映画専門家レビュー一覧
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イット・カムズ・アット・ナイト
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翻訳家
篠儀直子
ホラー映画と思われそうだが、どちらかというとサイコスリラー。設定から誰もが連想するだろう「クワイエット・プレイス」の作品世界が、どれほど入念に作りこまれていたか、本作を観るとよくわかる。あちらと比べると、舞台装置も設定も、ものすごく抽象的にさえ見えてくるのだが、もちろんそれは欠点ではない。特筆すべきは、監督が光を丁寧に扱いつつ、人物の心理を粘り強く描写しようとしていること。カンヌ映画祭の批評家週間に出品されたという前作も観たい気持ちにさせられる。
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映画監督
内藤誠
得体の知れない何かが追ってくる恐怖を低予算で描いた「イット・フォローズ」の製作陣によるスリラーで、その続篇と言ってもいいくらい感触が似ている。私小説的な人間関係がドラマのポイントで、自分の家族を生きのびさせるために西部劇のように銃を構え、他人を寄せつけまいとするジョエル・エドガートンには共感よりも哀れさをおぼえた。死体が重なり合うブリューゲルの絵が家の壁に掛けられ、外敵を防ぐ扉が血の色に塗られているところなど、随所に新人監督らしい意欲があった。
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ライター
平田裕介
謎のウイルスによって荒廃した世界が舞台となっていて、それなりにサバイバル・スリラーの雰囲気も漂っている。しかし、この作品で描かれる真のウイルスは主人公一家の屋敷に入り込んでくる家族。彼らの存在が不安、疑心、恐怖を生み出し、取り返しのつかない悲劇と破滅を招き寄せるのだ。そうした暗喩的タッチを繰り出してくるものよりも、ストレートに感染者や暴徒などを相手に戦うタイプのほうが好みな自分だが、けっこうな緊張感にのみ込まれて最後まで観てしまうのは確か。
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ギャングース
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評論家
上野昻志
カズキ役の加藤諒の眼鏡の中の目玉の動きには、ビックリした。あれを見たら、ご託を並べるサラリーマンに苛立つサイケの高杉真宙だって、笑ってしまうだろう。ホント、不思議な役者だ。役者といえば、半グレ集団の頭に扮するMIYAVIも、その佇まいにただならぬ雰囲気を漂わせていたが、そこにとどまらず、3人組相手に一人で闘うときの動きがいい。話も、終盤での捻りも含め、よく出来ているが、3人が河原で悩む場面は、もう少し短く切り上げて欲しかった。感動シーンは控えめに。
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映画評論家
上島春彦
詳細は書けないが主人公三人とそれに敵対する悪役集団、両方、根っこは一緒、という設定が成功している。実際「この人達は生き別れた兄弟かも」と思ってみていたがそうではなかった。単なる私の妄想だからネタバレではない。気になるのは、彼らを同じ穴のムジナみたいに非難する論調が現れないかという点。そこにギリギリまで踏み込んでるから面白いのだよ。またトリオのキャラと集団での機能を対応させている点も良い。ちゃんと犯罪映画になっている。入江の世界観と原作がマッチ。
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映画評論家
吉田伊知郎
東南アジアや山奥に行くよりも入江映画は「ビジランテ」で実証されたようにロードサイドの風景を前にすると躍動する。犯罪者の上がりを掠め盗る主人公たちは「893愚連隊」の現代版とでも言うべき若者だけに、貧困や境遇を愚痴ることはあっても悲痛に叫ぶことなくネチョネチョ生きる。主人公たちと一緒に暮らすことになる女児の扱いがドライなのは良いが、逆に劇的盛り上がりに欠けて淡白になりすぎた感あり。パタリロ役と同じく変顔を自在に駆使する加藤諒の異物ぶりを愉しむ。
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ポリス・ストーリー/REBORN
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翻訳家
篠儀直子
