映画専門家レビュー一覧

  • 追想(2017)

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      核心はホテルでのほんの短い時間だが、回想を織り交ぜながら数十年を描くこの映画、男女の感情をはっきりと表現する手法が、監督のドミニク・クックがもともと舞台演出家だけあって演劇的。シアーシャ演じるフローレンスの言動はエドワードのプライドを砕く威力があり、物語を主導する。初夜の性的な問題が原因で別れた男女。余韻嫋嫋のはずだったが、十数年後の再会でプツリ(★一つ減)。それでも古風な女性を演じるシアーシャの巧さには見とれる。若くして大成した感がある。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      とても好きな原作だけれど、あんなに回想が多く映像的には地味な作りの小説が、まさか映画化されると思わなかった。しかし聡明ゆえの潔癖さと融通のきかなさを漂わせるローナンと、女心が絶望的にわからない新郎になりきった英国俳優ハウルのキモさと情けなさが胸を打つ。初夜の寝室の悲劇は直視できないほどの出来ばえ。長篇映画初監督となるクックは堅実な腕をふるい、終盤には映画オリジナルのエピソードも見られるが、その飜案の仕方は男性監督ゆえの甘さとしか言いようがない。

  • 詩季織々

    • 映画評論家

      北川れい子

      ささやかなすれ違い。ささやかな喪失感。過ぎ去った時間。過ぎ去った人。舞台となる中国の3都市が、新海誠作品を手掛けてきたスタッフの丁寧な背景画で、それぞれの表情を持っているのが素晴らしい。街の表情に呼応した3話の短篇アニメも、新海監督の味と香りが充満していて、キャラの造型も新海タッチ。要するに3人の監督たちは、脚本を含め、あえて新海世界にドップリ浸かっているワケで、そういう意味では、新海作品はかなり模倣しやすいってこと? 愛すべき小品アニメ集だが。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      ビーフンとモデル人生とカセットテープが主題の三つの短篇。一話目の「陽だまりの朝食」は北京で働く青年が故郷の湖南省での日々と祖母との思い出などをビーフンを介して回想する。二話目「小さなファッションショー」はモデルの姉と服飾専門学校生の妹の姉妹愛が描かれる。三話目「上海恋」は交換カセットテープで育まれた幼馴染の男女の想いとそのすれ違いが再開発される上海の石庫門という地を背景に語られる。全篇声優が演技過剰かなと思った。中国って今こうかと面白く見た。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      新海誠の影響は、写実的でリアルな実景やモノローグによる説明などによって否応無く感じさせるが、本作には「衣・食・住」それぞれを3つの短篇のテーマとする面白さがある。特に1本目の『陽だまりの朝食』では、〈雨〉だけでなく〈汁〉などの〈水分〉に対する音へのこだわりを感じさせる。そして、作画によって提示される〈食〉に対しては、決して「おいしい」という言葉を使わないというこだわりを評価できる。モノローグによる説明によって物語が進行するだけに尚更なのである。

  • バンクシーを盗んだ男

    • ライター

      石村加奈

      「バンクシーはクソ野郎だ」と断言するタクシードライバーのワリドは、全力を出したい時は、悪いことを思い浮かべて力を出すという、少年漫画の登場人物のように素直なボディビルダーの顔も持つ。ストリートアートは誰のものか? というテーマに、様々な立場から正論が吐かれる中、パレスチナの壁に描かれた「ロバと兵士」と、海を渡り、ヨーロッパの画廊に飾られたそれとの、あからさまな落差がポイントか。イギー・ポップの低音ボイスが、いろいろな声をひとつにまとめあげている。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      覆面画家バンクシーをめぐり、ペイントされた壁の所有者やオークション関係者、美術評論家がいろいろと持論を聞かせてくれるが、ヨルダン川西岸地区の壁という政治的要素が本質のほとんどすべてではないか。あとは“ストリートアートは芸術か?”というジャンル論の蒸し返しだ。壁から削り取られ、高額で売買された“作品”をカメラがとらえても、そこにあるのはホルマリン漬けのグロテスクだ。ならば本作はそのグロテスクへの自己省察たりえているか。そこを問いたい。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ベツレヘムの分離壁に描かれたバンクシーの壁画をめぐる騒動記。自分たちをロバと見なされた地元パレスチナ人の怒りから飛び火して、ディーラー、収集家、キュレーター、弁護士など美術に携わる人々が百家争鳴。その発言の数々は、その立場からは当然という内容でちと常識的。論争になっていかないのが物足りない。各人のコメントもしだいに堂々巡りとなって。バンクシー自身の反論がないんで、どこか芯のないドキュメントの感が。地元タクシーの運ちゃんとの対決、見たかったなあ。

