映画専門家レビュー一覧
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ガンジスに還る
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映像演出、映画評論
荻野洋一
死期の近い老人が、伝統的儀式に則って死にたいと聖地に移る。逗留する宿泊所は姥捨て山のようなところで、半ば朦朧としたこの空間の佇まいがすばらしい。「インド夜想曲」(89)の名シーン、夥しい群衆が一斉に地べたで眠りにつく夜を思い出した。上手いのは、老人が主人公と見せかけて、ワーカホリックな息子の主観によって映画が動いていく点だ。息子は老父をいたわりつつも「付き合ってやっている」という意識を拭えない。そんな子に父がかける最期の言葉が痛ましく美しい。
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脚本家
北里宇一郎
「楢山節考」がちらり頭をよぎった。“死”を受け入れた老人の話。息子が付き添いうろたえる。が、暗さはない。年寄りが集まった「解脱の家」。みんな明日にでも死のうと思っていても、なかなか死ねない。そこにままならぬ人間のいのち、その皮肉さ、可笑しみが滲んで。老人はその最後の生を慈しみ、楽しんでいるように見える。このひょうひょうの主人公、「新・喜びも悲しみも幾歳月」の植木等を彷彿。この映画、小津調というより木下惠介の味で。幕切れが鮮やか。監督は20代だ!
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ライ麦畑で出会ったら
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批評家、映像作家
金子遊
60年代や70年代を舞台にしたアメリカの青春映画に弱い。コーデュロイのジャケットやパンタロンのジーンズを穿いた人物を見るだけで、その時代を生きたわけでもないのに懐かしくなる。主役は、アメリカの片田舎のどこにでもいそうなパッとしない高校生の男子と、演劇サークルで知り合ったふつうの女の子。そのふたりがサリンジャー探しの旅にでた途端、秋のペンシルベニアの風景のなかで輝きはじめる。さまざまなロードムービーを観た記憶が、この映画を通じて蘇ってくるのだろう。
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映画評論家
きさらぎ尚
隠遁の作家サリンジャーへの関心の大きさを幻想へ膨らませ、それにアメリカの60年代末期の青春と夢を絡め、サリンジャー探しに仕立てたこの物語は風合いが良い。鍵になるのは16歳の主人公のうぶさ。体育会系の部活が幅を利かす中、演劇に熱中する彼の周囲との隔たりに加え、自分に想いを寄せるちょっと大人びた少女との?み合わない気持ちが豊かな風合いを醸す。作家本人の登場に喜んでいたら、自宅に入れて話をさせるとは!? J・サドウィスの術中に心地よくはめられた。巧みだ。
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映画系文筆業
奈々村久生
ナイーブなサブカル男子の代名詞であるかのようなサリンジャーの小説。本作の主人公も思春期特有の憂鬱に心を痛めている。そこへ愛らしいサブカル少女が現れて、自分の傷を理解してくれて、希望を取り戻す……自己肯定を女子に依存して、自分は失態をさらすことなくピュアネスを維持していることがズルいし、できれば裏切られて酷い目を見て欲しいのだが、憧れのサリンジャー自体は若者の味方などではなく人嫌いで隠遁生活を送っていたという実像が何よりも現実の誠実さを物語る。
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旅猫リポート
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評論家
上野昻志
猫連れのロードムービーなら、のんびりしたお話かと思って見たら、イヤイヤ、あちこちにドラマが目一杯仕込まれているのに、ビックリした。猫が車に跳ねられるなんてのは序の口で、もっと深刻な交通事故もありの、悟という主人公の身の上に関わるドラマもありのと、ドラマのてんこ盛り。そのためか、最初にナナを預ける相手になる山本涼介と福士蒼汰の会話など、妙にボルテージが高くて鼻につくし、目の演技がやたら目立つ福士クンのアップも長~い。ともあれ、主役猫はご苦労さん!