もはやポリスとかあまり関係なく、ハリウッドSFアクションやアメコミヒーロー映画の大好きな要素を監督がつなぎ合わせたみたいな世界で、もしかしたら珍品に属するのかもしれないが、話自体は人情ポイントを押さえてまあまあちゃんとしている。搾取映画みたいな撮り方をしているところをはじめとして、個人的にはどうかと思う演出もあるけれど、ジャッキーにこれだけからだを張られたのでは星の数は減らせない。オペラハウスの内部と外部を両方とも使い倒したシークエンスが出色。
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映画監督
内藤誠
ジャッキーが新人監督レオ・チャンと組み、いつものシリーズとは雰囲気が別だ。冒頭、白血病で危篤の娘を病院に残したまま、遺伝学者の警護作戦に駆り出されたジャッキーが派手なアクションを展開。事件は決着するのだが、それから13年後、事件と酷似した小説の発表がもとで事件が再燃するという構成には驚く。物語が生化学兵器や人工血液という近未来の分野から古い黒魔術の世界に及ぶので、流れに乗るまで落ち着かない。シドニーのオペラハウスでのジャッキーのアクションは健在。
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ライター
平田裕介
人工の心臓や血液がネタとして飛び出し、舞台が2020年と再来年のわりには悪玉が「スター・ウォーズ」のスター・デストロイヤーみたいな超ハイテクの飛行戦艦に乗って移動したりと、やたらとSF寄りで話もわかったようなわからないような……。だが、キビキビとした語り口と派手な銃撃戦とジャッキー風アクションの巧みな融合が利いていて、「ポリス・ストーリー」とは別物と考えればそこそこの美味しさでいただける。それでも、この内容であの主題歌が流れるのには違和感。
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家族のはなし
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評論家
上野昻志
これは、身も蓋もない言い方をすれば、バカ息子の帰還というお話ですな。だって、そうでしょ。田舎がイヤで東京の大学に行ったけど、勉強に興味がないから、バンドをやって、ちょっと認められたら舞い上がって、いっぱしのミュージシャン気取りになり、リンゴ作り一筋の親父をバカにするのだから。むろん、そんなバカ息子も、幼馴染みの一言でやっと、すべてを知りながら自分を受け容れてくれる親父のことを知るというように話は落ち着くのだが、彼のバカぶりに魅力がないのが致命的。
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映画評論家
上島春彦
鉄拳の原作が十分弱でせっかくいい話にまとめたものを、何でわざわざ八十分の陰険な映画にしなきゃいかんのか。星を付けられないのはそのせいだ。ただし世の中の残酷さをたっぷりと主人公の甘えん坊が味わうという作りは説得的。でも悪辣なレコード会社の担当者に土下座するアーチストを描くよりも、りんご農家の苦労やそれを乗り越える工夫の方を見たかった。少年時代の主人公の純真さが父親の心の支えであったのを途中で観客は知るだけに、そう思う。目の付け所は良かったのだが。
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映画評論家
吉田伊知郎
親への感謝は忘れないようにしましょうという大きなお世話のメッセージに辟易するが、鉄拳原作となると古色蒼然とした何の捻りもない話を見せられるのは「振り子」同様。道徳映画と見まがう説教臭い話かつ退屈な台詞の応酬に、男に奉仕する古い女性像を体現させられる財前や成海をはじめ、これだけのキャストが参加していて気の毒。主人公へのレコード会社の社員の言動も薄っぺらくて観てらんない。鉄拳の漫画が劇中に出てくるが、終盤では均衡を崩すほど長々と見せるのも閉口。
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エリック・クラプトン 12小節の人生
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ライター
石村加奈
“ギターの神様”の波瀾万丈な人生を、リリ・フィニー・ザナック監督がテンポよく構成している。ポイントとなる3つの絶望(少年時代の複雑な家庭環境、親友の妻への大失恋、息子の事故死)から、クラプトンを救ったのは、いつもギターだったというシンプルな展開からの、名曲が似合う大団円に大満足。中でもブルース・ギターの世界へと分け入ってゆく少年時代のくだりは、クラプトン本人の素直な回想コメントも含めて見応えあり。深まる季節に楽曲を聴き直したくなる、贅沢な135分。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
