映画専門家レビュー一覧

  • 百年と希望

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      同じように若手政治家に迫った大島新やマイケル・ムーアの映画と違って、どうしてこうも出てくる議員一人一人に魅力がないのか? 個々の議員の問題ではなく、この映画の問題。彼ら彼女らはオジサン社会や新自由主義を批判するけれど、この映画にはオジサンも資本主義も映っていない。だから彼ら彼女らが何を批判しているのかわからない。どんな社会を目指すのかも見えない。批判する対象も目指す社会像も漠然としていて具体性がない。あるのはヒステリックな叫びばかりだ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      日本共産党にも1票を投じるに値する人材がいて、そのひとりが実母に言われてショックだったと語る、“娘を赤にするために産んだ覚えはない”といった偏見のようなものを取っ払うのには、一役買う作品かと思う。ただ、理想に燃えて政治にも関心を抱く若い世代が、その受け皿に共産党を選んで一斉に支持に回ったところで、低迷する投票率などクリアするべき問題は他にも山積みで、よくも悪くも、楽観的に“希望”を見出せてしまうようなプロパガンダには仕上がっていない。

  • ポーランドへ行った子どもたち

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      これまで光を当てられてこなかった戦災孤児たちの記録を取り上げたこと自体は間違いなく貴重だが、苦しみに寄り添う母としての自己を前面に押し出すような構成は、悪い意味で河瀨直美を思わせる自意識の強さが鼻につく。また、「傷の連帯」を謳いつつ、脱北者であるイ・ソンが共有したがらない過去の経験について執拗に問いかけることは、二次加害とまでは言えずとも、彼女の傷の固有性を無視して、質の異なる苦しみを擬似家族的な関係性に回収しようとしているようにしか見えず。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ポーランドへ強制移送された戦災孤児たちのことを知るため、現地に赴く監督兼主演のチュ・サンミは常にノートを手に持ち、人々の話をメモに取る。しかし、そのノートに書かれた生の字は、なぜか小綺麗なアニメーションへと変換され、映画の章立てを構成する単なる形式上のアイデアとして使われる。戦災孤児たちの過去に触れ、なにを感じて、どのように思考し、どういった筆跡でノートに記したのか。そういった生々しさを捨て、本作は上手な画と構成を作ることに注力しているようだ。

    • 文筆業

      八幡橙

      「接続」や「気まぐれな唇」で知られるチュ・サンミが映し出す、遠く離れた国々の“傷の連帯”。朝鮮戦争後、北朝鮮の孤児たちが極秘でポーランドへ送られていたこと自体知らなかったので、衝撃をもって鑑賞した。チュ・サンミの旅に、10代で脱北し、幾多の傷を隠し持つ大学生イ・ソンを同行させ、今も消えない分断の痛みを多重的に描く構成もいい。現在もウクライナから多くの難民を受け入れているポーランドの元教師らが涙ながらに往時を語る顔、その厚い情にただ、感じ入る。

  • マタインディオス、聖なる村

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      守護聖人を称える祭礼の準備過程を中心に、ペルーのある山岳地帯に住む人々の生活が、実際の村人を被写体として非常にゆったりとしたテンポで捉えられる。時に眠気を誘いもする独特のリズムを強調した撮影は心地よく、また同時に地域アートの文脈を超えた強度を備えてもいる。反復的に現れる鍵穴から奥を覗き込む形のショットも忘れ難い印象を残すが、とりわけ美しい風景とともに時間の経過を観客に強く意識させる、野外での長回しロングショット場面の数々がいずれも素晴らしい。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      アンデス山間部のとある集落で生きる人々を登場人物にして、彼らの生活と風習や風土を端正な画面で捉える。フィクションともドキュメンタリーともつかないゆるやかな物語は、フィクションにしてはストーリーの輪郭が曖昧で、ドキュメンタリーにしてはあまりに説明が乏しい。その欠如は観客をこの未知の集落に置いてけぼりにさせるような、ただならぬ感覚に陥れるのに成功している。ただし、もっと見る者を挑発的に不安にさせるには上映時間77分は短すぎたかもしれない。

