映画専門家レビュー一覧

  • シシリアン・ゴースト・ストーリー

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      思いを伝えた直後に姿を消したジュゼッペを、ヒロインのルナは実に辛抱強く探し続ける。大人たちの無視と沈黙への抵抗から青く染めた髪が、坊主に刈られてからボブに伸びるほどまでには。それは現実と幻想の境を彷徨う思春期の心象風景そのものであり、撮影のルカ・ビガッツィが、パオロ・ソレンティーノ作品でも披露した圧巻の映像美で魅せる。馬に乗って駆け抜けるジュゼッペの麗しい残像が刻みつける痛ましい事件。ルナを演じたユリアの、少女らしくなく低音の利いた声が素晴らしい。

  • 私は、マリア・カラス

    • ライター

      石村加奈

      強いディーヴァの印象が強かったので「私のために祈ってね」という歌姫は少女のように可憐で、ちょっと意外だった。母や夫のために、歌い続けたカナリア、じゃなくて、カラスは、オナシスと出会い、すっかり顔つきが変わる。歌ひと筋の人生から羽ばたき、目の前に広がる美しい世界で、険のとれた、穏やかな眼差しで、楽しげに歌う姿は、しあわせそのもの。ゆえにその後、彼女を襲う悲劇を前に「打ち勝つ力をお与えください」と祈る姿は哀しいが、歌姫は甦るのだ、そうエレガントに。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      マリア・カラスという人は「顔」の人だ。奥深く豊饒な歌声も素晴らしいが、毒々しさをも含むディーバ的相貌によって記憶され、そのイメージはスキャンダルで補強される。カラスとして生まれたからにはカラスとして生きるほかなしという自明の事実が、これほど悲劇的トーンを帯びてしまうのはなぜなのか。さまざまな「タラレバ」のプリズムを増幅させるからか。パゾリーニ「王女メディア」(69)出演後も長生きして女優活動にシフトしていたら、彼女にはどんな役があったのか。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      カラスの生涯を彼女の歌で綴って。この前のクラプトン映画と同じように、他者の証言は一切なし。ご本人のインタビューと自叙伝からの言葉で綴っていく。潔い。秘蔵・蔵出し映像も満載で、それを編集機の画面で見せたところに、この監督の映画スタイルが匂う。カラスを神格化せず、ひとりの女として描く。が、いくら私生活を見せても生臭さはない。やっぱり彼女は偉大なるアーティストとばかりに、その歌声をたっぷり聴かせる。人間記録を背景にして、音楽映画で貫いた。そこがよくて。

  • アリー/スター誕生

    • 翻訳家

      篠儀直子

      一九三七年のウェルマン監督版を振り出しに、四度目の映画化となる物語。場の空気を画面に取りこむ撮影とジャンプカット気味の編集が、「いま」の気分を醸し出す。現代ならではのヒロイン像を期待したいところだが、どうやら力が入っていたのは男性主人公の描写のほうで、それゆえ女性主人公の造形は相対的に曖昧に。レディー・ガガの存在感に埋め合わせの任が託された。主演ふたりにひとりずつ配された近親者男性の役が面白く、特にクーパーとS・エリオットの関係は深い余韻を残す。

    • 映画監督

      内藤誠

      フレディ・マーキュリーを敬愛するレディー・ガガがヒロインを演じて、「ボヘミアン・ラプソディ」に続き、キメこまかい音楽映画が公開される。ブラッドリー・クーパーとガガが出会うシーンが楽しい。酒場で『ラ・ヴィ・アン・ローズ』を歌っているガガは彼女の別の個性を見るようだった。俳優出身の監督らしく、ガガの父親のアンドリュー・クレイからマネージャーのラフィ・ガヴロンにいたるまで、配役が的確。ガガがピアノをひきながら歌い、ダンスを練習する姿も見せて、サービス満点。

