映画専門家レビュー一覧

  • なのに、千輝くんが甘すぎる。

    • 映画評論家

      北川れい子

      千輝の読み方は“ちぎら”。先般の戸籍法の改正で突拍子もない読み方のキラキラネームは受け付けなくなるようだが、それにしてもいくら漫画の主人公の名前といっても、ちぎらとは。ま、そもそも本作、観客層を女子中高生に特化したようなキラキラ学園ラブコメディで、いじめや進学、将来の不安といったリアルな悩みとは一切無縁。若い俳優たちのキラキラ演技もそれなりに小器用で、甘々のジャンル映画として、これはこれでいいんじゃないの。起承転結も明快だし。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      最近はキラキラ映画とは呼ばないのか、恋愛漫画原作のヤング男女アイドル出演恋愛映画を。そういえばキラキラ映画はよく画面にレンズフレアがキラーンと入っていた(とはいえそれらはたいていエフェクト、CGで、雰囲気として用いられ、60年代アメリカ映画の新世代撮影監督らが従来ならばNGとされた画を新たな表現としたニューなルック、という感動とも別物だ)が本作にはもうなかった。高橋恭平が自分に関心持たぬ畑芽育に関心を持つ、このようなことは確かにある。

  • KG200 ナチス爆撃航空団

    • 映画評論家

      上島春彦

      戦争「航空機」映画は好きなのでワクワクしながら見た。機体のメタリック感覚はCGかと思うくらいピカピカで嬉しいが何と実物とか。こういうこだわりが映画をグレードアップさせる。スタントマンのワイアー&ファイアーワークも念入りだし、物語もルーティンぽいけど悪くない。だが今さらナチスをここまで無能な悪者連中に仕立てる意味が分からない。国策映画みたいで嫌な感じ。ヒーローも全能の度が過ぎる。それと不思議なことにドイツ人の英語の使い方の統一が取れていない。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      この映画の最も魅力的な見せ場になるはずの肝要な序盤と終盤の銃撃戦が冗長で迫力に欠けるのが惜しい。多用されるスローモーションなども演出のチープさに加担してしまっている。ステレオタイプ化された登場人物とほとんど予想通り進むストーリーが書かれた脚本も、よく見た戦争映画をなぞるばかりで、これで2時間超えの上映時間は厳しいのではないか。これでは「トップガン マーヴェリック」の高揚感をふたたび味わいたい映画ファンや戦闘機ファンを決して満足させられないだろう。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      前半の空中戦はなかなか良い出来である。実戦だと信じられるレベルのクオリティーは維持できているし、大きな機械が空を飛んでいるという事象に対するわれわれの原始的な興奮をかき立ててくれる。しかし戦いが地上に移ってからはどうにもB級感を隠せなくなってくる。サスペンスのためではなく経済上の理由からであろうタイトなショットの連続は作品のスケール感を大きく削いでいて、説教くさく説明的なドラマは何とも興醒めだ。そこは割り切って全篇空中戦でも良かったと思うのだが。

  • エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      アバターの衣裳を着替えるようにマルチバースを自在に飛び回れるからこそ、かえってニヒリズムへと至ってしまう娘と母が対峙するなかで、俳優や登場人物たちの多様な出自や性志向、体型、年齢をただ配慮するだけでなく、交換不能なものとして真に肯定するための道筋が開かれていく。異様な情報量こそネット時代ならではだが、奇想に満ちたユーモアのセンスと哲学は、本質的にヴォネガットやダグラス・アダムスのSF小説に近い。あまりにもいびつな生命讃歌に、爆笑ののちボロ泣き。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      根本的なところからわかり合えない映画だった。最強に“変”で馬鹿馬鹿しい行動がマルチバースをジャンプする燃料になるという設定だが、おかしなことをやると宣言してからおかしなことをすること以上に滑稽なことはなく、作り手は、これが最強に変で馬鹿馬鹿しい行動だと思っているのか……と、見るたびに気持ちが離れていってしまった。また、いろんな世界をごちゃまぜにしなくても、この一つの世界、人生のなかにとても豊かなカオスを見出す、そういう姿勢のほうが私は好きだ。

