映画専門家レビュー一覧

  • パーフェクト・ノーマル・ファミリー

    • 映画執筆家

      児玉美月

      変化を受け入れ難い娘の視点を通し、トランス女性である親が女性の格好をした「父親」として対象化されている。観客が主人公=娘の視線に同一化することを前提とすると、トランス差別言説がネット空間を中心に蔓延る現状の日本において、この二重性は極めて危うい。決してこのような現実の当事者や周囲の経験を否定しているのではなく、あくまで「表現」としての観点から、いかにパンフレットなど宣伝上でその危うさへの配慮がなされるかまでをも考慮に入れなければ評価はできない。(★なし)

    • 映画監督

      宮崎大祐

      90分の自伝であるがゆえのリアリズムなのか、やや性急で暴力的に思われる展開や描写も散見される。しかし、一貫して施される繊細かつ高度な演出の積み重ねによって映画としての強さを獲得している。特に、何者かになってしまう前の定まらない存在を体現したヒロイン、カヤ・トフト・ローホルトの素晴らしさは特筆すべきものだ。見られていた主体が見る主体になるまで。いつの日かパパでもママでもトマスでもアウネーテでもないそのままのあの人を誰もが愛することができたなら。

  • ただ悪より救いたまえ

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      色とりどりのド派手な衣装がいずれも最高なイ・ジョンジェ演じる殺し屋レイが、主役を食う圧倒的な存在感を放っている。東京のヤクザの屋敷や背後に鉄道が走るビルの一室、バンコクのごちゃごちゃした市街地といった、異国の地ならではの要素を魅力的に捉えるロケーションと撮影、グロさを抑えつつ痛みを伝えるスタイリッシュな暴力描写など、活劇としてのツボをきっちりと押さえた良作ノワール。なかでも多彩なパターンで観客を飽きさせない車を使ったアクションの演出は特筆もの。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      要は殺し屋同士の対決なのだから、まだ登場人物の名前も属性も関係性も見えていない中で、複数の時間軸と空間が交錯する構成で映画を始め、物語を複雑に見せるにたる理由を本作に見出すことは難しく、単に見る者を混乱させる作りになっているように思える。また、凄惨な拷問描写が多々あるが、残虐描写をどの程度、どういうように見せるかという点において、中途半端なカメラのフレーミングのみで処理する本作は、無駄にカメラと作り手の存在ばかりを意識させてしまっている。

    • 文筆業

      八幡橙

      東京、仁川、バンコク。次々に色や湿度を変えて繰り広げられる“殺しの痛み”の物語。狂気の殺し屋レイに、主人公インナムは問う。「ここまでやる必要があるか?」と。この一言に、映画の真髄が! イ・ジョンジェ扮するレイのやりすぎ感と、対峙するインナムの、その目に湛える哀愁の対比。ファン・ジョンミンは、どんなに過酷なアクションに挑んでも鍛えない。肉体を持たない、年を重ねた男の賭す死闘にこそ意味があるのだ。細部にまで独自の美学を宿す監督の今後にも刮目したい。

  • レイジング・ファイア

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      第一子誕生を控えた刑事というトム・クルーズも真っ青の年齢不詳設定のもと、全盛期の激しさや速さとはまた異なる重みや円熟味を増したアクションを見せてくれるドニー・イェン、対する動きのキレと色気で勝負するニコラス・ツェー、二人の闘いは見応え十分。九龍城砦のようなドラッグ密売人のアジト、車や人でごったがえす街路などで展開される肉弾戦や銃撃戦は、アクションそのものに加え、随所に見られる香港ならではの空間の狭さを生かそうとするさまざまな工夫にも要注目。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ドニー・イェン演じる警部と、その警部に恨みを持つ元同僚のバトルという至極わかりやすい物語であることを早々に告げる展開がまず良い。つまりドニー・イェンらの武闘を楽しく見させられるかが映画の勝負どころで、大勢の悪漢たちに立ち向かうシーンは映画の武闘シーンの醍醐味が凝縮されており素晴らしく、子供を車の衝突から救う場面の見事なカットとアクションには思わず声をあげてしまった。そしてやっぱり武闘のトレーニングシーンがある映画は好きだと確信する。

