映画専門家レビュー一覧

  • スイート・イースト 不思議の国のリリアン

    • SF・文芸評論家

      藤田直哉

      ノスタルジックな少女趣味の画調と衣裳でヒロインの魅力を写しながら、アメリカン・ニューシネマを思わせる撮影方法や編集と旅で、現代アメリカのさまざまな政治的問題や集団を次々に見せる、野心的な作品。懐古的な画面と衣裳と女性の美の描き方なのに、オルタナ右翼の陰謀論・ピザゲート事件を思わせる事件から物語が転がり出す。ジャンルや時代を錯誤した独自のハイブリッドなスタイル自体が、過去志向と未来志向の混濁する現代アメリカに即した批評性を発揮し見事。

  • ドマーニ! 愛のことづて

    • 映画評論家/番組等の構成・演出

      荻野洋一

      イタリア社会が家父長制とジェンダー的不平等に立脚していたことを告発した点、そして社会性とエンタテインメント性を両立させて国内No.1ヒットを果たした点は、評価に値する。しかし、ここに写っているローマ市民はスタジオに配置されたノスタルジーの書割にとどまる。また、主人公が夫からDVを受けるシーンで音楽に合わせた振付をほどこしてミュージカル仕立てとしたのは致命的な誤りだ。この様式化によってフェミニズムの訴求性が減衰し、エンタメとして消費されてしまった。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      ぜひ多くの女性にもDV男にも観てもらいたい良作なんだが、ラストのオチが今年観るとちょっと複雑。民主主義や参政権が機能してるからこそ世の中が変になってるって驚くべき時代に我々はもう突入しちゃっているからね。なぜ彼女は自分を殴るようになる男を好きになったのか、などと通俗心理学で分析してもフェミニズムは達成できぬ、そんな暇があったら殴られてるのをまず止めたいと僕も思うけど、しかしやはり映画としては「ナミビアの砂漠」のほうが面白いんだよなあ……、映画としてはね。

    • 著述家、プロデューサー

      湯山玲子

      日本でもお馴染みの家父長制男尊女卑社会も、所変わればそのテイストも変わる、 というわけで、戦後間近のイタリア、下流の人々のそれは、キリスト教の影響も相まってハードコア。主人公及び登場人物の女性たちの怒りの解決が、実は社会システムにあり、という点がこの作品の思い切った切り口。トランプ大統領時代になった今、本作の民主主義肯定感は貴重。紋切り型の女同士の連帯モードを使わず、市井の女性の理不尽を生きる現実感を描写したネオリアリズモにイタリアの伝統をみた。

  • Flow

    • 映画評論家/番組等の構成・演出

      荻野洋一

      この動物アニメは痛烈なディズニー批判としてある。この冬は「ライオン・キング ムファサ」の自堕落な擬人化描写に辟易とさせられた。人間界の自分本位な問題系を野生動物に転嫁する傲慢さ。ハリウッドアニメは擬人化の病から逃れられそうもない。いっそ「すずめの戸締り」の新海誠のように椅子を擬人化した方がまだ刺激的である。一方、ジルバロディスは動物を動物としてしか撮らない。人間の痕跡は人類文明終焉後の廃墟としてのみ提示する。私たち人類に観念の行き先を迫る作品である。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      擬人化のぐあい、リアルさのころあいが僕にはちょうどよかった。自分がいかに「動物が言葉の世界で生かされてる映画(動物をダシにした映画)」が嫌いかがわかった。言葉をもたざる者たちは、人間が滅亡して言葉を使う者が誰もいなくなってから、どんなチームを組んでどんな冒険をし、どんな神話に救われて、どんな夢をみるのか。言葉でしか世界を把握できない我々は言葉を使わないと映画のシナリオも書けない阿呆だ。マジで我々はそろそろ絶滅しても大丈夫だと思った。あとは動物に任せよう。

    • 著述家、プロデューサー

      湯山玲子

      ナポリ沖バイアの水没遺跡や、水の都ヴェネチアのダントツ人気等、水の驚異と美しさというものは、身体感覚的にも情動的にも私たちを強烈に魅了するが、そこにアニメ表現がド正面から挑んだ凄い作品。ノアの箱舟状態の船に、主人公の黒猫や犬、トリ、猿、カピバラが文字通り呉越同舟するのだが、収集癖、群れ欲求などの生物的習性を越えて、仲間になっていく姿に、宇宙船地球号っぽい多様性共存のロマンを感じさせるところもナイス。動物たちの擬人化、必要最小限のバランスも上手い。

