映画専門家レビュー一覧
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チャーチル ノルマンディーの決断
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ライター
平田裕介
とりあえず、ブライアン・コックスのほうが「ウィンストン・チャーチル~」のゲイリー・オールドマンよりも似ていると思う。あちらがダイナモ作戦を主軸に置いたのに対してノルマンディー上陸作戦の裏側が学べるようになっているのだが、こちらも演説をクライマックスへと持っていく展開なので既視感が炸裂する。彼の狡猾さが触れられていないのも気になるが、そこは「英国総督最後の家」のあるシーンで描かれているので、そのあたりが物足りないと思われる方は両作を是非に。
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ゲンボとタシの夢見るブータン
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ライター
石村加奈
ブータンで千年以上の歴史を持つ古刹チャカル・ラカンの後継者問題に直面した家族。親、子、それぞれの立場に中立なカメラの立ち位置が好ましい。無理に結論を導き出さない終わり方にも好感が持てる。いまの生活に満足し、将来にも明快なヴィジョンを持つ父は、家族の中でいちばん幸福そうに見えるが、娘のタシには誇らしく思えていない辺りがリアル。長男ゲンボの沈黙を父は「迷惑」と断じるが、性同一性に悩むタシを「ヒマラヤの花みたい」と微笑む兄の優しさは、父よりも魅力的だ。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
作品を見るかぎり妹のタシはおそらく性同一性障害で、男子として活動するが、今後もタシがタシ自身であり続けられるどうか、これは伝統/近代化の世代間対立なんかよりも大事な問題だと思う。屋外シーンはほとんど斜面だが、兄妹は気にせずサッカー練習に余念がない。一度だけまともな平面が写るのは、タシが女子代表選抜キャンプに遠征した時だけ。元来サッカーは平面に住む民衆のスポーツ。この斜面/平面の逆説によってトランスジェンダーの輪郭がいっそう明確になった。
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脚本家
北里宇一郎
ブータンの日常。透明な空気があって、男根崇拝があって、カラフルな祭礼があってと、その一つ一つが珍しく、眼を引かされる。だけど10代の兄妹がいて、スマホを操り、サッカーに打ち込みと、その生活ぶりはまさしく今を匂わせる。兄が家代々の寺院を継いで僧侶になるかならぬかの迷い。妹の望みは“男”として生きること。切ない。この2人がいつも一緒で悩みを打ち明け合う。見てると、市川崑「おとうと」の姉弟を思い出して胸がキュンとなる。思春期、その大人になる前の逡巡に。
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ポップ・アイ
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ライター
石村加奈
観賞後、ゾウの平均寿命を調べると、人間とほぼ同じことが判明。途端に、作中のポパイ(ゾウ)の奮闘ぶりに、ますます哀愁が漂うというもの。大好きな仕事でも、家庭でも、居場所をなくした中年男タナーの郷愁ではじまったゾウとの旅は、回想の挿入リズムなど、独特の語り口が面白い。過去と現在を行きつ戻りつするうちに、出会う人出会う人(タナーとデュエットするニューハーフの魔力!)に助けられて旅が続く展開も、夢落ちのような結末も、童話を読むときのすこやかさで楽しめる。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
都会生活に飽きた熟年男のルーツ帰りという展開に興味を引かれぬまま、映画の序盤が過ぎた。象がノロノロ歩くのを眺めるのは楽しいが、それでロードムービー一丁上がりとはならない。しかし途中でニューハーフの娼婦が登場し、都会と変わらぬ世知辛さが生じたあたりから、文明批判の紋切り型をようやく脱却。終盤ではまるで「瞼の母」のような価値転覆が起こって、主人公の遁走を素朴礼讃で落着させない点は好感を持った。廃墟シーンの内省が全篇ともっと繋がるとよかったが。
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脚本家
北里宇一郎
中年男が象と一緒にタイを旅する。その光景を眺めてるだけでのんびり気分に。男が象の背中にやっとこさよじ登る画面など嬉しくなる。いやもうドラマ的展開なんかなくて、旅のスケッチだけで綴ってほしかったくらいで。演出は、低予算のせいか、ちとせせこましい。人物描写も警官2人組のお笑いは泥臭いし、ゲイとホームレスは型にはまりすぎ。元エリート建築家の主人公と妻も同様の味気なさ。この題材だったらもっと自由に筆をふるってほしく。新人監督なのにパターンに拘りすぎの印象。
