映画専門家レビュー一覧

  • マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説

      • 映画監督

        宮崎大祐

        第二次大戦までフランスのひとり勝ち状態だったファッション界に一石を投じたイギリスのファッションは父権的な社会制度への批評意識が織り込まれていることが大きな特徴である。そんなイングリッシュ・デザイナーの代表格であるマリー・クワントの服を着ることはすなわち女性たちの社会への態度表明でもあった。マリーのキャリアを追うことでいみじくも戦後イギリス文化史があぶり出されるという構造は前回取り上げた映画「ブリティッシュ・ロック誕生の地下室」とよく似ている。

    • シスター 夏のわかれ道

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        個人の飲む打つ買うから、家族における家父長制、さらには国単位での一人っ子政策まで、あらゆるレベルを貫く有害な男性性に翻弄される女性たちが、個と家族の価値観の狭間で板挟みにあう様をメロドラマ的に誇張して描く戦略は、見事に奏功している。家族のために自分の人生を犠牲にし続けてきた伯母と夢を諦めたくない主人公との、一筋縄ではいかない関係性を繊細に捉えた演出はなかでも白眉。検閲をかわしつつ挑発的な問いを投げかけるように映画を締めくくる強かさにも舌を巻く。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        登場人物の誰もが皆、自分勝手で、わがままで、素直でなくて、浅はかだけれど、優しい笑顔を持っている、複雑で矛盾に満ちた人々だ。金持ちの家の実に丁寧に作られた、とても美味しそうな四川料理に比べたら、家庭的な肉まんは取るに足らないが悪くはない。悲しく辛い出来事ばかりで、思い通りにならないことばかりの私たちの人生を、そのまま見つめて描く、厳しさと誠実さが本作にはある。そしてもちろん、そんな人生を歩まされること自体を問う社会的な側面も強く持っている。

      • 文筆業

        八幡橙

        一見ありがちな「いい話」に、中国ならではの一人っ子政策のもたらす歪、男子偏重の思想が長女に与える苦痛と犠牲、何より女性の自立の厳しさと四方から迫る理不尽を丹念に織り込んだ佳品。同じ枷を抱える伯母との対比で時代の変遷を浮かび上がらせ、母性の象徴とも言われる入れ子のマトリョーシカをさりげなく利かせるなど、人物造形含め細やかな小技が光る。社会問題を描きつつ、家庭における一人の女性の孤独と心の渇きをこそじっと見つめる監督・脚本二人の視線が沁みた。

    • ビー・ジーズ 栄光の軌跡

        • 映画監督/脚本家

          いまおかしんじ

          ビー・ジーズがどんな風にして数多くの名曲を生み出してきたか、わかりやすく描かれる。過去の映像が効果的に使われていて、粗いビデオ画面から当時の雰囲気がビンビン伝わってくる。長男のバリー、双子の弟ロビン、モーリスの三人のキャクターがみんな違って面白い。ロビンがお調子者でいつも変なことをしていて、バリーが苦々しい顔でそれを見ている。モーリスがすぐにまーまーとなだめに入る。その関係は彼らが小さかった頃から大人になるまでずっと変わらない。

        • 文筆家/俳優

          唾蓮みどり

          世代でなくとも、懐かしい、知っているメロディが始終包み込むように流れてきて、心地よい。私のように全然ビー・ジーズについて詳しくない人間からしても、入門としても楽しめる。個人的には「サタデー・ナイト・フィーバー」(77)とアンチディスコの騒動のくだりが興味深かった。ギブ兄弟3人と末弟のアンディ。兄弟バンドだからこその愛情や複雑な思いが見えてくるのもぐっとくるものがあった。音楽がいい。それだけで映画として悪くなりようがない。ファンだったらたまらないだろう。

        • 映画批評家、東京都立大助教

          須藤健太郎

          この映画を見ていて、どこか変な感じがすると思っていたが、その理由はたぶん構成の不在である。起承転結とか序破急とか、そういうパターン化されたもののことを言っているのではないのだが、ともかく全体的に抑揚がないという印象を受ける。もちろん多少はスタイルに変化をつけたり、芸能人生にお決まりの山あり谷ありが語られはするが、時間軸に沿って良いことと悪いことが順に高速で交替していくばかりなので、全体としてはむしろ平坦に均されている。これはこれでいい。

