映画専門家レビュー一覧
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性別が、ない! インターセックス漫画家のクィアな日々
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映画評論家
松崎健夫
破れたトタン屋根の古ぼけたアパート。カメラが部屋の中に入ると、そこはリノベーションされたオシャレな空間になっている。外観と屋内との印象が異なることを示したこのオープニング映像は、地理的な情報を提示しているだけではない。取材対象となるふたりの外見と内面に抱えるものとが異なることをメタファーにしながら、本作の主題を宣言してみせているのだ。エッセイ漫画を挿入することで観客に情報を提示する手法は、ふたりの職業に適いながら深い理解を促す効果を生んでいる。
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国家主義の誘惑
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ライター
石村加奈
地政学的な見地から、日本列島が朝鮮半島や中国など東アジアの玄関口を塞ぐように位置しているという指摘には目から鱗。第二次世界大戦以前の黒船の時代まで遡り、日本が国家主義に傾倒する理由に言及する視点も斬新だ。資源がないから強い国にこだわるという見解は、東日本大震災後の日本にとって深刻。渦中では見えにくい問題点を的確に掬い上げていると思う。ところでパリ在住の監督は、取材した日本の政治家をどうチョイスしたのか? オファーからの経緯も含め気になる人選だ。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
現政権における国家主義の復活、戦前回帰傾向は論をまたない。日本人ドキュメンタリストがそれに批判的作品をフランス資本で作るのは、現在ならではの現象だ。なぜなら日本国内既存メディアの多くが政権監視の任務を放棄し、翼賛化が著しいため。それでも本作を全面的に支持しにくいのは、その教条的な説明主義が未来の運命を好転させる力を有しているか疑問だからだ。真に批判精神に富んだ記録映画とは、対象だけでなく自らの手法にも批判の眼が向けられていなければならない。
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脚本家
北里宇一郎
この監督の前作は「天皇と軍隊」。昭和天皇の原爆被災地での発言にドキリとさせられた。今作でも平成天皇の退位、その真意にふれて、わが意を得たりの気分だ。フランス在住の強みで、これが描けた――というより日本のマスコミがダラシないんだろう。作品そのものは憲法改正に向かう安倍政権体制を解析。こちらとしては自明のことが多いけど、外国人向けにひじょうに分かりやすく描写。改めて考えさせられたところも。日本は今、天皇の上に米国を置いているという歴史学者の指摘とか。
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沈黙、愛
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ライター
石村加奈
「ハッピーエンド」の衝撃から、今回はどんな仕掛けが? と構えていたのだが、タイトル通りで拍子抜け。というより、チェ・ミンシクだからこそ成立した物語だ。そういう意味では、話が転調する時のカメラワークなど、クラシックな技法で展開する実にスタンダードなドラマと言える(タイパートのスケール感にはびっくりしたが!)。マイクルーザーでピアジェを贈った恋人とカップラーメンをすする、中年オヤジの複雑怪奇な胸の内を淡々と演じるミンシクの演技力。予測不能の恐ろしさだ。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
チェ・ミンシクという俳優は見ているだけで楽しい。彼が苦悶したり、追いつめられたり、傲慢なふるまいで周囲に顰蹙を買ったりするだけで絵になってしまう。本作はそこに目をつけ、彼はオーソン・ウェルズのように悲喜劇的な破滅者としていたぶられる。だが婚約者は殺されるためだけ、娘も疑われるためだけにいるようだし、昨今ありがちな結末ドッキリ主義がここでも頭をもたげ、世界を小さく閉じてしまう。むしろ、彼の軌道修正され続ける欲望、そのせわしなさこそを楽しみたい。
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脚本家
北里宇一郎
大富豪で権力者の若き婚約者が殺害されて、彼の娘が容疑者に。だけど彼女は事件の夜、泥酔して記憶が一切ない。さて、その真相は? てなミステリーで、女性弁護士が探偵役。当然、裁判のやりとりがカギとなるが、あまり論理的展開ではない。トリックには穴があるし、弁護士がさほど頭を巡らさずとも、向こうから真相のヒントが飛びこんできたりと、終始、受け身なのが物足りない。結局、チェ・ミンシクの父物スター映画の趣で、その観点からすれば見応えがある。ちと泣きが濃いけど。
