映画専門家レビュー一覧
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GUNDA/グンダ
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
豚に続いて映される鶏を見て、ふと若冲のことが念頭をよぎった。時代も国も美学も感性も無視したありえない連想であり、この母豚のポートレートを《動植綵絵》の1幅に加えたくなるなどとはいうまい。だがカメラによる描写は細密であり、細密であるがゆえに幻想の世界へとつらなり、動物がその環境と組み合わされる。基本的には豚でも子豚でも鶏でも牛でも、撮影対象の視線の高さにカメラを据える、その描写の方針がいい。前作「アクアレラ」の反省からか、音楽を排して正解だろう。
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ローラとふたりの兄
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
とにかくいい人しか出てこない。めんどくさい兄ふたりに、めちゃくちゃ可愛がられてる妹。みんな生きるのがヘタな人たち。優しさが裏返って、相手を傷つけてしまう。ユーモアに包んだ繊細な描写が、心地いい。見落としてしまいそうな小さな出来事を丁寧にすくい取る。兄ふたりの仲の悪さに笑ってしまう。兄弟ってそうだよなと思い出した。仲は悪いけど、どこかに愛情がある。妹に彼氏ができたときの、彼らの反応が良かった。即座に否定してしまうのは、愛情ゆえだよね。
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文筆家/女優
睡蓮みどり
男女のすれ違いをユーモアたっぷりに描くのを得意とするいかにもフランス的家族ドラマは、どうしてもどこかで見たことあるような感じなのが否めない。が、やはり私はいかにもなフランスっぽいフランス映画が好きなのである。ちょっと困った二人の兄の妹ローラ役を演じたリュディヴィーヌ・サニエはオゾン映画で「焼け石に水」「8人の女たち」での少女役が印象的だった。いつの間にか大人になっていて親戚にでもなったかのような妙な感慨がある。やっぱり笑顔がとびぬけて可愛い。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
あるメカニズムを構築し、その働きを探ることがコメディの醍醐味の一つであるとすれば、ジャン?ポール・ルーヴに欠けているのはそういうコメディであることの自意識である。たとえばエマニュエル・ムレあたりと比べれば、その点は明らかだと思う。ここでは全体の作劇のあり方にせよ、それぞれの逸話や人物の役割にせよ、またそういう一切を成り立たせる数々の要素にせよ、すべてが観客に決まった効果を与えるべく配置されているだけで、それ以上でも以下でもないわけである。
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アリスの住人
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脚本家、映画監督
井上淳一
養護施設に入っている女子が3人。性的虐待にDVにネグレクト。それぞれが3本の映画になる重さなのに、本作はそれを64分でやろうとしている。だから未消化で物語のための材料にしかなっていない。監督も家庭内暴力の経験者だというが、ならば尚更こういう題材を扱う畏れがあってもいいのでは。なぜ主人公が施設に入ったかも金で性的奉仕しているのかも分からないのに、彼女と彼にしか見えない幽霊なんて出さないで。演出力もあり役者もいいのにもったいない。今度は長篇で覚悟の勝負を。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
家庭で性的虐待を受けて傷ついた少女たちの再生へのあがきを描く。同じ境遇の少女たちが共同生活を送るファミリーホームを舞台にして、支える人や仲間たちも含めて描いたところに新味がある。葛藤を抱えながら立ち直ろうとする18歳の主人公を演じる樫本琳花の目力も魅力だ。ただ64分という短い尺の中にエピソードを盛り込みすぎて、主人公の内面の声や周辺人物の物語はいかにもステレオタイプ。セックスへの依存と嫌悪感という主人公のアンビバレンツをもっと見たかった。
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映画評論家
服部香穂里
児童虐待の長期的な影響に伴う苦悩を乗り越える術を、岐路に立つ18歳の娘を軸に、少し上と下の年代の3人の女性を通し模索する。主人公の抱えるトラウマの生理的な嫌悪感が、熟し過ぎの桃を実父が貪り食うショットを執拗に重ねて、観る者にも生々しく共有される分、恋の予感に揺れる彼女の、前に進もうと変化していく心模様の描写が、やけに淡白に映る。メッセージ性の強い尾崎豊のカヴァー曲の主題歌も、映画の表現不足を補う意味合いのようにも聴こえ、逆効果に思えた。
