映画専門家レビュー一覧
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感染家族
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
毎年世界各国で作り続けられる「ゾンビもの」だが、飽きを通り越して、最近再び楽しんでいる。?まれる→感染する→ゾンビ化という一連の大前提を作り手が逆手に取り、これまでの“常識”をいかに打ち破るかがポイントだ。本作が新しいのは、?まれると(すぐには)ゾンビ化せず、まるで若返ったかのような滋養強壮効果があるのを発見し、それを利用して商売にする家族の物語という点だ。だが、それ以外はゾンビのペット化、ゾンビの恋など既視感に溢れていたのが残念だった。
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マイ・エンジェル
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映画評論家
小野寺系
自覚のない親によって子どもが不幸な目に遭っているという、現実の社会問題を伝える映画は、映画祭に出品される作品を中心に増加傾向にあると感じるが、そのなかにあって際立った存在とは思えなかった。主人公の少女の悲しむ姿をズームで捉える演出や、マリオン・コティヤール演じる親の場違いな振る舞いで結婚式場が凍りつくシーンの悪趣味さは嫌いではないが、親の身勝手な行動をリアルに強調したために、本作に用意された“感動”に懸念を強く覚える内容になってしまっている。
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映画評論家
きさらぎ尚
ニュースで報道されるむごくおぞましい児童の事件。その実態をそのまま映像化したようなこの映画を批評する言葉が見つからないから、リアルとはあえて言うまい。母親にネグレクトされて頼る大人のいない8歳の少女が酒を飲み、庇護してくれるように男性を仕向ける術が身についていく様を見るのはやりきれない。実際に起こっている子供の虐待がそうであるように、劇中にも、大人が救えるチャンスが何度かあるのに……。この世界には、発芽寸前の不幸の種を抱えた大人と子供がいっぱい。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
この母親に同情したくはないし、天使だ、愛してる、なんて言葉も次第に白々しく聞こえてくる。不器用なりの愛情すらほぼ示さず母親が子供の前から姿を消す展開は普通なら可哀想で見ていられないのだが、残された8歳の少女のウィスキーをラッパ飲みし小学校でプチ売春をするというハードボイルドさに度肝を抜かれた。級友からのイジメという唐突な外的要因が契機で進む終盤は母娘の物語の締めとしては釈然としないし、トレーラーハウスの男の存在も上手く機能していない様に感じる。
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カーライル ニューヨークが恋したホテル
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ライター
石村加奈
秘密厳守で世界中のセレブに信頼される、五つ星ホテルの内部に入れた興奮からなのか、スノッブな構成が「ザ・カーライル?ア?ローズウッド?ホテル」のひかえめさにそぐわない。脈略なく登場しては、ホテルの魅力をうきうきと語る金持ちも、バーにエレベーターホールにとはしゃぐカメラワークも、観客をおいてけぼりにするばかり。クリスマスツリーのイルミネーションの反射で際立つロビーの美しさ。それだけで掃除の行き届いた快適なホテルであるとわかるのに。何だかトゥーマッチ。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
M・ジャクソンとS・ジョブズとダイアナ王妃が同じエレベータに乗り合わせ、挨拶し合ったというエピソードを聞けば、誰だってそわそわする。ケネディ大統領が最上階を所有し、M・モンローがそこに通うための特別な秘密通路はあったはずだが、今でも詳細は分からないなどと語るホテルスタッフの証言には、心なしか在りし日の香しさが残る。伝説に彩られた名物ホテルが穏やかな微笑のもと、現在の変化と闘っていることが分かってくる。ここに闘いを看て取ることが最も重要だ。
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脚本家
北里宇一郎
すこぶる豪華な動くカタログ映画。登場する顔ぶれも有名スターやセレブばかり。従業員のコメントも笑顔にあふれ、悪いところは微塵も出さぬ。伝統と高級とシックな装いのこのホテルに、作り手が恋し憧れ、その中に潜り込んで嬉しくてたまらぬ。そんな風情。特にバーにおけるW・アレンをはじめとする数々のライヴシーンは楽しめる。超高値の宿泊費にチクリ針を刺す男優の発言にニヤリ。にしても、陰の部分が微塵も描かれぬのが。こういうのを観ると、F・ワイズマンの凄みを再認識して。
