映画専門家レビュー一覧
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私の人生なのに
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映画評論家
北川れい子
車椅子のヒロインを演じている知英が、その役よりも自分の女優ぶりを強調しているのが何とも鼻につく。カメラがまたブロマイドふうのアップ映像で完璧メイクの彼女のご機嫌とり。チラシには“青春映画”とあるが、不運な女王サマがスネて甘えているというイメージで、幼馴染みの相手役、稲葉友もずっと年下の印象。ヒロインが音楽を取り戻したことで前向きな一歩を、という話だが、一事が万事、ムリヤリ感がして、お説教がましい台詞もチープ。ついでに言えばタイトルも何かヘン。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
かなり良い。映画や漫画や小説で、つまり「ジュラシック・ワールド」から「高慢と偏見」に至る様々な物語の男女が初めの印象最悪でありながら通じ合い触発しあうパートナーとなること、それを自覚する直前やわかりはじめたときのツンデレ、という普遍性の面白さが本作にもありそれが説教臭を消臭してくれてる。知英が車椅子に乗るカットの長さとその切実さは画期。ああブコウスキー俺も女好きー、みたいな自作曲をがなり、知英が心を許すまで車椅子を押さなかった稲葉友が良い。
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映画評論家
松崎健夫
本作ではワンカットによる長回しの撮影が多用されている。その演出は、役者の演技をカットで積み重ねることで表現するのではなく、連続性を持つ、あるいは継続させることで、ある種の感情を引き出すことを目的としているように見える。例えばそれは、演技によって生み出される“作られた感情”と、自然体が生み出す“素の感情”の境界を曖昧にさせる効果を生む。知英は車椅子を押しながらの演技ゆえ、スクリーンに映し出される“感情”が自然に見えるのは尚更なのではないだろうか。
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クレアのカメラ
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ライター
石村加奈
前号本欄で、ホン・サンス映画を観ながら、思考が「正直さ」に行き着き、己の未熟さに赤面した筆者だが、本作によれば「映画作りも人生も、素直がいちばん」とは、ますます深遠なる大人の世界よ。写真=映画論を説くピアニスト役のイザベル・ユペールと、恋する女社長役のチャン・ミヒ、中年女の不思議な名言(素っ頓狂な迷言)に心地よく流されるようにカンヌをさまよう中、ヒロイン(キム・ミ二)の変化がみずみずしい。女たちの話に静かに耳を傾ける、グレーの大きな犬も美しい。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ホン・サンス映画はシナリオと絵コンテを旨とする構築主義者を常に苛立たせてきた。通常作法を破壊し、吟味に背を向ける。無意味一歩手前で立ち止まり、寿司か天ぷらのようにさっと滋味溢れる作品を撮りあげてしまう。カンヌ映画祭期間中、ユペールは「エル ELLE」、キム・ミニは「お嬢さん」で出席していたのを短時間だけ借り受けて一本でっち上げたその軽快さ。ただし筆者の萌えどころは両ヒロインではなく女社長役の張美姫。往年の裵昶浩映画のミューズが今なお美しい。
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脚本家
北里宇一郎
カンヌ映画祭の合間にちょこちょっこと撮って、これくらいの質に仕上げるとは。ちとシャクにさわるけど、まあ感心。監督をめぐる恋愛模様は、どうも偽悪的。それ、自己を投影したような男を貶めて、女性陣を引き立たせる作戦だなあ。そうやって、逆に女心を?んでいるのかも。ここんところの4作続けて観ると、キム・ミニの演技の巧さが分かるし、ユペールも違和感なく映画にはまっていいアクセントになっている。やっぱこの監督、女優の活かし方、女性描写が上手。好き嫌いは別にして。
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ピース・ニッポン
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映画評論家
北川れい子