浮き沈み激しいクラプトンの半生を映画にする際、著名な監督ではなく、近くに寄り添った友人のザナックに委ねたのは正解だ。憂いや制御できない感情を最大限すくい取っている。本作の出来ばえには、誰よりクラプトン自身が救われる思いだろう。フッテージと関係者証言をモンタージュするのがこの手のドキュメンタリーの常套だが、本作が興味深いのは、証言をおおむねボイスオフで使用し、顔は軒並みカットしていること。この手法に、関係者に寄せた監督の敬意がにじみ出る。
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脚本家
北里宇一郎
若きディランやジミ・ヘンがぼそっとコメントしたり、ビートルズとの演奏場面があったり、その秘蔵カットだけでも貴重。クラプトンのブルースへのこだわり、現在までのギター・プレイの変遷が、数々のヒット曲とともに綴られて。しかもそこに、クラプトンその人の波乱の人生も編み込まれていく。不倫、子どもの死、薬物中毒とマイナス面もさらけ出す。それを自身の語りを中心につないだところが効果的。申し分のない作品だけど、もうひとつ突っ込んだ本音を聞きたかったという欲も。
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銃
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映画評論家
北川れい子
モノクロ映像にモノローグを入れた演出。拾った銃と迷走する自意識。女。セックス。そしてワケ知りの警官。が、ゴメン。村上虹郎のハードボイルド気取りの幼稚なナルシシズム演技は、演出からしてフィルムノワールごっこのレベルで、しかもあくまでもポーズだけ、その薄っぺらさに体中がムズムズ。そういえばこの「銃」は、今回の東京国際映画祭のスプラッシュ部門の監督賞と、村上虹郎の東京ジェムストーン賞の二つを受賞しているが、何やら各審査員たちが忖度したような。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
ドストエフスキー『罪と罰』ベースの映画というのは世にどれほどあるのか。つい最近久松静児が1953年に撮った「地の果てまで」という原作忠実翻案(脚本は新藤兼人)の“罪と罰映画”を観たが、不変かつ普遍を感じた。ブレッソン「スリ」はもちろんスコセッシ「タクシードライバー」などにもラスコリニコフの精神的兄弟がいるわけで。本作は原作からして『罪と罰』インスパイアであり、それが村上虹郎主演、モノクロで、ポルフィーリィがリリー・フランキー。ど真ん中剛速球。
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映画評論家
松崎健夫
モノクロ・夜・雨・死体、ファーストカットから「困難なことをやるぞ!」という宣言と、製作・奥山和由の名前は〈シネマジャパネスク〉の記憶を蘇らせる。そして、現実と虚構が曖昧な“父殺し”を描いた白昼夢のような終幕は、石井隆監督の下で助監督経験のある武正晴監督ならではとも解せるが、その兆候は予め演出されている。例えば、主人公の部屋でステレオから流れてくる音楽。劇中の現実で流れている音楽は、やがて劇伴と融合され、その境界が曖昧になっていることが窺える。
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MAKI マキ
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ライター
石村加奈
MAKIよりもMIKAの物語に俄然興味がわく。ヒロイン・マキをはじめ、日本からニューヨークにやって来た、うら若きお嬢さんたちに優しい声で近づいては、躊躇なく金儲けの道具にする、したたかなクラブのオーナーを妖艶に演じるのは原田美枝子! 「愛を乞うひと」(98)での、娘が折檻を受けたことを忘れてしまうほど美しい母よりも、断然ミカが恐ろしいのは、彼女の動機がよくわからないから。でもきっと深い事情があるのだろうと思わずにはいられぬほどに蠱惑的な女である。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
「CUT」「ライク・サムワン・イン・ラブ」等の製作を通じて培われたイラン=日本間の映画交流から新たに生まれ出たという点では慶事たるべき本作なのに、残念ながら出来がひどすぎる。他人にすがるばかりで自発性を欠くヒロインにまったく魅力がなく、NYロケもスタイル先行で映画としての力が弱い。若い主人公カップルはエキゾチックな美男美女なれど、スタイリッシュな演出も美貌のキャストもすべて上滑りしている。あげくには名優・原田美枝子まで調子がおかしい。
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