映画専門家レビュー一覧
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迫り来る嵐
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映画評論家
きさらぎ尚
ヤワな話でないとすぐに判明するが、冒頭、警察オタクの工場警備員が殺人事件の捜査に首を突っ込んだのかと。雨に振り込められ泥濘に足を取られそうになっている主人公を、97年当時の閉塞感の象徴とみた。対して、返還後の「香港」に未来の夢を馳せる恋人は希望。今やアメリカと堂々と渡り合うまでに経済成長を遂げ、さらなる覇権に向かう中国だからこそ、現代史を検証する意味もある。サスペンス仕立ての骨太なストーリーを動かす力強い映像。監督ドン・ユエは新人離れしている。
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映画系文筆業
奈々村久生
「薄氷の殺人」(14)を彷彿とさせるチャイナサスペンス。全体のテイストはもちろん、警備員という主人公の設定、工場、女性の描き方などに同作との類似がかなり見られ、影響を受けていると思われる。スケートに代わってダンスを使った演出もしかり。シナリオはかなり力技で、それを成立させるには役者の存在感と演出力が不足している感は否めないが、雨の中の追跡劇や地方都市の光景をとらえた映像は新人監督ばなれしたダイナミズムがあり、ジャンルとしても発展してくれたら嬉しい。
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22年目の記憶
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批評家、映像作家
金子遊
何とも人を食った物語設定でおもしろい。70年代の韓国において、演技下手の舞台俳優が受けたオーディションで、演技力よりも口の堅さを認められる。そして彼は、韓国の大統領が金日成と会談をするときに備えて、リハーサル相手に仕立てるべく金日成の替え玉になるための訓練を受ける。チュチェ思想も含めて俳優が人格まで本物に成り切ったら、その後どうなるのか。「グッバイ、レーニン!」のような転倒したコメディだが、東ドイツに比べて北朝鮮の存在はまだ生々しく感じられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
息子に「首領同志」と呼ばせ、「現地視察に行くぞ」と号令をかける役者だった父の、22年間も自分を金日成と思い込んでいるその妄執が哀しい。「リア王」の台詞の稽古をしてオーディションを受ける日々から一転、金日成を演じ続ける男が見せるあられもない姿の滑稽さは、道化師にも見えて。歴史の出来事を密度の濃い演出で父子物語へ収斂させたこの映画、父親役ソル・ギョングの大熱演があってこそ。市井の人間が味わった歴史の苦い記憶は22年くらいでは消えるものでないと胸を刺す。
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映画系文筆業
奈々村久生
文在寅と金正恩による南北首脳会談が重ねられつつある中での日本公開。しかし実は2014年と随分前の作品で、時代の流れを感じる。個人的に悪役が板につかないと感じているソル・ギョングだが「実は善良な市民」なら話は別。そんな彼が「史上最大の悪役」を「演じ」ようとするところに哀しみと可笑しみを見出し、シリアスとコメディのコントラストを効かせた本作はまさにハマり役だ。韓国では今年90年代の南北スパイ戦を描いた「工作」も公開されており、そちらもかなり見応えあり。
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ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー
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ライター
石村加奈
「ボディガード」(92)をはじめ、いわゆる彼女の全盛期に、アメリカン・ポップスとはおよそ縁遠い生活をしていた筆者には、彼女の歌はラジオや街中で流れるBGMに過ぎなかった。しかし本作で彼女の歌の背景を知ったことで、歌の印象はガラリと変わった。例えば「I Have Nothing」などは全く違う歌のように響いた。天使から悪魔のように激変する彼女の顔が、絶頂から転落までを雄弁に物語っている。歌への情熱や愛さえも奪ってしまう、ドラッグの恐ろしさに、改めてゾッとする。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
音楽や美術、バレエなどアーティストのドキュメンタリーがここ数年激増しているが、このジャンルでこれほど悲しみを宿した作品は見たことがない。ホイットニーの親類や関係者、元夫のボビー・ブラウンなどが彼女のことを語る、それぞれのフィルターを通して。だから「あいつの存在が悪影響を及ぼした」とかいう証言が増えてくる。画面を見ているうちに筆者は、母親と兄弟も含めた出演者全員に怒りが込み上げてきた。「彼女がここまで堕ちたのはあなた方全員のせいだ」と。
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脚本家
北里宇一郎
