映画専門家レビュー一覧

  • サハラのカフェのマリカ

      • 文筆家/女優

        唾蓮みどり

        カフェの主人マリカのどっしりとした存在感と砂漠にぽつんとある白い建物のイメージが何度も頭の中でオーバーラップする。カフェを訪ねてくる客たちとマリカのなんてことのない会話が、横にいてぼんやりと聞こえてくるような不思議な距離感だ。物語が見えそうで見えない。くる人くる人にいつも「なぜ?」を問いかけられ質問攻めにうんざりしているマリカ。始まりもなく終わりもないような、何百年とそこにいるような夢のような奇妙な感じがして、静かな興奮とざわめきが生じる。

      • 映画批評家、東京都立大助教

        須藤健太郎

        冒頭のロングショットで傑作を確信。中央上に店を捉える配置といい、左右から順に走り抜ける2台の車のタイミングといい、店へと向かうマリカと彼女に駆け寄る2匹の犬の豆粒大の動きといい、そこに重ねられるタオス・アムルーシュのカビル語による歌唱といい、すべてが息を呑む美しさ。麻袋に刻印された「ネジュマ」の文字はカテブ・ヤシンへの目配せだろう。夜、ラジオから流れるのはB・イーノ&D・バーンの〈コーラン〉。文化の盗用や宗教をめぐるしなやかな議論も視野にある。

    • アートなんかいらない! Session1 惰性の王国

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        「現代社会におけるアートの役割とは何か?」というマキシマムなテーマを「アート不感症になったボク」のミニマムな視点から綴っていく二部作3時間強。まず、(自分にとっても多くの人にとっても)誰だかまったく知らない語り手の「アート不感症になったボク」という視点や感性を勝手に共有させられるのがツラい。そういう肥大化した自己と客観性の欠如は、図らずも現代アートの諸問題とも通じている。ただ、作中の一部美術関係者の言葉には耳を傾けるべきものがあった。

      • 映画評論家

        北川れい子

        アートといってもピンからキリまであり、すぐに崩れて消えてしまう飛行機雲だってアートと思えばアートになる。本作は、そんな混沌とした日本、そして世界のアート界の実情にあれこれイチャモン、いや疑問や質問を、実例を提示しながらぶつけていくのだが、それに応じる美術の専門家や関係者たちの饒舌と言うか、言葉数の多さはちょっと降参したくなるほどで、はっきり言って、耳から、いや右から左。発言者の映像がすべてモノクロなのは、何かの皮肉?第二部は気楽に楽しめる。

      • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

        千浦僚

        長大だが無駄はない面白いドキュメンタリー。アート関係者インタビュイーらの証言ごとに幾つも発見があり、数枚ずつ目から鱗がはがれ、全篇観終えたら足元に鱗が山積みになる。町田康のイントネーションだけ関西弁ナレーションもいい。というかあのユーモアがなければ監督自身の問題である「アート不感症」に観客は不干渉となってついていけなかった。政治性に対する及び腰など、個人的な偏向も強い作品だが、本作が表すのは大きく普遍的なものであり、すげえ観てよかった。

    • 復讐は私にまかせて

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        主人公カップルが出会う格闘場面は、突然ギアが入る唐突さといい、殺陣のスピード感、トラックやロケーションを生かした飛びつきや落下のアクションを捉える撮影といい最高。アジョの紫のジャンパー、イトゥンのヘアバンドやラジオから流れる現地の懐メロなど、細部もことごとく魅力的で前半は大いに楽しめたが、アジョのEDという設定を「デス・プルーフ」的な女から男への復讐劇と「有害な男性性」批判へと露骨に回収しようとする、あらゆる暴力に理由を用意する姿勢には乗れず。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        タランティーノ作品や70年代日本のプログラムピクチャー作品などを想起させ、監督自身の映画愛を突き詰めたような画面とストーリーはとても楽しい。ただメインの男女が各々抱える性的なトラウマが、ユーモラスかつシリアスに描かれるのだが、良く言えばバランスよく、悪く言えば中途半端なこの映画の態度にいまいち乗り切れなかった。なにより問題なのは、一番の強敵と一番最初に戦ってしまって、あとは雑魚ばかりという点。もっともっと破天荒に突き抜けたものが見たかった。