“美”がこんなに退屈なものとは!! まあね、絵ハガキさながらの絶景美を数百カットも立て続けに見せられたら、どれがどれやら途中で飽きてくるのも当然で、瀬戸内寂聴の本のタイトルではないけれども、“美は乱調にあり”ということばをしみじみ実感したり。日本人の精神とやらも何やらキナ臭い響きがあり、この作品の製作意図に危険な動きも感じてしまう。撮影に協力したカメラマンや各地の関係者には申し訳ないが、変哲もない光景や人々の営みをひたすら恋しく思いながら観た私。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
きれいな風景、邪悪な意図。映像による目隠しを行なわなければ語れぬ、圧殺的な偽りの平和を空々しくうたう。「菊とギロチン」でアナーキスト中濱鐵役をやり、俺がこんなこと言っても、と涙しながら朝鮮人女力士に関東大震災時の朝鮮人虐殺を詫びる場面を演じた東出昌大を好ましく思ったが、本作で寺田寅彦や小泉八雲になりかわってその日本賛歌を読み、虫の声を左脳で聞くのは日本人だけ、スゴイ!みたいなナレーションを猫撫で声でする東出氏はいやらしかった。今年最低の一本。
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映画評論家
松崎健夫
日本各地の風景を気の遠くなるような撮影の積み重ねによって映し出した本作。その臨場感は3D体験に近似し、家庭用のモニターではなく映画館の大きなスクリーンでの鑑賞を意図しているように見える。8年の歳月をかけた映像が美しいのはもちろんのことながら、その歳月は急速な撮影機器・撮影素材の変遷をも切り取って見せている。日本という国が持つ悠久の精神をナレーションで語る表層的な表現はともかく、映像をアーカイブとして保存することの意味と意義について考えるに至る。
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乱世備忘 僕らの雨傘運動
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ライター
石村加奈
デモ中でも、恋のチャンスは見逃さないエネルギーをほほえましく感じつつ、それ以上に、学校や仕事は休まずきっちりと責任を果たす、若き香港人の勤勉さを尊敬する。自分のしていることは間違っていないと逮捕を恐れぬ彼らだが、デモによって市民が被る迷惑については素直に申し訳なく思う。このすこやかさは、彼らを取り巻く大人がきちんとしているからだろう。運動が収束しても彼らの?んだ信念は消えないはずだ。「この映画が証」と語ったラッキーの、最後の笑顔が焼きついている。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
香港選挙の民主派排除に抗議する「雨傘運動」が爆発した2014年秋の記録映画だが、惜しむらくは運動の中心部分や決定的出来事をカメラは捉えきってはいないこと。運動の片隅でがんばる若者グループの青春日記という体だ。運動の高揚から終焉までが当事者としての思い入れをもって記録されたが、タイトル「乱世備忘」のうち「備忘」という2文字にこそ本作の趣旨が込められたのだと思う。運動は収束したが、その種子はどこかに散布されたはずという切実な願掛けである。
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脚本家
北里宇一郎
若者たちが立ち上がった雨傘運動。観てるとヒリヒリする。この日本でもその昔あった、そして今でもある光景が繰り広げられて。27歳の青年がキャメラを廻す。素人っぽい。状況に接近しすぎる。出てくる人物とか、何が起こっているか不明瞭なとこもある。けど、何とかしたい想い、怒り、悔しさ、無念、その時々の感情がライブ感覚で刻印されていて、胸を刺す。すべてが終わって、ある若者が呟く。「俺は(抑圧する側の)大人にだけはならない」。かつての自分もそうだったと、目が潤み。
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キリング・ガンサー
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翻訳家
篠儀直子
迫り来る個性豊かな暗殺者たちを、殺し屋シュワルツェネッガーがコメディ風味を交えつつ、超人的能力で返り討ちにしまくる姿を描く映画かと思ったら、彼はある種「空虚な中心」であって、周囲を殺し屋たちが右往左往し、その過程で暗殺呼びかけ人の抱えていたあれこれが明らかになる話だった。要素を一個ずつ取り出して見ればどれもすごく面白くできそうなのに、結局消化不良な印象が残る。モキュメンタリー仕立てで、ふたつの撮影クルーが鉢合わせする場面が画的にいちばんオモロイ。
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映画監督
内藤誠
