映画専門家レビュー一覧

  • 1917 命をかけた伝令

    • 映画評論家

      真魚八重子

      監督のS・メンデスはもちろん、撮影R・ディーキンス渾身の作。移動を中心とし、マジックのように仕掛けが施された長回しはやはり前のめりで観てしまう。次々と展開するシークエンスの中に織り込まれた緊張と緩和の、不規則な連続も主人公一人の地味さを十分に補強する。青年の運命の一日を表現する、ナイトシーンの目を奪う鮮烈な照明の輝きと明け方の空の色、川の激流に飲み込まれる苛烈さは、技術と計算された趣向の賜物だ。英国俳優陣の顔見世も豪華さを添える。

  • ドミノ 復讐の咆哮

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      たったひとつのミスが引き金となり、個人的な次元から国家の次元まで様々な影響を及ぼし、秘密が視覚化されていく。絡み合う連鎖や人間模様は、最終的に一箇所に収束し大団円を迎える構造。以前デ・パルマの作品でサカモト教授がボレロのような楽曲を提供していたが、そんなことはもはやどうでも良い。リッチな映像のデ・パルマ先生のサイコな作品がいまも作り続けられているということに感動。人類が繰り返す愛と憎悪の犯罪は、映画という形式で何度も変奏される作品群と重なる。

    • フリーライター

      藤木TDC

      ブライアン・デ・パルマもそろそろ80歳、緻密な芸術品を組み立てるには衰えが隠せず、本作もすべての人に薦められる完成度ではないが、それでも何度か「あぁ、デ・パルマだなあ」と酔える美しいシーンがあり、彼はあえて穴だらけのスリラーを撮りたかったのではと裏読みしつつ細部を愉しめ、ましてシネコンではなく古めかしい映画館で見られれば、彼の煌めいていた時代を知るファンは幸福な時間を過ごせると思うし、デ・パルマにもまだ時間はあると次作への期待がふくらむ上々な出来。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      デンマーク警察とCIA、ISISが絡み合う?末を追っているものの、一刑事が個人的感情で国際犯罪に関係していく不自然さは当然ある。しかし監督がブライアン・デ・パルマなら仕方ないと思わせる、作家主義の象徴的作品だ。奇妙な人間関係、機械仕掛けのように作動していくクライマックスの展開、スローモーション等のカメラワークといったデ・パルマ節が炸裂していて、監督の新作を観たかった人には十分の出来。ただデ・パルマというブランドが利かない観客には平凡かも。

  • ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏

    • ライター

      石村加奈

      ローラではなく、サヴァンナの視点でスキャンダルの真相を捉えたとうたうが、JT役を引き受け続けたサヴァンナの動機より、こんな真っ赤な嘘(スピーディの赤いウィッグが印象的)を思いついたローラの理由に胸を打たれるのは年のせいか。サヴァンナのティーンエイジャーらしい焦心を、いい感じにかき乱すのはル・ティグラのダンス・ミュージック。サヴァンナが恋に落ちてしまう美人セレブ・エヴァをD・クルーガーが好演。天国から地獄まで、カンヌ映画祭のシーンは圧巻の貫祿だ。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      00年代、謎の作家として登場したJ・T・リロイ。その「正体」をめぐる騒動を描いた本作は、リロイを演じるサヴァンナの視点で描いている。彼女が徐々に架空であるはずのリロイと同化し、リロイの小説の映画化で主人公サラを演じるエヴァは、サラに憑依する。「作者」であるローラは、“嘘の中に真実以上のものが宿る”ことに歓喜し、混乱する。「実話」を構成する何重もの虚飾された真実。それは実にグロテスクだが、誰もがクリエイティブそのものに対してだけは誠実なのが泣ける。

  • 山中静夫氏の尊厳死

    • 映画評論家

      川口敦子

      思うままに余命を生きたいというひとりの物語は身につまされる。一方で看取りを誠実に続けることで自身が病んでいく医師の物語、それが映画の核を侵食していくように書き、撮った監督村橋の選択も光る。医師と息子のすれ違っているようで、そうでもない言葉のやりとりも、あざとさと結ばれそうでひやひやさせるが、ゆっくりと染みてくる。人の姿の奇を衒わない切り取り方。そうして死を前にした人が対峙したいといった山の美しさ。撮影監督高間賢治の力も見逃せない。主題歌は要る?

