映画専門家レビュー一覧
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体操しようよ
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評論家
上野昻志
このタイトルでどうなの? と思ったが、いい意味で予想を裏切ってくれた。退職祝いの宴で、草刈正雄が挨拶しても、誰も聞いていない様子など、さもありなんという感じで肯けるし、無遅刻・無欠勤の律儀な男だから、ひとたびラジオ体操を始めると、マニュアル通りの体操を参加者に求めて嫌がられるなんて、この男のキャラの立て方が周到。そんな彼が、絵を描くのが好きということと、その絵の生かし方が、『ごっこ』の千原ジュニアの絵と重ねて、映画における絵の効果を想起する。
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映画評論家
上島春彦
面白い。にも拘わらず星が伸びないのは、若い人の目線で物語が作られ過ぎているせいだ。私のような老人にはチクチク痛いシチュエーション多し。そんなに年寄りいじめて楽しいか、と若者連中に問いたい。そもそも突然「主夫をやれ」と言われても無理に決まってるでしょ。娘さんの態度に怒りがこみ上げる私だが、まあ終わり良ければ全て良し、とするしかない。地域のラジオ体操の世界にも様々な権謀術策が入り乱れて飽きさせないが、主人公の天然さに救われる。草刈さんは正に天使だね。
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映画評論家
吉田伊知郎
「終わった人」と同じ定年映画と思いきや定番描写は冒頭のみ。草刈を直ぐにラジオ体操と遭遇させて、そこを起点に他者と緩やかに出会わせる。特異なテーマをこれ見よがしに扱うことなく、体操に妙な使命感を持たせずに、妻に先立たれた草刈がそれまで見向きもしなかった娘や暮らす町と交わるきっかけとして用いられるのが良い。融通が利かない草刈によって巻き起こる波風もささやかな小事件であり、さりげなく集まってくる人々の関係性を穏やかなタッチで描いた監督の手腕に魅了。
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アンクル・ドリュー
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ライター
石村加奈
「雲海の中の孤独な灯台」とか「ゲームへの愛」「ゲームに嫌われた」とか、いちいち詩的なセリフにもユーモアが溢れる。バスケの聖地ラッカー・パークを「俺の庭」と言ってのける伝説のバスケットボール選手、アンクル・ドリュー。爺さんになろうとも、場所を制する者こそがゲームを制する軽快なストーリー展開に、今夏の甲子園で活躍した金足農業高校を彷彿とさせるも、アメリカンドリーム定番のベタな結末に、少し物足りなさを感じるのはわがままか? ビッグ・フェラのお尻がキュート!
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ストリートバスケットの優勝賞金10万ドルという設定が、さすがはアメリカ。一攫千金シナリオをアマチュアスポーツで書くという発想は、他の国ではあり得まい。出資元のペプシやナイキの企業色が濃厚なのも致し方なし。本作の見どころはNBAの新旧レジェンドが老けメイクでヨボヨボ歩いてみせながら、やる時はやるというのをきめる点。観客はその妙技に集中すれば楽しめる。ただそれが逆に欠点でもある。弱い物語と演出を、スター選手の技術披露でカバーしているのは否めない。
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脚本家
北里宇一郎
バスケのスーパースターたちが年寄りに扮して大暴れ。ヒップホップのリズムに乗って、展開はすこぶる軽く、ついでに軽口ギャグも満載。いやもうそのお賑やかなこと。こちらもすっかりリラックスして、心身ともにカラッポになって眺めていた。これ、日本でもサッカーの人気選手を集めてやったらどうかしらと頭を巡らす。けど、そんなもん、TVのバラエティーでやれと茶々を入れられそうで。ま、そんな内輪向けのお遊び作。なんか作家連が演じる文士劇を連想。が、こっちの演技は達者。
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モダンライフ・イズ・ラビッシュ ロンドンの泣き虫ギタリスト
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ライター
石村加奈
