映画専門家レビュー一覧

  • ある少年の告白

    • ライター

      石村加奈

      少年の母を演じたニコール・キッドマンが格好いい。美しいレースをふんだんにあしらった、牧師の夫に従順な妻風の装いから一転、ショッキングピンクのジャージー姿で息子を救い出してからは、ヒョウ柄のジャケットなどショートヘアによく似合う洋服で、教会に行くのもすっぱりやめて自由な女に。車の窓から手を出す息子をたしなめる母とのエピソードも、母子の関係の変化をさわやかに印象づけている。実話ベースのテーマの重さを考慮してもなお、父子の葛藤には既視感が残るが。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      LGBTQへの理解が進む米国で本作が製作されたこと自体がショッキングだ。大学生の主人公を「少年」とする邦題に首を傾げるが、確かにこの大学生はあまりにも両親の庇護下にある。同性愛矯正キャンプの高圧的な指導教官を監督本人が演じたことは重要だ。この教官みたいな人物像、どこかで見たことがある、と記憶を弄るとすぐに思い出した。木下惠介監督「女の園」(54)で名門女子大の舎監を演じた高峰三枝子だ。両者とも、自己抑圧を他者にもお裾分けしたくて仕方がない連中だ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      同性愛を矯正治療する施設に収容された若者たちの話。いやもう切ない。こうなるとキリスト教も暴力で。流れとしては「カッコーの巣の上で」などの病棟束縛抵抗映画。こういう題材を取り上げたことは眼を惹くが、意外と中身はオーソドックス。ただ少年たちの演技がナイーブなので、ちょいと胸を突かれた。脚本・監督は「ザ・ギフト」が良かったJ・エドガートン。今回も才気というほどではないが堅実の出来栄え。出演作も含め、近頃、彼が関わる映画にマズいものなしのようで。次作も期待。

  • 幸福なラザロ

    • ライター

      石村加奈

      聖人ラザロと、小作制度が廃止されたことを農民に知らせず、作物を搾取し続けた侯爵夫人(80年代にイタリアで実際にあった詐欺事件がモチーフ)、侯爵家のダメ息子タンクレディ、詐欺集団の一味となった、村人のアントニアやピッポらを対峙させることで、俗なるものの汚れが払い落とされて、愛おしさに変わっていくという不思議な感覚に。侯爵夫人の城や、詐欺集団のアジトなど、登場人物たちの家々も趣があり、魅力的。「シルク」(07)のエミータ・フリガートが、美術を担当している。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      イタリアの無知蒙昧な村落共同体をメルヘンとして提示した点は今冬公開のA・ナデリ「山〈モンテ〉」と似ているが、本作はもっと軽やかに自由闊達に流離する。昨年カンヌの脚本賞受賞作だが、脚本だけで本作の魅力を語りきれまい。往年のE・オルミを思い出さずにはいられぬ、無常観を宿しつつも泰然自若とした構えを見るに、ドイツの父方姓ローアヴァッハーがイタリア風に転じてロルヴァケルと発音されるこの若き女性監督が、並の才能の持ち主でないことは明らかである。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ラザロは無垢な存在。何も主張しない。優しくされたら、献身で応える。これはそんなラザロの受難の映画で。裁かれるのは彼に関わる人間たちだ。前半が中世の如き農園。その領主と小作民の生活ぶりが、現代なおも続いていたというところが面白い。この舞台が後半、都会となっての、そのコントラストが意外に生きていない。再生したラザロと元農夫たち、それに(前半魅力の)若旦那が上手く絡まなくて。着想や設定はユニーク。だけど、それがふくらんでいかないじれったさが。残念。