    • 文筆業

      八幡橙

      なんと絢爛たる、極彩色の、めくるめく多次元宇宙人生曼荼羅! ミシェル・ヨーはじめキャスト各人のきめ細かな全身芸も、日常からとんでもない宇宙へ吹っ飛ばされる浮遊感も、引用される「花様年華」も「2001年宇宙の旅」も、すべてが時の重みを伴って愛おしく、芯の芯へとブッ刺さった。極限まで削ぎ落とされた、石と石の禅問答。そこに浮かぶ哲学。何周も廻って今、目の前の現世だって悪くない、という慈しみ深いメッセージ……。一度では味わい尽くせぬ怪作にして、快作哉。

  • ブラックライト

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      唐突な暴力から一気に展開が加速する、メリハリの効いた序盤の簡潔な演出は素晴らしく、孫を愛でるニーソンの笑顔と、無慈悲に銃火器をぶっ放し市街地でトラックとカーチェイスをする仕事モードの落差も楽しい。だが、監督が今回は脚本を兼任しなかったことが響いたのか、「ファイナル・プラン」を引き継いだ引退の主題よりもリベラルな記者との関係が前景化する中盤から映画は失速。以前ほど動けないニーソンのアクションを際立たせるための工夫も、質・手数ともに同作には及ばず。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      自分の妻や娘を誘拐されがちなリーアム・ニーソンは、誰かを救出するアクションスターと言えるかもしれない。そんな彼が本作では潜入捜査官を救うフィクサーを演じている。なるほど今度は自分と似たような者を救う役どころかと思っていると、やっぱり妻と娘が行方不明になってしまうのだから相変わらずだ。ただし、正直だいぶアクションのキレは衰えを感じさせる。また、それ以上に映画の構成自体にキレがなく、ハイライトがどこかもわからないまま気づいたら映画は終わっている。

    • 文筆業

      八幡橙

      齢70を数えるリーアム・ニーソンが演じるは、愛娘が鍵を握った「96時間」シリーズへの返歌とも言える、愛する孫と余生を過ごしたいと願うリタイア目前の秘密捜査官救出人。全盛期のアクションは厳しいという前提のもと、強迫神経症に悩まされる、往年のキレを失った主人公という設定は十分ありだが、それならばそこをしっかり補うべく人物描写やアクションの見せ方、脇を固める面々の配置に捻りと工夫が欲しいところ。何よりラスト含め、要の場面を丸々端折る演出に大いなる疑問が。

  • ホーリー・トイレット

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ほとんどが簡易トイレ内部という非常に限定された空間で展開される物語は単調で、集中力を保ちながら見続けるのは困難。爆発が間近に迫っている状況下でもほとんど焦ることなく可能な脱出策を淡々と探り続ける主人公の姿勢が、かえってサスペンス性を削ぐ結果を生んでいる。デジタルな機器や建築家という設定を生かしつつなんとか目先を変えようとする意図は端々に感じられるものの、必要以上にB級的な過剰さを強調するような人糞や血をめぐる演出も空回りしているとしか思えず。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      気づいたら仮設トイレのなかで倒れており、しかも手のひらが鉄筋に貫かれて抜け出せない男という、ほとんど不条理なワンシチュエーションものの映画だが、それにしても状況を男にも観客にもわからしていく手筈の工夫のなさがとても気になる。フラッシュバックを多用し、都合よく過去の出来事を見せたり、空想で他の登場人物と絡ませてしまうのならば、あえて限定した空間を設定した意味はどこにあるのか。痛々しかったり下品な描写もあまりうまくいっていないようだ。

    • 文筆業

      八幡橙

      いかにも新鋭監督らしい、ワンアイデアの力業光る野心作。実際、中盤あたりまでは、狭い簡易トイレ内で次々試みられるスマホや伸縮型定規、鏡、腐ったサンドイッチ、壁の穴から覗き見えるウサギ等々、あらゆるものを駆使した苦し紛れの脱出作戦のあれこれが面白く、惹きつけられる。が、問題はいよいよ終局という段になってから。あまりにくどい悪手の畳み掛けに、そこまで膨らんできた思いが一気に消沈。定石を裏切りたいという意欲はわかるものの、何事も中庸が肝心、か!?