売り出しから、栄光、そして薬物依存による転落。この種のミュージシャン映画を何本見せられたことか。だけどこれは紛れもない事実。そこが痛ましい。どうして彼女がこうなったか。元夫を詰問したり、少女時代の性的虐待の犯人を探しあてたりするが、そちらを追及しても無意味な気がして。ホイットニーに公私ともに寄り添っていたレズの女性。後半、姿を消した彼女こそ、ホントの哀しみを受け止めていたのでは? この女性を核にしたらと思った。彼女の眼を通したホイットニー像をと。
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ワイルド・ストーム
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翻訳家
篠儀直子
自然災害ものと現金強奪ものを組み合わせるという発想が面白く、犠牲者を出さないよう的確に計画を実行する強奪チームに感情移入してしまうが、暴風雨が強力になるにつれ彼らも暴力的になり、しかも自然は人命に配慮などしてくれないのだった。ショッピングモールからの脱出作戦がスペクタクル性含めて最高。でも、それだけやっておきながら、嵐の目のなかで展開される大事なシーンで、一回嵐が通過した痕跡がまるで周囲に見られないのが気になってしまい、詰めの甘さがとても残念。
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映画監督
内藤誠
超巨大ハリケーン上陸を利用して武装集団が財務省の紙幣処理施設を襲撃するという物語はパニック映画の素材としてありきたりかもしれないが、ロブ・コーエンの演出が知的で、なるほどと思わせる場面が随所にあった。たとえば最新の衛星技術とサバイバルグッズを搭載したハリケーン追跡車両「ドミネーター」を見せ場に使ったところなどだ。悪党に立ち向かうトビー・ケベルは気象学者で台風の目を利用して車を走らせ、ヒロイン役のマギー・グレイスも体当たり演技で、盛り沢山な作品。
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ライター
平田裕介
洪水が題材の「フラッド」をハリケーンにしただけと言ってしまえば終わりだが面白い。竜巻映画「イントゥ・ザ・ストーム」に登場した重装備観測車を堂々とパクり、その機能を対竜巻ではなく対悪党に用いて暴れさせる姿勢がよろしい。さらに暴風に乗せて飛ばしたタイヤ・ホイールを雑魚の肉体に突き入れたりと、その倒し方も創意工夫を凝らしていて感心。前振りの放置があったり、強盗団がマヌケ揃いだったりと粗も目立つが、そのすべてをハリケーンが吹っ飛ばすので特に問題はない。
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YUKIGUNI
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評論家
上野昻志
タイトルになっている雪国というカクテルも美しいが、それを作るときの井山計一さんのシェイカーを振る姿が、御年91歳と思えぬほどしゃきっとして美しいのだ。これは、長年、バーのカウンターに立ち続けたことによるのだろうが、若いときにダンス教師の資格を得たほど、ダンスに打ち込んだことにもよるのかもしれない。そんな井山さんが、ずっと二人で店を守ってきた亡き妻のことを話すとき、思わず涙を流す姿に、胸をうたれた。それにしても、雪国は、どんな味なのか試したくなった。
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映画評論家
上島春彦
どうしてローマ字かというと、これがカクテルの名前だから。考案したバーテンダーと、今は亡きその妻のたどってきた人生を描く。酒を飲まない私でも、説明を聴けばこれがなぜ画期的かは分かるし、定説のちょっとした誤りを微調整する部分も面白い。また、娘さんが少しだけお父さんとお母さんに対して批判的なのも見て取れる。そこを必ずしも強調しているわけではないが、最後に仲直りする場面は効果的。名物カクテルの歴史に注目する当初の案からズレていったようだが、それで正解だ。
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映画評論家
吉田伊知郎
父親がそろそろ自由に動けなくなり始めた頃、もはやこれまで、退屈な残り時間を過ごすことにしたと観念した顔が忘れられない。本作の92歳現役バーテンダーを見るにつけ、仕事を続けているせいか、漲る気力に驚かされる。自転車での走行は危なっかしいが、店に立つ姿は若々しい。幸福そうな一家だが、唯一父のカクテルを飲んだことがないという娘との関係性に目が行くが、大した理由があるわけではない。主人の身体の一部となったかのような味わいの店は確かに行ってみたくなる。
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それだけが、僕の世界
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批評家、映像作家
金子遊
交通事故にあった元プロボクサーと、彼を轢いてしまったピアニストの娘。そして主人公が初めて会う弟は、サヴァン症候群だがピアノの演奏に天性の才能を持っていて……。惜しげもなくベタな設定を注ぎこんだ韓国映画だが、俳優たちの力量でおもしろく見れてしまう。ピアノ奏者を演じたふたりの俳優は、カット割でごまかさずにショパンを弾きまくるし、庶民的なダメ親父を演じるイ・ビョンホンも新鮮だ。ホン・サンス映画でお馴染みのユン・ヨジョンによる人情あふれるオモニが最高!
