映画専門家レビュー一覧

  • ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        ジャズ喫茶ベイシーとマスターの菅原正二さん。日本におけるジャズの受容、とくに独特に発展したジャズ喫茶文化を「蒸留」したような凝り方と年季が生みだした場所と人。カッコいい。これが初監督という星野監督の仕事ぶりにも驚く。何よりも、音。やってくれた。画と編集もスマートでかつ格調あり。登場する人物では、阿部薫と小澤征爾が出て振幅が広がった。菅原さんはベイシーからスピーカーの職人にまで「ひれ伏して」いるそうだ。文化って、局面での真剣勝負の連続だと思った。

    • Daughters(ドーターズ)

      • フリーライター

        須永貴子

        “動く女性誌”のような映画。想定読者層は、仕事でもプライベートでも東京を謳歌している、もしくは東京に憧れる、10~20代の女性。モデルの設定は、中目黒でルームシェアをする、27歳の美しい2人の女性。ファッション、音楽、インテリア、食のトレンド、旅行記事のほか、「女同士の友情って難しい!」「初めての妊娠・出産」「新しい家族の形」といった2色印刷の読み物ページも充実。雑誌好きとしては楽しめたが、「映画とは何なのか?」という疑問が頭にちらつく。

      • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

        山田耕大

        なぜこれを劇映画にしようと思ったんだろう。メジャー大作だろうが自主映画だろうが、映画を作るには大変な労力を要する。それに見合うようなものでないと労力が報われない。これには劇(=ドラマ)はほんどない。出産は命がけの営みなのに、誰も汗一つかかない。激情に駆られて泣き叫んだり、どうにもならない自分に苛立って暴れたりという人間らしい有り様がはしたないとでも思って撮りたくなかったのか。おかげて、人に何の感銘も与えない、映画みたいなカタログが出来上がった。

      • 映画評論家

        吉田広明

        ファッション業界で働く二人の女子が中目黒でルームシェア、一人が妊娠、シングルマザーとして出産を決心する。詩のようなモノローグ、PVさながらの美しい映像、おしゃれな音楽でガールズ・ムーヴィー風なテイスト。しかしそのために犠牲にされたものは多く、父親は種を植えただけで画面から去り、その存在はもはや問題にもされず、出産、子育てにはルームメイトが二人三脚、親も会社も物わかり良く、彼女らを補助してくれる好条件。ナカメ界隈だとこんなおとぎ話が成立するのか。

    • ブリング・ミー・ホーム 尋ね人

      • 映画評論家

        小野寺系

        子どもにも容赦のない陰惨な表現や、子を想う母親の愛情を強調するのは一部の韓国映画の傾向だが、本作もあざとく感じられるほど特徴に沿ったものになっている。くわえて田舎の人々の閉鎖性や暴力など、悪意すら感じる激しい表現で観客に義憤をもたらそうとする箇所は、極端すぎて安易に思える。とはいえ、そのような醜い人間たちの姿と、優れた撮影による雄大な自然の姿を映像として対比することで、一種のダイナミズムを生み出し、普遍的な感覚にまで到達したところは見事。

      • 映画評論家

        きさらぎ尚

        夫婦が失踪した息子を探すスリラー、と思って見ていたが、ほどなく様子が変わる。親心につけ込む悪意の悪戯情報に振り回された夫は交通事故死。その保険金が目当ての親戚。悪徳警官。怪しげな家族と野卑な村人たち。児童に対する肉体的・性的な虐待等々。登場人物は人非人揃い。ここまで子どもを無慈悲にいたぶる必然性は説明されないまま。なので最後、せっかくのどんでん返し(ネタバレなので伏せる)も、すっきりしない。カタルシスもなく、評価の気力が消沈。すみません……。

      • 映画監督、脚本家

        城定秀夫

        失踪した我が子を探す母の執念を描いた喪失と再生の物語のつもりで観ていたのだが、映画は進むにつれ次第にリアリティを失ってゆき、釣り場の連中に人間の体温が与えられていないと気付くに至り、こいつはまさかの田舎ホラーか? と鑑賞の軸足を改めたものの、そのジャンルとしてもどうにも中途半端で、終盤は「人魚伝説」的なリベンジスプラッタに展開していくと思いきや、そっちにも転ばずで、結局何がやりたかったのかよく分からないまま胸糞悪い児童虐待描写だけが心に残った。

