映画専門家レビュー一覧

  • 月の満ち欠け

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      登場人物全員が思っていることを全部口にして、しかもその台詞がことごとく紋切り型のフレーズばかり。大衆向けメロドラマとはいえ、ここまで稚拙なナラティブの作品は今どきテレビドラマでも滅多にお目にかかれない。高い使用料を払ったはずのジョン・レノンの曲を台無しにする他の選曲と使い方。モブだけでなく主要人物の服装まで詰めの甘い時代考証。以前から廣木隆一作品の欠点は作家性の欠如以前の固有の審美眼の欠如だと思ってきたが、本作にはそれが最も悪いかたちで出ている。

    • 映画評論家

      北川れい子

      それにしても頻繁に変わる時間軸にはかなり戸惑う。そして前世の記憶を持って生まれた女の子の、その記憶に操られた奇妙な言動。そもそも前世のパートに当たる有村架純のキャラクターからして誰かの記憶を背負っているようにぎこちなく、彼女の恋にしても、生まれかわってまで結ばれたくなるような重量感はない。とは言え、いくつもの具体的な記憶の因縁は強引なりにミステリアスで、廣木演出も迷いがない。我が地元で、かつて何度も通った早稲田松竹の登場にはニンマリ。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      恋愛映画に寄せた「オードリー・ローズ」。転生はポジティブな奇跡か、愛を追う執念か。その発端にゾッとするような男による女の抑圧があり。田中圭が演じるキャラがすごい。あれで、前世の記憶? という抵抗感はぶっ飛ぶ。男側ばかり愛され設定はキモいが。そして有村架純さんは今こんな、学生下宿に来る人妻役とかになったのか。有村架純史上最高。あとディテール的に同時録音は考証ミスか嘘ながらあの8ミリ撮影は沁みた。女性を8ミリで撮ることの素晴らしさを思い出す。

  • 泣いたり笑ったり

    • 映画評論家

      上島春彦

      同性カップルの結婚を認める「シビル・ユニオン法」を寿ぐ企画というのはすぐに分かる。啓発的で実に良い。大金持ちの老父の、中年男性との再婚を認めたくない娘がほぼ主人公、というのも分かる。ところがこの娘さんの頑なな心情の根拠が全然わからない、という不思議な映画。法律制定は積極的に支援したものの身内じゃちょっとというんだが。徹底した嫌がらせを執拗に描き、普通に見ているとどうしてこんなあくどいことを彼女がやらかすのか、そっちがかえってヘンな気がする。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      高齢の男性カップルが直面しうる苦難や障壁を厳しい現実的なまなざしを持って問題提起してゆく……のではなく、あくまでも陽気さを保ったまま、彼らの同性愛が家族関係の至る場所へと飛び火しててんやわんやになる様が描かれる。そんな中で時折、台詞がめっぽう鋭い。「幸運の女神」などのフェルザン・オズペテク作品の系譜にあるようなイタリアのゲイ映画を想像すれば、この映画の輪郭を素描しやすいだろう。「笑ったり泣いたり」ではなく、あくまで「泣いたり笑ったり」なのだ。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      結婚を考えている中高年の男性カップルがそれぞれの家族を集め理解を求めるが、というお話。軽妙な芝居を照らす、いまどき珍しい「明るい」ライティングはイタリア映画の技術力の高さを見せてくれるし、決して編集で困ることがないであろうカット割りとカバレッジの多さから推測するに、予算も相当かかっているのだろう。ともあれ、こういった物語にありがちな、人それぞれの都合を見せてからのなんとなく家族との和解が成立しました、という展開からのもうひとひねりが欲しかった。