  • 2重螺旋の恋人

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      精神分析学をかじった者であれば、ハマってしまうガジェットに満ちている。スレンダーで中性的な魅力を発するクロエの原因不明の腹痛を、精神分析医が意識下に抑圧されたストレスとして治療するのが最初の見どころ。その結果、医師と患者のあいだに転移が起き、彼女は分析医の恋人となる。ところが、その分析医にそっくりの外見を持つ、傲慢で挑発的なもう一人の分析医が現れる。古典文学の味わいをたたえながら、強迫症状、転移、分身といったモティーフで見せ切った手腕はお見事。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      物語のキーワードが双子であることに加え、寄生性双生児という伝奇めいた話も登場するので、DNAの二重螺旋の鎖の相補関係を連想させる邦題はまず◎。双子の精神科医に惹かれる独身女性という話の起点は、ミステリアス&トリッキーな心理の迷宮へ。何が現実でどこからが妄想? あれ? タバコを吸っていたのは双子のどっちだった? 等々、話が進むにつれて、謎は深くなるばかり。女性の本質を描いてきたオゾンだが、今作はエレメントに凝りすぎて本質が見えにくいのが惜しい。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      フランソワ・オゾンと性は切っても切れないテーマだ。それは甘い夢を見せるものではなく、自己と他者のバトルであり、そういうものとしての性行為への飽くなき探究心には目を見張る。オゾンの濡れ場はバイオレンスシーンに近く、行為者が快楽に耽るような演出にも乏しい。本作でも「17歳」で瑞々しい肢体を披露したマリーヌ・ヴァクトがハードな要求に応えているが、自分と他人の交錯は「上海から来た女」「燃えよドラゴン」に連なる鏡の描写に至り、激しい生存競争を繰り広げるのだ。

  • 東京ノワール(2018)

    • 評論家

      上野昻志

      やくざ稼業から足を洗おうとしている井上幸太郎演じる鳴海と組織や弟分との関係、さらに鳴海の息子と弟分の娘との関係などを、時間軸を前後させると同時に、登場人物の出し入れに工夫を凝らした構成から、綴れ織りのように浮かび上がらせる手腕は、香港ノワールなどを思わせて、なかなかなもの。ただ、取引の失敗や弟分の死など、常に自分の思惑とは裏腹に終わった末、鳴海自身の死に到る物語の流れが、いまひとつ胸に響かないのは、凝り過ぎた構成によるのかもしれない。

    • 映画評論家

      上島春彦

      面白いのだが脚本が馬鹿な若者カップルに無駄に甘い。これが致命傷、星が減った。最後の仕事に失敗して人生設計が狂うヤクザの一日という映画的定型を、時制をシャッフルさせて、一年以上前からの因縁がらみで描く。主人公が意外といいヤクザなのは映画だから許せるとして、用意周到なのか無防備なのか、今一つはっきりしないのがヘン。普通、極悪な組長に対してこそ人は周到になるのではないかな。彼のつめの甘さと物語がシンクロしてるな。潜入捜査官のキャラクター設定も甘いね。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      ロケ地からして東京というより〈横浜ノワール〉だ。「竜二」よろしく、やくざを辞めたいやくざの話だが、低予算で作る場合はリアルな生活のディテールなり、演技に新たな基軸を見つけなければ、やくざ映画もどきにしかならない。指を噛み切るのも「アウトレイジ ビヨンド」にあったことを思えば、自由に作っているからこそ出来る描写が見たい。章立てにしたり、時制も前後させているが低予算で大きなウソをつくための手法とはならず、因縁話を噛んで含めるような効果しか感じず。