  • アガサ・クリスティー ねじれた家

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      屋敷で大富豪の毒殺事件があり、容疑者はそこに暮らす一族郎党という王道の「館もの」。ハンサムな私立探偵が、一人ひとりの部屋を訪ね歩き、その動機を掘り下げていく。ここでもう少し推理やトリックを披瀝したいところだが……。第二の殺人が起き、予想外の犯人とその動機が明らかになるあたりは、それをアクション場面に仕立てていて演出にスピード感があり、謎が解ける痛快さはあった。原作を読み直して比較したいところだが、オチを知っている推理小説を読むのは少し苦痛かも。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ポワロもマープルもいないこのミステリーで事件を解決するチャールズ探偵。演じているのが「天才作家の妻-40年目の真実-」で、作家の息子を演じてG・クローズとは立て続けの共演になるM・アイアンズ?大勢の登場人物のキャラが濃く、彼らの個性が醸す不穏さがストーリーを支配。加えて、舞台になる富豪の邸宅の絵画・調度も一代で富を築いた当主の背景を反映して、クリスティーの物語に特徴的な上品な贅沢さとは趣を変える。犯人は中盤で予想できるが、想定外の幕切れに吃驚。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      マックス・アイアンズの演じる探偵が情けなくてよい。ハードボイルドでも変人でもヒーローでもなく、単身アウェーに乗り込んで老人から子供まであらゆる容疑者に翻弄されまくり、探偵という職業が本来持つ孤独の属性が、ロマンではなしに浮き彫りになる。マックスとグレン・クローズは二度目の共演だが、やっぱりクローズは耐え忍ぶ妻役よりもアクの強いほうがよっぽど生き生きしている。イギリスの古い邸宅と庭園のロケーションをドラマに生かした画づくりは映画ならではの醍醐味。

  • ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      表題の派手さはないものの、知的な好奇心を刺激する美術史ドキュメンタリー。ヒトラーの下でユダヤ人から略奪し、ルーベンスなどの名画を収集した国家元帥のゲーリング。200人以上の画商や美術史家が協力し、文化財を略奪したローゼンベルク特捜隊。ナチスドイツ時代に行方不明になった名画が、戦後数十年をかけて発見され返還された経緯を丁寧に追っている。そこから見えてくるのは、ナチスが企画した「退廃芸術展」と「大ドイツ美術展」に美術品を二分した思想的な背景である。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ヒトラーが欧州各地で絵画などの芸術品を略奪したことは誰もが知っている。これは副題が示す通り、美術史家や研究者、略奪された作品の相続人らの証言で構成。今さらながらその数の多さ、略奪者たちの手口等々に驚愕。が、最も驚いた(=収穫)のは、この作品で初めて知った「グルリット事件」。法的には亡き人グルリットが略奪品1500点を自宅に隠し、あろうことか、これを切り売りしながら裕福に暮らしていたとは!? まるで巧妙精緻なミステリーの謎解きを見ているようだ。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      本作における芸術品はいわばもの言わぬ被害者だ。一方でそれらは、持つ人間の思惑によっては、強力な武器にもなり得る。ナチス時代に美術館から押収された絵が見つかったとき、バイエルン州は美術館ではなくナチスに返そうとしたという。戦後随所でナチスの罪を償おうとしてきたドイツも、芸術の扱いには慣れていないというセリフが刺さる。芸術品に罪はなくとも、それを生み出したり所有する者の人間性は問われる。その意味で芸術品は銃と同義であり、結局は人間の物語なのである。

  • シャザム!

    • 翻訳家

      篠儀直子

      「IT」が思い出されるのは、同じ子役がいるからだけではないだろう。学年もばらばらな子どもたちが、主人公を心配してわちゃわちゃとついていくのだった。グループホームという設定が効いていて、家族を家族たらしめるのは血縁ではないというテーマが明確に打ち出される。基本的に明朗ファミリー路線だが、それでは作っていて物足りないとでも思ったのか、序盤から中盤にかけ、「死霊館」みたいに本気で怖がらせにかかる場面があるので、ご家族でご覧になる際はあらかじめご用心を。

    • 映画監督

      内藤誠

      ザッカリー・リーヴァイが笑いをとろうとして演じるスーパーヒーロー、シャザムの誕生物語のまえに、仇敵ドクター・シヴァナ(マーク・ストロング怪演)がいかにして悪の魔術を使うようになったかを不幸な少年時代から描いているのには一興。作品全体が孤独な少年少女の物語を基本にしているのだ。日本と同様、学校でのいじめや親の養育放棄の問題はアメリカでも深刻らしい。里親と子どもたちの関係がリアル。スーパーヒーローや魔術を願望する気分も作品中で描かれるのがおかしい。

