映画専門家レビュー一覧

  • 隣の影

    • ライター

      石村加奈

      一本の木の影は、隣にいる人のもたらす影響を示唆しているのだろう。無気力な夫(アトリ)が妻にもたらす不調、失踪したアトリの兄がもたらす母(インガ)の狂気と父の無関心、生まれてこない我が子がもたらす、隣家夫婦の不安定。そばにいるだけで侵食されてしまう、時に煩わしい他者の存在といかに接するべきか? 大木を切るように、単純にはいかないのだと、グロテスクなラストシーンでインガが教えてくれるが、大人のトラブルに巻き込まれた、子供やペットはたまったものではない。

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      国連が2012年から発表し始めた「世界幸福度ランキング」は、北欧諸国が毎年上位を独占する。本作の製作国アイスランドの最新順位は4位。しかし社会保障や自由度、緑地面積などの数値で割り出されたこのランキングほど胡散臭いものはない。本作がサディスティックにえぐり出す不寛容社会の陰湿さをもって、ソレ見タコトカと騒ぐのも大人げない行為だが、ゴミひとつ落ちていない気味悪い画面の隅々を眺める時、私たち観客は自身の薄汚れた内面をそこに見出すことになるのだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      隣人同士がいがみ合い、仕返しがエスカレートして最後はとんでもない状況に。なんてお話はN・マクラレンの短篇「隣人」ってのが凄くて。こちらはちくちく陰険型の展開。いわば北欧の白夜の雰囲気。気になるのは片方の家族の息子。女房から見捨てられたこのオッサンが、報復戦争に巻き込まれて次第に凶暴化もせず、逆に周囲の人々の憎悪を煽ることもせず。ただただ憐れな存在のまんま。なぜこんな人物を設定したかが不可解で。この作り手、犬と猫のアイデアで安心しちゃったのかしら。

  • 北の果ての小さな村で

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      ★★★★★★星6つ。今年の洋画第1位で決定。人類発祥後、モンゴロイドはシベリア、アラスカ、パタゴニアへ、スカンジナビア、グリーンランド、北極圏まで偉大な移動の旅を続けた。トナカイ遊牧はグローバルに広がり、樺太のウィルタにもそれがあった。語学教師がグリーンランドのイヌイットにデンマーク語を教えにいくコロニアルな題材とはいえ、先住民の姿を劇映画に描いたことは画期的。しかも彼らに自分自身を演じてもらう「ナヌーク」のエスノフィクションの手法。最高!

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      日本からは遠いグリーンランドではあるが、53年までデンマークの植民地であり、現在は自治政府が置かれていることを知れば、このドキュフィクションの見え方が違ってくる。主人公は旧宗主国からデンマーク語を教えるために来た教師なのだから。「現地の言葉を覚える必要はない」と言う引き継ぎをする前任者の言葉、主人公のナイーブすぎるまでの現地の人々の文化・伝統・暮らしへの溶け込み方に、同化政策に対する疑問がちらり。現地と外来の人間の、両者の眼差しが全篇に注がれている。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      グリーンランドの村人たちの顔がとにかくいい。顔が彼らの生きてきた土地の力を雄弁に物語る。中でもまだ年齢の浅いイヌイットの少年アサーの顔は、その血を確かに受け継ぎながら、何者にもなれる未来を宿している。時に動物のように無邪気なアサーと赴任教師アンダースとの交流には神聖ささえ感じる。どこまでも続く白銀、雪原を走る犬ぞり、雪に囲まれ流氷の浮かぶ氷河を進むボート。圧倒的なロケーションが言葉を凌駕する。雪の中に不意に現れた白熊の親子は息を飲むほど美しい。

