映画専門家レビュー一覧

  • 娘は戦場で生まれた

    • フリーライター

      藤木TDC

      2016年、シリア内戦の激戦地アレッポで空爆に脅かされる病院を拠点に、医師たちの奮闘、そこで生まれ育つ子ども、破壊される市街などを市民の視点で生々しく記録する。目の前で起きる爆撃、血まみれの重傷者や死骸。命がけで撮られた凄絶な映像だ。監督はアサド政権とロシア軍を名指しで非難する。だがロシア報道では市街地に数千名いたとされる武装した自由シリア軍兵士の姿は写さず、アメリカやトルコの軍事支援にまったく触れない。意図的に伏せているならフェアではない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      普通の生活を奪われ、命の危機に晒され続ける不条理の記録。その現場にいた者によるドキュメンタリーでしか写し得ない、爆撃の臨場感と、無造作に並べられた死体をただ見つめるどうしようもなさに圧倒される。あえて客観的であろうとしない当事者のカメラと語りは、一女性が遭遇する日常の損失を強調する。出産や遺体のショック映像に慣れはなく、常に驚愕や恐怖とともに眼前の光景に目を奪われているからこそ、戦争という無意味なものに巻き込まれる納得のいかなさが刺さる。

  • 初恋(2020)

    • 映画評論家

      川口敦子

      開巻直後にごろりと転がる人の頭部。どこが「さらば、バイオレンス」?!と戸惑う観客の胸ぐらを?んでパルプなTOKYOノワールへ、暴力と笑いがきれきれに連なる一夜の狂騒へと引きずり込む。その凶暴な切れ味に三池印を刻むいっぽうでお務めを終えたやくざに黒社会の女刺客と、仁義をかざしてジャンルの規範を想起させる存在を輝かせ最初期タランティーノ映画とも通じる好ましさを召還する。昔気質へのそんな愛が「中国の鳥人」でこそ記憶したい監督+脚本コンビ最大の美点だろう。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      三池崇史監督の原点回帰を企図して好きなものを好きなように撮らせた結果、(少なくとも2010年代以降ではぶっちぎりの)最高傑作ができてしまった。寡黙なボクサー、仁義に厚い武闘派ヤクザ、知略家と思いきや間抜けな組織の裏切り者、暴走するキレ女といったステレオタイプ的なキャラクターが、三池作品が時に陥りがちな極端な戯画化演出の一歩手前で役者の身体性と融合し、すこぶる魅力的に躍動する。恋愛ならぬ共生のドラマとしても誠実で、優しいラストカットに思わず涙。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      二〇年前に出ていれば大傑作。まずそう思ったが、いまこれをやれるのもすごい。活劇映画のヴァイオレンス、どうするか。三池監督と脚本の中村雅は最後の抜け道に出る「恋」をつかまえた。鮮度ベスト3は染谷将太、窪田正孝、そして宣伝で冷遇される藤岡麻美。シーンでも、染谷が何度も危機を逃れるところ。ヒロイン小西桜子が「生きてみる」となるのも、古い内野聖陽が詩的に救われるのも、オマケ以上。二時間を切る尺にこの詰め方。タランティーノの近作を褒めた人、どうする。

  • 架空OL日記

    • フリーライター

      須永貴子

      職場の平和と秩序を至上とするOLたちの、共感力と毒舌が混在する楽しいやりとりに紛れた鋭利な言葉にハッとする。たとえば、オフィスの空調を下げた社員Aについての、「今のうちらに必要なのは真実よりも矛先だから、Aを犯人ということにして、心ゆくまで悪口を言おう」という台詞。脚本を手掛けるバカリズムの人間に対する観察と冷徹な分析が、OLのキャラクターに落とし込まれ、日常会話に仕立てられている。ドラマ版を経たからか、役者たちのかけあいも心地良い。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      映画を観てると、時々他事を考えてしまう。退屈な映画だと尚更だが、これは他事を考えさせない稀有なもの。大きな出来事もサスペンスもアクションもなく、クライマックスすらないのに時間を忘れて観た。これは一つの偉業である。退屈な日常をちょっと面白くするヒントをもらった気がした。バカリズムという人の才気が人を幸せにする。が、彼が主演をしたことで、バラエティー色を強めている。普通に女優を主役にしていたら、どんな映画になっただろうかと観終わって思ったのだった。