      • 文筆業

        八幡橙

        今号で丸一年、当欄担当開始以来の問題作では?前情報からシラットの神技が炸裂する「ザ・レイド」級超人アクション+下世話な笑い満載の快作を期待したが、思いの外アクションの比率低めで消沈。結果、主人公メイン二人のどっち?男性主人公、弱すぎない?後半に登場するとある人物は、生きてるの死んでるの?……と、累々たる謎が残った。とはいえ、独特の音楽や芦澤明子撮影による16㎜の効果か、往年の香港や角川映画を彷彿とさせる郷愁含め、この雑味嫌いじゃない!

    • みんなのヴァカンス

      • 映画監督/脚本家

        いまおかしんじ

        ずっと微笑ましくてニヤニヤしてしまう。3人の男子は、みんなヘタレでヴァカンスに来たって全然いいことなさそう。対する女子のキャラがみんないい。すぐにオッケーかと思いきや、何だかんだと文句をつける。そのツンデレぶりが凄まじい。振り回されおかしくなってくる男子には同情しかない。それぞれ男子も女子もいい奴らで、悪意なんかまったくないのに、何でこんなにうまくいかないのか。人妻とデートから帰ってきて、別れる直前の戸惑いとか、身に覚えがありすぎて痛い。

      • 文筆家/女優

        唾蓮みどり

        恋愛未満、友情未満が織りなすうつろいやすさ。徹底されてきたギョーム・ブラックの世界観、不器用な男性を主人公にして恋愛を中心にすすんでいく物語を簡単に「愛おしい」などと形容したくないと思いつつ、いつも映画に流れる空気はどこか心地よさを感じてもいる。俳優たちの自然な演技が魅力的だった。特にカラオケシーンのちょっとした瞬間の親密さなどには惹きつけられるものがある。“いい人”であり続けたシェリフに「ご褒美」かのようなラストには違和感があったけれど。

      • 映画批評家、東京都立大助教

        須藤健太郎

        呼ばれてないのにヴァカンスについていく。まるで「アデュー・フィリピーヌ」(62)か「オルエットの方へ」(71)か。エドゥアールはB・メネズを彷彿とさせる。だが、ロジエが複数の人物で1つの形象を作り上げるのに対し、本作の登場人物はそれぞれ個別の存在であり、フェリックスとシェリフは2人1組ではないし、エドゥアールとトリオを結成するわけでもない。アルマやエレナやニコラらもそうだ。別々の物語を担った異なる存在同士の組み合わせがそのつど出来事を生起させる。

    • バイオレンスアクション

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        日本芸能界は「行政」によってこれまで多くのスターを捏造してきたわけだが、現在のティーン層における橋本環奈人気は本物。そのことからわかるのは、人気と出演作の品質はまったく何の関係もないということだ。しかし、そうしたビギナーズ世代に向けた映画作品で、不遜にもジャンル映画の呼称を作品のタイトルに冠してこのレベルのやっつけ仕事をするのは、「観客を育てる」という観点からすると犯罪的。審美眼の欠片もない音楽全般が、作り手の文化的背景の空虚さを象徴している。

      • 映画評論家

        北川れい子

        橋本環奈のアクロバット的な殺し屋アクションが売りの娯楽作だと割り切って観ればそれなりに。ただ動くフィギュアのような殺し屋娘の歩調に合わせたせいか、どの人物もどのキャラクターもプラスチック板のように薄っぺらなのにはマイッタ。どんなに荒唐無稽でふざけたアクション映画でも、観ているこちらが一緒に走れる何かがあればいいのに、殺しをめぐるエピソードがあるだけ。あらためて昨年作「ベイビーわるきゅーれ」の“ゆるくてマジ怖”ギャルの殺し屋コンビを思いだしたり。

      • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

        千浦僚

        橋本環奈さんのスタイルのよさ、運動神経を疑いはしないがちょっと加工が過ぎてガールアクションとして乗れない。個人的にはほとんどフェティッシュに女性アクション映画を観ているが十代の頃シリアスにスポーツをしていたので男女のフィジカル差に対するリアリズムもあり、その種の映画とヒロインにはそこを越えてくる表現を求める。「キル・ビル」のユマ・サーマン、韓国映画「悪女」などはいまいち。ミシェル・ヨーや、「ベイビーわるきゅーれ」はバッチグー。本作は前者。

    • ハウ

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        国内メジャー配給のいわゆる感動ポルノ映画は稀に良作もあるので侮れないのだが、本作では脚本家(=原作者)や監督が頭の中で物語をこねくり回した結果、細かい設定の齟齬が重なって違和感ばかりが前景化している。やはり、建前であっても「実話を元にした物語」みたいな前提がもたらす説得力は重要なのだろう。まるで音声解説のようなナレーションの多用からも、監督がこの「絵に描いた餅」のような物語を信用しきれていない様子がうかがえる。いや、信用してないのは観客か。

      • 映画評論家

        北川れい子

        こじつけを承知で書けば、白い大型犬ハウは、人間中心主義のこの映画で、岩手県生まれの詩人・宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をそっくりやらされている。うっかり長距離トラックに乗り込んでしまったハウが、雨風にも負けずに青森から飼い主のいる横浜を目指す道中劇。むろん岩手にもしっかり立ち寄る。その土地 ごとにハウは、様々な人間と関わり「ホメラレモセズクニモサレズ」に去っていくのだが、素直に観れば一般受けのする感動作に仕上がっているのだろうが、私にはいやらしい。

      • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

        千浦僚

        微温湯的な愛犬ものか、と思いきや、ところどころにゴツゴツとした骨を感じた。ホームレスには冷淡なのにペットには想いを注ぐ人間社会、ということまで描きたかった気配を感じる。そのかわりサイコパス的なひとが多数登場する。犬のおかげで人間が外から見られている映画になっている。屋外で長い時間を過ごさざるをえないもの、故郷喪失者、護られないものたちに幸あれ、とも謳う。800キロ旅して感動の再会でしょと思ったらもうひとつひっくり返した。その別れがよかった。

    • 凪の島

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        申し訳ないけれど、全く乗れなかった。丁寧に作ってあるし、ロケーションもいい。なのに映画の匂いがしない。エピソードが団子だからか。芝居が一様にベタだからか。底に流れる思想か。ラストは島で30年ぶりの結婚式。ということは人口流出が続いたということ。少女の父はアル中を克服し、母にやり直そうと言う。でも酒に走った理由は描かれない。本作はそういう負の要素を周到に避ける。それと結婚や家族の再生が大団円というのはいい加減やめないか。そんなのキセキでも何でもない。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        小学校の児童が数人しかいない瀬戸内の小さな島の物語なのだが、主人公の少女だけでなく、およそあらゆる登場人物がそれぞれに心の傷を抱えている。両親の不和、自身の離婚、親の病、子どもの死……。どれも家庭に起因する傷だ。生きづらさを抱えた人々がどう恢復していくか。そんな島の癒しの力を、子どもたちのひと夏の冒険に重ねて描いているところがこの作品の魅力。久しぶりの映画出演となる加藤ローサが、アラフォーのシングルマザーとしていい味を出している。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        ちいさな島なのに、主要な登場人物の大半が、老若男女問わず苦悩や葛藤を抱えているため、どうしても描写が広く浅くなる中で、木野花と嶋田久作コンビが、さりげない間合いや言外にも紆余曲折の30年間を忍ばせ、見せ場をつくる。しかし、幼い実の娘をパニック障害へと追いやってしまうほど深刻な依存症と格闘中のはずの外科医にまで、あまりにあっさりと再起を促すのは、かつての過ちも見逃すことなく糾弾され尽くす時勢などを鑑みても、甘ったるいファンタジーに映る。

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