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映画評論家
上島春彦
猫好き必見。特に主人公猫がいわゆる美猫でなく、数年前から人気が出てきた「へちゃむくれ系」が微妙に入っていてポイント高し。猫の演技も自然。などとほめても本人には届くまい。声担当の高畑さんもキュートでいいんだが、他にも犬猫二匹が人間の声で出てくるのでやかましい、という感じも。主人公(人間の方)のパーソナリティにも嫌味がない。物語はネタバレ厳禁だが、普通に見てれば事情はすぐに分かる。友人たちはどうして彼の事情を知らなかったのだろう、と不思議なほどだ。
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映画評論家
吉田伊知郎
動物さえ出せば事足りると思っているような映画以前のシロモノが増えた上に、この原作者と監督なら覚悟して観ねばと思っていたら、意外や拾い物。平松恵美子の脚本が功績大と思われるが、設定は催涙映画そのものながら、新藤兼人が「ハチ公物語」で大船調の家庭劇を意図したように、本作も両親の死別から叔母の基で育てられてきた主人公の半生を松竹らしい家庭劇として描いたのが良い。回想場面に重みを置いた各挿話も充実。竹内と広瀬が出色だが、擬人化された猫の喋りは不要。
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search/サーチ(2018)
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翻訳家
篠儀直子
いまやネット空間上の映像を組み合わせるだけで、任意の人物や事件を再構成できる時代になっているのだという事実。PC画面上の動作が人の思考の反映であること。誰か(何か)が撮影した動画の映っているPC画面を映画カメラが撮っているという何重もの媒介性。PC画面を見ているのが誰であるかが曖昧になった瞬間に生じる、視点の奇妙な匿名性。PC画面だけをえんえんスクリーンで見せられるという知覚的倒錯……等々、これ一本だけで修士論文が書けそうな映画。スピード感あり。
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映画監督
内藤誠
行方不明になった少女を全篇PC画面で父親が探す映画で、実験性は興味深い。しかし冒頭、ビデオ・チャット、カレンダーへの入力、携帯電話で撮影された家族の動画などを見ているうちに、他人のホームビデオなどあまり見たくないという映画ファンはうんざりするかもしれない。ミステリーとしては、人間関係を描かず、いきなりタネ明かしをして、観客に推理させる布石を打たないのが弱点。実写カメラが回ると、ほっとしたが、日常的機器で娯楽映画を作る試みを一度は見ておきたい。
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ライター
平田裕介
終始PC画面だけで語る手法も面白いが、ハッキングなどの特殊な方法を引っ張り出さないのも◎。現実に存在するアプリやSNSで娘を捜索することでリアリティも出るし、それを使って四苦八苦する父親に共感も抱くようになるのが巧い。ただ、車で移動する彼をグーグルマップ上で動くピンとして表現するのはトンマな絵面だし、見せ方を楽しむ作品ゆえに仕方ないがミステリーとしての新鮮味は特になし。監督はインド系、キャストは韓国系、製作はロシア人とハリウッドは変わった。
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あいあい傘
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映画評論家
北川れい子
宅間孝行の舞台を観たことがないので映画についてしか言えないが、「くちづけ」や「同窓会」などのシビアな題材の作品はともかく、今回は、人物、背景、エピソードなど、昭和を引きずった新派ふうの人情劇で、調子が良すぎてどうも気がイカない。25年前に姿を消した父親を探しにやってくるツンケンした娘と、祭のためにこの町にきている“寅さん”仕立ての若者。田舎町や神社の風景は郷愁を誘うが、でも何やら蔵出し映画のよう。あ、近年ドラマが多い原田知世の出演は嬉しい。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
細マッチョヤング寅さん(市原隼人演じるテキヤ)と「闇金ウシジマくん」の暴力金貸し業者男女が転生したよなヤンキーカップル(高橋メアリージュンとやべきょうすけ)がいるが彼らは主役でなくメインのお話は訳あって二十五年別れて暮らす父娘の再会。娘の倉科カナがメソメソしておらず別家庭をつくっていた父にキレ気味だったりしつつ引っ張る。父の相手原田知世が年齢不詳清楚女性で困惑。最後やっと対面、名乗り。定評ある舞台の作・演出者が自ら映画化。堂々王道の泣かせ。