  • 私たちは天国には行けないけど、愛することはできる

    • 映画評論家

      川口敦子

      ポケット・ベル、公衆電話、「好き」を伝える手書きの手紙。アナログな光景が「世界の終わり」を待つ1999年、少女の夏を息づかせる。カラオケの時間、くぎ付けになってしまうひとりへの想いが、くぎ付けの視線を浴びるひとりにも伝わって解ける初恋、そのときめき。それが同性への気持ちであってもそこに逡巡はない。そんな青春の物語のみずみずしさに世紀末韓国高校スポーツ界に巣食う暴力、腐敗を突くサブプロットのどす黒さが食い込んで虻蜂取らずの印象に堕すのが惜しい。

    • 批評家

      佐々木敦

      「はちどり」「イカゲーム」という大ヒット作の脇役だった二人の主演女優は良いし、テコンドーという道具立ても意外性があるのだが、うーむ、作劇的に見ると紋切型と御都合主義が否めないのじゃないかなあ。少女同士の恋愛を中心に置いて、権力勾配やいじめや格差や偏見などといったテーマを縦横に配しているのだが、結果としてどれも掘り下げがいまいち足らないように感じてしまった。タイ映画の佳作「ふたごのユーとミー 忘れられない夏」も1999年を描いていたが、何かあるの?

    • ノンフィクション作家

      谷岡雅樹

      テコンドーの指導者により、選手たちは虐待されている。5日間で6キロ増やせ。八百長しろ。性加害まで受ける。親は、不正を見逃しお金を貰えという。弱い立場の者は我慢して権力者には屈しなければいけないのか。これを対岸の火事と笑い、無関係と非難できるのか。主人公の前に現れるのは天使であり異物のような救世主だ。だが、より深い現実に絶望している。今度は、主人公が天使となる番だ。悪はそれ自体でこちらの世界の愛を汚すことはできない。殻を破り、日常に裏打ちされた心は、汚されようがない。

  • 35年目のラブレター

    • 映画評論家

      上島春彦

      実話由来とはいえ脚本家のやりたかったのは途中で夫婦のラブレターの意味が攻守交替する場面からだな。実際「やられた感」のきわめて高い脚本であり私もいわゆる涙腺崩壊。また今ではほとんど現物を見ることもない高機能タイプライターの彫りの深い筆圧がパソコンとは違った味わい深い細部を醸し出す。この仕掛けを思いついたとき、監督は勝利を確信したに違いない。シャレばっかり言ってる台詞も効果的。主人公夫婦を演ずる4人もいいし徳永えり、江口のりこ、安田顕の好助演も光る。

    • ライター、編集

      川口ミリ

      悪くない瞬間もある。冒頭、笑福亭鶴瓶が横で眠る原田知世をいとおしそうにじいっと見つめる。と突然、原田が「なんなん!?」と寝言。鶴瓶が「どんな夢や」と突っ込む。長年連れ添ってきた夫婦の関係性がスマートに伝わる、微笑ましい切り返しだ。若い頃を演じた重岡と上白石もチャーミング。しかし映像のリズムが喜劇寄りの作品にしては単調だし、特に夜間中学の群像シーンの見せ方が通り一遍。そもそも鶴瓶と原田という、男性がかなり歳上のペアを夫婦役に起用するのも古く、ややうんざりした。

    • 映画評論家

      北川れい子

      どの夫婦にも歴史あり。映画化されたこの夫婦の実話はすでに知ってはいたが、読み書きができない悔しさ、不自由さを含め、過去、現在のエピソードがかなり淡々としていて、安心して観ていられる分、映画としてはいささか単調過ぎる。ま、実話だけにわざとらしいヤラセ話はムリとしても、どこかにガツンとくる場面が欲しかった。とはいえ鶴瓶と原田知世の夫婦役は大いに新鮮でベタベタしていないのもいい感じ。鶴瓶が通う夜間中学の先生役・安田顯も頼もしい。

