映画専門家レビュー一覧
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共犯者たち
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脚本家
北里宇一郎
政権に楯突く者はどんどん首を切って、TVメディアを牛耳る。解雇されたジャーナリストたちが、デジタルカメラを武器に政府批判の独自報道をする。その闘いの記録がぱきぱきと展開され。ガツンとくるドキュメント。最近、民主化運動を題材にした韓国映画がなぜ増えたのか。その事情も分かる。観ながら、じゃ、日本はどうだと振り返る。原発を告発したTVスタッフが左遷され、安倍政権に批判的なキャスターたちが降板させられ。表面に出ない分、日本の方が陰湿でタチが悪いよな、と。
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スパイネーション/自白
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ライター
石村加奈
印象的なシーンがあった。スパイ捏造事件の被害者ユ・ウソン兄妹(妹が「1987、ある闘いの真実」のヨニとだぶる)に謝罪する考えはないのか? と直撃取材を受けるウォン・セフン元国家情報院長の、黒い傘の下に隠れた笑顔。中央情報部の拷問で心身を病み、40年以上経った今も痛みに苦しむキム・スンヒョが、久々に再会した同胞を見送る時の真顔。カメラが捕らえた一瞬の真実に背筋が凍った。国家情報院の引き画から、延々と続く冤罪事件リストへの流れにも意志的対比を見た。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
作者の自伝的要素と所信表明を兼ねた次作「共犯者たち」に比べると、報道者としての客観性を保って取材にあたる分、画面の緊張感は少ない。脱北した兄妹がスパイ容疑にかけられるが、容疑自体が当局の捏造だとしたら? 民主国家にあるまじき抑圧が蔓延してはいるが、一方でそれを告発し、えぐり出すメディアがあるということ。このグループがこうして映画製作を続行すること自体が民主主義復権の旗色となっている。緊張感の少なさと引換えに得るものはより大きい。
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脚本家
北里宇一郎
「共犯者たち」と同じく“ニュース打破”の作品。こちらでは北朝鮮スパイを捏造する国家情報院や検事を告発。監督も兼ねるジャーナリストが密着・突撃取材をする様は、M・ムーアの如し。徹底して被害者の側に立った視点はいいが、なぜこんなことが起こるのか、その裏事情も追及してほしく。南北に横たわる、どうしようもない溝。それに対する国民の感情が、時の政権によって利用されてるのではないか。そんな俯瞰の視点も見たかった。それ、韓国の人にとっては自明の理だろうけど。
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セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!
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批評家、映像作家
金子遊
1992年のソ連邦崩壊から約四半世紀が経った。それゆえ、本作に映りこむ小道具の数々も懐かしく感じられる。宇宙ステーションから帰れないソ連の宇宙飛行士と、それを勇気づけるキューバの無線愛好家を、宇宙と地上のカットバックで描く本作。ウィンドウズの入ったパソコンも携帯電話も、一般的ではない時代。無線機や黒電話、クラシカルなコンピュータや8ミリ映写機のような小道具が、現代文明に取り残されたキューバの光景と相まって、不思議なユートピア性を醸しだしている。
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映画評論家
きさらぎ尚
このコメディ、奇想天外だがあり得ないことではない。実際、ソ連崩壊から四半世紀以上が経つ現代、国際宇宙ステーションと地球との有人輸送は、ロシアが一手に担っている。それにしてもインターネットのない時代にキューバとニューヨーク、宇宙の三者間で電波の不安定な無線通信を駆使して飛行士を救うとは、なんとも人間臭く愉快。特にアメリカの象徴的な飲料コカ・コーラを、冷戦時代に敵対していたソ連人宇宙飛行士救出に使う人類愛に奇想天外を飛び越える究極の人本主義を見る。
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映画系文筆業
奈々村久生
