映画専門家レビュー一覧
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女王トミュリス 史上最強の戦士
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ライター
石村加奈
キュロス2世率いるペルシア軍を破り、史上最強の女傑とも言われた、中央アジアの遊牧民・マッサゲタイ族の女王トミュリスの半生を描いたカザフスタン映画。騎馬たちが土ぼこりを上げる草原の合戦シーンは迫力満点だ。愛する夫子を失い、絶望した時、孤高の女王に、本音を打ち明ける女友だちがいるシーンが印象的だ。一方、歴史的ハイライトである、ペルシア王との戦闘から大勝利に至る描写は意外と淡々としていて、拍子抜けの感も。小さな復讐に囚われぬ、視野の広い映画とも言えるか。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
紀元前550年頃、中央アジアに実在したマッサゲタイ族の女王トミュリス(最強の戦士というよりは知将という印象)と当時の大帝国ペルシアとの戦いを描く。ファンタジーとエロ要素がなく残酷度控えめな『ゲーム・オブ・スローンズ』といった世界観。中世イスラームの哲学者アル=ファーラービーが、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの著書『歴史』に記された史実を自らの言葉で綴っていく、というスタイルで物語は進むのだが、ヘロドトスの視点ではない、というのが面白い。
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リアム・ギャラガー アズ・イット・ワズ
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
リアムにもノエルにも何度も取材し、オアシス含め彼らのライブを数え切れないほど体験してきた立場から言うと、作品の意図が見え見えでちょっと白ける。「オアシス解散後にどん底まで落ちてからの復活劇」という筋立ては、私生活においては事実かもしれないが、キャリアにおいてはそこまでドラマティックなものではない。そして若い世代がライブに戻ってきたのは、レコードと同じボーカリストがオアシスの曲を歌うからだ。本作はその真実を周到に避けて、ノエルを一方的に攻撃する。
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ライター
石村加奈
リアムの平坦な歌声を聴いていると、ひ弱な自分でも淡々と困難を乗り越えられる気分になれた。久々に聴いたその声はオアシス当時よりやさしく響いたが〈リトル・ジェームス〉の時も甘やかだったから、いまの方が彼の本質が出ているのだろう。「『アズ・ユー・ワー』はあいつら(若いファン)にとっての『ディフィニトリー・メイビー』だ」と自信たっぷりに言える彼は、音楽を通して世界を見るよろこびに包まれている。「自分の声が好き」と語る時の、リラックスした表情もキュートだった。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
音楽的才能に溢れた兄のノエルと共に時代の寵児となるが、その兄との確執によりバンドが解散、“現実に着地した”リアム・ギャラガー「その後」の話。作中語られる「ノエルは音楽の重要性を過大評価し、リアムを過小評価した」というのが全てだと思うが、全盛期を知っている者からすればリアムがそれを証明するため葛藤する姿にグッときてしまう。同時代、同じく一世を風靡したというのもあるが「トレスポ2」を観た感触と近い。レントンもリアムもジョギングが趣味になっているし(笑)。
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甘いお酒でうがい
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映画評論家
北川れい子
お笑い芸人シソンヌじろうの元ネタも、その元ネタのヒロイン名で書かれたという原作も全く知らないので、アラフォー、独身OLの日常、ふつうに情報ゼロで観た。それなりの給料を貰い、誰にも拘束されない自由気ままな都会暮し。毎日、日記を書いていて、別にどうということもないその日記の内容が再現されたりも。エピソードふうに、バーで隣り合わせた男とホテルへなんて場面もあるが、年下男に慕われての発展的関係といい、フワフワ生きても自立は自立? どうぞご勝手に。
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編集者、ライター
佐野亨