  • どうしようもない恋の唄

    • 評論家

      上野昻志

      時代劇が似合いそうな面構えのカトウシンスケ君が、行き暮れて入ったソープ嬢の優しさに救われるなんて男の都合の良い幻想じゃないかと、話のとば口では引いたのだが、ソープ嬢を演じた藤崎里菜クンの艶技はもとより、日常の佇まいや物言い、表情を見るうちに、この人なら、無償の愛で、バカな男をも優しく包み込んでくれるのではないかと思い、俄然身を乗り出すことになった。だから、暮らしに慣れた男が彼女に辛く当たるのにイラつきながらも、どうしようもないとはこれかと納得。

    • 映画評論家

      上島春彦

      ピンク人脈的なエロ映画には時々傑作が出現する。見ていて私もしっかり泣かされた。人生を捨てて京成立石に迷い込んだ男の再生の物語。この地の有名な飲み屋街もちゃんと出てくるし(ただし人はいない)、昭和末期的な外景の佇まいも嬉しい。気のいい娼婦と敗残者というありがちな設定でも、男のあがきっぷりに妙味があり、観客もこの男を見捨てる気にはなれない。格安ソープ嬢(本人いわく)と隣室の高級キャバ嬢の対比もよく、わけ分からんうちに4Pになっちゃう場面も最上だ。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      たまたま入った風俗店の娘が優しくて性格も超イイ娘で、失意の底にあった男が彼女の家に転がり込んで始まる再起の物語だが、60年代のピンク映画みたいな古色蒼然とした話を戦略もなく繰り返す。この監督は前作の「チェリーボーイズ」といい時代錯誤な映画ばかり撮って良いのか? 案の定、ヒモの分際で増長して彼女へ八つ当たりを始め、それでも彼女は気丈に男を立てようとするいじらしさを見せたりと、カビの生えたテンプレ描写が延々と続き、付き合い続けるのに努力を要する。

  • 7号室

    • 翻訳家

      篠儀直子

      そもそもいかがわしい店だし、店の人間の誰ひとりとして映画ファンではなさそうなのに、個室DVD店がハリウッド超古典映画のポスターだらけなのは監督の趣味だろうか。実際この映画の設定は、映画青年が考える定番中の定番だと思えるし、だからこそもっとスカしたりトンガったりしている映画にしてほしかった気がするが、真面目にがっちり撮っていること自体は悪いことではない。設定から想像されるとおりコメディ色も強く、思慮の浅い店長役のシン・ハギュンが映画全体を支える。

    • 映画監督

      内藤誠

      シン・ハギュンは儲かると思って始めた、男女が個室で楽しむDVD店の営業不良で、苦しんでいる。その日常が実にリアル。よくできた喜劇だが、ギョーカイ的に身につまされ、爆笑とはいかない。アルバイト店員のD.O.にも月給が払えず、店を売ろうとする。そこで登場する不動産屋との会話も損得中心で、おかしい。脚本監督のイ・ヨンスンはさらに死体隠しのサスペンスや警官たちの朝鮮族差別、ヤクザとの麻薬取引も入れてくるので、サービス精神は伝わるけれど、物語が分散した。

    • ライター

      平田裕介

      そのシチェーションから物語があちこちと動き回るハラハラを極めた作品なのかと思っていたが違った。日々の生活に喘ぐ社会的弱者が道を切り拓こうとすればするほどもがく羽目になる姿を少々サスペンスフルに描いた感じ。物語のきっかけとなる死体すら、なにかと辛い目に遭っていることで知られる中国朝鮮族の青年だったりするのだ。というわけで拍子抜けしたが、勝手な期待を抱いたこちらが悪い。佇んでいるだけでなんともいえぬ可笑しみと切なさを放つシン・ハギュンは素晴らしい。

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