    • ホテルニュームーン

      • 映画評論家

        小野寺系

        イランと日本の共同制作映画ということで、イラン人の母と娘の関係に日本が絡んでくる珍しい設定。母の過去を解き明かしていく部分が一種のミステリーとなっているが、その真相は驚くほど肩透かし。また、ところどころで両国の保守性や女性の生きにくさを伝えるような描写が顔を出すものの、消極的な表現にとどまる。日本の外国人技能実習制度の闇に触れることもなく、オリエンタルな情緒を醸し出しながら登場する日本文化が、親子の情を象徴する鯉のぼりだというのも陳腐だ。

      • 映画評論家

        きさらぎ尚

        娘が知りたい母の秘密。母につき通している娘の嘘。秘密と嘘のふたつを物語の動力にしたドラマは、かなり思わせぶりなエピソードで展開する。母と日本との関係は? 母がホテルでこっそり会っている日本人との関係は? もしかして彼が娘の父親? けれど明かされた秘密は、母性から取った母のある行動。その当たり前な母の行動に胸をなでおろすも、前半の思わせぶりからすれば、いい話なのにストーリーに食い足りなさも。街並み、室内を問わず、陰影を繊細に映す映像が美しい。

      • 映画監督、脚本家

        城定秀夫

        中盤まではサスペンス風味で煽ってくるも結局は母子モノに収束してゆくドラマはもったいぶったわりには薄味で物足りなく感じるうえ、妙に硬い画で人物を真正面から捉えたカットバックや、回想の日本ロケパートに必要以上に和風な劇伴をあてる演出などは一般的な審美眼で観るとやや野暮ったい印象を受けてしまうのだが、この愚直とも実直ともいえる質感は本作ならではの美点でもあるし、「パターソン」でも思ったが異国の地に溶け込む永瀬正敏というのは何とも言えない味わいがある。

    • マーティン・エデン

      • 映画評論家

        小野寺系

        伝記的な作品は星取りレビューでもよく扱っているが、本作は一つの到達点として多くの作り手に見習ってもらいたい。主人公の多面的魅力、実感こもる経済格差の表現、そして人間の存在に迫る奥行き。その充実した内容は、原作者ジャック・ロンドンによる、人生を一つの論としてまとめあげる剛腕があってこそ。映画で人生を見せるには、このような役割を担う者の存在が必要だと思い知らされる一作。主演俳優の燃えるような演技と、70年代を思わせるヴィンテージ風の映像が美しい。

      • 映画評論家

        きさらぎ尚

        うまい! 誉めどころはいくつもある。貧しい漁師が、ブルジョワ階級の娘に恋をするロマンチックな出だしでは、ボードレールを知らない無教養さや食事の仕方や服装などのエピソードで、米国とは違うイタリアの階級社会をきちんと押さえている。さらにナポリの街並みや住人たちの生命力に溢れた暮らしぶりなどを捉えた画面には、伝統のネオレアリズモの雰囲気も。主演L・マリネッリの熱演に加え、彼を支えるマリア役のカルメン・ポメッラが◎。堂々たるイタリア映画に仕上がった。

      • 映画監督、脚本家

        城定秀夫

        マーティン・エデンさんの生涯を描いた伝記映画と思いきや、さにあらず、エデンはあくまで架空の人物で、ジャック・ロンドンの自伝的小説をもとにピエトロ・マルチェッロ監督が舞台をアメリカからイタリアに置き換え大胆アレンジしたという、自分のような無教養人間には何のこっちゃな感じではあるのだが、まあ、この映画で描かれているのは教養を得ても幸せは得られないということであろうし、破滅型のエデンが妙に愛おしく、何より16㎜フィルムのテクスチャが素晴らしすぎる。

