映画専門家レビュー一覧
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Winny
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
主人公のコッテ牛の如き御しがたさと特異能力に「ファイヤーフォックス」のミッチェル・ガントを想起。イーストウッドの映画というかC・トーマス原作の、この胡乱な奴は大丈夫かと疑う傍の人物が、あるときガントが戦闘機に乗りたいという渇望をむき出しにしたことで、この男だと腑に落ちたあの感じ。個の突出と無目的な発明(根底にはフラットさの志向)に対立する警察的取り締まりの構図。そういう人物造形と関係性描写が「REVOLUTION+1」にも欲しかった。
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有り、触れた、未来
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脚本家、映画監督
井上淳一
このご時世にオリジナルでこの規模の作品を成立させるのは大したもの。よく出来ているし。だから苦言を少し。群像劇だから長くなるのは仕方ないが、それにしても長い。心情をすべて台詞で語り過ぎ。半分とは言わないが、せめて三分の二に。あれは映画の余白を奪う。あと僕なら演劇パートを切る。演劇、バンド、太鼓、拳闘じゃ表現アイテムが多過ぎ。桜庭ななみが弱いので、演劇友人を桜庭と合体させる。そしたら母の死も不要に。劇中劇でテーマを語るのは御法度。脚本監督の限界か。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
震災や津波という言葉を一言も出さず、喪失感を自明のものとして、この世に残されて今を生きる者たちに寄り添おうとする。震災だけでなく交通事故やガンやコロナ禍もあるわけだが、そうして何かを失った人々が、芝居にボクシングにバンドに高校生活に向き合うのを温かく見つめ、その背中をそっと押す。青いと言えば青いのだが、そうでもしないとこの心の空白を語れないという切実さは伝わってくる。願わくは、その切実さをもう少し映画的な表現に昇華してほしかった。
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映画評論家
服部香穂里
被災地を主な舞台にしながら、人身事故を機にすべてを失ったヤクザや、青春を先延ばしして岐路に迷う舞台人らを効果的に使い、普遍的な群像劇を志したのが奏功。さりげなくも豪華なキャスト陣の、役どころをわきまえ抑制を利かせた演技が、少々メッセージ性が強めの台詞にも、まろやかで滋味豊かな趣を添える。年齢的にあべこべな生死がありふれ、救えたかもしれない生命さえ失われている今、ネガティヴな思考に支配されがちな心の渇きに、ほんのり潤いを与えるかもしれない意欲作。
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オットーという男
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映画評論家
上島春彦
感動作なので是非ご覧いただきたいが、ちょっぴり残念なことに優等生的な感動なんだよな。最初を見れば終わりが分かるという。そういう映画はあっていいんだが定型を超える細部の輝きが欲しかった。特に隣人の愉快な黒人青年との絆が失われる過程が説得的に描かれないのは問題。結局、TOYOTAのせいなんですか。不動産屋が一方的に悪者でSNSジャーナリストが善人、という発想にもなじめない。若者時代と老年時代を満遍なく描こうとして虻蜂取らずになってしまった。惜しい。
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映画執筆家
児玉美月
断続的なフラッシュバックはつまり自死を目論む男が美しい過去へと何度も手を引かれていることを暗示する。回想の時間的距離はときにガラスの曇りを用いた映像で表現されるが、しかし彼が過去へと連れていかれそうになるたびドアを叩く音などで遮断される。本作は生をこの世に留めようとする何気ない出来事の連なりの美しさを描く。トランスジェンダーの逸話が含まれる以上、誕生した命を祝う場面で「BOY」(割り振られた性別)の文字を強調し青色で彩る描写に再考の余地はある。
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映画監督
宮崎大祐
夫婦の出会いの素晴らしさ以外はパワハラじじいのイキり走馬灯観賞にずっとつきあわされているような理不尽な感覚。何よりトム・ハンクス演じる主人公オットーの心理変化の契機がほとんど描けていないので、つぎつぎと都合よく来訪する他者に心を開くようになっていく理由が皆目わからない。開いたから開いたんだという強引であざとい展開はこれ系の映画によくある、生き物ならば落涙せずにはいられない終末に向かって観客を無骨に引きずっていくわけだが、強烈な違和感は払拭できず。