旧ソ連とキューバのハイブリッド的な作風。かつて外交や社会主義の共通項でつながっていた両国はソ連の崩壊によりキューバが深刻な経済危機に。舞台はその頃。監督も俳優陣もキューバ出身だが、宇宙船内の描写やアナログ感あふれるレトロでキッチュな美術(バナナのウォールデコが可愛い!)は旧ソ連製の映画を思わせる雰囲気があり、シュールなSFノリには「不思議惑星キン・ザ・ザ」等に通じるものも感じられ、宇宙を介することで二国の距離感がむしろリアルなものになっている。
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jam
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評論家
上野昻志
筒井真理子の昌子がコワイ! 演歌歌手のヒロシ(青柳翔)を椅子に縛り付け、歌を作らせるときの姿は、何もせずして狂気を漂わす。それに先立つ、オバサンたちがペンライトを振りながらヒロシ! と唱和する舞台風景も妙に生々しくていい。また、ムショ帰りのテツオ(鈴木伸之)が、老婆を乗せた車椅子を押しながらの、やくざ相手のアクションもなかなか。対して、クライマックスの公会堂での処理が些かザツ。チンピラ二人、なんのために拳銃をぶっ放したのか、わからん。バカかお前ら。
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映画評論家
上島春彦
噂には聞いたことがあるものの「劇団エグザイル」の仕事を映画で初めて見る。ユニット作品というのは当然まとまりの良さが前提。この作品では三つの全く異なる話が近い場所で同時進行する趣向。近さと異なりのブレンド具合が「因果応報」のコンセプトの下、絶妙なバランスを見せる。監督に疾走系スタイル映画の巨匠SABUを迎えたのも利いており、今回も存分に狭いところを駆け抜けていますね。どうやらイケメン軍団だが笑いを演技で取る、というのもこのユニットの特徴みたいだ。
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映画評論家
吉田伊知郎
3つの挿話が重なり合う疾走型の本作はSABUの初期作を思わせる。冒頭の青柳が演じる演歌歌手とファンとのやり取りが長すぎるが、堂々たる怪演ぶりを見せてくれるので引き伸ばせてしまう。妄執的なファンを演じる筒井真理子が素晴らしい。青柳を自宅に監禁して自分のための歌を作らせるが、「ミザリー」にしかならない設定を狂気と笑いの境界を漂いながら更新させる。エグザイル映画は中学生的倫理感が軸になるので仕方ないが、本作も因果応報として終わってしまうのが惜しい。
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選挙に出たい
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映画評論家
北川れい子
そういえば2015年の統一地方選挙の期間中、李小牧氏を新大久保駅の周辺で見かけたことがある。立ち止まる人は皆無。歌舞伎町の裏表を知り抜いている彼が、あえて日本に帰化してまで政治家を目指すその意図は――。当時、韓流の店が立ち並ぶ新大久保はヘイトスピーチが吹き荒れていて、通りから一歩離れた我が家にもガンガン騒音が聞こえたものだ。そんな状況での区議立候補、このドキュではいまいち真意は?めず、監督の突っ込みも弱いのだが、人間観察として見れば面白い。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
このドキュメンタリーで描かれる李小牧氏の大胆さや率直さがそれを観る私に感じさせるのは日本という場の恥ずかしさであった。それは、ネットの情報行き来の発達から都知事選政見放送が中国人に見られその自由さ野放図さに彼らが感心するのを見ると逆にかの国の不自由さに気づくわけだが毛沢東体制化での父親の浮沈にショックとルサンチマンを持つ李氏がリベンジ的なエモーションで新宿区議会選に出て真正面から日本は開かれてるから! と言うときに直感したガラスの壁のことだ。
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映画評論家
松崎健夫
ナレーションなどを用いず、説明を極力省いたことで、本作に〈観察映画〉的な要素を導いているのが特徴。取材対象者である李小牧の言葉は、奇しくも“音声によるモンタージュ”のようなものを生み出し、関心のあるポイントについて観客が次第に考えるようになる。生まれた国と生きてゆく国。その狭間で揺れながらも、市井からの罵詈雑言に対してユーモアで立ち向かう李小牧の姿を映し出すことで、日本の選挙における問題点だけでなく、社会構造における問題点までもが見えてくる。
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ピアソラ 永遠のリベルタンゴ
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ライター
石村加奈