  • パラダイス・ネクスト

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      本欄を担当するのも後少しなので所見を述べておきたい。筆者は生まれてきたすべての作品は尊いと考える。多少だが映像表現の世界に関わってきて、監督や俳優やスタッフの労力は痛いほどわかっているつもりだ。本作は、台湾ニューウェーヴや香港映画へのオマージュをこめた映像設計が特徴だ。主演俳優ふたりの演技は重厚で、坂本龍一の音楽は映像を活かしている。それでも、目に見えない何かが少しだけ?み合わないときもある。その秘密を知りたくて1年半続けてきたのかもしれない。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      だんまりな男に、ミョウに軽いおしゃべりな男。何が始まるのだろうと思わせながら始まったこの逃避行は、ストーリーはやや平板なものの、画面には湿度、街の匂い、人々の熱気に活気などが満ちている。豚肉をトラックに積み込むシーンにはオエッときたが。展開からして登場人物は強面ばかりだが、そんな中にあってトレードマークの屈託のない笑顔に、寄る辺ない虚ろさがにじむ妻夫木聡の演技が際立つ。罪から逃れられない二人に楽園はあるのか……と思うと、生きる哀しさも覚える。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      それぞれの事情から台湾に逃れてきた男たち。帰る場所を持たない二人にとってそこは幻想の楽園でありこの世の果てでもある。このドラマにおける台湾のロケーションはそのようなものとして機能するべきだが、どうしても既存の記号以上の絵力を獲得していないように見えてしまう。謎めいたヒロインの存在は曖昧で、彼女を介した島と牧野の関係性が読み取りづらいため、お互いの心情描写が上手く交差しない。ロマンと表現の距離感は難しい。とはいえ妻夫木聡の泣き顔はやはりテッパンだ。

  • ブレス あの波の向こうへ

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      「ビッグ・ウェンズデー」的なサーフィン映画を予想したが、原作のテイストなのか、ずっと純文学よりの物語。10代半ばの時間と体力を持て余した少年2人が、かつてのプロサーファーと出会い、波乗りと性の世界にのめり込む。つい自分の少年期と照らし合わせてしまう、映画のつくりが憎い。ひとりの少年が巨大な波を求めてインドネシア旅行に出るのも、なんだかオーストラリア的。高所恐怖症の私にはサーフィンとダイビングは不可能だが、輪廻でもう一度人間になれたら挑戦したい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      子供から大人への成長は、時に死をも恐れぬ無謀な行為を含めた未知との出会いとして、しばしば映画でも描かれるが、70年代の青春をいま映画化したことに意味がある。ドラマの軸足が、意気地なしと謗られても、生きることに自分を見出す方にあるのだから。決め手は主人公の少年のキャラクター。受け身のパイクレットに対して向こう見ずのルーニー。常にルーニーに主導されていたパイクレットがそれを拒否し始めるのがターニングポイント。初監督のS・ベイカー、目配りがうまい。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      サーフィン映画というジャンルイメージにとらわれることなかれ。そこに写っているのは青い海や輝く太陽ではなく、くすんだ色調の大自然と少年たちの前に立ちはだかる荒波だ。70年代という時代設定はノスタルジーを刺激し、美少年サムソン・コールターの瑞々しくも苦い青春の肖像にはそこはかとないサブカル臭が漂う。ヒロインを演じたエリザベス・デビッキのフェアリー感あふれる佇まいも「ピクニック at ハンギングロック」などを生み出したオーストラリア映画の系譜にぴったり。

  • 藍色少年少女

    • 評論家

      上野昻志

      百年前に「子どもを救え」と書いた魯迅の言葉は、状況こそ違え、いまでも生きていると思うが、この映画は、それと逆に、子どもこそが世界を救うと訴えているようである。実際、主人公のテツオの活躍には目を見張る。彼は、周りからバカだけどと言われながらも、出会う大人も、友だちも、福島から保養に来た少女も、果ては自身の父親さえも、元気にさせ、自分を取り戻すよう促すのだ。それに較べて周りの大人たち、優しいだけで愚かなこと。ただテツオは、あのイワンに似すぎてないか?