宣伝につかわれているモノローグ、「白黒がちだった日常に色がつく」。どうにも類型的な表現だ。「東京バタフライ」もそうなのだが、「変わる」ということについて、いま一歩ステレオタイプな思い込みの域を出ていない気がする。さりげないところはもっとさりげなく、劇的なところはもっと劇的に変わるのではないか。松雪泰子も黒木華もさすがに巧く、観ているうちに愛すべき人物に思えてはくるが、なにかそのように「設定」されている感触が最後まで拭えなかった。
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詩人、映画監督
福間健二
佳子さんと若林ちゃん。松雪泰子と黒木華だが、ふと無名の女優二人が一生懸命やっているように見えるときがあって、いいなと思った。演技、少しでも意外性が出ると楽しいのだ。大九監督の側にプロ的な処理を打ち破る意識があれば、というのはねだりすぎか。シソンヌじろうによる佳子の日記モノローグ。鮮度ある詩をはらむが、それを乗せる画に遊び方が不足。そして清水尋也演じる岡本くんとの恋での、佳子のかわいそうになるほどの心理の動き。フェミニズム的に大丈夫なのだろうか。
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ヒットマン エージェント:ジュン
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
ウェブコミックの存在を意識しつつ、実写で魅せるというイメージはDCコミックの影響か。昨今、日本で公開される韓国映画は脚本・演技・監督・編集などどれを取っても完成度が高いが、こちらは珍しくレベルが低い。実際の極秘エージェントの体験を本人がコミックで描き、劇中アニメーションとしても動き出す。媒体の変化や次元の関係性など、この映画の哲学的肝であるところが脚本で練られていない。クォン・サンウのコミカルな三枚目演技を見たいファンには充分過ぎる作品か。
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フリーライター
藤木TDC
世界の定番“パパは昔エージェント”ものの韓国版。妻や娘との関係修復まで約束どおり。新味は父の現職が不人気マンガ家という設定だが、彼の作品がどうダメか、なぜブレイクしたか説明が雑だし、作品世界を伝えるアニメの質と実写への混ぜ方が半端で効果が弱い。また主要登場人物がほぼ清潔なイケメンばかり、どこかにベタな出オチ系汚れキャラを使うほうが喜劇の爆発力になったと私は思う。主人公のアクション含め全体に中庸感が満ちるも、あえてそういう狙いの映画なのだろう。
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映画評論家
真魚八重子
韓国映画のコメディは時々スベリ散らかしてるのがあって、本作も最初はヤバそうだと危惧したものの、途中で慣れてきたのか面白く観られた。主人公が家庭を持っている年齢設定や、気が強くアルコール依存気味な妻と不愛想な娘のキャラクターもアンサンブルとして良い。主人公の描く漫画のタッチが、1作目から2作目でアメコミ風に変貌していき、ベタな笑いの直前で映画の風向きを変える。アクションが充実しており、後半が擬似兄弟のような男性3人で展開するのも微笑ましい。
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マティアス&マキシム
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
前作「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」で一区切りついた感の、アンファンテリブルと言われたドラン8番目の作品。デビューから特殊でスペシャルな人物を描き続けてきたが、今回は市井の人間を照射することに与してみた。しかしあくまでもマージナルな存在。センス溢れるスタイリッシュな映像は影を潜め、等身大の生身の人間をリアルに丁寧に描いてみせた。これから映画監督的には正念場突入か。そろそろ苦悩の中のドラン版「8 ?」が見られる日も近いのかもしれない。
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フリーライター
藤木TDC
つまらない原因は題材が男の同性愛だからでは断じてなく、物語の最終地点が恋愛感情の告白というちっぽけな行為だからだ。二人は相思相愛の気配だし、関係を阻害する物理的障壁もないから、さっさと告って重なっちゃえばハッピーエンドだ。それをしないもどかしさの間を埋める演出が若者のやかましい飲み会や映像・音楽の小洒落たセンスの披露で、そこに乗れるか否かが評価を分つ。趣味性に左右される要素が強い映画。私はこの監督のセンスや価値観には共感できなかった。
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映画評論家
