映画専門家レビュー一覧
-
日の丸~寺山修司40年目の挑発~
-
映画評論家
服部香穂里
あまりにも状況の異なる放送当時と現在とのあいだに無理やり共通項を見出す新人監督が、信奉する寺山修司の実験的かつ確信犯的な試みを闇雲に再現しようとする、思いつきにも似た発想に疑問を覚える。さすがに途中で限界に気づいたと見え、寺山を知る関係者たちの裏話へと切り替わるが、期せず批判の矢面に立たされ、音信不通となった女性インタビュアーの不在が、寺山の挑戦の負の側面を曖昧にし、番組の功罪を再検証する上でも、重要なピースが欠落しているように思えた。
-
-
少女は卒業しない
-
映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
今や日本映画界のキーパーソンと言ってもいい活躍ぶりの河合優実を筆頭に、生徒役の役者はみな魅力的に撮れている。複数のストーリーラインを併走させながら、どのストーリーラインも妙に間延びしているというのも、ナラティブとして新鮮。ただ、それぞれの生徒たちが抱えている葛藤が、当事者以外にとってはどうでもいいことばかりなので、映画ならではの吸引力を生み出すには到ってない。それがこの作品の狙いであるならば、原作の映画化としてはほぼ完璧なのだろうが。
-
映画評論家
北川れい子
高校卒業直前の生徒たちの2日間をスケッチふうに描いた群像劇で、スケッチといってもそれぞれのキャラのデッサンはかなりしっかりしていて、これが長篇第1作の中川駿監督、テンポのいい会話のやり取りを含め、実に巧みである。10名以上の生徒たちの状況や立ち位置が時間とともに見えてきて、このあたりの演出も鮮やか。彼らの卒業後、この高校が廃校になることが決まっていて、でも感傷より足元の不安。生徒たちの雑念を浄化させるような〈ダニ-・ボ-イ〉の歌と花火も効果的。
-
映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
なるほど! 卒業式という祭りが「グランド・ホテル」的な枠組みになる、と。高校生活ものなら文化祭というイベントもあるが、卒業式のほうが区切りとして強いし、各個、各グループの行動の幅が出る。面白い。河合優実の存在感とちょっとしたサプライズ的な見せ方。まさか国連の加盟国が193カ国あるということに泣かされそうになるとは思わなかった。いや泣かないが。佐藤緋美のアイルランド民謡とそれを見る小宮山莉渚もよかった。ネタを盛り込める大枠でもうできたという映画。
-
-
ちひろさん
-
映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
マグダラのマリアのような、あるいは菩薩のような、主人公ちひろの人物造形に唸る。ある意味、男性の理想や幻想を具現化した現実味のない存在でありながら、やがてそれが反転してリアリティを帯びていく。実際、彼女のような心の空洞を抱えた女性に会ったことがあるような気さえしてくる。それもこれも、有村架純が演じているからこそで、今泉力哉の抑制された演出もその魔法に平伏しているかのようだ。願わくは、今後もその傑出した才能に相応しい出演作に出てくれますように。
-
映画評論家
北川れい子
原作漫画の映画化だからなのだろうが、今泉作品の特徴(!)である時間潰しとしか思えない無意味なお喋りや、無意味な行動は今回ほとんどない。他人に何も求めず、何も期待しない独り上手なちひろさん。でもときにはさりげなくお節介を焼き、子どもを相手に本気で喧嘩をしたり。そんなちひろさんを磁石に見立てた群像劇で、一見、ドライに振る舞う有村架純の演技が逆に余韻を残す。キレイごとではない主人公ということで、安藤桃子監督「0・5ミリ」の安藤サクラを連想したりも。
-
映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