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映画評論家
きさらぎ尚
家族間の愛憎を感動に高めたこの映画には、これまで見た韓国映画に感じたことのない丁寧さがある。落ちぶれたボクシングの元チャンピオン、自分を捨てた母との再会と弟の存在。こうした設定に対して、兄弟でビラ配りをしたりラーメンを食べたり、公園で弟が飛び入りでピアノを弾いたりと、展開はオーソドックス。ハンディ撮影をしたそうで、互いを思い遣り、絆を結ぶ暮らしぶりが、映像日記のような気取りのない温かさを醸す。クライマックスで弾く「ピアノ協奏曲」で感動が頂点に。
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映画系文筆業
奈々村久生
困り者の兄と障害を抱えた天才の弟といえば、「あの日、兄貴が灯した光」(16)と共通点が多い。一本の中にこれでもかとジャンルとネタを詰め込みすぎなところもそっくりだ。弟の患っているサヴァン症候群は、山﨑賢人主演の「グッド・ドクター」でも注目されたが、リメイク元は2013年の韓国ドラマ。もともと根づいていた要素と近年の流行との合わせ技と言える。しかし弟役のパク・ジョンミン、なかなかブレイクしないから心配だったけど、久しぶりにがっつり見られてよかった。
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アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング
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翻訳家
篠儀直子
たわいないコメディに見えるかもだが、身につまされて泣かされる。人はひとりひとり違うのに、見てわかりやすい属性とか外見的特徴とかから勝手にステレオタイプに当てはめて、人格を決めつけることの愚劣さがよくわかる。そして「あなたの尊厳を誰にも奪わせないで!」という力強いメッセージ。声が変だと気にするエイヴリーも、職場のマッチョさになじめないイーサンも、群がる女たちの誰も本当の自分を見てくれてはいないのだと悩むグラントも、どのキャラクターもみんな愛おしい。
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映画監督
内藤誠
太りすぎの容姿で自分に自信が持てないエイミー・シューマーがスリムになろうとジムに通い、転倒して頭を打ったあげく、自分を美女だと思いこむ。実際、エイミーは美しく見えるので、入れ替わりのドタバタ喜劇を期待していると、物語はエイミーの独り舞台による、説教くさい流れになって、ビキニ・コンテストの場面なども意外にはじけない。彼女は中華街地下の小部屋に勤めつつ、ニューヨークの高級オフイスに憧れているのだが、その上昇志向が見ているうちに平凡すぎてハナにつく。
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ライター
平田裕介
美女に変身したと思い込むヒロイン。彼女の視点などを通して、そうなった画を見せてくれそうなものだが一切ナシ。従ってこちらが目にする彼女は終始プレーンのままだが、それでも劣等感全開よりもキラキラ感全開のほうが魅力的。視覚的にも“中身が重要”というテーマを伝えていく仕掛けが巧い。美醜に翻弄される女性の苦悩を練り込んだギャグと台詞、あえてモデルも配したキャスティングも◎だが、ワケあり然としながらいまいち弾けない化粧品会社オーナーの一家がもったいない。
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