映画専門家レビュー一覧

  • サスペリア(2018)

    • ライター

      平田裕介

      オリジナルより53分も長いことに一抹の不安を抱いたが、そこに意味がある。舞踊団が乙女たちを取り込んでいき、混乱した果てに崩壊へと突き進むさまを、“ドイツの秋”を巻き起こしていたバーダー=マインホフと重ねてじっくりと描き、それがナチスやホロコーストにまで及ばせる。別にそこまで深くしなくてもいいかとも思うが、重厚で鬱蒼とした画作りも相まって引き込まれる。ダンス映画としても秀逸で発表会の演舞シーンは圧倒的、それでいて終盤のゴア描写も手抜き無しでお見事。

  • かぞくわり

    • 評論家

      上野昻志

      こういうのを、意余って力足らず、とでもいうのか。なにしろ奈良で、折口の『死者の書』があり、伝説の中将姫に大津皇子がありと、観念とイメージが盛り沢山なうえ、娘を連れて実家に帰ってきた次女(佃井皆美)がやたら眼をむいて大声出すので、腰が退けてしまう。美しい奈良の風景ですと映し出された映像も、後半はともかく、目を見張るほどのこともない。中将姫の化身でもある香奈(陽月華)が大津皇子と共に去った後の家族の様子も、余計者が消えてすっきりみたいに見えるのは僻目か。

    • 映画評論家

      上島春彦

      これは折口信夫の名作にインスパイアされた企画のオマージュ的意図が素直、という点で悪くないのだが御当地映画で終わってしまった。ただし川本喜八郎の人形アニメ「死者の書」を見ておくと二倍楽しめる。というか最低限、折口を概念だけでもさらっておかないと、わけが分からない観客続出ではないか。男女の主人公が古代人の転生なのだが、そう言われてそうですかと素直に思う人は多くはない。分かる前提で話を広げすぎ、桃源郷伝説が出てきたり電力テロが起こったり、忙しすぎる。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      ご当地映画は色々観てきたが、奇ッ怪さにおいてはダントツ。正攻法の家庭劇を装いつつ、浮世離れしたヒロインの神秘体験が唐突に飛び出し、マルチ商法にはまる竹下景子がかつてない狂った演技を見せる。全てを受け止める小日向文世に感心しつつ、何故この映画に出たのか疑問は膨らむばかり。クストリッツァばりの地下世界が広がり、果ては黄泉の国(?)へと繋がったりと、スピリチュアル&宗教映画を超えた地点に到達してしまう奈良の奥深さよ。近年の大林映画と近いようで違う。

  • バハールの涙

    • ライター

      石村加奈

      女性兵士のリーダー、バハールは「敵(IS)が殺したのは、恐怖心」だと言う。夫を殺され子供を奪われ、性的奴隷としてたらい回しにされ、全てを失った女たちは「女に殺されると天国に行けない」と信じるIS戦闘員たちの恐怖心を逆手に取り、男たち以上に大胆に戦う。全てを失ったと言いながらも、彼女たちが戦う理由には、戦闘訓練を強いられる子供の奪還がある。生きるとは、かくも哀しい。事実を語り伝えることで戦う、もうひとりの女戦士、戦争記者マチルドの存在が効いている。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      対ISレジスタンス女性部隊の隊長バハールを演じたG・ファラハニの顔がとにかく素晴らしい。愁いを帯びつつも確固とした意志の力を宿らせたまなざし。女性たちの尊厳を取り戻す戦いという絞り込みがテーマ主義に流れてはいるが、作品に明確な訴求力をもたらしてもいるのも事実。戦う側と報道する側、女と男、支配者と解放者、恐怖と勇気など、いくつもの二文法が図式的に配置された本作を評するのは難しい。でもそれらの最上位に君臨するのがファラハニの顔なのだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      まさに今、言わなければ描かなければという熱情にあふれ。ISに夫を殺された。子どもを拉致された。性暴力の被害にあった。泣く、嘆く。それじゃ何もはじまらない。立ち上がる。これは女たちの戦争映画だ。だけど男たちのそれと違うのは、戦闘時の顔が悲しげなこと。国境で立ったまま出産するという壮絶な場面には、これこそが女の闘いであり強さであることを匂わせる。主人公の隊長と戦場ジャーナリストのわが子への想い。それが重なり、最後の幻想となって。切ない。怒りが沸々と。