    • メイキング・オブ・モータウン

        • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

          ヴィヴィアン佐藤

          数々の名曲。天才たちが奇跡的に集結しただけではなく、その陰には品質管理会議という、ライバル同士が相手のために互いに意見を出し合う民主的な場が設けられ、ダンスやエチケット、仕草などの徹底的な教育も行われていた。ベリー・ゴーディ創始者のビジネルモデルはフォード譲り。音楽だけではなく誇りや威厳、自信や自尊心の育成という哲学があった。これは現代の経営者や起業家にこそ響く内容ではないか。社会との関係を客観的に自己分析する能力。単なる音楽映画ではない。

        • フリーライター

          藤木TDC

          モータウンのタコ社長ゴーディJr.と副社長スモーキーがシルバー漫談風に語る実録ドリームガールズ。麗しのオールディーズを聴きつつ60年代黒人音楽史を学ぶカルチャー番組ノリを期待すると専門性に困惑する中級者向け講義だ。デビュー時のS・ワンダーほか貴重映像多々だが、証言者の多弁を字幕が翻訳しきれておらず、都度、資料に照会したくなるので劇場よりDVDで観たい。モータウン興亡史の「興」ばかりで「亡」がない不足も。予告篇にないニール・ヤングの証言が衝撃!

        • 映画評論家

          真魚八重子

          レコードレーベル、モータウンの社史を映像で観る映画。創立60周年記念作品ということで、ほぼ創業者ベリー・ゴーディの語りで構成されている。まだ元気な伝説的ミュージシャンの姿を見られるのはありがたいが、協力者の暗部は当然描かれない。モータウンの健全さをアピールし、所属アーティストの私生活はあまり言及しない当たり障りのない作品に仕上がっている。第三者の批評性も、ドキュメンタリーとしての個性も必要としていない。映画というよりテレビ番組のよう。

      • TENET テネット

        • 映画・音楽ジャーナリスト

          宇野維正

          コロナ禍におけるブロックバスター作品劇場公開の先陣を切ったことで映画界の救世主となったノーランだが、そもそもの企画からして、実現したこと自体が奇跡のような作品。批評よりも解説が求められ、ネットで様々な設定の検証がおこなわれるこの時代において、1回観ただけではほとんどわからない(2回観たら結構わかるが)、劇伴と効果音で重要な台詞さえ聞き取れない作品を、この規模で作る蛮勇。登場車種に見られる趣味性の欠如は、スパイアクションの作り手としては弱点だが。

        • ライター

          石村加奈

          ノーラン監督に誘われた“非日常的な旅”。シーン(場)やモーメント(瞬)がまさしく旅するように軽やかに描かれる。時空を超えるノーラン・マジック(洗練を極めた!)を堪能するうち、世界はとても大きいと気づかされる。主人公/名もなき男の胸の内は語られないが、彼の行動(例えばキャットとの成り行き)は腑に落ちる。名前も知らぬ他者の記憶や経験を生きる新たな視座を享受し、人間って面白いという感慨も。現実を忘れ、映画の世界を“体験”できるよろこびに満たされる。

        • 映像ディレクター/映画監督

          佐々木誠

          大筋はМ:Iシリーズ×「ラ・ジュテ」(!?)だが、時間の逆行という「メメント」の手法を物語自体で構築した、ゴダールが観たら嫉妬しそうな壮大な実験作。エンドロール前に〈TENET〉というタイトルが出て、ようやく散らばったピースが繋がった(気がした)が、散々革新的な映像体験をさせられた後、というのが憎い。辻褄合わせでもう一回観たいと思わせるのではなく、二回以上観ることを“前提”で作ってしまったノーラン、個人的には「ダークナイト」以来の会心作。

      • プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵

        • 映画・音楽ジャーナリスト

          宇野維正

          英国の黒人映画作家が、かつての植民地であり連邦加盟国である南アフリカを舞台に、70年代の反アパルトヘイト白人活動家の脱獄劇を描くという、複雑な構造を持った作品。もっとも、監督自身がブレッソン「抵抗」と紐づけていることからもわかるように、良くも悪くもストイックな作りで、本篇の大半は獄中の日常描写に費やされている。『プリズン・ブレイク』を露骨に意識した邦題は、商業上の理由ということは理解できるものの、作品の持つ真摯さを毀損している。

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