    • 文筆業

      八幡橙

      鍵穴を介して内から外を見つめる目線で始まり、そして終わる。序章で穴の向こうに見えるのは、鍵を開けるのに四苦八苦する村人たちの姿。一方終章では奔放に動き回る子供たちを、鍵穴越しの目線のままカメラが自由に追いかける。この対比がテーマ全体を如実に象徴しているのだが、描かれる村の慣習や守護聖人=サンティアゴ(大ヤコブ)を崇める信仰、スペインによる侵略の爪痕などへの知識が足らず、正直難解な印象に。色のない寂寞とした風景や村人の後ろ姿、歌声は深く響いた。

  • 京都カマロ探偵

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      こんなベタベタなVシネマ風を観たのはいつ以来か。探偵+やくざモノなのだが、どっちつかずでどっちの魅力もない。シリーズ狙いだとしても、謎を次作に残すことと人物が意味不明なのは同義ではない。すべてがいつかどこかで見た風景で新鮮味が全くなく、ワクワクもドキドキもしない。娯楽を目指すことは主義主張を捨てることではない。娯楽の中で何が表現したいか。これをお金を出して観る人の気持ちになって欲しい。次からはちゃんと脚本が読める人を周りに置いて、本物の娯楽を。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      スポーツカーが疾走し、女性のスカートがまくれる巻頭から、すごいB級感。探偵という設定も、公道でのレースも、いいぞ、いいぞ、いかにもジャンル映画だ。寺社や橋という京都らしい風景、舞妓、焼肉、ゲイ、京都弁。2時間ドラマっぽいチープな画面。さあこいつがどう展開するのかとワクワクしていたら、あれれ。ヤクザとIT企業の暗闘にチンピラたちが割って入るという、これまた凡庸としかいいようのないドラマのまま終わった。なんなんだ。ビデオ映画へのオマージュか?

    • 映画評論家

      服部香穂里

      タイトルにまで銘打つほど京都が舞台である必然性を感じられぬまま、東京に話が飛んでしまう謎。出し惜しみするほど複雑なプロットでもないはずなのに、終盤近くになって思わせぶりな裏設定をチラつかせ、回収されずに放置されていくのも、続篇を視野に入れているのかもしれないが、不誠実な印象を与える。役者やミュージシャンとしても活動する監督が、幅広い人脈を生かして仕事仲間と楽しく撮ったものを“映画”として見せられても、内輪なノリや弛緩したトーンに疲労感が募る。

  • 鬼が笑う

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      スクラップ工場に務める労働者、忍び寄る新興宗教と、たまたま公開中の「夜を走る」と設定やモチーフがかぶっているが、主人公から聖性(どころか人間性も)をとことん剥ぎ取っていた「夜を走る」と比べると、本作の主人公のキャラクターは古典的すぎていささか退屈だ。展開も予想の範囲に収まるものの、カタストロフィに至るまでの各登場人物の心の動きや、過酷な生活の中でも小さな幸福が訪れる瞬間の描写など、演出は丁寧で緩急も巧み。社長役岡田義徳の好演が強く印象に残った。

    • 映画評論家

      北川れい子

      家庭内暴力に親殺し、いじめに差別に貧困、搾取、もう嫌になるほど見たり聞いたりしているこれらの話やエピソードを、まるで自分たちが初めて取り上げるかのように、というか、さも身近な現実であるかのように描きだそうとする三野兄弟の、その若さと野心に煙たくなった。おまけに絵に描いたように胡散臭いカルト宗教まで登場、しかも一切救いのない展開。悲惨な話を描くにはそれなりの覚悟が必要だと思うが、ここではあくまでも映画ネタ、終盤のスタンドプレーでそれがありあり。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      もっと主人公は容易に行動を起こせばいいし終幕でも背負いすぎとは思うが、先頃公開された「夜を走る」にも通じる日本の労働現場における人心の荒廃の的確な描写はよかった。映像と演出が澄んでいる。最近秋葉原殺傷事件犯人の同僚だったという方の発信を知ったが、そこには犯人個人の問題プラス、みんなおかしくなるような場がある、ということが示されていた。お前死んでいいよと発する者あらば、そいつと、黙認する者も死ぬのが道理。それはあまり皆が自覚せぬ日本の実態だ。