  • 愛と銃弾

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      この感覚、何ともいえず新鮮。映画内で言及される『ゴモラ』のように、強面のおっさんばかり登場する男臭いマフィア映画なのに、唐突に音楽が流れだすと彼らが感情をこめてカンツォーネを歌いだすミュージカル映画だ。地の声と歌声にはギャップがあり、口パクさえ合っていないように見えるのはご愛嬌。あえて日本映画に喩えるなら大阪を舞台にした関西弁のヤクザ映画が、演歌のミュージカルとして完成されたという感じか。こんなミスマッチは岡本喜八の時代劇「ジャズ大名」以来かも。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      殺し屋と看護婦の復活した恋をストーリーの軸にしたこの映画は、魚介類を煮込んだナポリ料理アクアパッツァ(主人公の雇い主は魚王だし)みたいだ。クライムサスペンス、アクション、ラブコメを大鍋に入れ、ミュージカルで大胆な味付け。仲間を裏切っても殺しても二人がずんずん進むのは、さすがアモーレの国。随所に映画愛が見られるのも嬉しい。その一番は「フラッシュダンス」の主題歌を伊語で歌う場面。死者たちの踊りはMV〈スリラー〉を彷彿する。チープ感も美味しく満腹になる。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      ノワールのパロディを試みた壮大なミュージカルコントといった味わい。監督のマネッティ兄弟がファンだというジョン・ウーの過剰な作風を、意図的にネタ化したメタパロディのよう。正統なノワールなら悲劇であるところこそ喜劇的に料理し、コテコテのイタリアンさながらに歌い上げるおふざけにハマれるかは賭けだが、ラストは昨今流行りの伏線回収もの。看護師のファティマは足手まといなだけでイライラするノワールのヒロイン像をこれでもかのウザさで笑いに転化していて痛快だ。

  • 牧師といのちの崖

    • 評論家

      上野昻志

      観光名所であると同時に自殺の名所でもあるという、和歌山県白浜町にある三段壁、そこで自殺志願者を引き留めるための「いのちの電話」を繋ぎ、救った人たちに共同生活を営む場を提供するとともに、それを支えるための食堂を運営している牧師の活動を描いているのだが、衝撃的だったのは、取材が終わって3年後に明らかにされた事実である。それにより、自殺を考える人も苦しいだろうが、それを救い励ます人が抱え込むものも、それに劣らぬ苦悩があることが明らかになる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      ちょっとネタバレ。どうやらこれは一度出来上がった作品に後から付け足して完成させたもの。なぜそうなったかは是非見て確認して下さい。自殺志願者を引き留める活動をしている牧師の生活にカメラは密着する。もちろん成果はあるものの、むしろ挫折や徒労の方が色濃い。監督の意図的選択というより主人公牧師のキャラがそうなのだ。やっぱり求道者的であり、そういう意味では楽天的な奥さんと良いコントラストを成す。自殺志願者の方々の個性もそれぞれおかしい。頑固な人もいるしね。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      他人の命への言葉が軽くなった。死ねとか、死んだら負けとか言う奴がいる。本作の牧師は説教臭く自殺志願者を思い止まらせるわけでもない。便利な言葉が思いつかないので、悔しがりながら言葉を探す。これは聖職者というより一人の人間が相手と関係を持ち、心配したり、腹を立てたりする記録だ。優しさは甘えとか、愛があるから厳しくしてるなんて言わない。相手を人として見ているから吐ける言葉が溢れている。人と人が擦れ合う瞬間にドラマが生まれることを思い出させてくれる。