      • グリーン・ナイト

        • 映画評論家

          上島春彦

          アーサー王伝説というのに詳しくないので、ちらっと原典に当たってみた。読んだ版はアーサー・ラッカムの挿絵だったが、この映画に出てくる緑の騎士とそっくり。グロテスクさを参考にしているだろう。ただし基本的には、伝説を現代人が解釈して再構成する、という雰囲気が濃厚だ。それゆえ、マーティン・スコセッシの「最後の誘惑」的なプロットのひねりが効果を生む。こちらは磔刑ではなく斬首の刑だが。いかにもデイヴィッド・ロウリー的なのは風景がとげとげしくないところかな。

        • 映画執筆家

          児玉美月

          森のなかに放置された主人公の青年ガウェインからカメラがゆっくりと離れ、360度回転して彼がたちまち骸骨と化すロングテイクなど、「ア・ゴースト・ストーリー」を想起させるような時空間を自在に操るデイヴィッド・ロウリーの手腕は本作でも健在。同時期に公開される「MEN 同じ顔の男たち」も同じくA24作品であり、明らかに男性性がひとつのテーマとして挙げられるが、本作もまた伝統的な冒険譚における「男らしさ」を問い直す作品だとも言えるだろう。高貴な映像美。

        • 映画監督

          宮崎大祐

          繰り返し申し上げているように、筆者は洋の東西を問わず中世を舞台とした劇全般を苦手としているのだが、ロバート・エドガーズにしろ古くはM・ナイト・シャマランにしろ、期待される若手インディペンデント映画監督たちがキャリア数本目に中世風のファンタジー映画に手を出すこの現象をなんと呼ぶのだろうか。とはいえ、「ピートと秘密の友達」の頃からそのファンタジー志向を隠していなかったデイヴィッド・ロウリーの美意識や俳優への配慮は否定できないレベルに達している。

      • 夜明けの詩

        • 映画評論家

          上島春彦

          〈夜明けのうた〉なら岸洋子さん歌唱の昭和の名曲で、それを主題歌にした蔵原惟繕監督による歌謡映画も名作だ。こちらの英語題は直訳すると「心の翳」といったところか。主人公は英国帰りの小説家。とはいえ、重要なのはむしろ彼が出会う4人の人々のほうだろう。正確には、それぞれの短篇小説的なエピソードによって主人公が変貌を遂げることの面白さ、というべきか。一時期流行した朗読物というジャンルにも接近しつつ冬のソウルの情景が心にしみる。キム・サンホが愛嬌あり抜群。

        • 映画執筆家

          児玉美月

          小説家が4人の他者と出逢い、対話してゆく形式の映画だが、一人目の物語が白眉。喫茶店で話者二人に面しているのは壁ではなく窓ガラスだが、その向こうを幾多もの忙しない通行者が過ぎる。すると微かに電車のような音が聞こえてくる。そこは喫茶店ではなく、電車の中だったのだ。老いと死と記憶を巡る映画にあって、つまりそれは始発駅と終着駅がある電車を人生に見立てている映像表現なのだろう。そんな一瞬の幻視それだけで、この映画はきわめて価値があると強弁を張りたくなる。

        • 映画監督

          宮崎大祐

          カッコいいタイトルから推測するに、これは映像詩と呼ばれるものなのかもしれない。あるいは、雰囲気映像にそれっぽい詩やナレーションが乗っただけの何か別のものか。スケジュールや予算など、制作における諸々の事情があるのはわかる。だが、冒頭の15分超えのシーケンスをはじめ、80数分の作品の中で何度も繰り返される10分以上の工夫のない退屈な座り芝居、そしてそこで交わされる絶望的にナルシシスティックな会話たち。もう少しお客さんのことを考えてもいいのではないか。

      • 母性(2022)

        • 映画・音楽ジャーナリスト

          宇野維正

          実年齢よりもかなり上の役の戸田恵梨香と、実年齢よりもかなり下の役の永野芽郁。この二人が母と娘を演じていることの違和感がなんらかの伏線なのかと思いきや、最後までその違和感は解消されず。高畑淳子の大仰な演技と合わせて、テレビでも辛うじて成り立つかどうかの企画をスクリーンで見せられているような気持ちに。あと、こういう主題の作品こそ年5本も新作が公開される「売れっ子」ではなく、日本のメジャー映画で極端に少ない女性監督起用の機会にすべきなのでは?