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シークレット・スーパースター
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批評家、映像作家
金子遊
むろん歌手を夢見る少女を描いた娯楽作だと心得ている。家庭内における家父長制的な暴力と、女性や少女の人権へのメッセージが入っており、良心的作品だとも思う。だが、インドで少数者であるムスリムに対する偏見(背後にはパキスタンがある)を助長しかねない描写が散見される。さらに本作が中国で大ヒットしたそうだが、中国政府によるウイグル人の虐殺と弾圧を考えれば、その無邪気さに顔をしかめざるを得ない。映画も場合によっては人を傷つける武器になることを忘れずに。
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映画評論家
きさらぎ尚
今回は図らずもインドの差別を扱った作品が2本。こちらは女性蔑視(=DVを含む男性の横暴さ)。テーマはシリアスだが、夢を追う少女の利発さと行動力が、インド映画に特有の強引さと娯楽性たっぷりな展開とで描かれているので、単純なサクセス物語を超えて痛快。特に青春ど真ん中のヒロインを演じるZ・ワシームのエネルギーと、A・カーンの硬軟自在な存在とがベストマッチ。エンタメ性と社会性ががっちり絡まり、インド映画にしては珍しく、150分を長尺に感じない。面白い。
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映画系文筆業
奈々村久生
こちらはインド版「アリー/スター誕生」といったところか。しかしやはり厳格なムスリム家庭で父親という男性の抑圧下にある少女が歌で自立を目指すテーマを描いており、どちらかというとそちらがメイン。ヒロイン役のザイラーのワイルドな風貌と太い三つ編みに説得力がある。大スターのアーミル・カーンがプロデュースと出演も。カーンはムスリムのヒットメーカーでありながら、女性や子供の地位向上につとめる活動にも貢献しており、インド映画界においてその功績は計り知れない。
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ゴーストランドの惨劇
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翻訳家
篠儀直子
チラシを読んだだけで、どんなサプライズがあるのかほぼ予想できてしまうし、そうでなくとも序盤でほのめかしすぎではないかと思ったが、サプライズがこの映画のすべてではないのだった。屋敷の狭苦しい構造を生かした演出、工夫のあるキャメラの動きなどが力強い展開を実現。ラストシーンにたどり着くころには、美しい短篇小説を読み終えたような気分になる。M・ファルメールが圧倒的存在感。最初の容貌をまるきり失ったまま、えんえんと演技を続ける若い女優たちのガッツに感動。
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映画監督
内藤誠
パスカル・ロジェの監督・脚本で全篇、彼の趣味で統一されている点はみごと。シングルマザーのポリーンが叔母の家を相続して双子の娘たちと人里離れた家に住み着くところから始まるのだが、この家が不気味で、そこにある数々の人形がどれを見てもからくり仕掛けとともに怖い。やがてラヴクラフトを敬愛し、ホラー小説家として成功した妹ベスと、母と一緒に古い家にいた姉のヴェラが、家に巣食う大男と魔女に襲われて惨劇となるのだけれど、物語を切り過ぎて、盛り上がりに欠ける。
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ライター
平田裕介
寡作家だが何年でも新作を待てる大天才だと思っているパスカル・ロジェだが、やはり今回も素晴らしい。リアリストの姉とロマンチストの妹、現実と想像。鏡を媒介して相反するキャラクターと世界をスイッチングさせながら予測不可能な物語を進めていくが、そうした彼一流のツイストはますます冴え渡ったものに。また、母子の愛情、姉妹の絆をめぐるドラマ、想像と創造の尊さを謳ったテーマにもグッときてしまう。最後の最後までまともに話さず、素性もわからない殺人者の造形も◎。
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ピータールー マンチェスターの悲劇
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翻訳家
篠儀直子