元カリフォルニア州知事のシュワルツェネッガーが世界最強の殺し屋ということで、そんな彼を暗殺して、そのドキュキメンタリー映画を制作しようという発想は、いかにもB級映画らしくて、黄金期のジャンル映画を期待してしまう。遊びの感覚もあるのだが、カメラをイージーに振り回しているうちに物語もデタラメになって、ようやく出てきたシュワルツェネッガーのセリフがふざけ過ぎ。楽屋オチの冗談まで使ったギャグで、なんとか笑わせようとするタラン・キラムがノーテンキに見える。
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ライター
平田裕介
殺し屋をめぐるモキュメントとなっており、つい「ありふれた事件」を思い出した。同作を意識しているわけがないが、こちらは完全にコメディとなっている。しかし、殺し屋たちの珍妙なやりとりやガンサーに翻弄される姿を笑いに繋げたいのだろうが空回り気味。売れない芸人が集まって滑りまくっているさまを見せつけられているようで辛くなる瞬間が多々ある。といいつつもハッとするような長回しのドンパチや爆破もあり、楽しそうに出演しているシュワルツェネッガーが拝めるのは◎。
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最後のランナー
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翻訳家
篠儀直子
「アンブロークン」の後追い企画っぽいが、登場人物は一面的、人物の行動や葛藤で話が展開するわけでもないから、映画というよりTV番組で見る再現映像みたいでまるで盛り上がらない。キャスティングも美術も作品世界の構築に失敗しているため、虚構化の度合いがよくわからず、収容所が想像より牧歌的に見えるのをどこまで信じていいのか。こういうのはほんとに困る。日本人将校がフェアな面を持っていたり、善良な日本兵が登場したりは、日本の観客にとってはほっとするところか。
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映画監督
内藤誠
1924年のパリオリンピックを素材にした「炎のランナー」では、安息日には走らないと言い、種目を変えて金メダリストとなったエリック・リデル選手の話があり、熱心なプロテスタントがみんなそんなことを言い出したらスポーツ界は大変だと思ったが、これはその後の彼を追う作品だ。全体に古めかしい構成と肌触り。戦時下の中国で、彼が妻子とも別居して、宣教師活動を続ける様子が描かれていき、見ていて辛いのは、日本陸軍の少佐が出てきて、リデルに競走を申し出る物語展開。
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ライター
平田裕介
完全実録というわけではないものの、あの「炎のランナー」の後日譚がこれほど過酷だとは想わなかったので素直に驚いた。ただし、監督のスティーヴン・シンが根っからの香港活劇の人ゆえにベタなタッチで、実話ベースの重さみたいなものをこれといって感じられないうえにメッセージの刺さりも浅い。観終わって「リデルさん、大変でしたね」としか言いようがない。悪役にあたる日本兵が異様に眉を整えており、そのイキリぶりも相まってマイルドヤンキーにしか見えなかったのも難点。
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インサイド(2016・西=米)
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批評家、映像作家
金子遊
深夜にひとりで観たいB級スリラー。妊娠して出産日が迫っているときに、絶対に遭遇したくないできごとが次々に起きる。途中まで夜の闖入者の顔を見せない演出、妊婦の白いワンピースが血だらけになっていく衣裳、懐中電灯を使って闇に隠れる恐怖を際だたせる場面など、監督と撮影チームによる映像設計が良い。帝王切開への嫌悪感が、妊婦のお腹に突き立てられる犯人のナイフにつながり、白いシートで覆われたプールのラストシーンまで、イメージの連環で見せ切った手腕も見事。
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映画評論家
きさらぎ尚
出産を控え、交通事故で補聴器なしでは音が聴こえなくなった女性が、正体不明の女性に襲われる。そんなスリラー映画かと思いきや、話は想像を超えていた。あろうことか、謎の犯人は陣痛促進剤オキシトシンを妊婦に投与したのだ!? ということは襲った目的は異常な状況下で出産させることだったのか? そうだとすればかなり倒錯したホラーである。補聴器が壊れて、視覚のみならず、音が無くなることによる恐怖の演出効果もあり、不気味さはいや増すが、なんとも後味が悪い。
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