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タリーと私の秘密の時間
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批評家、映像作家
金子遊
シャーリーズ・セロンは絶世の美女であるが、18キロ増量して、3人目の子どもを身ごもっている妊婦の役づくりをしたそうだ。セロンが家事と育児でボロボロになっていく過程の時間配分が長い。このタメがあってこそ、イマドキ女子の夜間ベビーシッターが現れたあとでの、生活の変化が活きてくる。本作では、表面的な層とは別の物語が底に流れていて、それがラスト近くでふっと浮上する。コメディだが、ヒロインと同じく90年代に青春を送った者としては身につまされる作品だ。
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映画評論家
きさらぎ尚
脚本と監督がこのコンビだもの、何かの技を仕掛けてくるな……。家事に育児に頑張り過ぎる女性が孤軍奮闘する日々と、自分が想像する若い時の自分の話。二つのストーリーで人生の再始動を描く技に一本取られた。娘に「何? その体」とぶよぶよボディをからかわれ、夫には「また冷凍ピザ?」。無神経な言葉を浴びながら、主題を活気づけたセロン。体重を18キロ増量する徹底ぶりは「モンスター」の13キロを抜いて自己記録更新!? 「レイジング・ブル」のデ・ニーロ以来の驚きだ。
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映画系文筆業
奈々村久生
ジェイソン・ライトマンは不思議な監督だ。これといった得意ジャンルや作風のクセというものがあまり感じられない。かといって職人タイプかというとそうでもなく、しかし何を撮っても面白い。おまけにアイヴァン・ライトマンの息子なのだ。大好きな監督だがカテゴライズがとても難しい。その才覚は脚本家ディアブロ・コディとのコンビで特に光り、本作でも映画的な演出の見どころは序盤の駐車場でのシーンから際立っているが、妊婦と母親のあるあるドラマに埋もれてしまったのが残念。
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ペンギン・ハイウェイ
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映画評論家
北川れい子
わっ、もうビックリ!! 何とキュートで魅力的なアニメーションだろう。街にいきなり出没するようになったペンギンの謎と不思議をそのまま楽しんでもおつりがくる面白さだが、謎と不思議をあれこれ推理するのもスリリングで、しかも絵も実に美しい。キーワードはガラクタを宙に投げてペンギンに変えてしまう歯科医院のお姉さんだが、日常にひょいと超自然的非日常が入り込んでの悩ましい展開は、クセになる面白さ。草原に浮かぶ“海”に「惑星ソラリス」的な哲学的神秘を連想。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
アニメというものがおおきいおともだちのためのソフィスティケイトされたポルノのように感じられてノレないことが多いが、本作では主人公少年がさんざん憧れのおねえさん(蒼井優が推定身長百七十センチ超で胸の豊満な女性に変身してる)の乳房を話題にするにもかかわらずそれがきっちり精通前の少年の不能的感性の物語としてつくられており邪念なくセンスオブワンダー冒険を追って観られた。レムとタルコフスキーの“ソラリス”、「ゾンからのメッセージ」に通じるものがあった。
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映画評論家
松崎健夫
“少年の手描き研究ノート”という面倒な作画を実践している本作。ノートには“お姉さんのおっぱい”に関する考察が確認できるが、“胸の揺れ”に対する作画も丁寧に実践されている。〈メタモルフォーゼ〉は本作の重要な要素だが、お姉さんが物体の変形・変態の鍵を握ることは“お姉さんのおっぱい”と無縁ではない。そして夏であるため、お姉さんが薄着であることや水の形状変化とも無縁ではない。つまり、形の定まらない“お姉さんのおっぱい”は単なるスケベ描写ではないのである。
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英国総督 最後の家
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翻訳家
篠儀直子
