映画専門家レビュー一覧

  • スターリンの葬送狂騒曲

    • 翻訳家

      篠儀直子

      スターリンの周辺であればどんな不条理なことが起きても不思議ではないとこちらが思ってしまうため、困ったことに、何をされてもコメディには見えず、実話の忠実な映画化に見えてしまう。この題材を喜劇に見せるには、映画そのものを狂わせるしかないのかもしれない。モンティ・パイソンの国で活躍する監督なのだから、そのぐらいやってほしかったと思ってしまうのだが。腹黒いけど愛嬌のあるフルシチョフ(なんとS・ブシェミ!)と、善良だけど小心者で愚かなマレンコフが魅力的。

    • 映画監督

      内藤誠

      独裁的政治家スターリンが後継者を指名せずに死んだことから起こる椅子取りゲームを、ご存じの有名政治家の実名を使い、歴史的事実を踏まえながら、喜劇的に描いた爆笑もの。原作はフランスのグラフィックノベルだから、テンポも快調。ソックリさんというわけではないが、達者な俳優たちは英語でしゃべり、予想通りロシアでは上映禁止だというから、どうしても見たくなる。期待通りの仕上がりで、フルシチョフやマレンコフの立ち位置、スターリンの子どもたちの話も面白かった。

    • ライター

      平田裕介

      正直、スターリンもフルシチョフもベリヤも似ていない。劇中ではスターリンの国葬から日を置かずにベリヤが処刑されているが、実際はもう少し経ってから執行されたのでは? などと思いつつも、史実と想像をゴッチャにして冷ややかな笑いをまぶした語り口に乗っかってしまえばツルッといけるし、S・ブシェミやM・ペイリンら芸達者が織りなすアンサンブルにも魅せられる。ただ、独裁政治のおぞましさみたいなものはそれほど伝わらない。まぁ、風刺劇なのでしかたないと思うが。

  • ミッション:インポッシブル/フォールアウト

    • 翻訳家

      篠儀直子

      創意工夫にあふれたトイレ格闘シーンがある。パリの市街を車とバイクが縦横無尽に駆けめぐり、街並みの個性と魅力とスピード感(凱旋門のロータリー!)が横溢する、手のこんだ長いチェイスシーンがある。このふたつだけでも充分お腹いっぱいなのに、この映画は最後まで、ストーリーのひねりを交えつつ、素晴らしい追いかけっこがえんえん続くのだ。「普通死ぬだろう!」と言いたくなるトムのスタントはもちろん必見だが、ひたすら横移動でとらえられる走り姿の美しさも劣らず必見。

    • 映画監督

      内藤誠

      トム・クルーズとマッカリー監督がシリーズ2回目の顔合わせということで、息の合ったアクションが続く。とりわけパリを舞台にする一連のシークェンスは観光名所から狭い路地にいたるまで、車とオートバイを使ってよく撮影したものだと驚く。今回は総集編の雰囲気があり、プルトニウムの爆発を防ぐシステム・アナリスト役のサイモン・ペッグと同僚のヴィング・レイムスがコミカルでいい味を出していた。ヘリコプターを使ったクライマックス場面は、スタントマンと撮影技術が光った。

    • ライター

      平田裕介

      イルサへの想いや元妻ジュリアとの再会を通じてイーサンの内面を掘り下げてドラマも前面に押し出した仕上がり。シリーズ初の連作という点も含めて従来とは違った作品にしたかったのだろうが、そこにこだわり過ぎて話がちっとも転がらない。バンバンと舞台が移り変わって、ガンガンと危機が迫るノリがシリーズの持ち味だと考える身には少し辛い。妙に新味を出してダメになった「007」の二の舞にはなってほしくない。眼をキラキラさせながら超危険スタントをこなすトムは今回も最高。

