映画専門家レビュー一覧
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The Son 息子
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米文学・文化研究
冨塚亮平
俳優の顔に焦点を当てた室内での会話劇という性質上、映画というよりは演劇に近い印象。そのせいで、各人物のやや紋切り型に寄せた性格造形が、余計にわざとらしく感じられてしまう面もあったか。とはいえ、名優たちの演技がどこにでもいるような人物像に一定のリアリティを与えることで、重厚で誰もが考えさせられる内容になっているとは言えるし、とりわけ10代の不安定さを見事に体現した息子ニコラス役のゼン・マクグラスが、彼らに引けを取らない存在感を発揮しており素晴らしい。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
悩める息子を理解しえると勘違いしているヒュー・ジャックマン演じる父親の滑稽さと、その滑稽さを真面目に、そして深刻に見つめるカメラのアンバランスさに妙な味わいを覚えた。この不均衡さが、息子の不安定な精神にリンクしていると見えなくもない。そんな息子、父親の揺れる心情に対して、一場面の登場ながらヒュー・ジャックマンの父を演じたアンソニー・ホプキンスのまったくブレない父権性を振りかざすさまはさすが。必要以上にセクシーに描かれるヴァネッサ・カービーも印象的。
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文筆業
八幡橙
逞しく完全無欠に見える父親の不貞により、母と共に打ち棄てられ、行き場を失くした少年の絶望と葛藤。父のまた父の代から続く根深い系譜を核に、ゼレール監督は今回も幾重にも積もった複雑な思いを、少年のみならず、取り巻くすべての人々の立場に目を配りつつ細密に、濃やかに描き出す。リビングでダンスに興じるシーンの明るさの裏に横たわる罪悪感や苦み、諦観の底知れぬ深さよ。観る者の価値観をまっすぐ問うラストにも、ただ息を呑んだ。鈍痛が尾を引く余韻を含め、圧巻。
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シンデレラ 3つの願い
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米文学・文化研究
冨塚亮平
誰もがものの数秒で思いつきそうな、主体的で王子以上に「男らしい」シンデレラ像は、あまりにも安直で現代性に媚びたアップデートにとどまっており、じゃあルッキズムや王子様幻想は放置していいんですか? などと意地悪く突っ込みたくなってしまうし、わずかな改変を施すだけで、なぜほぼ誰もがすでに知っている物語を新鮮に語り直すことができると考えたのか、理解に苦しむ。低予算ゆえにビジュアル面の迫力が望めないのは仕方ないとしても、もう少しできることはあっただろう。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
シンデレラといってもチェコの作家によるメルヘンを土台とした東ドイツとチェコスロバキア合作「シンデレラ/魔法の木の実」のリメイク。乗馬が得意なシンデレラというのはなかなか新鮮で、冒頭付近の雪原で馬を走らせるシーンなどは、とても気持ち良く、実に晴れやか。囚われているはずのシンデレラが、しかし自由でもあるという美しくまた、本作の根幹になる重要なシーンだ。反対にむしろ王子のほうが不自由で、シンデレラのほうが王子を救うという点が本作を今描く意義だろう。
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文筆業
八幡橙
誰もが知る既存の枠を土台に今、敢えて新たに練り直すならば、オリジナルからは思いもつかない斬新な展開や鮮烈な人物像、再生に意味を持たせる価値観の刷新を期待したくなるところ。だが本作の場合、原本の筋にぱっと思いついた当世っぽい要素を単純にまぶしてみました(例えば付けヒゲとか!)みたいな安直さばかりが印象に残った。コンプライアンス的目配せも、最後にまとめて片付けとけばいいといわんばかりの粗雑さが。せめて旧作の童話風趣きと爽快感さえ残されていたら!