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      なんでも暗喩的に描けばよいわけではないが、ここまで直喩的な描写しかないと映画が本来描こうとしているであろう死を前にした患者と医師の心理的葛藤について観客が想像をめぐらす余地がない。立ち止まって見つめるべき風景、頭のなかで反芻し消化すべきことばもスルスルとすり抜けてしまう。ことに医師がうつ病を患ってからの描写は、前半部の風景やことばに十分な重みをもたせていないため、ただ段取りを踏んでいるように見えてしまう。撮影はじめスタッフワークはわるくない。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      南木佳士の小説はどこか頼りない線をたどりながら、誠実さを疑わせない力をもつ。これだけかという内容でも、だ。映画にして大丈夫かと思うが、地味さのよさということがある。村橋監督と高間カメラマン、奇をてらうことない画に人をおく。中村梅雀と津田寛治の、死に向かう患者と自分も病みながら彼を看取る医師。どちらの演技も虚構性を忘れさせる瞬間があった。景色、浅間山がいい。江澤良太の、小説家志望の息子もいい。そしてエンディングの小椋佳、なんていい声だろう。

  • 巡礼の約束

    • 映画評論家

      小野寺系

      身体すべてを地に投げ出す礼拝方法“五体投地”を絶えず繰り返しながら四川省からチベット自治区の聖地まで進んでいくという途方もなさに、「旅の重さ」なんてものじゃない重量を感じさせ、一種のロマンをかき立てられる。それと同時に、ここで描かれる人間同士の軋轢は、あくまでコミュニケーションで解決しなければならず、宗教的行為に対する冷静な視線があるのが現代的でいい。シンプルな内容ながら 「チベット映画人第1世代」監督の仕事として信頼できる出来。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ソンタルジャ監督は、登場人物一人ひとりの心の内を描くのがうまい。前作「草原の河」に続いて今回も、家族関係のギクシャクを描出。夫亡き後、一人息子を実家に預けて再婚したヒロイン。置いていかれた息子。現夫の、口にできないわだかまり。それをチベットの圧倒的な風景に映しこんであぶり出すセンスは独特。ヒロインが前夫と撮った写真の使い方が秀逸で、破いて二人を別々にした現夫の心情は切ない。家族を失うことから生まれたこの新しい父子の関係は輪廻に通じ、息子役が上手い。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      「五体投地」なる巡礼作法がなかなかに意表をつくもので、何の説明もなく唐突にアレを見せられる序盤でこの映画に俄然興味がわいたのも束の間、その後続く起伏に乏しい物語にはまぶたが重たくなってくるのだが、頃合いを見計らったようにカンカンズサーってアレをやるもんだから、それがだんだんクセになってきて、結果この不思議な味わいのロードムービーを最後まで楽しみ、しみじみとした余韻に浸ることができた。というわけで、カンカンズサーが何なのかは実際映画で見てほしい。

  • 犬鳴村

    • 映画評論家

      川口敦子

      ホラーは苦手と軟弱にも可能な限り回避してきたジャンル。それで★をつけようとはいかにも心苦しい限りなのだが、さらに告白すればJホラーの雄、世界の清水映画も避け続け今に至っている。というわけで監督の軌跡を鑑みてこの新作を評することもかなわず、以下、背を丸め小声でいわせていただけば、乏しい記憶の中にある湖、トンネル、赤ん坊、母、呪われた血族と土地、犬歯(牙)等々、こんな私にもなじみあるジャンルのモチーフが山積みで妙にホッとした。ホラーなのに?!

