった80年代は厳格なイメージだったのに、実は剽軽なオッサンだった素顔と愛妻物語、みなすっかりオバハン化したモデルたちのガハハ証言で構成。荘厳にして豪奢、俗悪な傑作写真を多数見せてくれ評伝としても優秀。若い人たちにぜひ見てほしい。バブル期アートの真髄がここに。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      写真が素晴らしいので、惜しみなく作品が映し出されるだけで座持ちしている。有名な写真の逸話が関係者から語られ、被写体となったモデルや女優たちが回想するのが興味深くて観れてしまう。作家性、生い立ち、私生活といったテーマ別にトピックスが出来ているのも飲み込みやすい。女性の裸体への執着、嗜虐趣味やルッキズムについて、登場する女性たちが批判的な表現を若干混じえつつも、擁護する論調なのは最大の味方。夫婦愛の深さも写真の背徳性を打ち消して切ない後味となる。

  • Away

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      どこかの島に不時着した後、正体不明の黒い巨人から逃れてオートバイを走らせる少年。その「巨人」が『エヴァンゲリオン』の使徒、あるいはその源流にある「風の谷のナウシカ」の巨神兵や「天空の城ラピュタ」のロボット兵を参照しているのは明らかだが、簡素な筋立てに比して異様な長さ(81分)にも思える物語を推進しているのは、ビデオゲーム的な想像力と時間感覚なのだろう。「たった1人で3年半かけて作った」という作品の裏話は、わりとどうでもいいかな。

    • ライター

      石村加奈

      ラトビア出身の監督が、3年半の歳月をかけて、たったひとりで本作(監督にとっては初の長篇となる)を完成させたというエピソードが、主人公の少年に自ずと重なる。しかし、飛行機事故に遭っても生きのび、言葉が意味を持たぬ、深遠な世界に辿り着いたというのに、物語の最後で、家族と再会した亀と同じく、少年の旅もそこに帰結してしまうとはもったいない。森も海も動物たちも独創的に美しい島で、黄色い小鳥が、旅の途中で飛べるようになったくらいの変化や広がりが彼にもほしかった。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      これは一体どこの国のどんな人たちが作ったのだろうか、と途中から考えてしまったのは、登場人物が一人で全篇セリフが一切ないというのもあるが、このオンラインRPGまんまの世界観(孤独な「レディ・プレイヤー1」とでも言うべきか)が閉鎖的なのに自由度が高く、終始、他人の夢に入り込んだような不安定な感触だったからだ。後で本作が25歳のラトビアに住む青年がたった一人で作ったということを知り納得。家にいながら得られる膨大な情報と体験が融合された現代の個人映画。

  • Netflix 世界征服の野望

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      原作の出版は2012年。したがって、映像化に際して最低限の補足はされているものの、主題は2010年代初頭に起こった、全米最大のレンタルビデオチェーンであるブロックバスターとの郵送レンタルDVD事業の覇権争いについて。それはそれで題材としての歴史的価値はあるものの(もっとも、書籍版の方が人間ドラマとして数倍面白いが)、激変期に入った現在のストリーミングビジネスについて得られる知見はない。配給が集めた見当外れな著名人の推薦コメントには失笑。

    • ライター

      石村加奈

      Blockbusterと仁義なき戦いを繰り広げていたかと思いきや、いつの間にかハリウッドに斬り込んでいたNetflixの大胆不敵さ! 原題に納得だ。現CEOのリード・ヘイスティングスと共に会社を立ち上げたマーク・ランドルフの、熱っぽいしゃべりには、ついつい耳を傾けたくなるような魅力がある。人懐っこい笑顔で、中華AVスキャンダルを語られると、笑い話みたいに感じてしまうが、クールな着眼点には脱帽。ケヴィン・コスナーの、映画は世界に向けてつくるものという名言も拾い物。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      Netflixの戦略、成功への道のりを軸に、エンタテインメントの近代史をエンタテインメント要素満載で描いたドキュメントだが、レンタルビデオ→DVD購入→宅配レンタル→サブスク配信という自分が家庭内で映画を楽しんできた歴史の裏側を知る面白さもあり、ダビデとゴリアテに例えられる大手レンタルビデオ会社ブロックバスターとのスリルに満ちた攻防などは、まさに仁義なきビジネス映画の世界。今後、間違いなく劇映画化、ドラマ化されるだろう。もちろん配信オリジナルで。

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