独立前夜のインドで何が起きていたのか、新たな発見を加えて描く、極めて誠実な歴史映画。基本構造としては、分離独立をめぐる話し合いをえんえん見せる映画なのだが、主要人物のひとりであるインド人青年が重要な局面に必ず居合わせざるをえない設定になっているのが巧みな点で、さまざまな社会層、さまざまな場を横断しながら語りが展開し、出番の少ない端役にまで人間味が感じられ、いつしか作品世界に引きこまれる。若者たちの不運な恋の行方も、無駄なく描写して絶妙なバランス。
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映画監督
内藤誠
ガンディーやネルーを中心にインドの英国からの独立を見てきたものには、最後の総督マウントバッテンの視点で描いた作品は新鮮だった。総督の居住する邸宅の豪華さにあきれながら、総督一家を中心に制服を身に着けた使用人たち大勢の人間が、記念写真を撮るシーンにも大英帝国の挽歌を告げる映像として、感銘を受けた。宗教にまつわるインドとパキスタンの境界の線引きが強引で、多くの難民を作った歴史的事実も、映画を通してよく分かり、異教徒の男女のメロドラマの挿入もうまい。
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ライター
平田裕介
意外と知られていない気がするインド独立とそれに伴うパキスタン建国のあらましがしっかりと学べる点は○。分離独立によって生じる宗派対立と内紛を、その状況に置かれたインド人男女の恋を重ねて描こうとするのも良いとは思うのだが、それはそれで別個に完結してしまう。インドに骨を埋める覚悟の総督とふたりを軽く絡ませておきながら、並行させっぱなしなのでなんだか燃えない。本筋よりもエンドクレジット前に紹介される、ある夫婦と監督の関係性に一番グッときてしまった。
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オーシャンズ8
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翻訳家
篠儀直子
女性チームにしたからといって、何か革命的なことが映画に起きたわけではないけれど、プロフェッショナルな女たちがきびきびと役割を果たすさまをスクリーンで見るのはそれだけで感動的だ。メトロポリタン美術館やメットガラの様子が見られるのも楽しく、豪華なカメオ出演も多数。大詰めで女優たちが身にまとうドレスの美しさにも陶然とする(それぞれ違うトップ・デザイナーがデザインしている!)。もっとコンパクトにできればと思う部分もあるが、終盤のサプライズがおおいに愉快。
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映画監督
内藤誠
どんな痛快な犯罪のアイデアを展開するのかということに期待するシリーズだけれど、今回はソダーバーグ製作、ゲイリー・ロス監督で、サンドラ・ブロックの新指揮のもと、ケイト・ブランシェット以下、元気のいい女たちばかりが集結し、カルティエの警備員をはじめ、男たちを徹底的にコケにするという趣向。タ―ゲットはアン・ハサウェイがNYメトロポリタン美術館のイベントで身につける宝石だから、そこに集うセレブたちのファッションや豪華なパーティの流れと贅沢さも楽しめる。
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ライター
平田裕介
してやられた感はまったくないし、難関らしきものが登場しても次の瞬間にはいとも簡単に解決してしまう。これまでのシリーズ3作のノリをきっちりと受け継いではいるのだが、そんなケイパー・ムービーに魅力を感じられない向きには退屈なだけだろう。ただし、メンバーを全員女性にしたことで醸される華やかさ、カルティエやらプラダやらジバンシィやらのアイテムがひしめくさまには自分のような汚ッサンもときめきはする。良くも悪くもフランチャイズ・ムービーの鑑といったところか。
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追想(2017)
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批評家、映像作家
金子遊
イギリス映画が苦手だ。米語を先におぼえたので、イギリス英語が聴き取りづらいせいか。それ以上に、ドラマの前提となる社会の保守性と、自尊心が高く皮肉屋で本心をいわない人物らに共鳴できない。結婚して初夜を迎える本作の若い男女も、英国式の複雑な性格の人たちだ。ホテルの一室と浜辺で、愛しあうふたりの関係がどんどん崩れていく演劇的な場面が多く、とても観ていられなかった。……ということは、逆に本作のおかげでイギリス映画のツボが理解できたといえるのかも?
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