  • ワイルド・ロード

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ほぼバスという閉鎖空間とスマホでの通話だけで物語を完結させるという挑戦的な試みはうまくいっていない。多彩な通話、止まらない出血、ケヴィン・ベーコン演じる存在感十分な父親との駆け引きなど、手数は十分すぎるほどに打っているが、隙間の時間をなくせばサスペンスが成立するというわけではないだろう。座席で主人公が見る幻覚や、少女を狙う怪しげな乗客をめぐる仕掛けも、画面の単調さをなんとか補おうとして入れてみた小ネタの域を出ず、有機的に機能しているとは言えない。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ほとんどが長距離バスという空間的に限定され、行動に縛りもあり、しかも主人公が映画開始から既に瀕死という状態で、どのようにアクションやサスペンスを展開させるかが腕の見せ所だと思うのだが、あまり有効な策はなかったように見える。同じような画が続き、展開もほとんど一本調子で、最後まで映画がドライヴすることなく終わってしまった印象。長距離バスの中という自ら選んだルールに行儀よくしたがってしまい、結果とても小さくて魅力の乏しい映画になっている。

    • 文筆業

      八幡橙

      前号の「ナイトライド」が運転する車なら、本作は乗り込んだバスの中。そこからつながる電話が事態を刻々移ろわせ、主人公の命運を左右する。無駄に動き回らぬ、今日的な省エネ・アクション。映像のトーンや音楽、夢と現を漂う思わせぶりな演出など、特異なムードは悪くないが、女ボスを巡る主人公と父親(ケヴィン・ベーコンが怪演)の関係や、別れた妻子への思いなど肝心な点までがムードに巻かれうやむやに。黒人少女に我が子を投影するならなおさら、来し方を堅実に描いてほしい。

  • あのこと

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      長い金属の棒をアソコに突っ込む。ひたすら痛い描写に目を背けたくなる。妊娠した女の子があの手この手で中絶しようとする。誰に相談しても拒絶される。彼女がだんだん追い詰められて突飛な行動に出る。そのアクションに息を飲む。次に何をやらかすか。いっときも目が離せない。法律で中絶が禁止されるだけで、女性がこれほどまでに苦しめられるのか。驚いた。周りの男たちは最低なやつらばっか。相談に乗るふりして「やらせろよ、妊娠するリスクはないだろ」とかホント最低。

    • 文筆家/俳優

      唾蓮みどり

      見ているのがとてもつらい。いや、見られているのが、とてもつらい。まるでモンスターに向けるまなざしのような、仲間の、医者の、人々の視線が彼女を襲う。苦しいし、吐きたくなるし、泣き叫びそうになる。それでもこの映画が大切だと感じる。大切? いや違うな。この映画が他人事だと思えない。すべての責任が彼女にのしかかり、私も身動きが取れなくなる。セックスを描くとはこういうことだ。原作小説もぜひ読みたい。オードレイ・ディヴァンは追い続けたい監督のひとりとなった。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      原作と比べると、映画版では時代性を希薄化している。これはすでに過ぎ去った時代の物語ではない。監督は「いま・ここ」で生じている出来事として中絶の物語を提示したかったのだ。同一化は形式の問題と自覚して主観ショットを退け(同一化には対象が必要だから)、胎児をマクガフィンとして映画的作劇を組み立てる(連絡先入手の場面はスパイ映画のよう)。原作が試みた時間の滞留はカウントダウンに変換される。「思考」ではなく「アクション」、その選択を是とするか非とするか。

  • マッドゴッド

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      人の形をした生き物? がペチャンペチャン潰されていくのが気持ちいい。地獄みたいな地下の世界。男が何かを探している。あちこちで気色悪いやつらと出会う。追いかけられたり襲われたりはしない。何も起きない。男がただ見ているっていうのが妙に面白かった。ゲロ、うんこ、血まみれ。臭ってきそうな汚い場所をどんどん歩いていく。お化け屋敷を歩いているみたいだ。迷路に入ったような不安な気持ちになる。血まみれヌルヌルで暖かい世界。なぜか懐かしい気持ちになった。