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クナシリ
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米文学・文化研究
冨塚亮平
北方領土について教科書的な知識しか持っていない私を含む多くの人間にとって、貴重な知見を授けてくれる一本であることは間違いない。日露の友好関係について耳触りの良い発言をしていたはずが、二度目に登場し島の返還について質問された際には一転して強硬な姿勢を示す男など、時折印象的な人物も表れはする。しかし、告発としては意義深いとしても、あくまでも政治的な問いと結びつく形で日常を捉えようとする本作は、現在島で暮らす人々の「生活」を撮ることには失敗している。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
国後島の歴史的な経緯やロシア、日本の政治問題に切り込まないことに若干物足りなさは感じる。しかし淡々とロシア人の現在と強制退去させられた日本人の痕跡を映し出す撮影者が、「あとで」と言われたまま40年間トイレの設置を放置された女性の訴えに「忘れられるなんてひどい」と思わず口にするシーンは本作に静かな情動を滲ませる。歴史的な経緯や政治ドラマよりも、こうした生々しい忘却された人たちの小さな声を聞き、国後島に吹き荒ぶ風や波を見つめる姿勢は好ましい。
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文筆業
八幡橙
くすんだ、薄曇りの空の下に、荒れ果てた土地が広がる。名前だけしか知らなかった「国後島」の今の姿に、鑑賞中ずっと寒風に吹かれる思いがした。止まった時計が象徴するように、日本が退去を強いられてから75年以上に及ぶ長い間、なんら発展的な進捗を見せることもなく、そこには錆びた戦争の爪痕だけが、ただじっと潜み続ける。白黒写真に写る、かつてそこで暮らした日本人たちの「生きた」顔や姿が出口の見えない争いの空疎さを訴えかけ、鈍色の重い雲ばかりが胸に残った。
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
綿密なリサーチに基づいてこの困難な題材に取り組んではいるのだろう。しかし、いきなり観光映画のようなくだりが入ったり、叙情的なJポップ曲が流れたりと、ナラティブに深刻な破綻をきたしている。そして、その破綻の元凶である現在の平均的な日本映画の脆弱な製作体制でこの題材を扱うこと自体に、自分は否定的だ。子役に与える心理的影響を考えても、監督によほどの覚悟がなければ作るべきではないし、本作の演出の甘さや凡庸な着地からはそこまでの覚悟が感じられなかった。
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映画評論家
北川れい子
実際に起こった痛ましい児童虐待事件を基にした社会派のサスペンスで、探偵役は関東地方の児童相談所の新人職員。いやサスペンスとか探偵などと書くと児童虐待に便乗した社会派気取り再現映画と誤解されかねないが、児童相談所の実情やその業務の限界にも踏み込んだ展開は、かなりしっかりしていて、いわゆるお役所仕事への批判も忘れない。ではあるが、親に虐待される子役たちの演技、演出があまりにリアルすぎて、余計なことだがこれも一種の虐待じゃない?と思ったりも。
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映画文筆系フリーライター
千浦僚
今年9月封切りの「君は永遠にそいつらより若い」(監督脚本吉野竜平)でも部分的な描写として児童虐待の察知と児童相談所の業務に劇的なものとアクションの契機が見出されていた。2019年の千葉県野田市の事件を題材にしたと思しき本作はこの主題を全面展開し、ほとんどホラー映画、ほぼ「呪怨」のプリクエル。フラットめの画面は普通煽り不足のマイナス評価要因と捉えるが本作では題材の陰惨さが強すぎてもはや煽る必要はなかった。現代的な題材の重要な実録映画の出現。
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彼女が好きなものは