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七十七天 Seventy-Seven Days
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映画評論家
上島春彦
中国の高山地帯の風景を見るだけで必見、とりわけ融雪洪水の場面が圧巻。ドキュメンタリー映画に時々登場する真っ平な塩湖の絶景にも見惚れるしかない。だが(実話だから文句を言うと怒られそうだが)車いす女性のエピソードが無駄。これを省いて80分にしていたら傑作なのに。ベア・グリルズだってエド・スタッフォードだって一人で何でもやってるではないか。CG合成の竜巻も不要。ピュアリティが却って失われる気がする。動物と青年の関わりだけで絶対面白くなったはず。惜しい。
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映画執筆家
児玉美月
マイ・フェイバリットであるウォン・カーウァイ「花様年華」、是枝裕和「空気人形」、トラン・アン・ユン「ノルウェイの森」を結ぶ共通点が、すべて撮影をリー・ピンビンが担当していることに気がついたことがあった。本作の撮影監督がそんな彼にあって、さすがに広大な自然を捉えた厳かなロングショットなどに目を見張る瞬間があるとはいえ、人間がそこには映っていない。実際かなりの労力と危険を冒して撮影されたにもかかわらず、それが画面から伝わってくることはない。
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映画監督
宮崎大祐
中国のトヨエツが中山美穂っぽいヒロインと感傷的な言葉を引き連れチベットの大地をゆく。と、道具立ては某巨匠の作品を想起させるのだが、残念ながら恋愛ドラマも野生動物たちとのサスペンスもうまくいってはいない。だが想像をはるかに上回るチベットの景色を引き画で見せられると、そんな物語構成上の些事などどうでもよくなってくる。自分が生きているうちに決してたどり着くことがないであろう世界のどこかにはこんな景色が広がっているのだと夢想させるだけでも映画は十分だ。
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ひとりぼっちじゃない
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脚本家、映画監督
井上淳一
自身の原作を自身の脚本で監督する。脚色は原作に縛られ、演出は脚本に縛られなかったか。そうとしか考えられない無惨さ。現実と幻想の境界の曖昧さを、自分が見ている時以外の相手は分からないと言い訳しないでキッチリと描くべき。「ツィゴイネルワイゼン」はそれをやっているから傑作なのだ。水中で吐き出す空気の効果音では何も表現出来ない。行定さんは何も言わなかったのか。一人三役だからこそちゃんとした外部の批判と指針が必要なのに。好きにやれは優しさでも何でもない。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
出会った女に導かれるように、男が自分探しの迷宮へと入り込む。よくある筋立てを具体的な強い画で見せようとしているのはわかる。他人の口腔内をのぞく歯科医の双眼ルーペといい、まるで温室のように観葉植物が生い茂る部屋といい、カギのかかっていない突き当りのドアといい、ベランダの錆びた物置といい。ふわふわとして謎めいた馬場ふみかとは対照的に、現実を直球で突き付ける河合優実の存在感も貴重だ。ただ才気走った画に人物の心理がついていかないうらみがある。
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映画評論家
服部香穂里
来る者は拒まぬ彼女の思わせぶりで引っ張るが、尺は延び疑問符ばかり増える。彼女を作品のモチーフにするなど、ただならぬ関係と思しき親友の参戦が、第二、第三の男の影を匂わせ、さらに事態を厄介にする。互いに分かり合えぬ恋愛の不可思議を、自身さえ掴みあぐねる主人公の目線に徹して紐解く意図は分かるが、彼が惹かれる彼女の特別さを表現しきれていないからか、次第に常軌を逸する彼の行動も、心のつながりを求める愛よりは即物的な執着の産物に見え、情感まで半減した印象も。
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デスNS インフルエンサー監禁事件
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映画評論家
上島春彦