        • 映画評論家

          北川れい子

          母親からお姫様のように育てられ、母親っ子のまま結婚して娘を生んだ女と、母親っ子になりたいのに愛してもらえなかったその娘。「母性」というタイトルに惑わされそうになるが、内容はひところ流行った大仰な女性向き読み物シリーズ、ハーレクイン・ノヴェル的で、演出も女優陣の演技も意図的にハイテンション。そういう意味では面白くなくもないが、女には二種類ある。いつまでも誰かの娘である女と、いつまでも誰かの母である女、という手前味噌的台詞には苦笑い。

        • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

          千浦僚

          登場人物ほぼ全員狂っているというヤバい種類の面白さに興奮。だがノレない点がふたつ。そのとき男たちは何をしてたか、どんな表情をしてたかを撮りこぼしていることと、娘が父を詰める、それ自体は名場面のなかで出る彼女の「あんたらヴェトナム戦争も日米安保もどうでもよくって個人的な不満の鬱憤ばらしだったんでしょ」という認識。まあその見方なら彼女も内面の反映以外の世界に出ないまま地獄を再生産するだろうから首尾結構は合っているかも。大地真央と高畑淳子が良い。

      • 擬音 A FOLEY ARTIST

        • 映画監督/脚本家

          いまおかしんじ

          フー・ディンイーというおっさんが終始穏やかで好感が持てる。おっさんの生き様を追いながら台湾の映画史も知っていく面白さがある。仕事場は物が溢れてゴミ屋敷のようだ。このゴミを巧みに操りながら音を作っていく様子が、もう職人!って感じでワクワクする。教えるのがヘタと息子にも言われてしまうほど不器用。時代の流れでだんだん仕事が減っていく哀愁がある。途中出てきた映画評論家の家がめちゃくちゃゴミ屋敷で驚いた。彼のゴミはきっと仕事とは関係ないと思う。

        • 文筆家/俳優

          唾蓮みどり

          音が素晴らしい映画はそれだけで十分にいい映画だと思う。映画の音が生まれる瞬間を垣間見ることのできる喜びと興奮に満ち溢れた快作。フォーリーアーティストは職人であると同時に芸術家でもあるのだ。現場で録音された音ではなく、全く別の音を組み合わせてより一層リアルな音を作りあげていく。嘘の方がずっとリアルであるという面白さ。音を作るために道具を探しに行く様子や、継承の問題、歴史的な説明もなされて見応えがある。これぞ映画館で体感すべき映画だ。

        • 映画批評家、東京都立大助教

          須藤健太郎

          なかなか困難な課題に立ち向かったものだ。台湾映画界が誇るフォーリー・アーティストの胡定一。1975年に中影に入社した大ベテランだが、2015年に退職勧告を受ける。本作は彼の功績を称え、当局の無理解に対抗してその重要性を擁護するものなのだが、この職人の仕事の肝心の部分は門外不出にあたり、見せられるものがきわめて限られているのである。彼が何を使って何の効果音を生み出しているか。その創意や感性や妙技の実態は示されることなく、観客の想像に委ねられる。

      • 宮松と山下

        • 映画・音楽ジャーナリスト

          宇野維正

          元「電通の花形クリエイター」(昔のイメージを引きずっていてすみません)を中心とする制作チームが、2022年にVシネマ時代の黒沢清作品のテイストと、その当時の黒沢作品(役からわざとらしさが抜けなくなった「クリーピー 偽りの隣人」以前)の香川照之のイメージをなぞっているのが素直に興味深い。シーンが変わってからもしばらくは本篇なのか劇中作品なのかわからない趣向も上手くいっている。構図がいちいちキマりすぎてるのが、観ていてちょっと恥ずかしかったけど。

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