    • ライター

      平田裕介

      音楽業界が舞台ゆえ76年版と比べてしまった。なにかと展開が粗かった同版に対し、惹かれ合う過程、ロック・シンガーが酒に溺れているバックボーン、ヒロインがスターとして開花していくまでがじっくり丁寧に描かれている。いくらB・クーパー監督・脚本・製作・主演とはいえ役柄が格好良すぎるとイラついてくるが、晴れ舞台での失禁シーンを用意して一気にマイナスへとなだれ込むあたりも巧い。ニール・ヤングとの活動でも尖っていたルーカス・ネルソンに音楽を任せるセンスも◎。

  • シュガー・ラッシュ:オンライン

    • 翻訳家

      篠儀直子

      最高のカーチェイスと最高のミュージカルシーンがあるだけでなく、豊富なアイディアと視覚的工夫が次々連なって観る者を引っぱる。ディズニーキャラ勢揃いの場面は批評性があって可笑しく、クライマックスはまさかのあの古典映画のパロディ。女の子の自己実現や、プリンセスと「大きな男の人」の関係など、「ズートピア」に引き続き、今日的なテーマが満載。かっこいいシャンク姐さんの声をあてているのが、ガル・「ワンダーウーマン」・ガドットなのも、その流れでおおいに意義深い。

    • 映画監督

      内藤誠

      アーケード・ゲームの天才レーサー、ヴァネロペがインターネットの未知で不安な世界に魅力を感じ始め、保守的なゲーム世界の悪役キャラクター、ラルフを慌てさせる物語構成はよくできている。日本の国会ではサイバーセキュリティをめぐって、低次元の質疑応答が続いたけれど、ここでも知識のないラルフがオークションサイトで失敗し、ウィルスに感染するというパターン。インターネット世界の舞台がマンハッタンから東京までも模倣して華麗で、ディズニーキャラクターも続々登場する。

    • ライター

      平田裕介

      オンラインの世界の描き方はユニークだし、可愛いらしいヴェネロペが殺伐を極めた『グランド・セフト・オート』的レース・ゲームに紛れて大活躍する場面にもニヤリとはする。だが、彼らの住処となるアーケード機の廃棄というリミットを設けながらハラハラが弱いのは、その必要が薄くなる展開が待つとはいえ作劇としてどうかなと。ディズニー・プリンセスの集結も賑やかだが、同社の豊かにも程があるコンテンツをひけらかしているだけにしか見えず。飽きずに観られるが、少し残念な出来、

  • ニセコイ

    • 映画評論家

      北川れい子

      ここまでハイテンション、ここまでド派手なワルふざけでハナシを進められると、観ているこっちもついイケイケ、ドンドン、アキレつつ、楽しんだり。しかも演出的なワルふざけに悪意がないから消化の良さもバツグンで、観終ったら妙にスッキリ。ニセコイ当事者2人のやりとりがキツいボケとツッコミのノリで、でも力関係は対等というのもラブコメのお約束ごととして愉快。数十人の極道役やマフィアの面々のセリフもパロディみたいに愛嬌があり、出番は少しだが、彼らも労いたい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      世界的に流通するハリウッド映画や評価と輸入配給のふるいを通って日本に入ってくる外国映画と、多くの日本映画の違いを言えば、それは明確な演出の指針の有無だろう。そんなに難しいっぽい話でなく、映画の立派さやテーマの話でもない。コメディ、恋愛、娯楽映画のこと。やつら洋画にはその場面ごとにくっきりした狙いを感じる。役者がどう見せるか迷いがない。だが邦画でもその迷いの少ない映画群がある。漫画原作もの。三次元化が現場。ここでは監督も役者も指針を得ている。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      劇中の現実と劇中劇という入れ子の構造を持った「ロミオとジュリエット」がもたらす改変。その改変が男女の心の揺らぎを互いに同期させ、描写の対比が生まれることで本作の終幕に違和感を持たせない。同様に、偽物の恋を描くことで観客をミスリードさせてゆく展開にも違和感を抱かせない。つまり、劇中の登場人物が抱く先入観だけでなく、観客の作品に対する先入観をも操作しながら巧妙に物語を展開させていることが窺える。寡黙なヒットマンを演じた青野楓の佇まいが素晴らしい。