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映画評論家
松崎健夫
映画開始から約7分の間、〈音〉はあるが〈台詞〉はない。まるで、〈言葉〉より大切な何かがあると言わんばかりなのだ。このことは、台詞過多とも思える“よくしゃべる”登場人物たちが、決定的な場面では心情の本意を〈言葉〉によって語らない点に表れている。映像と台詞というふたつの要素がスクリーンの中で融合することで、〈言葉〉として語られていることとは別の心情を感じさせているのだ。終盤の神社で、画面奥から手前へと移動する原田知世の何気ない動線の美しさに痺れる。
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栞
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映画評論家
北川れい子
患者をサポートする理学療法士の悩みとジレンマ。監督の実体験がもとになっているそうだ。確かに療法士を主人公にすれば、当然主人公がサポートする患者たちの話も絡み、ちょっと言い方は悪いが、一石二鳥的な効果にもなる。が結果的にこの作品、二兎を追うもの一兎をも得ず――の図。つまり主人公が献身的にサポートしてきた元ラグビー選手の?末が、全てをチャラにしてしまい、どうしてこんな筋立てにしたのだろう。描くべきはプロの療法士の悩みより患者側の深い絶望だと思う。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
決まり文句としてよく言われる“実話の重み”。本作については時折その重みが重すぎて背骨が折れるかと思った。軽く言うもんではない実体験反映のネタの凄み、独自の現場を見てきたひとのつくる話の強さがある。主役を食う勢いの阿部進之介演じる脊椎損傷のラグビー選手のストーリー、「償われた者の伝記のために」という詩の“わたしには 死ねるだけの高さがあったのである”という言葉を思い出させる、立ち上がることすらもできなくなった逞しい男の行動には唖然とさせられた。
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映画評論家
松崎健夫
ベッドで握力を測る阿部進之介の表情を映し出したカメラは、棚の上にあるラグビーボールへとパンする。患者のバックグラウンドを映像によって表現しているように、観客は画によって何かを察するという演出が施されている。例えば、ガンを告知される姿、リハビリを諦めようとする姿など、各々の患者による様々なリアクションは、言葉以上の何かを観客が察するように演出されていることが判る。そして、スタンダードサイズの画角が、主人公の窮屈さを表現しているようにも見えるのだ。
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ごっこ
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評論家
上野昻志
とにかく、千原ジュニアが素晴らしい。それにヨヨ子に扮した平尾菜々花! 相手を見つめるときの彼女の目ヂカラもそうだが、子ども同士で遊んでいるときは、いとも無邪気な表情をみせる、その振幅に感心する。さらに、ぶっきらぼうな物言いの裏に愛を感じさせる婦人警官の優香。話としては、引きこもりに児童虐待に年金不正取得と、いかにも現代らしい問題が詰め込まれているのだが、それらを説明的にではなく、ジュニアと菜々花の血の繋がらぬ親子の結びつきの背後に抑えた演出がよい。
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映画評論家
上島春彦
良い話が嫌な話に変わり、また良い話に戻る。基幹は、誘拐犯と少女のつかの間の楽園暮らし。面白いのだがどう考えても設定に辻つまの合わない感じがあり、星を減らした。要するに「少女が実の親から虐待されている」と主人公が考える根拠のことだが、詳しくは書けない。各自ちゃんと見て考えてね。もう一人の少女がすうっと闇の中から現れるあたりの演出が凄いのだが。物語が終局、さっと十数年飛ぶ感じもいい。黙秘を続ける主人公に、成長した少女が会いに行く場面に涙があふれた。
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映画評論家
吉田伊知郎
長らくオクラになっていたのが不当に思えるのは、映画俳優として正当に評価されているとは言い難い千原の魅力が映し出されているからだ。同じ疑似家族映画でも年金不正受給描写も含めて他人の子どもを連れ去って育てることに真摯に向き合っている点で「万引き家族」より良い。現代版『じゃりン子チエ』的な前半は、もっとハチャメチャでいいし、後半の展開は重いというよりも、設定が先立って描写として消化しきれているとは言い難く、映画の方向性を迷わせた感があるのが惜しい。
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