ここに描かれている事態が他人事と思えなくて恐ろしい。結末が悲劇だと知っていながら観つづけるのは決して楽しい経験ではないし、こちらの気持ちを明るくしてくれる一瞬すらもない映画なのだけれど、丹念に一次史料にあたっての描写は細部まで見どころ満載。集会の日の朝からラストまでがもちろん白眉だが、誰もがそれなりの力強さで演説する当時にあって、これは間違いなく当代一の雄弁家だというだけでなく、その傲慢さまで一瞬でわからせる、ヘンリー・ハント登場シーンが秀逸。
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映画監督
内藤誠
ウォータールーの戦いから始まる壮大な英国の歴史劇である。大学の「英国産業革命史」で、1819年8月、マンチェスターの郊外、セントピーター広場でヘンリー・ハントの選挙法改革に関する演説を聞こうとして、約8万の群集が集まったとき、訓練されていない義勇騎兵が介入して悲劇が起きたと教わったが、その事実の背景が忠実に映像化されていて、クライマックスのサスペンスとともに、当時の庶民の貧困ぶりを理解した。ロリー・キニア演じるハントほかの人物たちもいい配役だ。
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ライター
平田裕介
被告の置かれた状況や抱える背景など一切考慮せず、汚物を捨てるかのような態度で重い刑を言い渡す治安判事たち。マンチェスターの支配者を自認する彼らと、“生かさず殺さず”を強いられている庶民の姿をじっくりと交互に映し出し、観る者と物語のボルテージを高めていく。さすがにマイク・リーなのでジャンル映画のようなアゲ方とはいかないが、どうしたって庶民に肩入れして観てしまうから燃えに燃える。大殺戮も編集を含めてグシャグシャしているが、それがカオス感を醸す結果に。
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メランコリック
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評論家
上野昻志
俳優陣に感心。和彦(皆川暢二)が、銭湯で百合(吉田芽吹)から高校の同級生と声をかけられた時、彼女をすぐに思い出せない感じの表情が秀逸。また、これは演出にも関わるが、松本(磯崎義知)が死体処理をするのを、和彦が自分の仕事が奪われたと不満げな顔を見せるのが、ありがちで可笑しい。チャラそうな表面とプロとしての裏の顔を自然につなげる磯崎も、普通の娘らしい感じの吉田も良く、平凡な和彦の家庭と銭湯の裏稼業というアクロバティックな組み合わせをうまく生かしている。
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映画評論家
上島春彦
元同級生が通ってくるというので、銭湯に就職する若者。東大法学部卒、一度も定職に就いたことがない「困ったちゃん」である。引きこもりに近いが、銭湯の意外な使用法を知ってしまい連続殺人トラブルに巻き込まれる。死体処理なら洗い場が一番、というとぼけた理屈で分かるようにブラック喜劇。反社会的自分が誇らしくなり、もっと危ない橋を渡る同僚に嫉妬する心理もすんなり納得させる。この「ほのぼのさん」ぶりが貴いのだ。彼のご両親が意外と頼りになるのもどたん場で生きる。
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映画評論家
吉田伊知郎
銭湯でバイトを始めたばかりに夜な夜な死体の解体作業まで手伝うはめになった高学歴ニートの主人公という、韓国映画のリメイクかと勘違いしそうなほど着想が秀逸。つまらない倫理観や正義感で映画が停滞することもなく、絶叫に浪花節もすっ飛ばし、日本映画につきまとう贅肉を削ぎ落として、世界で商売できるエンタメを無名の俳優監督トリオが生み出したのが痛快。低予算を言い訳にせず、アクションまでもチープにならずに構築するこの才能を活かせなければ日本映画に明日はない。
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サマー・オブ・84
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翻訳家
篠儀直子
80年代ジュヴナイル映画みたいな少年四人組が、「裏窓」のジミー・ステュアートたちみたいに不謹慎な野次馬根性で謎解きと冒険に乗り出す。主人公が最後に得る代償は、数あるカミング・エイジもののなかでも最も苦い部類に属する。四人のキャラクターがはっきりしていてわかりやすい。けれどもそのなかに、この子についてももっと知りたいのにと思う人物が複数。こんなにも個性がばらばらな四人がなぜつるむようになったのかを含め、そこを明確にできればもっと深みが増したのでは。
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