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ウインド・リバー
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批評家、映像作家
金子遊
ワシントン州のインディアン保留地にはさまれた町に住んだことがある。ダウンタウンで酒に溺れるネイティブの姿を見かけるたびに、彼らの失意を思って心が痛んだ。ひとりの少女の死から、ワイオミング州にある保留地における人種差別や女性への暴力、銃社会の矛盾がひも解かれる。ネイティブの女性と結婚し、混血の子をもうけた中年ハンターを主人公にすることで、この物語は西部開拓時代におけるインディアンの虐殺と同化という、負の歴史を寓意的に表現しているのではないか。
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映画評論家
きさらぎ尚
脚本家として、政治や法律から置き去りにされた人びとを書き、高い評価を受けているT・シェリダン。監督としても今回、ネイティブ・アメリカンの問題を主題に、得意分野で勝負に出たとみる。舞台の保留地は画面に衝撃的な素顔を晒す。法よりも自然が支配する土地で、人間関係が強いる緊張は、主題の垣根を越えるまでに凄まじい。こんな場所に知識の乏しいFBIの新米女性捜査官を単身送り込むとはいかにもドラマチックとも感じるが、ともあれ強固な骨格のクライム&サスペンスだ。
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映画系文筆業
奈々村久生
雪深い山をジェレミー・レナーが猛然とスノーモービルで駆け抜ける。頭よりも肉体でものを考えているような、ある種の野蛮さをまとっているレナーの佇まいや持ち味が、言葉や法的な術を持たず真実に迫る役にはまっている。その土地のタブーを一面の雪が白く覆い隠すロケーションも象徴的。現地の気候を知らずに軽装でやって来た女性捜査官が極寒の洗礼を受ける冒頭のエピソードが後半効いてくる。編集の妙も含め、随所にメタファーがちりばめられているが、故にいささか理屈っぽい。
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劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命
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評論家
上野昻志
このテレビ・シリーズが、どれほど人気を集めたかは知らないが、初めのほうの、その視聴者に、見て見てといわんばかりの、人物紹介のせわしない撮影・編集には苛々させられた。それが過ぎると、今度は、余命わずかな末期癌患者の女性と恋人の、涙溢れるお話になるのだが、それも、どこかで見たような結末を迎えと、次々繰り出されるドラマが、いずれも、いかにもな人情話めいていて脱力する。まあ、救命医療に取りかかる医師や看護婦の動きがそれらしく見える点は、悪くないけれど。
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映画評論家
上島春彦
このシリーズを見るのが全く初めてで冒頭のキャラクター大量投入には面食らうしかなかったが、大丈夫すぐに慣れます。ほとんどがいわゆる「にぎやかし」であった。医者と看護師がヘリで事故現場に向かう緊急医療体制を描くというのは自然に了解できる。映画用に細かいエピソードが沢山用意されたが、そっちは普通。面白いのは主演陣それぞれの個人的事情の解決に限られる。十年分の集大成だし、それで良かったと思う。一番効いているのは最後のサプライズ、初見の私でさえ感動した。
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映画評論家
吉田伊知郎
TVシリーズ未見でも問題ない作りなので助かるが、結婚式を縦軸に置き、事件を盛り込みながら展開させていく構成が(モノローグを各キャラへ不要に振り分けるのを我慢すれば)良い。ただし、加算の度が過ぎ、次々と事件が起きすぎて登場人物が振り回され、山下智久に重大な事態が起きると、結婚式を控えた末期がん患者の扱いが途端にどうでもよくなってしまう。それにしても同じ服を纏うせいもあって戸田、新垣が細く見えすぎる。患者に手を貸すことすら覚束ない腕の細さに興醒め。
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ラ・チャナ
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批評家、映像作家
金子遊