没後25年記念に制作されたので、当然ピアソラ本人の回想コメントはないが、きっと本人が見たらいい顔はしないだろうモノも含め、膨大な資料がわかりやすくまとめられている。ピアソラの代わりに、一緒にバンド活動もしていた息子(本作の制作を希望した張本人)が登場するが、海のように偉大で、鮫のように鋭いアーティストたる父に振り回された人生への苦い思いを、訥々と語る姿は哀愁を誘うが、視点がぼやける。人々が行き交う街でカメラが捕らえた「ONE WAY」の標識が心に残る。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
アルゼンチン・タンゴの巨匠A・ピアソラについてのきちんとしたドキュメンタリーがこれまでなかったことは不思議だが、ピアソラの全盛期を知るファンが存命のうちにこうして誕生したことをまずは祝うべし。非公開の写真、スーパー8の私的映像、アーカイブがモンタージュされ、天才の生涯をかりそめながらも再生してくれた。巨匠が死去した90年代前半にピアソラ・ブームが結構盛り上がったことを思い出す。そして今、彼の楽曲を画期的に解釈する演奏者たちが現れんことを願う。
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脚本家
北里宇一郎
最後はオーケストラと競演するピアソラだった。タンゴの名手でありながら、クラッシックを夢見ていた。ダンス音楽としてのタンゴに反抗した。楽団はいつも変遷した。これでもない、あれでもないと試行錯誤の連続だった。タンゴでもありクラッシックでもある、新しい音楽を模索していた。彼の音楽をもっと聴きたかった。裏も表もさらけだした彼の人間性。そこを描くのもいい。だけど彼は音楽家だ。もっと演奏場面をと思う。ミュージカルのドラマ部分の如く私生活の描写は控え目にして。
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彼が愛したケーキ職人
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批評家、映像作家
金子遊
エルサレムを歩くと、キッパを被る人、黒い帽子や黒いスーツを着た正統派の男性が目立つが、むろん世俗派の人たちの方が多い。同性愛の恋人だった男が亡くなり、その残された妻子のために、ベルリンからきた男がケーキ職人としてひと肌脱ぐ。だが、そこにユダヤ教の食事既定であるコーシェルが立ちはだかる。肉と乳製品を一緒に食べない掟のために、台所の洗い場や調理具、お皿までわけるとは驚き。そんな宗教的慣習を超えて、世俗的な食のおいしさが人の心を変えていく愛の物語だ。
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映画評論家
きさらぎ尚
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレムは、数カ月前、米大使館がテルアビブから移転したことでも話題になった。奇しくも同じ男性を愛した夫婦の、3人の恋愛を描いたこの映画、舞台のエルサレムという場所のもつ複雑さを反映する。国籍、宗教と戒律、セクシュアリティ。人を愛し、自由に暮らすというごく普通のことがこんなにも大変だったのだと実感。話の組み立て、運びがうまい。セリフで説明しすぎずに、主人公の心情をじっくり見せながら展開するのが好ましい。
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映画系文筆業
奈々村久生
ケーキ職人のトーマスと、後に恋人となるオーレンが出会うシーンで、カメラがじわじわとトーマスに寄っていくカットがある。このときはトーマスに惹かれるオーレンの目線のようにも見えるが、トーマスへのズームアップはその後たびたび登場し、それは恋人を失ったトーマスの心情に分け入り、その内面の混乱と変化に迫ろうとしているかのようだ。人は思いもよらない事態に直面したとき、自分でも思いがけない行動に出ることがある。その心のさざ波を静かに見守るサスペンスが楽しい。
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くるみ割り人形と秘密の王国
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翻訳家
篠儀直子
時代設定が謎すぎるところへ、ハリウッドのロシアファンタジーまでもが流れこみ、どこかで見たようなお話にお定まりのキャラクターがちりばめられて、これはもう美しい絵本をぼんやり眺めるような気持ちで観るしかないのかと思ったが、ボールみたいな形の道化が登場するあたりから、劇的な緊張関係とヴィジュアルの美しさがかみ合ってようやく面白くなる。果敢にアクションに挑戦するヘレン・ミレン姐さんにびっくり。最後のクレジットの背景に流れる映像はたぶんバレエファン必見。
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