    • 文筆業

      八幡橙

      ドニー・イェンvsニコラス・ツェー。「かちこみ!」以来の好カードだ。激しく対立する二人だが、どちらが善とも悪とも単純には割り切れない。白と黒、善と悪とがマーブル模様のごとく混じり合い、表裏一体となる妙味も含め、久々の香港らしいアクションに血湧き肉躍った。実はセットだという「廣東道」での凄まじい銃撃戦やギリギリを衝くカーチェイス、撮影に二週間も費やした二人だけのラストの肉弾戦と、見どころたっぷりの126分。ベニー・チャンへの哀悼漂う劇終にも、感無量。

  • 逆光(2021)

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      90年代後半に東京で生まれた、役者としても活躍中の新人監督による尾道という土地への愛着と全共闘世代へのノスタルジー。つまり、いずれも疑似的なものなのだが、不思議なことにそれが上滑りすることなく血肉化されているのが作品の熱から伝わってくる。渡辺あやの脚本はさすがに洗練されていて、抑制された台詞劇としての魅力も十分。しかし、この「君の名前で僕を呼んで」を薄味にしたような物語からは、須藤蓮という表現者固有の「声」までは聞き取ることができなかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      夏の尾道。時間を持て余しタバコばかり吹かしている先輩は、三島でも読んでみるかな、という。先輩を誘って実家に帰省した大学生のぼくは三島由紀夫に詳しく、相当読んでいるらしい。だからか本作からも三島的な禁断の愛でも描いてみるかふうの意図が窺われ、いささかくすぐったい。いや、はじめに三島ありき? まだ携帯がないころの数日間。ぼくの幼なじみの地元娘たちのキャラクターが懐かしく、ぼくとの距離間も説得力がある。大した事件が起こらないのが逆に三島的かも。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      私はある映画の面白い面白くないは、それが単に機械的な映像(と音響)であることを忘れさせる、躍動なり情感なりがみなぎる場面を持つかどうかだと思っていて、それでいえば本作は海辺の遊びやダンスホールや蚊帳に入って氷枕を使うところなどで実にみなぎっていた。また個人的にはある映画が優れているかどうかは仕掛けの早さや隙の有無により、優れた映画には雰囲気だけの瞬間などないと考えるがその点本作は隙が多かった。富山えり子氏が演じた文江、素晴らしかった。

  • なれのはて

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      フィリピンに流れ着いた男たち。最底辺の生活を送りながら、なぜか不幸そうには見えない。20ペソ(45円)で排泄物処理や体洗ってくれる近所の人。最底辺が最底辺を支える。「なれのはて」とは被写体に対して随分失礼なタイトルだと思ったが、それが反語であると気づく。孤独死が3万人近いこの国とどちらが「なれのはて」なのか。逆照射されるのは我々だ。しかし見ているだけで辛い人たちをよく7年も撮ったと思う。この国ではドキュメンタリーでしか今を描けないかと思うとちと悲しい。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      さまざまな事情で日本を離れ、フィリピンの貧民街で暮らす困窮老人たちを追うドキュメンタリー。自転車店の軒下に居候して便所掃除をしながら暮らしたり、乗り合いジープの客の呼び込みで稼いだり、近所の女性にたらいで体を洗ってもらったり。その生活の具体的な細部が実に雄弁に物語る。少しずつ明らかになる4人の困窮老人の過去もそれぞれに強烈で現代の日本を映しているけれど、すべてを失った男たちが流れ着いたこの地でしぶとく生きているさまが何より心を揺さぶるのだ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      かつて日本で家庭を築くも、今や遥かフィリピンの地に骨を埋める覚悟で過ごす4人の男性たちの記録。それぞれに一本の映画が作れそうな波乱の半生を刻む、独特の風貌に魅入られる。通訳も立てず出たとこ勝負の撮影手法によって、明日をも知れぬ彼らの暮らしの混沌ぶりに加え、刹那的な日常を襲う悲喜こもごもの劇的瞬間までもが、丸ごと捉えられる。ご近所さんの孤独死をよしとせず、その生き切る姿を見届けて偲ぶ、ずぶとくもフレンドリーな地元民のバイタリティに救われる。