  • 祈り

    • ライター

      石村加奈

      歩くそばから崩れ落ちそうな砂地の山。村を追われた一家が路頭に迷う雪の中。兄を殺された妹が転がるように下山する姿。圧巻のロケーションで蠢く、ちっぽけな人間を引き画で捉える。手も饒舌だ。塀に埋められた手、炎の中でパンをこねる手、裁きの名のもと、人に刃をつきつける手、哀しみに顔を覆う両手、そして祈りを捧げるのもまた、人の手である。まるで幻を追うようなデジャヴ的展開で、映画は「人の美しき本性が滅びることはない」という冒頭の言葉へと帰着する。美しい映画だ。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      ジョージア山岳地帯のキリスト教共同体とムスリムのチェチェン人の抗争が背景のようだが、そのあたりは一見して分かりやすくはない。内部対立を可視化させたくないソビエト連邦時代ゆえか。その代わりに本作は、ドライヤーやムルナウ、いやグリフィスにまで遡行する映画の野蛮な画面独裁によって見る者を圧倒する。軒下の暗がりからヌッと悪魔的人物が陽の下に顔を晒す際の、客人の死を悼むムスリム女性が黒服で走り抜ける際のゾクゾクする物質性。布の、石壁の、雪の官能性。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      67年の作。初期のパゾリーニとかホドロフスキーのタッチを思わせて。ぽんと材料を放り出し、塩をまぶしただけの味わい。荒々しい。民族の対立、頑迷な慣習、憎悪、殺し合い――人間、このどうしようもなさに作り手はため息をつく。だけど個々の心を絞りに絞れば、底に何か美しい滓が残るのではないか。それが人間の“芯”というものでは。そんな希望がうかがえて。するりとこちらの身中に入ってこない映画。が、捨てがたい魅力があるのは、人間を信頼したい、その祈りが胸を打つから。

  • ヒトラーを欺いた黄色い星

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      ドキュメンタリー監督にとって最大のジレンマは、過去のできごとを自分のカメラで撮影できないことだ。本作の監督はTVドキュメンタリー畑の人らしい。ベルリンに潜伏して生き延びたユダヤ人へのインタビュー部分と、劇映画のパートを組み合わせた大胆な構成にしている。そうすれば、過去の事象を微細なディテールにいたるまで映像で表現できるからだ。とはいえ、TVの再現ドラマを見慣れていることもあって、特に斬新な手法にも感じられなかったのは観る側が麻痺しているのか。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      映画から知らなかったことを教わる場合が少なくない。ここ数年続々と公開されるナチス・ヒトラーを扱った作品からはとりわけ多くを教わる。この映画が描く、ユダヤ人が戦時下のベルリンに潜伏して生き延びた事実も、この例に。当事者が語る極限下での生存は、存在すること自体が許されなかった事実と併せ、今更ながら戦慄する。語りと、再現ドラマで構成して解りやすいが、語りだけで通した方が、むしろ生存の本質に迫れたのではないかと、後日考えた。「ゲッベルスと私」のように。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      第二次大戦下のベルリン。そこで潜伏生活を送るユダヤ人の心情からとらえられた街並みの映像が美しい。暗く、閉塞的だが、どこか艶っぽく現実感を欠いた世界。そこがソ連兵に攻め込まれることは彼らにとって救いであると同時に痛みを伴う。自分たちの町でありながら憧れの場所を舞台としたスリリングなサスペンス映画におけるキーアイテムは身分証だ。潜伏中の少年がその偽造に生きるモチベーションを見出すエピソードをはじめ、命を脅かすそれが別の誰かを助けるお守りにもなるのだ。

  • 沖縄スパイ戦史

    • 評論家

      上野昻志

      大戦末期の沖縄北部で、陸軍中野学校出身者が、十代半ばの少年たちを護郷隊として組織して謀略戦=「裏の戦争」を行ったという事実を、本作で初めて知った。そればかりか、陸軍中野学校出身者は沖縄各島に配置され、内一人は「疎開」と称して住民を悪性マラリアが猛威をふるう西表島に送った結果、波照間の住民の3分の1が犠牲になった。軍にとっては、住民は利用し、監視する対象であって、守る対象ではない。現在に通じるこの現実を、これほど明瞭に示した映画はない。