監禁ゲーム映画のファンなら見ておくべき。残虐描写はないので安心を(というのもヘンか)。だが映画慣れした方ならば展開が読めるだろう。原題「ディインフルエンサー」とはインフルエンサーの在り方を否定しているわけだ。SNS社会への異議申し立てという発想は理解できないでもない。しかしちょっとぐらい目的が高邁でも、やってることは洗脳ではないか。娯楽として楽しめるレベルを逸脱している。これを見た人は有名なパトリシア・ハースト誘拐事件の顛末を思い起こすだろう。
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映画執筆家
児玉美月
人気インフルエンサーが突如監禁され、制限時間内に規定のいいね数を稼ぐゲームを強いられる……どこかで聞いたような展開ではあるが、荒唐無稽さに乗っかりながら途中までは楽しめる。痛い描写がことごとく省略されているのも、グロ描写を避けて心理戦に重きを置くためなのだと納得できれば期待が高まるものの、あまりに教育的というか説教臭すぎるオチには鼻白む。SNSやインフルエンサーを「悪」のみで断罪しない、予想を裏切ってくるような要素が僅かでも介在してほしい。
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映画監督
宮崎大祐
手を抜いた暴力に何の工夫もないカット割り、そして心底どうでもいいオチ。こんなものをこのご時世に90分以上眺めさせられている私は一体何なのだろうかという存在論的な問いに陥った。こうしたお戯れを職務上の必要に駆られて年に数回見るたびに思うのだが、我が国の専売特許だと思っていた「物事をまともに考えていない大人が制作した何それ」は当然ながら広い世界にも溢れかえっていて、それをわざわざ人の時間を奪ってまで見せつけようとする営みには悪意すら感じる。
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オマージュ
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
新作が撮れない映画監督。今まで撮ってきた映画もパッとしない。悩みは仕事だけじゃない。家庭もうまくいっていない。関心のない夫に減らず口を叩く息子。バイトで昔の映画の修復作業。失われたフィルムを探す旅。かつて編集部だったおばあさんが久しぶりにフィルムを手にしたときの高揚した顔が忘れられない。車の中で自殺した女性。潰れかけの映画館。幽霊の声。そこここに死の匂いがする。修復作業は死んだものを生き返らせる作業。彼女がだんだん図太くなっていくのが面白い。
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文筆家/俳優
睡蓮みどり
「女は30過ぎたら書き手としてつまらなくなる」「結婚したら女優として使いづらい」そんな呪いの言葉が蘇る。女がタバコを吸うだけで検閲によりカットされた時代、どれだけ女性が映画監督でいることが大変だったか。子の存在を同性の仲間にさえ隠さなければならないなんて。過去に思いを馳せながら今を生きるジワンが映画の音声修復をめぐり奮闘する。取り壊し寸前の映画館、カットされたフォルムを繋ぐシーン、どの瞬間も優しく強いリスペクトと映画愛に満ち溢れた傑作。
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映画批評家、都立大助教
須藤健太郎
シン・スウォン自身が韓国映画初の2人の女性監督の足跡を辿る内容のドキュメンタリーを2011年に監督しており、本作はそれを基にした作品だという。「女判事」も実在する映画とのこと。映画史のミッシングピースを埋める作業こそが新たな映画作りそのものなのだ。頼りになるのは田舎で隠退生活を送る編集者の女性。まな板が編集台となり、フィルムの断片がつなぎ合わされる。シーツはスクリーンとなり、かたや廃墟と化した映画館のスクリーンは路上を映す鏡となる。知性の輝き。
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なのに、千輝くんが甘すぎる。
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「片思い、それは好きな人に思いが通じることなく一方的に恋焦がれること」というモノローグを聞き流せる観客がいることを否定はしたくはない(原作コミック由来かどうかは関係ない。これは映画だ)。そういう極端に狭いターゲットに向けた作品にも存在意義はある。しかし、「今夜、世界からこの恋が消えても」のように国外で現象を生む作品も出てきた現在、まだこの水準のティーンムービーを量産するつもりなのか。まずは、日中シーンの不自然な照明をなんとかしてほしい。
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