真魚八重子
いわばドラン版「君の名前で僕を呼んで」なのだが、何気ない休暇の描写とともに恋愛が展開する「君の名前で~」に対し、ドランの新作は恋がなかなか実らない中で日常を描く。じつは、後者は圧倒的にアプローチが損だと思う。何も起こらない日常を演出して座持ちさせるには、並々ならぬ感情の濃密さが必要となる。そのため頻繁に、母子や友人との罵り合いという表現に頼ってしまっている。抑圧した恋心のストレス暴発を、藪から棒に人に絡むという設定にするのも簡単すぎる。
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アダムス・ファミリー(2020)
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
2010年代の終わりにリメイクされる「アダムス・ファミリー」に期待するものといえば、近年のゴスカルチャー再評価や、メンタルヘルス問題を抱える若者にどう寄り添っているかになるわけだが、驚くことに本作にはそうした目配せがほとんどない。同時代性を感じさせるのは、ミーゴスによる最高に楽しいテーマソングくらい(プレスシートで1行も触れられてないことに?然としたが)。原作コミックに忠実であったとしても、これではあまりにも間口が狭いのではないか。
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ライター
石村加奈
クリスティーナ・アギレラの〈Haunted Heart〉を筆頭に音楽が素敵だ。ラーチのピアノも、フォスター伯父さんやフランプおばあちゃん(ベット・ミドラー!)の歌もパンチが効いている。でもクールなのはアダムス・ファミリー限定、マルゴー率いる新興住宅地で暮らす人間の音楽はあからさまにダサイ……とメリハリの効いた構成で、どちらの「普通」が不気味なのかを軽妙に描く。アダムス家の子供たちが、異なる価値観や300年に亘る一族の歴史の、新たな希望となる役どころを担う。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
独自の文化を持つ異形の家族たちを排除しようする「普通」を愛する人々は、テレビの女性司会者に先導されている。その彼女のルックスや発言、裏で行っていることは明らかにドナルド・トランプを意識していて、アダムス夫妻の声を担当するのは、グアテマラ出身のオスカー・アイザックと南アフリカ出身のシャーリーズ・セロンだ。多様性が叫ばれる今、「他者との違いを楽しめ」という原作のメッセージを痛烈に、しかしポップなアレンジを施して描いた現代版アダムス・ファミリー。
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クライマーズ
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
昼でも夜でも不自然に役者の顔を照らし続ける陰影の欠けた照明、個性もメリハリもない大仰な劇伴、説明的なモノローグに導かれて転換していくシークエンス。日本を含むアジアの大作映画の一部に共通するそうした作風は、必要以上にエアコンがキンキンに効いていて、時代遅れのヒットソングが大音量で流れている、蛍光灯の白々しい光に包まれた地方のショッピングモールを自分に想起させる。そういう作品に限って、内向きの国威発揚映画だったりするから目も当てられない。
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ライター
石村加奈
序盤の60年登頂の回想シーンからクライマックスに昇りつめたまま、ラストまでハイテンションの125分。セカンドステップで、仲間の背をハシゴ代わりに裸足で登り、凍傷で足を切断したソンリンのヒリリとするエピソードは、チャイニーズラダー誕生秘話へと結実。15年のブランクを物ともせず、鮮やかなハシゴさばきで雪崩から若い隊員を守るファン隊長の活躍にはツイ・ハーク&ダニエル・リーのアクションへの変わらぬ情熱に感じ入った。おさげ姿のチャン・ツーイーにもびっくりだ。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
60年と75年にチョモランマ登頂に成功した中国登山チームの実話がベースの「山脈アクション」。当時の情勢に翻弄されるチームメンバーたちの葛藤、男女のお互いの想いが伝えられないメロドラマ、親友同士の過去の因縁など、実直なキャラクターたちによる展開は型通りに進みすぎて、感情がなかなか揺さぶられない。吹雪の中の登山シーンは、ロケとセット、CGをバランス良く合成したクオリティの高い映像で、生々しさはないが、自然と対峙する恐怖が堪能できる。
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