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メグレと若い女の死
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米文学・文化研究
冨塚亮平
とにかく画面も物語もやたらと暗い。哀愁と陰影、仄暗い欲望に満ちた、カタルシスとは無縁のいかにも精神分析と相性の良さそうな探偵物語は、これぞフランスの文化と思わされる要素の多くを体現しているようで大変好ましい。全身に疲労や倦怠の雰囲気を滲ませながら捜査に臨むジェラール・ドパルデューも見事なハマり役。「コナン」のような展開を期待する日本の観客の一部は肩透かしを喰らわされるかもしれないが、酸いも甘いも?み分けた大人の世界の渋さにぜひ浸ってほしい。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
ジェラール・ドパルデュー演じるメグレ警視のシルエットが愛らしくてすこぶる良い。しかし若い女性の不審の死を追うことで見えてくる、華やかなパリの裏側や上流階級の世界の闇といった真相に関しては、あまり深みを感じられなかった。破綻もなく、深みにハマりすぎることもなく淡々と進行していくさまは、探偵ものの映画としてはウェルメイドな作品とも言えるかもしれないが、それにしても物語的な起伏も控えめで、個人的にはあまり印象の残らない作品となってしまった。
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文筆業
八幡橙
全篇にたゆたう儚げでクラシカルなムード、ドパルデュー演じるメグレ警視が醸す哀愁、彼をとりまく、詳細は語られぬままの実の娘を含む3人の若い女たち――。犯人は誰か、という謎よりも、事件に至る過程を、浮上する人物と人物を丁寧に線で結びながら紐解いてゆく王道古典ミステリ。本来の持ち味を生かしつつ、官能的ともいえる映像と抑制の効いた語り口で原作を巧みに再構築したルコントの手腕に唸る。ベティを演じるジャド・ラベストの、ジャンヌ・モローを思わせる風貌もいい。
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コンペティション(2021)
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
クレーンで吊るされた巨大な岩の下でのセリフの読み合わせ。奔放な女性監督の暴言に振り回される俳優二人。男は顔に傷をつけられて激怒する。監督は男にまたがって体を密着させ傷の具合を見る。妙にセクシーなシーンでドキッとする。彼らはリハーサルで何本も仕掛けられたマイクの前で女性とキスをさせられる。監督が見本を見せるって言って猛然とキスを始める。アホだ。呆れる。俳優の嘘に翻弄され、本当だか嘘だかわからなくなる感じが面白い。意地が悪くて皮肉たっぷり。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
今までペネロペ・クルスが魅力的ではないと感じたことが一度もない。この役がはまり役かどうかはわからないが、いずれにしても大変魅了された。彼女の表情をじっとみているだけで映画としての楽しみが何倍にもなるのだ。本作はペネロペだけでなく、役者たちの演技合戦(二人の役者の話なので)と少しビターな大人のユーモアに引き込まれていく。存在感の闘いだと言ってもいいかもしれない。シリアスななかに思わず笑ってしまうシーンなどもあり、バランスも秀逸で完成度が高い。
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
基本はペネロペ・クルスのお色直し映画で、彼女は登場するたびに髪型を、眼鏡を、装身具を、衣裳を替える。だが、彼女が演じるのは俳優(視線の対象)ではなく、監督(視線の主体)である、と。配役の効果にせよ、作劇の構図にせよ、画面のコンポジションにせよ、たしかにすべてが明確でありながら、どこか釈然としない部分が残るが、ひとそれを感性の違いと呼ぶ、ということか。なお、ペネロペの衣裳と同等に多いのが会話シーン、そのヴァリエーションを様々に試す映画でもある。
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ハンサン 龍の出現
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
船底ではたくさんの人間が艪を漕いでいる。船は人力で進む。この時代、船と船はどういう風に戦うのか。お互い大砲と鉄砲で撃ち合う。近づいて相手の船にカギのついたロープを引っ掛け乗り込んでいく。主人公の男がいつも沈着冷静で惚れ惚れする。何があっても動じない。両軍ともいくつもの偶然に助けられながら、あの手この手で戦いを続けていく。部下たちが大将を信じ切って、己の身を捨てて行動するのがグッとくる。我慢に我慢を重ねて最後、作戦がうまくいった時の爽快感。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