  • フライト・リスク

    • 映画評論家

      鬼塚大輔

      トランプによって映画特使に任命されたメル・ギブソンがハリウッドの操縦桿を握るというのには(他2名の人選も含め)米映画界にとってリスクしか感じられないが、ガッチリとした演出の中にトレードマークである人体破損と執拗な暴力をしっかり入れ込んでくるあたり、監督としての力量は確かだ。マーク・ウォールバーグは、ひさびさとなる悪役を気持ち良さげに演じているが、これはやはりギブソンが自分で演じていれば、もっと面白く、さらに怖くなったはず。

    • ライター、翻訳家

      野中モモ

      「こういうの90年代によく観た気がする」コンパクトなアクション映画。眼下に広がる雪と氷に覆われたアラスカ山脈は劇場の大画面に映えることだろう。そのうえ4DX上映もあるの!? 同じ作品でも鑑賞する環境次第でまったく違う体験になりそうだ。主な登場人物3人のうち最もヒロイックに銃を構える役が女性に配されているあたりは今世紀の作品らしい。とはいえメル・ギブソンがゴリゴリの宗教保守として問題行動を重ねてきたことを思うと、頭を空っぽにして楽しもうとしても苦みが残る。

    • SF・文芸評論家

      藤田直哉

      これまでの、こってりしたメル・ギブソン監督作品は嫌いじゃないのだが、今回は不発。軽飛行機の中、主要人物は三人だけ、リアルタイムに近い時間の流れで、緊急事態に観客を臨場させようとするのは分かるし、面白いが、物語の展開に驚きが乏しかった。なにより、全体を通した(現代の政治状況を思わせる)「不信と信頼」の主題系に対する落とし前、解決策の提案がないのがあまりに殺風景で、投げやりな印象を受ける。荒涼と孤独こそが現在の実存的リアルだとしても。

  • Playground/校庭

    • 映画評論家/番組等の構成・演出

      荻野洋一

      ベルギーにおけるいじめを描くが、マスターショットを除外し、主人公のヨリだけをフォローしていく。なぜこんなにダルデンヌ兄弟の真似をしようと思ったのだろう。そこに何が生起しつつあるかよりも、主人公にどう見えているかのみを追求する姿勢は、ひとつの見識ではある。ただし流行りの被写界深度浅めのルックは対話の余地も発見の細部も遮断し、単一方向へと頑迷に流れるのみ。カメラの切り返し、精神の切り返しが重要だ。ゴダールの画面も被写界深度浅めだったが、切り返しが主役だった。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      子役の演技が達者な映画を観ると、いつも「すごいな」と思いつつ「大丈夫なのかな」とも感じてしまう。外国語の映画を観ると、上手に見える演技(子役にかぎらず)が的確なのかどうかがネイティブでない僕には本当にわかってんのかなといつも疑ってしまうが、この映画の子役はすごい。ますます「大丈夫なのかな」と思う。あと映画と現実ということも考えてしまう。ほんとは子どもたちに観てほしい映画なのだが、観せられる機会は少ないだろう。こういう映画をなんとか学校で上映できないものか。

    • 著述家、プロデューサー

      湯山玲子

      学校という閉じた空間の中で、子どもたちが社会性とそれとは無関係ではない“悪”を、恐怖や不安を発火点に経験していくさまは、ルソーの教育論『エミール』の合わせ鏡のよう。特筆すべきは映画全体を覆うかなりの音量の子どもたちが発する自然音BGMで、それすなわち、彼らのエネルギーの強さと生命力を表徴。この体感的な演出も含め、子どもの世界特有の理性&思惑なしの言動を、細部にわたり見事に映画に喚び活けている。お兄さん役のギュンター・デュレの暗い色気は、今後要チェック。

  • デビルズ・ゲーム

    • 映画評論家

      川口敦子

      たまたま直前にペキンパー「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯」を見た。ニワトリの頭は飛ぶし、ぐしゃっと潰れるし、血も肉片も――だが、げんなりはしなかった。また見たいと思った。直後に見たこのキム・ジェフン監督・脚本作の暴力描写にそういう誘惑的な血飛沫はなく映画としての暴力の美学も感じられなかった。比べるのが悪い? かもしれないが猟奇のための猟奇、けばけばしく血や肉を彩るケミカル色の照明にうんざり。筋のひねりも救いにはならず、げんなりを吹き飛ばしはしなかった。

141 - 160件表示/全11455件