豊富なフッテージとインタビューで、ラ・チャナというフラメンコ・ダンサーの生涯を振り返る。これまでもヒターノ(スペイン・ジプシー)における貧困や差別の問題を扱った作品はあったと思う。だが、ジプシーの家系において女性蔑視が根強くあり、高名なダンサーまでもが家庭内では夫に支配され、家庭内暴力にさらされた事実を明るみに出した例は少ないのでは。ラストの公演シーンでは、人生における苦難を乗り越えてきた女性の深みをたたえるパフォーマンスに心動かされた。
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映画評論家
きさらぎ尚
確かに記録されているのは、フラメンコ・ダンサーのラ・チャナである。しかし舞踊家の仕事ぶりだけの記録ではなく、彼女の半生記と受け止めた。1946年生まれの、椅子に腰掛けてフラメンコのステップを踏むダンサーの肉体が発する情熱、女性の立場や老い、キャリアの絶頂期での引退と再起には、特別な才能に恵まれた女性だけのものでなく、普遍の説得力がある。私的な部分、特に不幸な結婚生活を涙声で語るくだりまで丁寧に見せ、結果、女性としての魅力が浮き彫りになった。
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映画系文筆業
奈々村久生
波乱の人生を体現するかのようなラ・チャナの激しいパフォーマンスが圧巻。神業的なビートを刻む超絶技巧の足さばきは自らの体を使って奏でる楽器のようでもある。70歳になった彼女は椅子に座ったままステージに上がるが、ステップを踏む足先も上半身の動きも全く衰えておらず、カットを割れば普通に踊っているんじゃないかと思えるほどだ。否、それはむしろ立って動き回らずとも表現できるという事実を示しているのではないか。そこにフラメンコの新しい可能性を見たように思う。
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クレイジー・フォー・マウンテン
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翻訳家
篠儀直子
普通に暮らしていたら目にすることのない超絶景、想像もできない命知らずの行為を、世界中からかき集められた選りすぐりの映像で見ることができる。しかしさらに重要なのがクラシック交じりの音楽であって、山岳映画であると同時に音楽映画でもある。これほど音楽が力を持つのは、サイレント映画が生オケつきで上映されていた時代以来ではないかとさえ思うから、サイレント映画にならってナレーションも字幕にすればよかったのにと思うけど、ウィレム・デフォーの声もやはりいい。
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映画監督
内藤誠
ドローンなどの新技術を駆使して、危険で孤独なロッククライミングの撮影があったかと思えば、詩情溢れるアルプス連峰の遠景に切り変わる。一見、脈絡のないような編集だが、見終わると山岳について楽しく学べたような気分になる。山好きが待ちかねた映画である。作曲家トネッティからドキュメンタリー映画監督のピードンにコラボレーションを申し込んで仕上がった作品だけに音楽と映像が山々の美しさと残酷さ、最近の有名企業とネットユーザーの介入による危険性までよくとらえていた。
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ライター
平田裕介
フリー・ハンドで断崖絶壁をよじのぼったり、思いっきり滑落してロープ一本で吊り下げられたりと、体のいろいろな部分が縮み上がりそうな映像が続くのだが、結局はフッテージの寄せ集めですべてが作品のために撮られたものではない。別にそれでも構わぬが、そのわりに偉そうな感じで「なぜ、人は山に惹きつけられるのか?」みたいな講釈を垂れてくるあたりに釈然としなかったりはする。そこを探求するためにも登って撮ってきなよと思うのだが。とりあえず音と画の融合は素晴らしい。
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スティルライフオブメモリーズ
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評論家
上野昻志
花を女性性器の比喩として提示する写真は、すでにアラーキーの作品にあるが、ここでは比喩でなく、直接、性器にカメラが向けられている。だが、女性のほうから自身の性器を撮らせようとするのは、何故なのか? 自分の目では見ることができないからか。対して男の場合は、単純な欲望から女性性器を見ようとする。しかし、その実際は、自身の欲望を投影した幻像を見るだけに終わる。それを正すのが写真という物質なのだろう。花より枯れ葉に似た性器の写真が、そんな思念を見る者に促す。
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