    • 文筆家/俳優

      唾蓮みどり

      メロウな音楽とともに主人公がたどり着く先には、奇妙な生き物たちがうごめくアンダーグラウンドの世界が広がる。CGがこれだけ発達した時代で、このようなストップモーションアニメを堪能できるとは! 子どもの頃に観たら人生変わっていたに違いない。本作に登場するモノたちは、本当にそこに生きているのだ。“リアルさ”では語りきれない喜びを感じる。アルケミストの造形美にもすっかり虜に。執念はときに美しい別のものへと姿を変えるのだ。恐るべしフィル・ティペットの世界。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      どう形容したものか。下手に言葉を費やすより、監督やスタッフが挙げている固有名を並べてみる。フィル・ティペットは「キングコング」(33)のウィリス・オブライエン、「シンドバッド七回目の航海」(58)のレイ・ハリーハウゼンに憧れ、特殊効果の道に進んだが、若い頃に影響を受けたのはカレル・ゼマンやヤン・シュヴァンクマイエルなどの東欧アニメーションだった。この映画の着想源は、ブレヒトやヒエロニムス・ボスからバスター・キートンまで多岐にわたるという。

  • ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ

    • 映画評論家

      上島春彦

      主人公の画家の絵は、精神疾患の進行につれて画風が変貌する典型的な例として昔から有名だが、最近は不用意にそういうことを言うと怒られる。学者が推測で制作年代を勝手に特定した疑惑が浮上している。映画を見るとそっちのギザギザした抽象的なタッチの画風は一瞬しか出てこない。元祖キモカワイイ系の前半生の絵はたっぷりフィーチャー。ところで映画では主人公の名前は「ルイ」とあえてフランス風に発音されているようだ。意図的な処理だろうが。撮影がベラボーに美しい。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      シリアスな題材をあたたかみのある映像で美しく仕上げている。しかし3日間に焦点を絞った伝記映画であるパブロ・ララインの「スペンサー ダイアナの決意」の直後に観ると、より長いスパンでその人物の生涯を描く手法をとる本作はひとつひとつの挿話が薄味で、ウェルメイドではあるもののどうしても物足りなさを禁じ得ない。「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」など、風変わりな役柄を演じさせたらベネディクト・カンバーバッチは言うまでもなく巧いのだが。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      作者が正気を失うにつれてサイケ調になっていったとされる一連の猫の絵で有名なルイス・ウェインの自伝。こだわりの映像技法を用いてスタンダードサイズいっぱいにおさめられたカーニバリッシュな世界が良いときのテリー・ギリアムを想起させる。ベネディクト・カンバーバッチはいつも通り素晴らしく、脇を支えるひとくせもふたくせもある女優たちがことごとく魅力的なので、女系家族が一堂に会するシーンはいずれも見どころだ。当然ながら狂気は我々の外側でなく内側に存在する。

  • マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説

      • 映画評論家

        上島春彦

        ミニスカートの大ブームをリアルタイムで知っている身としては、モデルのツイッギーちゃんをもっと見たかった。彼女がほとんど出てこない。ブームの中心ではあったものの、ミニを着用していたのは4年間だけだった、との言葉があり、そうだったかと今さら知る。「ラストナイト・イン・ソーホー」辺りからなのか、スウィンギング・ロンドンをテーマにした映画がどっと増えた。画面がオシャレで絶対のお薦めではあるが、ファッション産業に興味がないので★は伸びない。ごめんなさい。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        母が愛用していたため幼い頃から身近にあった「マリークヮント」がイギリスのブランドにもかかわらず、とくに日本で支持されているらしいことは肌で感じていたが、本作はその点にも触れている。マリー・クワントのトレードマークであるミニスカートが、当時いかに革命的であったか。そんなミニスカート姿で生き生きと闊歩する女性たちを映し出す本作は、性差別の視点で見ればファッションの自由が十分得られているとは言い難い現代日本でとりわけ切実に受容されるかもしれない。

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