    • 映画評論家

      吉田広明

      コントの数珠つなぎでは90分持つのかという危惧があったが杞憂で、挿話自体がドラマで一回練り上げられて面白いし、挿話の連鎖でキャラも立ち、同じ挿話の少しずれた反復など時間経過を利用するので一本の映画としてそれなりに持続している。男が演じるOLという主人公の立ち位置は絶妙で、男の視線から距離を持ってOLたちを見る対象化と、同じ女子としてあるあるネタに共感する同一化を同時に実現している。あまり映画として構えず、日常ものアニメの実写版のようにして見るべき。

  • エスケープ・ルーム(2019)

    • 映画評論家

      小野寺系

      映画としては、よくある“デスゲーム”ものの一種で、突出した特長はないが、ジャンル映画の枠のなかで丁寧に作られ、最後まで飽きさせない。ゲームジャンルとしての「脱出ゲーム」は、部屋全体を調べたり、暗号を解くため数字や記号とにらめっこしたりと、作業感が強くストレスがたまりやすいが、映画では全部出演者がやってくれてカタルシスも得られるので、とても楽! 部屋が主役なので、美術スタッフがここまで重要になる映画は珍しい。続篇もあるようなので楽しみだ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      出だしは暗号を解き明かし、鍵を探して脱出を試みるゲーム攻略の頭脳派ムービーだが、第2、第3と部屋を移るにしたがい、ビジュアルと体力で見せるサバイバル・アクションに。ゲーム映画にビジュアルの仕掛けは必須とは承知しているが、最後まで体力勝負だったのは、いささかストレート過ぎてスリル感に欠け、食い足りない。それにつけても感謝祭の休暇をこのゲームに参加して過ごさなくても。こう思うと身も蓋もないが、この種の頭の中で考えた仕掛けで押しまくる映画は苦手なので。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      冒頭の量子力学の講義に高度な知的パズル映画の幕開けを期待してしまうと、その後のスマホアプリレベルのゲーム内容にズッコケてしまうのだが、アクションに重きを置いたテキパキした演出と分かりやすい展開にはこの手の映画に付き纏いがちな小難しい哲学は内包されていない上、バッチリ真相が分かる無邪気なオチや、大衆向けに抑制された残酷描写などもポップコーンムービーとしては間違っておらず、盛りだくさんなツッコミどころもデート後の映画談議に花を添えるゴキゲン要素だ。

    • 映画評論家

      小野寺系

      フィンランドの著名監督クラウス・ハロ、主演のベテラン俳優ヘイッキ・ノウシアイネン、ともに堅実な仕事が光る。市井の人が金策に奔走する作品は、面白く味があることが多いが、本作も例外ではない。端正な撮影で落ち着いた色彩の画面が好ましく、絵画の奥深さを孫に伝えようと美術館にやってくる場面や、人生最後の賭けのために、オークションで大勝負する場面が胸に迫る。脚本家が美術に理解があるところも評価できるが、あまりに型どおりに進みすぎるところは難点。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      絵画など、とりわけアート作品に魅せられた人間の心の内は、主人公の娘がそうであるように、周囲の凡人には理解しにくいところがある。この映画はこの点、つまり運命的に出会った絵画に人生をかけた画商と、家族の問題とをドラマにして、上手に決着させるところが好ましい。加えて、問題の肖像画(イコン)に画家の署名がない理由も知ることができる(恥ずかしながらこの映画を見るまで知らなかった)。つまるところ監督のクラウス・ハロは芸術と娯楽を融合させる手腕にたけている。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      頑固ジジイと生意気ボウズに芽生える友情には萌えるし、回転椅子を使ったさり気ない死の表現をはじめとした細かい演出にも感心させられたのだが、一番の盛り上がりを期待したオークションシーンが中盤で思いのほかあっさり処理されてしまう物語構成には首を傾げてしまうし、以降続く金策に奔走したりの地味で生臭い展開には、金儲けより仕事人としての矜持を貫かんとしている主人公に寄り添うことを放棄しているどころか、むしろマイナス方向に牽引しているような気まずさを感じた。

  • ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ

    • 映画評論家

      小野寺系

      話題の新鋭ビー・ガン監督による奇想の一作。とくに3Dワン・シークエンスショットなる試みは、いかにも虚仮威し風に思えるが、シャガールの絵画に見られる生身での空中飛行を主観ショットで描く、狂気じみた発想と異様な文学性が、そこにおそらくあるはずもない必然性を感じさせて、手品を見せられているよう。奇抜な場面が続くなかで、少年との卓球勝負という、オアシスのような笑いどころも用意される。この才能を、このまま野放しにした方がいいのかどうなのか、謎だ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      彷徨い交わるような現実と記憶と夢。これを独自のスタイルで映像化したビー・ガンという監督・脚本家を、相当ユニークな映像感覚の持ち主とみた。分けても後半部分の約60分をワンシークエンスショットで撮影したと聞いて見たが、カメラを回したカメラマンの大変さは想像を超える。おまけに画面がダークなことも手伝い、眼光紙背ならぬ、眼光「画」背の気合いでスクリーンを凝視。結果、B・D・パルマやW・カーウァイらを思い出すが、その誰とも似ていない煥発する才気を感じた。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      前半のノワール調の演出はすこぶるキマっていて、惚れ惚れスクリーンを眺めていたら、なんだかストーリーの方はあまり理解できていない状態のまま噂の60分ワンカットパートに突入しており、そこからはトリップ状態に陥って気が付けばエンドロール。退屈はしなかったのだが、頭に残った物語を反芻しようにも?み所がなく、いうなれば夢やイリュージョンを見ている感覚の映像体験で、映画として面白いのかどうかまでもが判然としない。そもそも映画の面白さとは一体何なのでしょう?

  • PMC ザ・バンカー

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      しかし、よくもこのような設定を思いつくなと感心。サバゲーとRPGを合体させたような世界。迷宮のようなダンジョンのなかを地図やヴァーチャルで展開し、医療や武器の使い方などすべて当事者ではない人間がその攻略法を伝授していく。そして次から次へと起こる災難。結局はゲーム感覚なので「攻略」という自身の眼前の諸問題と戦う。脚本はもはやどうでもよく、もはやゲームなので演出やカメラなどリアルかどうか、どういったトラップが待っているかということだけが問題。

    • フリーライター

      藤木TDC

      北朝鮮最高指導者を救出(視点によっては拉致)するプロットはネットフリックス配信の韓国映画「鋼鉄の雨」にもあったが、本作はよりアクチュアルな政治状況を下敷きにしている。序盤のサバイバルゲームPOV風から中盤には医療サスペンスへ展開、終盤の驚愕映像まで猛スピードでアクションが驀進する力作だ。撮影の実験性、重層的ツイスト、タブーを盛り込む勇気など観客への奉仕精神が圧倒的。地味で湿けた家族映画や恋愛映画ばかり企画する日本の製作者は本作を見て猛省しろ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      現実の北朝鮮、アメリカ、中国の関係性と密接にリンクし、国家間の緊張を題材にしながらも、たやすく軽めな架空の設定に突入していく配分に戸惑う。瞬く間に立場が移り変わって苦境に立たされる傭兵の攻防戦は、複雑に入り組むカメラ映像などによって緊迫感が続くとともに、演出的に過密すぎて若干混乱をきたしている。監督のキム・ビョンウは「テロ’ライブ」で崩壊と自滅の美学を描いたが、本作にもそのモチーフは活かされており、クライマックスの降下の悲壮な美しさは白眉。

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