  • 偽りのないhappy end

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      キャラクターの造形を作り込んでから台詞やストーリーを紡ぐのではなく、冒頭の「夜の湖に浮かぶボートで向き合う姉妹」に象徴される撮りたい画や織り込みたい展開(東京で仕事をする20代女性が携帯電話を持っていないのはいくらなんでもエキセントリックすぎる)のために優先されたのであろう設定の数々がノイズとなって、物語に入り込めなかった。これまで映画出演経験の少ない女優たちはいずれも魅力的、撮影も綺麗で、構図、編集のセンスも悪くないのでもったいない。

    • 映画評論家

      北川れい子

      2組の若い姉妹が絡んでの行方不明事件に、自殺あり、殺人あり。何やらひと頃流行った火曜サスペンス並みの大仰な設定で、インディーズ映画としては異色である。これが長篇デビューという監督自身のオリジナル脚本。けれどもこの脚本に取り憑かれているらしい監督の演出が乱暴なほど強引で、人物たちの言動もその場限り。過去の因縁話も取って付けたよう。琵琶湖ロケも“火サス”的な扱いで、赤いボートが何度も登場するのも気になる。それにしても包丁持参で妹探しとは。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      ちゃんとした映画は設定なり登場人物の振る舞いなりに妥当性というか、こうだったらこうなる、こうする、ということへの観る者が納得しうる水準があり、普通じゃないことを重ねられると観ることの困難が生じる。普通でなくてもいいがそれはどこかで作品内がそういう世界であることを納得させるか、明確な切り替えポイントをつくらねばならない。全員悪人ヤクザ映画とか全員変人の映画づくり映画とかは逆にやりやすいだろうが、その点本作は難しく、うまくない映画だった。

  • 偶然と想像

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      「え?このままで大丈夫?」と冷や冷やさせながら、いずれも見事な着地をみせる3つのエピソード。短い時間にテーマやモチーフをぎっしりと塗り込んでいくその手つきは、作品フォーマットのレファレンス元であろうエリック・ロメールやホン・サンスの一筆書き的な短篇作品ともまったく違う。現代日本の社会や文化や風景の貧しさ、そしてそれを嘆くのでも自嘲するのでもない濱口竜介の透徹した「棘」のようなものまで、しっかりと画面に映り込んでいることに感心させられた。

    • 映画評論家

      北川れい子

      脚本・監督、濱口竜介のストーリーテラーとしての才能とその巧みな演出話術にシビレた。美味しい料理にはドラマがあるというが、偶然を共通項にした3話仕立ての本作が、さりげなく前菜、メイン、デザートふうに配置されているのも満腹感を誘う。若いモデルが恋の未練を軽やかに振り切る第1話。言葉によるエロスの交歓がヘビーでほろ苦い第2話。勘違いの奇跡を描く第3話がまた美しい。声と言葉がまるで映像化されたようにアクションしているのも奇跡的で、俳優陣も皆みごと。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      ずっと日本映画と日本人の生活においてエリック・ロメール映画のような恋愛関係と性愛関係さらに言えば人間関係全体そのものについての執着と、それを語り見せることと、観察と洞察と認識がもっとあるべきだと思っていたところに出てきたのが濱口竜介監督作「PASSION」(08年)。古い話で恐縮。あの渋川清彦、占部房子、河井青葉が本作ではさらに深化していた。彼らが緑の光線の存在を証明するために始めた旅が仲間を増やし成果を得ながらまだ続いているのが嬉しい。

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