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      都市伝説の映画化という些か安直な企画を、以前から構想していたらしい血縁をめぐるドラマに仕立てた清水監督。なのに、この血の「薄さ」はどうしたことだろう。最初の犠牲者となる少女とその恋人(さらに二人の子ども)、臨床心理士の主人公と家族、あるいは患者の男の子……彼らのつながりがどの程度の切実さをともなうものなのかが曖昧なため、血の物語としての恐ろしさも悲劇性もいまひとつ迫ってこない。クライマックスなど和製「狼の血族」という感じでわるくないのだが。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      世界に売れる清水ホラー。語り方に工夫はあるものの、たとえば「伝説」を生む集合的無意識がどうだとかは考えず、おぞましさへの踏み込みに遠慮のないところがいいのか。ダム湖の底に沈められた村。その人々の前近代的生態と電力会社による陰謀の悪辣さの記録映像とされるものが出てくる。ゾッとした。往年の新東宝カルトの系列。そう考えると「妖しさ」不足が惜しい三吉彩花のヒロインだが、クライマックスで彼女と弟が過去の世界から祖母である乳児を連れて戻るのはよかった。

  • 37セカンズ

    • フリーライター

      須永貴子

      漫画家を目指す処女が、エロマンガを描くために性の経験値をアップするべく奮闘し、世界を広げる冒険譚に引き込まれた。動機が劣等感の克服や性欲の解消ではなく漫画制作のためなので、彼女を応援したくなる。友人のゴーストとして漫画を描いていた彼女が、存在を知らなかった自身のゴーストともいえる存在と巡り合い、過保護な母親からも友人からも自立する脚本も鮮やか。惜しいのはタイに飛ぶくだり。「家出中なのにパスポートを持ち歩いてたの?」という疑問がちらついた。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      主役は一般公募の中から選ばれた本当の脳性麻痺の女性。映画初挑戦で、体当たりの演技をしている。漫画のゴーストライターの彼女は、独立しようとアダルト漫画を描く。が、編集者に、性体験がなくてはいいものは描けないと言われて、体験しようと街へ飛び出し、そこではみ出し者の様々な人々と出会っていく。いい映画だ。が、終盤実の父親や双子の姉妹に会いに行くところで、話が逸れてしまった感がある。彼女を日陰者にしている漫画家女子や母親との確執をこそもっと見たかった。

    • 映画評論家

      吉田広明

      出生時に脳性麻痺になった少女、漫画が描ける彼女をゴーストライターにして搾取するユーチューバーや、過保護になってしまう母親によって、ある種心理的な檻に閉じ込められていた彼女がそれを抜け出す。障がい者だから前面に出たら漫画が受け入れられない、障がい者だからできることが限られ、周りに気を使って生きねばならない等、結局「忖度」が周囲の人間を縛っている構造が見えてくる。とはいえ過度に批判的でもなく、よく出来たビルドゥングスロマン。主演女優の頑張りも好感。

  • 静かな雨

    • フリーライター

      須永貴子

      「私の頭の中の消しゴム」や「50回目のファーストキス」に類する、記憶力に問題を抱える女性を愛する(ことを決意した)男性視点の物語。同じやりとりを繰り返しているように見えて、言動の些細な変化で気持ちのゆらぎをグラデーション化する仲野太賀の力量が存分に発揮されている。メロドラマ的な表現を徹底的に排除した撮影、照明、録音、劇伴のすべてにおいてクオリティは高いが、リズムが単調で観客を巻き込むエネルギーが不足気味。編集にもうひと工夫ほしかった。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      脚の不自由な大学の研究室の青年と、屋台のたいやき屋をやっている女子の恋。メルヘンを意図したために敢えてそうしたのか、まず青年がなぜ足を引きずるようになったのか何も教えてくれない。女子は事故にあって短期間しか記憶を留めておけなくなるが、その設定もなんだかあやふや。そもそも女子はなぜ町の片隅でたいやき屋をやってるんだろう。何度でも言いたいが、映画は人間を描くもの。人間がわからなければ、それは記号。記号がいくら泣こうが笑おうが、気持ちは入れられない。

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