  • 峠 最後のサムライ

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      時代劇の文化を支えてきた基盤が失われつつあることが危惧されているうちに、実写の商業日本映画のマーケットそのものの基盤が失われつつある昨今。現代の日本映画界でおよそ考え得る最良のキャスト陣を揃え、現代的解釈のようなノイズを周到に排した端正な佇まいの本作からは、このジャンルの良き観客ではない自分のような人間にもその尊さが素直に伝わってくる。スペクタクル的な見どころという点では物足りなさも残るが、それはないものねだりということなのだろう。

    • 映画評論家

      北川れい子

      筆を使って楷書、つまり、崩したり乱れたりがまったくない丁寧な楷書で書かれたような、正攻法の時代劇である。戦闘場面でもカメラをドシッと構え、リアリズム的な粗っぽい演出はしない。サムライとしての信念を通しつつ、何としても戦いを避けようとする河井継之助を際立たせるための演出として、小泉監督、さすがである。演じる役所広司の常にまっすぐ前を見ている演技も説得力がある。ブレずに生きた日本人のお手本として興味深いが、結局、時代の波に飲み込まれるのが、厳しい。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      どのタイミングで封切られても天皇制保持と防衛費増大を後押しするような主題や語り口ではあるが、いまだとさらにロシアのウクライナ侵攻までオーバーラップしてきてきな臭い。そりゃあサムライはぱっと見カッコイイだろうが当時サムライであるか否かは生まれで決まっていたというだけのものであり、もはやあまり憧れるとか自己同一化するのは気持ち悪い。キャリアある役者陣のいい存在感と、文化らしきものが写っているなというところばかり見ていた。松たか子の踊りぶりとか。

  • バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      同時代のテレビ局所属演出家では唯一の例外として、映画的演出を駆使し、フィルム撮影を敢行するなど手法にもこだわりをみせてきた西谷弘だが、ミステリーの導入を描いた本作のオープニングシーンの覇気のなさはどうしたことだろう。レギュラーキャストが登場してからも一向に画面が華やぐことなく、敗戦処理をするかのごとく最後まで淡々と物語を消化していく。脚本に問題ありと思いきや、「東山狭」という見慣れぬクレジット、どう考えても「西谷弘」の別名ではないか。

    • 映画評論家

      北川れい子

      浮世離れした人物たちと、思わせ振りな事件もさることながら、説明台詞と説明映像、後だしじゃんけんの大盤振る舞いは、観客を馬鹿にしているとしか思えないほど。ドラマシリーズは観たことがないが、いつもこうなの? 俳優陣のらしい演技はプロなのだから当然としても、何だかお疲れさまと言いたくなったり。謎解きを楽しむ娯楽映画は大歓迎ではあるが、この作品は事件も人物たちもあまりにも遠すぎて、最後までシラー。携帯が使われているのも無理やり感が見え見えで、心底参った。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      スケジュール事情あって本作のみ特に編集部から本欄対象作である旨の連絡あったが脊髄反射で返信したメールに私はシャーロッキアンですから歓迎です的なこと書いた。実際それは本心本気で結果本作はいまいち。昨今のホームズ変奏映画・ドラマではワトソン役(ジュード・ロウやアンドレイ・パニンやルーシー・リュー)の存在感と能力がブーストされて楽しい。それがなくともワトソンがホームズ代理となる「バスカヴィル」をやるなら岩ちゃんをどう見せるかだが、中途半端だった。

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