blurの基盤2ndアルバムをタイトルにするとはなかなかひねくれた映画かと思いきや、時間軸こそ複雑だが(細やかな伏線で見やすい構成)、ストーリーは単純明快。我慢を覚えて大人になる年頃になっても、過去と未来即ち遠くばかりを見つめて、近くの恋人や現実を見ない、モラトリアム主人公リアムだったが、大手チェーン系カフェで働きはじめてから涙のライブ、きらきらのラストシーンに至る顔の変化が、思春期の少年並みにめまぐるしくて感動した。J・ホワイトハウスの魅力が全開。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ブリティッシュロックへの愛という抗しがたい魅惑。主人公カップルならずとも没入に値する対象だ。しかし彼らの恋愛の歴史を説明する具として利用した場合、あっさりと披露宴ビデオのBGMへと化す恐れがある。本作はそれを回避し得たか? 出会いのシーンは微笑ましく初々しい。タワーレコードでブラーのベスト盤購入をめぐり、見知らぬ男女が知識の背比べをする。今にして思えば、そのナイーヴさへの滞留を決めこんだ「アイデン&ティティ」の田口トモロヲの聡明さが際立つ。
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脚本家
北里宇一郎
日本のしょったんは奇跡を起こしたが、こちらの泣き虫は? 売れないミュージシャンとその恋人の10年間の軌跡が描かれて。今だレコードにこだわる彼とデジタルな現代を生き抜こうとする彼女。その気持ちの食い違いを描いているのは今風。SNSの道具立てもなるほどと思う。だけど、ロッカーを題材のこの種の映画のパターンから一歩もはみ出さない展開がじれったくて。いかにもエリートな男とくっついたヒロインが昔の彼の歌声を聴いて動揺、なんてその典型。歌曲はわりと心地良く。
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カスリコ
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評論家
上野昻志
いまどき珍しい、博奕絡みの人情話。昭和40年代の高知が舞台だが、その頃でも、まだ、あんなふうな賭場が開かれていたのかね? 主人公は、腕のいい料理人だったが、賭博にのめり込んで店を手放し、のたれ死にしそうなところを昔気質のヤクザに助けられ、賭場で客の世話を焼いて祝儀を貰うカスリコになる、という話の入り口の、主人公の動きや表情が、いまひとつ、話に乗りにくくさせている。また、話の軸になる手本引きは、「緋牡丹博徒」などでもお馴染みだが、いささか緊迫感に欠ける。
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映画評論家
上島春彦
カスリコって何、という大問題は見てれば分かるので略。というかじわじわ判明する感覚も面白い。本格的なギャンブル映画で、かつ土佐ローカルな昭和映画でもある。低予算だろうが配役は新旧うまく混ぜ込まれており、久しぶりに見た大ベテラン服部妙子の朝鮮人老婆もお得な役柄。主人公の仲間で、セコい鎌倉太郎と大らかな山根和馬の対照も効いている。さて、物語の素材となる手本引きだが、任?映画でよく見るサイコロ賭博と違うのでやくざ渡世の陰惨な雰囲気がないのも良かった。
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映画評論家
吉田伊知郎
昭和40年代をモノクロで描くと聞くだけで、無理に時代色を出そうとするチープな映画を思い浮かべそうになるが然にあらず。スタイルを感じさせないスタイルで撮ることで自然と時代性を表出させ、当時の映画と比較しても遜色がないほど。やくざや賭場といった今や形骸化しがちな描写も、石橋らベテラン勢の安定した演技も相まって違和感なし。高橋長英もかつてない存在感で、バイプレーヤーたちがハシャギすぎずに相互を活かし合いながら演じているのを眺めているだけで至福。
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バグダッド・スキャンダル
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ライター
石村加奈
日本に限らず、世界ではいま、悪事を働き、証拠を突きつけられても、嘘を突き通した方が勝ちの、酷い流れができている。国連を舞台にした本作も然り。では10年以上も前のスキャンダルを、あえていま映画に仕立てた意義に思いを馳せれば、時代の風潮に逆らっても、人間の正義に光をあてたいという、原作者を筆頭に、監督、主演兼プロデューサーを務めたテオ・ジェームズら、制作陣の良心が見えてくる。時に映画は、社会の自浄作用として、観る者に問いかける力を持つと筆者も信じたい。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