    • 映画評論家

      上島春彦

      星が少ないのは長すぎるせい。それに悪い意味で「カッコつけてる感」がある。スナフキン青年とか。話は面白い。「青い鳥」物語を反復する構成で、特にクライマックスに向けて少年も少女もひたすら走るコンセプトが効いている。景色も良いしね。ただ、少年を利用したと反省する女性が出てくるのだが、それなら反省しなきゃもっと良かったではないか。走る回数も減るし。主役の座を勝手に譲るのも感心しない。「お前が世界の中心か!」と叱る大人が何故いない。そういう世の中なのかな?

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      演技を含めて往年の児童劇を思わせるのは、地元の演劇イベントの発展的な形での映画化だからだろうが、ロケーションの魅力と共に子どもたちの初々しい存在が際立つ。福島を絡めた設定も実際にこの地区で行われている交流を基にしているので無理がなく、子どもを介して大人の主張を代弁させる愚もない。大部分がカラーではないが内容に相応しかったかどうか。子どもたちの影を表すにしてはデジタルのモノクロは無機質。太陽が照りつけ、鮮やかな緑の中で躍動する彼らを観たかった。

  • アスリート 俺が彼に溺れた日々

    • 評論家

      上野昻志

      悠嵩に扮したこんどうようぢの、一見儚げでありながら、毅然としたところのある佇まいが魅力的だ。だから、航平(ジョーナカムラ)が、彼に惹かれるというのは、わかるのだが、それが「溺れる」というほどになる、そのあたりの心の動きが、いまひとつ不明。むろん、それは言葉で語られるべきことではなく、航平の暮らしのありようから示される必要があるが、そこが弱い。LGBTの当事者が見れば、そんなこと吹っ飛ばして共感するのだろうが。カフェのママのプリシアが格好よかったけれど。

    • 映画評論家

      上島春彦

      実はLGBTという言葉の意味を初めて知った。それプラスQも。これがニクい。俺はQかも。知らない人は反省しつつこれを見なさい。妻に捨てられた中年男がふとした勢いで美少年と恋に落ちる。男は何とか娘に情況を理解してもらえる。病床の父に自分の性的嗜好を伝えられない美少年は、さてどうなるという話。撮影が素晴らしく、かなり得している感じ。ドラマ構成上やむを得ないのだろうが、わざわざ海岸でセックスする必要あるのかな。それと結構お説教臭い。これは大きな欠点。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      タイトルは軽薄に見えるが、繊細に作り込まれた画面に引き込まれる。安易にLGBTが作劇に盛り込まれがちな昨今、男同士だからこうなるはずだという偏見も、周囲が過剰に反応することも、理解が良すぎる善人ばかりというわけでもなく絶妙な配分で性差を無効にする普遍的な恋愛劇として撮られているのが良い。主人公が娘にカムアウトする場面の処理はまさに象徴的。梅垣義明が「東京ゴッドファーザーズ」の延長と言ってしまえばそれまでだが、悪ノリすることなく脇で存在感を見せる。

  • アルキメデスの大戦

    • 映画評論家

      北川れい子

      冒頭いきなり、VFXを駆使した映像で巨大戦艦“大和”の断末魔を5分余にわたってスペクタクルに再現、荒業級のこの構成にはかなり驚く。“大和”は死んでも“日本”は死なず、っていうことか。とは言え、数字で戦艦の建造を阻止すべく孤軍奮闘する数学者の行動をここまで面白く描きながら、最後に、詭弁に近い田中泯のことばでうっちゃりを喰らわすとは、えーっ!! 数字はウソをつかないが口癖の菅田将暉の演技は絶好調だし、娯楽映画として上出来だが、どこかキナ臭さもプーン。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      “なんとなく右翼”(『なんとなくクリスタル』の語感で)かと思っていた山崎貴監督の好ましい転向とも見える体制批判。VFXの質はハリウッドに遜色ない。『人間の條件』主人公の梶や『神聖喜劇』の東堂太郎から現代ウケを狙ってか左翼性だけを引き算したような優れた知性が敗戦の必至を見抜き戦艦大和建造を阻もうとする原作漫画の設定がまず面白い。その道理が大波に飲まれたことはそれら文芸過去作では体験からの再話だが本作ラストが監督自身の今後の行路の予見なら怖い。

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