甲子園出場校の履歴みたいに何年ぶり何回目という頻度で私がこの欄につい書くのが“有村架純はいまの労働者階級のマドンナ”というひと言だが、本作を観てやはりまた強くそう思う。その生活感と一体の魅力に本作のちひろのキャラがプラスされて“保守的家庭像への批判者たるヒロイン”とも感じる。原作漫画の生臭さや剣呑な部分(ちひろの誘惑上手逸話や、随所の暴力性)はセーブしたか、とも思うが、澤井香織と今泉力哉による脚本、今泉演出はツボを押さえて語りきった。
-
-
エンパイア・オブ・ライト
-
映画評論家
上島春彦
エンパイアってつまり帝国劇場だね。海辺のリゾート地に建つ名門映画館が舞台で「炎のランナー」のガラ・プレミア誘致という話題が楽しく、最後に「チャンス」の名シーンが引用されるのも嬉しい。同時代感覚が触発される映画愛映画は珍しい。死後、美化されることが多くなった英国サッチャー首相、およびその政権への異議申し立てという隠し味も効果的だ。性奴隷として扱われている女性の復讐譚は必ずしも小気味いいわけじゃないのだがその辺りの苦さがいかにも英国映画の作風だ。
-
映画執筆家
児玉美月
ハリウッドで映画についての映画が続くなか、前号で取り上げたチャゼルの「バビロン」とはある意味で対極にあるような作品。眠っていた映画館の灯りがともってゆく過程を息の長いショットで見せるオープニングシーン、そしてそれに続くオリヴィア・コールマンがひとり自宅で過ごすシーンの導入部から一気に引き込まれる。暗闇と光が最も重要な主題にあって、映画館はむろんそれ以外の照明演出も凝っている。これはメンデスの傑作「アメリカン・ビューティー」にも匹敵する美しさだ。
-
映画監督
宮崎大祐
いまだに映画的な演出を用いているところをほとんど見たことがないサム・メンデスにこんな隠れた映画愛があったとは知らなかった。前回取り上げたデイミアン・チャゼルのナルシシスティックな映画愛と比べるとメンデスのそれは随分とつつましく、悪い印象はない。主演のオリヴィア・コールマンはじめ俳優たちも頑張っている。ただ映画の中で映画の圧倒的な力を見せることが出来ていないのに映画自体を映画のもっている力になんとなく委ねてしまっている点は同類と言わざるを得ない。
-
-
アラビアンナイト 三千年の願い
-
米文学・文化研究
冨塚亮平
古来より存在する物語の定型を用いつつも、そこにフェミニズムを経由した新たな語りの方法を重ね書きしようとする、前監督作同様の意欲作。恋愛をめぐるおとぎ話の構造を残し、目眩く神話世界を美しい映像で表現しながら、同時に孤独を愛するアリシアの主体的な選択をも同時に肯定する離れ業を実現する奇抜な設定だけでも見事だが、それ以上に、あえて最小限しか説明せず余白を残すことで、単なる優等生的なアップデートとは一線を画した多義性を作品に付与する演出が何とも心憎い。
-
日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
かつて物語は混乱を鎮める唯一の方法だった。昔は未知の力に人は名称をつけて神話を語った。神話とは遠い昔知り得たことで、科学とは今知り得ることである。そして遠からず創造の物語は科学の語りに取って代わられるだろうと、この映画の物語論の専門家は言う。しかし愛は科学で語ることができるだろうか。いまだかつて解き明かされておらず、そして今後も解き明かすことができない愛という未知の力を知るためには、いつまでもラブストーリーが必要なのだと、本作は語っている。
-
文筆業
八幡橙
ジョージ・ミラー待望の新作。にしては思いの外地味で単調で退屈だ、と感じる向きもあるだろう。とはいえ、個人的にはこの物語、なぜか無性に心惹かれた。シェヘラザードの時代から、人はなぜフィクションを、物語を欲するのか。その原点に真正面から向き合わんとする、覚悟にも似た思いがひしひしと伝わるゆえか。これはある意味、暦が還るほど年を重ねた大人が縋るイマジナリー・フレンドの物語。マスクをして一人、ロンドンの地下鉄に揺られる主人公の孤独に、コロナ禍の寂寞を見た。
-
-
もう、歩けない男
-
映画評論家
上島春彦