  • エッフェル塔 創造者の愛

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      ヒロインの?剌さに心奪われる。いきなり走り出し川へ飛び込む。生意気で気が強くて頑固。男もまた曲がったことが嫌い。正義の人。仕事には妥協を許さない。若い頃引き裂かれた二人が再会する。彼女の一言で意地になってエッフェル塔を立てることを決めたり、なんだかんだと翻弄される男がかわいい。結婚してるから行けないと言ってたのに、結局行っちゃう彼女がいい。気持ちをぶつけ合うようなセックスもいい。ただ出会って好きになっただけなのに、うまくいかないもどかしさ。

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      別れたあと何年も経ってお互いに同じ気持ちでいられることは奇跡だ。そうじゃなきゃ映画にならないわけだけれど、結ばれない恋物語と、簡単には進まないパリのシンボル・エッフェル塔建設についての舞台裏と、逆風だらけのはずなのに、始終穏やかな時間がこの映画には流れている。結婚するギュスターヴ・エッフェルの娘とパートナーの存在が希薄で少しもったいない。この映画を見終わって残るのは愛するアドリエンヌの笑顔だというのは、成功しているということだろうか。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      下世話な映画である。まさかとは思ったが、「エッフェル塔は屹立する男根である」という主張に終始している。300mの塔のデッサンを描くエッフェルは呼吸を乱し、アドリエンヌとの出会いを回想して垂直に聳える紙上の塔を見据える。この序盤のくだりの露骨さ。山場として設定されるのは第一展望台完成の場面。これがなぜか穴に棒を通す儀式と化している。何をかいわんやだ。監督のセンスのなさは救いがたい。「肉体の冠」(52)に目配せするならそれに見合った品格が必要だ。

  • 丘の上の本屋さん

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      少年が公園のベンチでワクワクしながら本を開く。その顔が嬉しさで輝いている。少年と古本屋の主人との交流は本を通して行われる。どんな本を貸してやろうか、考えているときの彼の顔は喜びに満ち溢れている。話はほとんどこの本屋の中で展開する。彼の私生活は描かれない。客とのやり取りの中でどういう人生を送ってきたかがわかる。後半、少年とのやり取りがヒートアップしていく。だんだん難しい本になっていく。少年もいっぱしのことを言うようになる。不意に涙が出た。

    • 文筆家/俳優

      睡蓮みどり

      物語のほとんどがアットホームな本屋さんのなかで繰り広げられる。登場人物たちの背景、人間関係、街の顔などはそこまで深掘りされていないものの、まるで絵本を読み聞かせられているかのような心地よさがある。登場人物たちのキャラクターが典型的すぎることと、ラストで主人公リベロが迎える結末には若干疑問が残るものの、本作を大人になった今どう観るかが問われているような気がした。書物が並んでいるというだけでエネルギーに満ち溢れている。その前では大人も子供も平等だ。

    • 映画批評家、都立大助教

      須藤健太郎

      クリシェの再生産はときに微笑ましくもあるが、基本的には害悪だろう。これまでそう考えて生きてきた。古書店を営む白人の老人に、お金がないから本を買うことができないというアフリカ系の少年。老人は少年に本を貸し、講釈を垂れる。私としてはもうこれだけでかなり嫌悪感を催すのだが、最後に一番大事な本として渡されるのが『世界人権宣言』なのだ。私が君たちに人権とは何かを教えてあげよう? 植民地主義の反省はどこへ行ったのか。悪はいつも善意の顔をして近づいてくる。

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