    • 映画評論家

      上島春彦

      沖縄戦というのは聞いたことがあったが、この作品に描かれるのはその名で呼ばれる戦闘時に島の北の地域で起きていた事例。少年を兵隊にし、スパイにし、わざと捕虜にさせて破壊工作をやらせる、という明らかな戦争犯罪を指令したのがかの「陸軍中野学校」である。さらに彼らが、食料を強奪する目的で島民を強制的にマラリアの島へ疎開させたと聞けば、沖縄の静かな憤りが他ならぬ日本に向けられるのも当然だろう。戦後PTSDを発症し座敷牢に閉じ込められた少年の挿話が悲しい。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      苛酷な戦争体験を余儀なくされた沖縄の子どもたちが80代も半ばを迎えて生々しく語る声と表情に圧倒される。少年ゲリラ兵の悲惨な境遇を今の時点で聞くことが出来る貴重さは、歴史を忘却した振る舞いが大手を振る中で重く響く。暗躍する中野学校出身者にゾッとするが、非武装の離島に教員として現れて愛嬌を振りまいた後に豹変する姿が、痕跡を多く遺す島の風景に証言が重なっていくことで異様な迫力を生む。最近まで生存者がいたために語られなかった地元の闇に言及した点も見事。

  • 形のない骨

    • 映画評論家

      北川れい子

      人間の負の部分をぶっきら棒に俎上に乗せる小島監督は、第一線で活躍するCMディレクターだそうで、そうか、CMの場合はスポンサーの意向に沿ってキレイごと、自分で自由に撮る映画は辛辣で露悪的、この違いがいささかあからさますぎて、恥ずかしい。こういうことができるのも“成功者”の余裕か。と思いつつ、安易な救いなど無視して主人公を突き放す展開はそれなりに小気味良く、どこか沈んだ映像も不安を誘う。韓国の犯罪実話の映画化をチラッと連想したり……。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      福岡には何度か行ったがあの甘い響きの訛りをつかう愛憎いずれも濃そうな人々と土地はまったく気に入った。それと同じ空気を全画面に漂わせて展開する或る女性のサンドバッグ人生。語りのなかの省略やカットとシーンの小さく鋭い飛躍のあるつなぎ方に主人公女性(女優良し)が生きる苛烈さが出ていた。非情に描くというつくり手の意思を感じたし、その苦しさや悪意は逆説的に主人公らの良きものに逆接した。とても気に入っている。同じ星三つだが「BLEACH」の五万倍は見甲斐がある。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      均等に並んだハンガーから洗濯物を取り込む主人公の姿。そのルーティンは刺激のない毎日を暗喩させているように見える。同時に、雪だるま式に積み重なる悲劇が、逆の意味で刺激ある毎日を生んでいるという皮肉。高望みすること無く、ただ「地方の片隅で質素に暮らす」ことさえままならない厳しい現実を本作は描いている。偽物(贋作)を作る夫婦にとって、過酷な社会というリアルだけが本物であるという更なる皮肉。撮影現場で拾った電気ノイズをあえて残す“不穏さ”の演出も秀逸。

  • 性別が、ない! インターセックス漫画家のクィアな日々

      • 映画評論家

        北川れい子

        こう見えても自分、ヴァギナ付いてます、と語るアゴ髭の漫画家・新井祥。あえて髭を生やしているということは、世間的には“男性”寄り?でも新井祥は自分は自分というスタンスで生きようとする。すでに一家を成しているらしいこの漫画家を私は今回初めて知ったのだが、サバサバした柔軟さで自分とその周辺の人々をカメラに晒す姿は人として魅力的で、このドキュメンタリー、それに尽きる。同居している茶髪の助手との関係も、友情以上、異母兄弟ふうで、人間は性別より相性?

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        性的なアイデンティティが何ら不安のない一般的な規範内にある私には驚くことようなことや実感として理解できないことが語られる。そこが面白かったし学ばされた。先ごろ衆院議員杉田水脈によるLGBT差別発言が話題になったときに本作を思い出さざるを得なかった。本作の主人公新井祥氏が何に対してあれほど突っ張り、戦っているのか。異なるものを理解せずそれを脅威だと認識し迫害する偏狭さとだ。新井氏の言う“人生ショー”の成功を祈る。切実な発信であるドキュメンタリー。

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