対イラク物資援助をめぐる国連職員の汚職事件が、あたかも東映実録路線のごとくノワールに描かれ、「なんだい、国連はやくざなのか?」と呆れる。原作者M・スーサン氏の実体験だという。氏は国連に就職する以前はNY大学で映画を学んでいたとのこと。そこで筆者は邪推する。氏は汚職の現場に立ち会いつつ、将来の映画化を睨んでほくそ笑んだのではないかと。製作予算は本欄「アンクル・ドリュー」の半分以下なのに、世界観の大きさ、確かな演出でははるかに上手だ。
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脚本家
北里宇一郎
国連スキャンダル。これ、むしろドキュメンタリーの方がふさわしいとも思ったが。新人職員がじわじわ悪事に巻き込まれドツボにはまる。そこが怖い。黒幕が悪玉という感じではなく、尊敬できる父親タイプというところ。その師弟関係の描き方に少し娯楽映画のパターンが匂って。それは主人公に絡むクルド人女性も同様で。どうもこの映画、面白く作りすぎの感が。世間に発表のフェイク写真の落とし前がないのも気になる。とはいえ、演出の切れがよく、題材の興味もあって見応えはあった。
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ステータス・アップデート
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批評家、映像作家
金子遊
留学したとき、アメリカの高校は米国社会の縮図だと知った。生徒会、アメフトチーム、チアリーダーに属する強者が権力をもち、オタク、変人、同性愛者、人種的マイノリティなどの弱者を牛耳る。大人になれば、それが富裕層と貧困層に変わるだけ。そんな権力関係を簡単に変えられるスマホのアプリがあったら? 本作はお気楽な青春コメディに見えるかもしれないが、このおとぎ話が人々に必要とされる切実な理由は、アメリカでティーンエイジャーでもやらないと中々わからないかも。
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映画評論家
きさらぎ尚
確かに今の世の中、スマホがあれはほぼ用が足りる。だからといってSNSのステータスをアップデートするだけで“人生思い通り”ってどうだろう? 願いごとがすべて叶うアプリを手に入れたモテない主人公が、難しいことを考えないで友人・彼女・名声が手に入る軽快さは今風だが、アプリに人生をあっさり乗っ取られたようで、ドラマとして物足りない。さらにアプリを削除すると同時にリアルな現実に戻れるという筋書きも安易では? せめてスマホ依存への皮肉が効いていれば。
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映画系文筆業
奈々村久生
ディズニー・チャンネル出身の、ビジュアル的にも内面的にも健康的(に見える)男女が、出発→成功→挫折→発見というテッパンの物語を、珠玉の音楽にのせて送る、エンタテインメント界におけるアメリカのポジティブ面が前面に出た一本。こういう「陽」の世界があるからこそ、「陰」の表現も発達する。アイテムこそアプリという現代仕様に「アップデート」されているが、いつの時代にも変わらない王道の力は強い。これはこれでアメリカの良心としてジャンルを継承し続けて欲しい。
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ぼけますから、よろしくお願いします。
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評論家
上野昻志
人は、老いたときに、持って生まれた資質や、それまでの暮らしの中で培ってきたものが、はっきりと現れるのではないかと改めて思う。認知症の母は、ヘルパーが風呂場の掃除を始めると、自分も手を出そうとする。そこに、それまで家事の一切をやってきた彼女の矜持がある。そのことに胸をうたれる。また、そのような妻の姿を自然に受け止め、自分で買い物をし、食事の支度をする夫の姿に、果たして自分はどうかと問われる思いがする。なんとも素敵な老夫婦と、それを捉えたカメラに脱帽!
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映画評論家
上島春彦
アルツハイマー型認知症になった母親と介護を支えるその夫を娘の映像作家が撮る。良さは身内が取材することで家族史になっているところ。三人家族それぞれの生き方や趣味が、過去に撮影された映像を交えて語られ、その中には乳癌治療の放射線で毛が抜けてしまう真っ最中の作家自らの映像も含まれる。セルフ・ドキュメンタリーは苦手な私だが、これくらい理性的、自制的な作りだと感服する。タイトルから分かるように、家族には未来がある。病者、介護者、地域医療のあり方が見える。
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