普段見ていないのにこう書いてはいけないかもしれないが、大河ドラマがちらちらと頭をよぎる。音楽も、カット割も、ナレーションの入れ方も。そして溢れ出る大河ドラマ感を前に、何だか自分自身がずいぶん老け込んだような気分になってしまった。日本人役も韓国人俳優が演じており日本語吹き替えなのだが、おかげでここ数年吹き替え映画を見ていなかったということを思い出した。どのシーンもずっと同じに見えてしまう私が時代劇映画について書く資格がないという自覚が高まった。
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
ドラマを立ち上げるには顔に頼るしかないという信念に支えられている。「信念」というのは、その是非や効果がたしかかどうかは不明だと思うからである。作戦会議のときも戦闘場面のときも、敵と味方を問わずに将軍たちの顔と顔をつなげていくばかりだが、とっておきの兵器であり、作劇上で鍵となる「亀船」もまた龍の顔がある(そしてそれを隠すこともできる)という点が特別なのである。なお、本作では作戦とはほとんど船の陣形を指すが、これもまた「図=顔」の言い換えである。
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REVOLUTION+1
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
即席で完成まで漕ぎ着けたことは吉と出たか凶と出たか。吉と言えるのは、まだ記憶が生々しいが故に「観てみたい」と純粋に思わせてくれたこと。リスクを引き受け、短期間で役を仕上げたタモト清嵐のプロ意識にも感心。凶と言えるのは、想定以上に容疑者に世間の同情が集まったことからくる微妙なズレか。安いデジタル映像による、報道の焼き直し的モノローグで綴られる再現ドラマパートがまどろっこしい。作家の特性をふまえるなら、もっと妄想に振り切った方が潔かったのでは?
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映画評論家
北川れい子
昨年9月の安倍元総理の国葬に合わせて単館公開された本作の“未完成版”の情報は聞いてはいたが、ざわつくタイトルはともかく、作り手側の、主人公に対する心情、忖度が妙に中途半端な再現劇だったとは。当然、事件後にマスコミなどが散々報じた背景状況の通りに展開する。そういえばかつて誰かが、革命はロマンだ、と言っていたが、それを意識したように、唐突に、主人公が星を目指しているというのも曖昧で甘っちょろい。家族に流されない妹のキャラクターが唯一頼もしい。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
期待以上ではない。題材と製作の速度、タモト清嵐の演技と存在感のほかに、もっとこちらを撃つものが欲しい。控えめに言っても私は元首相の暗殺とその犯人の来歴におもしろさを感じてしまっている。おそらくその点で一致する本作が、安倍晋三や現体制を批判しない人たちを巻き込めなさそうなこと、そういう不器用さ、粗さが悔しい。観念に頼りすぎたのでは? 本欄に並ぶ他の英字題名作品がやっていたようにモノによって細部から語るべきだったか。しかし必見の映画だ。
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Winny
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「実際の事件に基づく映画」で肝心なのは「どの事件を取り上げるか」と「それをどう描くか」の二つだが、その前者において本作は日本映画として稀に見る有意義な作品。どうして現在の日本産業界がこんな体たらくになってしまったのか。報道で知ったつもりになっていたWinny事件が、丹念に掘っていけばその核心を抉るような出来事だったことに刮目させられた。画的には地味になりがちな題材を、またしても東出昌大の好演がカバー。世間の評価と実力にこれほど乖離がある役者もいない。
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映画評論家
北川れい子
格別ネット上の専門用語が多いわけではないし、主人公の逮捕容疑は、彼が開発した“Winny”をめぐる著作権法違反幇助。けれどもハイテク絡みの情報はからきしお手上げのこちらとしては、実話の映画化と承知していても、事の重大さが?みきれず、警察の尋問調書をめぐる問題も加わり、混乱する。それだけに渦中の人になってしまう主人公役、東出昌大の、世間の雑音に動じない飄々とした演技が際立つ。そういえば並行して描かれる県警の裏金作りも実際に起こった事件だった。
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