邦題がストレートでかえって驚くものの、実話に基づくというので納得する。順風満帆な営業マン人生を送っていた青年が突然の事故に遭い、首から下が麻痺状態で生きることになる。少年時代から向こう見ずの性格というのを冒頭で提示するわけだが、もっと何か怪しいサスペンスフルな物語が始まるのかと思ってしまった。結構肩透かし。恋人との関係の移り変わりが最大のポイントになるべきなのだが意外とあっさり。実話だから仕方ないか。ともあれチャレンジングな人生は続いていく。
-
映画執筆家
児玉美月
エリートの男が突如として障害を背負うことになる映画というところでマチュー・アマルリックが好演した「潜水服は蝶の夢を見る」を思い出したが、POVショットを使いながら観客に追体験させる「潜水服?」とは異なり、本作はオーソドックスな作りでみせてゆく。何らかの苦境に陥った男が赤ん坊さながらに横暴に振る舞い出し、周囲の女性を母親化して成長してゆく物語には食傷気味ではあるものの、爽やかな鑑賞後感は悪くない。しかしほかの類似作品と比べるとやや弱い印象も受ける。
-
映画監督
宮崎大祐
主人公に病なり障害があり、家族の支えやディスコミュニケーションを経て、それでもやっぱり生きてるって素晴らしいよねという地点にたどり着くのが近年の難病ものの定型であり、限界でもあり、本作もそこから大きく離れはしないのだが、主人公アダムを演ずる『ブレイキング・バッド』のアーロン・ポールがよくがんばっていて、それだけでも平均点はあげたくなる。だがやはりどうにも絵が安っぽく、ひと昔前のアメリカン・ドラマっぽく感じてしまうのは、予算や技術の問題ではないのだろう。
-
-
逆転のトライアングル
-
米文学・文化研究
冨塚亮平
大いに笑える箇所は多々あるのだが、一方でいかにもカンヌが好みそうなわかりやすくシニカルで知的なユーモアの質がやや鼻につくところも。過激さで照れ隠しをしつつも、ウディ・ハレルソン演じる酔っ払い船長がマルクスを引用する演説場面に監督の本音が現れていることは明らかで、カネとクソとゲロを並べる下品だが理に適った演出から、なぜか邦題で無用なネタバレをかましている逆転の展開まで、総じて秀才インテリが頑張って頭で考えた資本主義社会への風刺という印象は拭えず。
-
日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
男性よりも女性のほうが給料が良いという、男女格差の逆転が起こっているモデル業界に身を置く男女のカップルが、ディナーをどちらが奢るかという言い争いを始める、第一パートがすこぶる面白い。華やかな設定でありながら、あまりにも卑近なやり取りが繰り広げられるギャップ。そしてそこから見えてくる日常的な不均衡さを皮肉を込めてエレガントに描いている。これ以降のパートも十分に楽しめ、とても良くできてるように思うが、逆転の構図が見えすぎているような気もした。
-
文筆業
八幡橙
なかなかに強烈かつ痛烈。原題の「悲しみのトライアングル」は眉間の皺をも意味するようだが、男女の立場や貧富、美醜など、さまざまな価値の逆転を風刺たっぷりに描く内容を見る限り、的を射た邦題と言えるのかも。約2時間半の長尺も、笑いあり毒あり意外性ありで、飽きずに楽しんだ。コンプライアンス重視の現代の抱える矛盾を、どちらか一方に偏ることなくストレートに突く野心作。汚物各種の大噴出も厭わぬカンヌ2連覇リューベン・オストルンドの攻めの姿勢に今後も刮目。
-
-
ワース 命の値段
-
映画監督/脚本家
いまおかしんじ
やたら真面目そうな弁護士が主人公。彼はすごいオーディオセットの前に座り一人静かに音楽を聴く。真面目でいい人なんだけどちょっと偏屈。融通がきかない。正しさを押し通し行動するがうまくいかない。男は苛立ち落ち込む。周りの人たちがさりげなく彼を助ける。みんな実にいい人だ。男は少しずつ変わっていく。その変化にグッとくる。電車の中で音楽を聴いていてテロになかなか気付かず、周りの人がざわざわしている中、ふと振り返って窓外を見たときの彼の顔が忘れられない。
-