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「どこかで見たことがある話だな」と思ったら、2年前のNHK『腐女子、うっかりゲイに告る。』と同じ原作。やたら「ホモ」というワードがでてきてギョッとしてたら、たった3年前に出版されたその原作のタイトルに思いっきりそのワードが。つまり、NHKがいろいろ配慮してドラマ化した作品を、敢えて3年巻き戻してみたということか。それだけコスリ倒すのには根強い若年層のニーズがあるのかもしれないが、同種の海外作品に頻繁に触れている観客なら問題意識が素朴すぎて面食らうだろう。
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映画評論家
北川れい子
高校生の純と家族持ちの恋人との性愛シーンがかなり生々しい。おいおい、大の大人が未成年男子を相手になんてこと! ただこの場面、あくまでもナマ身の純を見せるための演出なのだか、本来の自分を変えても普通の男子、普通の青春を送りたいと思う純の気持ちの背景として効果的。そしてBL漫画好きを隠したい同級女子。そんなぼくと彼女の交流が微妙な思惑を含んで描かれていくが、自分は普通ではないと思う内なる差別意識を自ら壊す彼女の姿は感動的で、演じる山田杏奈に拍手。
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映画文筆系フリーライター
千浦僚
先日「きのう何食べた?」に関して文章を書き公開したがその文中で私はBL漫画を低く見るかのような表現をし、それを指摘するリプをもらい、これを重く受け止めた。日本映画史を知る者ならポルノ映画がそこに占める位置を知りポルノ文化を低くは見ないが、内なる差別があったのかと。8歳のとき従姉の本棚にあった『キャプテン翼』(と思った漫画)で見た、翼とロベルト本郷が絡む衝撃がいまだに去らない私は多分BLが苦手だ。本作を従姉(現在既婚)の青春の一頁と妄想した。
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成れの果て
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脚本家、映画監督
井上淳一
妹をレイプした男と結婚しようとする姉。人は正しい選択ばかりでなく、愚かでバカな選択もするけど、このハードルはあまりに高い。姉の動機は小悪魔的な妹へのルサンチマンだと匂わされるが、それは物語上でしか成立しない動機ではないか。男もまたなぜレイプしたかを含め最後まで何を考えているか分からない。これで「極限の人間ドラマ」と言われても。音楽も人間描写も重さに反比例して軽い。劇作家が書いた台詞のリズムが演劇にしか見えない中で、萩原みのりが映画の存在感を放つ。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
地方の実家から東京の妹に、ある男との婚約を伝えるために電話している姉のショットから緊迫感がみなぎる。帰宅した婚約者がセーターの上から姉の胸をまさぐる艶めかしさ。退屈な町で起きた過去の忌まわしい事件の傷跡が次第に明らかになり、苛烈な心理戦が始まる。復讐心を燃やす妹、妹への怯えがよみがえる姉、周囲の男たちも含めて、蓋をしていた感情があふれ出す。回想を排したスリリングな脚本、説明を排したストイックな演出、複雑な心情を表現する萩原みのりの存在感が光る。
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映画評論家
服部香穂里
嫌な記憶しかない郷里を離れ上京しても、忌まわしい過去が足枷となってきた主人公をはじめ、どの人物にも深い影を落としているらしい事件自体は、確かに悲劇である。ただ、個々に8年も苦しみ抜いた挙句、結局はその当事者周りでしか関係を築けていない現状は、傍から眺めれば滑稽で、喜劇的ですらある。それにしては全篇にユーモアが欠け、意表を突かれるオチにも、ゾクッとするような切れ味がイマイチ足りない。役者陣は適材適所で巧演しているだけに、不完全燃焼な印象が残る。
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悪なき殺人
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映画評論家
上島春彦
巧妙なミスディレクションの連鎖が圧倒的。当初の思い込み(登場人物の、また観客の)が次々と裏切られていく叙述スタイルに妙味あり。ただし意外と★は伸びない。ユーモアがない「ハリーの災難」とでもいうか、人物みんな思考パターンが硬直しており、脚本家がそこをあざ笑っている。あるいは、ヘンな言い方だが脚本家につけ込まれるような行動をキャラが取っているような印象。例えば、いくら気が動転しているからといって、あんなずさんな死体遺棄をするだろうか。納得いかないな。
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