  • マスカレード・ホテル

    • 評論家

      上野昻志

      お客様は神様です、と言ったのは三波春夫だが、お客の要望には無理難題でも応えるホテルなんて、今どきあるのかね、あれば一度やってみるかなどと思いつつ、それが、この物語に弾みをつけているのは確か。キムタクも妙な鬘をつけて登場するが、以後の刑事ぶりは、辣腕検事などより堂に入っている。ホテルの優秀なフロントとして彼の教育係を務める長澤まさみも悪くない。ただ、刑事たちの上司に扮する二人が、過剰にマンガチックな演技をするのが気になるが、まずは楽しめる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      原作ありと言われて首を傾げる。警官がホテルに潜入して犯行が起きるのを待つ、という物語に無理がある。とはいえ多彩な挿話で俳優陣も豪華。考えないで見るのが良い。アメリカ映画にホテル探偵というのが出ることがあるが、そういう感じでやったら上手くいったかも。つまり警察に頼らないで内輪で事件を処理するわけだ。横柄なキムタクと過剰にスマイリーな長澤のコンビに見応えがあり、互いの短所を補い合う、これが企画のキモか。だが犯人の動機にかなり疑問が残り、納得できず。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      如何にものフジテレビ映画なので、その方面が好きな方は満足するはず。ロビーの豪華なセットも映画らしい華やかさがあり、刑事とホテルマンのバディものとしても過不足ない。ただし、人情話ばかりが連なって一工夫はあるものの浪花節的すぎる。ホテルのみで描く枷は良いが、大仰な芝居で説明台詞が増えるだけにそれを持たせる演技力の持ち主が見当たらない。「検察側の罪人」で実年齢にあったおじさんを好演した木村は、また〈HERO〉に戻って全てをそつなくこなしてしまう。

  • 夜明け(2019)

    • 評論家

      上野昻志

      夜明けの川岸に倒れていた若い男は、釣りに出た中年男に助けられ、そのまま彼の世話を受けるが、偽りの名前を告げるだけで、自分から意思表示をすることもない。庇護する者と庇護される者、二人の関係はそこから始まるが、それは周辺の者も巻き込んで時間とともに変化する。変化の中で、それぞれは、以前とは異なる貌を見せ始める。それが、さらなる関係の変化をもたらす。というように、本作は、人と人との関係の変容を動因とする劇であることに徹底して極めてスリリングだ。

    • 映画評論家

      上島春彦

      まとまっているが不満が残る。とりわけ主人公が最後に見据える夜明けの意味が理解不能。評価は留保する。彼が周囲を侮辱してまで守りたかった「自分の名前」がそんなに大したものだとはとても思えないのだ。これを中二病という。でも二四歳で中二病というのは問題じゃないかと思う。俳優のアンサンブルはとても良く特に堀内敬子と小林薫の再婚に関する温度差がとても面白い。ここに割り込む主人公の位置も良く出来ていて最後まで飽きさせないが、でももう大人になれよ、と言いたい。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      新人監督らしからぬ風格を感じさせるが、長回しも含めてダルデンヌ兄弟を意識しているとおぼしく、描写力の弱さを補填した感あり。小林をはじめYOUNG DAISも鈴木常吉も近作で際立った演技をそのまま借り受けてきたようでプラスαが欲しい。柳楽の得体の知れない存在感は突出し、ガス漏れ死亡事故での殺意をめぐる主人公の感情という「日本春歌考」を思わせる設定も良いだけに、感情部分の起伏が小林も含めて不鮮明に感じた。日暮れや夜明けの場面には観るべきものあり。

  • LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て

    • 映画評論

      北川れい子

      ヒェーッ、もうお手上げ!! 薄っぺらな生臭男女たちが、ラブホの一室を出たり入ったりしながら、あっち向いて舌を出し、こっち向いてあれこれ言い訳、しかもキャラが変わっても同じことの繰り返し、さらに死人まで登場してのバカ騒ぎ、勝手にやってくれ!! 宅間孝行の作品は映画方面しか知らないが、泥臭いヒューマニズムの人という印象は悪くなかった。が今回はロクデナシたちによる墓穴掘りごっこ、観ているこちらは最後まで客席で置いてけぼり。俳優陣の怪演!? も空しい。

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