  • 宵闇真珠

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      高層ビルがひしめき、きらびやかなネオンに彩られる摩天楼のイメージが強い香港。それはクリストファー・ドイルが撮影した「欲望の翼」や「恋する惑星」によって多少は形成されているのかもしれないが、実際の香港は、九龍半島と200以上の島々がある多島海だ。香港島は山がちで登山が盛んだし、本作の舞台となったランタオ島の大澳は、水上家屋や水路が残る静かな漁村。90年代のアジア映画を想起させるドイルの美しい映像を眺めていると、知られざる香港の片田舎を旅したくなる。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      監督や俳優と並び、撮影監督としてその名前が話題になるC・ドイル。先進的でスタイリッシュな映像センスのドイルが脚本・撮影・監督に携わっているだけに映像詩を見ているよう。奇病で昼間は自由に外出できない設定のヒロイン。幽霊が出ると噂される廃屋。こうした夢幻的なしつらえがストーリーに勝っているので、もどかしさは否めない。だが真珠の母貝アコヤガイは混入した異物を核に真珠層を巻く。それを思えば、旅人(異物)オダギリジョーを核にしたこの映像詩、情趣がある。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      いまおかしんじ監督が「おんなの河童」(11)を撮ったとき、カメラマンをつとめたクリストファー・ドイルに、撮影現場で会ったことがある。海辺のロケ地でのドイルは誰よりも勢力的に動き回り、パワフルに現場をリードしていた。そのとき同行していた女性が本作の共同監督ジェニー・シュン……ではなかった気もするが、世界中を自由に飛び回る異邦人である彼が、自らの監督作にアイデンティティにまつわるテーマを選んだのが興味深い。それは詩のようなドイル節のきいた世界だった。

  • メアリーの総て(すべて)

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      サウジアラビアでマンスール監督が撮った「少女は自転車にのって」の少女は、自転車を買うため、女性の権利を制限する慣習を乗り越えていった。200年前のイギリスを舞台にした本作もまた、時代や舞台は異なれども、16歳のメアリーが男性中心社会と相克していく。詩人のシェリーと駆け落ちした少女が、若くして不倫や貧困や妊娠、バイロンとの出会いなど劇的な人生を歩む。小説『フランケンシュタイン』誕生の秘話というだけでなく、現代に通じる女性の自立が描かれている。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      メアリー・シェリーのこの半生記、『フランケンシュタイン』誕生の話より、むしろメアリーとパーシーのラブストーリーの要素が大。それも二人の恋愛は19世紀の封建的な男性社会を反映。パーシーの身勝手さ横暴さVSメアリー。この点に先ごろ女性の自動車運転が解禁されたが、まだ女性の権利制限があるサウジアラビア初の女性監督だけに、前作「少女は自転車にのって」と共通する眼差しがにじむ。でもファニングが輝くばかりに美しく、この恋愛の通俗ぶりが意外に面白い。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      女性はいまだ社会において不自由な存在だ。19世紀の英国では自分の名前で著作の発表も叶わず、邦訳版も「シェリー夫人」名義の時代があった。女流作家メアリー・シェリーの特異な生い立ちと半生を『フランケンシュタイン』が生まれるビハインドストーリーとして脚色した脚本が素晴らしい。サウジ初の女性監督であるハイファ、若い女性の生きづらさを体現させたら右に出る者はいないエル・ファニングの起用を含め、この物語を今日映画化する製作陣の意図が見事に結実した一本。

  • 夢こそは、あなたの生きる未来

      • 評論家

        上野昻志

        ミスコンテストに応募した女性たちを追ったドキュメンタリー。彼女たちをはじめ、ミスコンOG、主催者、審査委員などへのインタビューが中心で、後半は、コンテストで選ばれた人たちの活動にも焦点が当てられるのだが、かろうじて記憶に残るのは、何か答えようとしながら適当な言葉が見つからず考えこむミスの姿ぐらい。インタビュー中心のドキュメンタリーでも、人物の存在が丸ごと浮かび上がってくる作品はあるのだが、これは空っぽ。それは、対象の問題というよりは撮る側の問題だろう。

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