    • ライター

      平田裕介

      ヒーローもヴィランも家族には恵まれなかった境遇。そこで拗ねるか、前を向くかで、得られるパワーもなにもかもが変わる。そんな誰でも共感しうるテーマを盛り込んだ物語に加え、ベタ気味だが“外見は大人で中身は子供”にまつわるギャグも笑えるし、出てくるのが子供ばかりであることから生じる『往時のアンブリンがアメコミを作ったらこんなんだろうなぁ』みたいなムードにはシミジミしてしまった。ジャイモン・フンスーが繰り出す、“演ってる本人大真面目”な老魔術師ぶりも◎。

  • 僕たちのラストステージ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      原題の「スタン&オリー」を日本語題名にも入れておいてほしかった気がするが、客入りがよくなる過程、芸の見せ方など王道を行く作りで、バックステージ物愛好者(つまりわたし)にとって宝石のような一本。鑑賞するのに実物のローレル&ハーディの出演映画を観ておく必要はなく、見事に演出された衆人環視の口論シーンのあとは、あらゆる言動に最後までさめざめと泣かされる。持ち芸と現実を絶妙に混濁させているのも伝記映画として面白い。タイプの違う妻ふたりの珍コンビも最高。

    • 映画監督

      内藤誠

      ローレル&ハーデイにそっくりの雰囲気をもったスティーヴ・クーガンとジョン・C・ライリーがハリウッドのスタジオに登場し、6分間1カットで喜劇的な芝居をするオープニングには感動した。ケネス・アンガーの「ハリウッド・バビロン」などで、この時代の俳優たちの物語を知ってきたわけだが、舞台はイギリスに移り、すでに過去の人となりかけた二人の感情を追っていくので、興味深く、新鮮だ。その妻たちをシャーリー・ヘンダーソンとニナ・アリアンダが闘志むき出しに競演する。

    • ライター

      平田裕介

      ヴォードヴィルから羽ばたいたふたりが、舞台で最後の輝きを放つ。その大筋に文句はないが、けっこうな距離を移動し、あちこち回るのだから、もっとロードムービー然とさせてもいいのではないか。おまけに駅が舞台のコントも登場するし、そこで旅を絡められるのではないかという想いが頭をよぎる。だが、それは主演ふたりが織りなす絶妙なコンビぶりを眺めているうちに途中から霧消、舞台や主演映画よろしくホテル・フロントのベルを取り合うシーンには本気でニンマリしてしまった。

  • キングダム(2019)

    • 映画評論家

      北川れい子

      広大な原野での戦闘シーンや王宮セットなど、中国での大掛かりなロケが物語のスケール感になっていて、各キャラクターの衣裳やメイクも凝っている。馬やエキストラの数にも感心する。ただどうしても戦闘絵巻ふうの物語にこちらの気持ちが乗っていかず、観るというより人物やそのアクションをただ“眺めている”気分。だからかつい山??賢人がキャンキャンうるさいとか、長澤まさみの腕の肉付きに目が行ったりと、どうでもいいことばかりが気になって。大沢たかおの色気と貫祿は出色。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      こちとら四十代の男によくある横山光輝『三国志』世代。本宮ひろ志の『天地を喰らう』、ついでに『赤龍王』(項羽と劉邦もの)も通過。漫画にはまらぬ者も中学頃にゲームにはまった。「レッドクリフ」を封切りで観た際、冒頭に東宝東和がつけた? 背景解説に対して客席に満ちた、今さらそんなものいらん!の空気よ。非文芸系中国歴史愛好民よ。そこから十年、春秋戦国時代を題材に、かつて本国に召し上げられた「墨攻」に負けぬ国産の中国歴史もの。よくぞやってくれたと感無量。

6721 - 6740件表示/全11455件

今日は映画何の日?

注目記事